過去に囚われ続ける彼が、己の姿と重なって。 いつの間にかひどく気にしている自分がいた・・・。 白い横顔2 目が覚めて、薬品の匂いがツンと少年の鼻を突く。成長過程の細い腕には軽く包帯やガーゼなどが当てられている。 軽く辺りを見回してみれば、衝立と医療器具。ベッドの脇にはカーテンが引かれ、開いてみれば自身の横たわっていた 隣りに白い人影が眠っていた。少し顔色が悪い。心配になって身を起こすと、濡れた服は身体から剥ぎ取られ 代わりに検査着のようなものを着せられていた。いつもと違う肌触りの布がどうもしっくりこない。 「・・・・ここ、病院・・・だよな?」 何故こんなところにいるのだろうか、と少年が首を傾げていると部屋の外から話し声が聞こえてきた。 内容までは聞き取れないが、どうやら一つは医者のものらしい。会話を続けながら、ドアを開き室内に入ってくる。 ちらっと横目で見れば、声主の四十代半ばといった具合の医者とその後から何処かで見た事のある派手な制服を 纏った長身の青年が現れ、まっすぐに少年とメークリッヒの眠っているベッドの近くまで寄って来た。 「二人の容態はどうだ」 医者ではない方の青年の問いに、 「少し水を飲まれてますな。意識が戻ってから多少の頭痛や吐き気があるかもしれませんが、 二人ともお若いので回復力も高い。大事ないでしょう」 医者は淡々と答える。それを聞いて青年はほっと胸を撫で下ろし、更に問う。 「じゃあ、宿の方に移しても大丈夫か?連れの連中が煩くてな」 「そうですな・・・意識が戻っているようなら」 返ってきた応えに頷いて青年は中途半端に開いたカーテンを開けた。視線の先には驚いたのか灰色の三白眼を 幾度も瞬かせるあどけない少年の顔。その横には長い睫毛を惜しみなく晒すように目を閉じた白の青年がいる。 二人を軽く見比べた後、青年は目下の少年に声をかけた。 「よお、目ぇ覚めたか坊主」 「坊主って・・・オレはルキアスだ。変な呼び方すんな、あー・・・えっと・・・」 「意識はしっかりしているようだな。俺はギャリック。グランゲイル軍大尉だ。 スクリーパーが出たという報告を受けて駆けつけたんだが、お前たちが川に流されたというので救助した」 大尉と言う階級を耳にして少年は更に目を見開く。何故ならその青年がまだ二十代前半くらいの若者だったからだ。 例えどんなに強力な後ろ盾があったとしても、その年で大尉という階級まで上り詰めるのは容易な事ではない。 よほどの才覚と実力がなければ無理からぬ話のはず。しかもそれだけに飽き足らず、戦士にしてはやけにスレンダーで 見目も麗しい。何故自分の周りの実力者たちは皆こうも綺麗どころばかりなのだろうと少年は不思議に思う。 じっと見つめる灰色の視線に気づき青年―ギャリックは同様に少年を見返す。 「どうした、坊主?」 「だから、ルキアスだ!」 「へーへー、ルキアスね。随分元気そうじゃねえか。 ドレイス、こいつは連れてっても平気だな?」 どうやら医者の名はドレイスというらしい。振り仰がれて、中年の医者はこくりと一度大きく頷く。 その反応を受けてギャリックはルキアスの軽い身体を片手で持ち上げる。急に訪れた浮遊感に小さな身体は慌てた。 担がれた広い肩の上で可能な限り暴れる。 「ちょ、おい!降ろせよ!!」 「いって!山猫かお前は。暴れるんじゃねえよ」 「だったら降ろせよ!オレは自分で歩ける!!」 「わーった、わーった。降ろすから暴れんな。こっちもスクリーパーと戦って疲れてんだ」 これ以上無駄な体力使わすなと、引っ掻かれた頬を擦りながら、今し方担いだばかりの痩身を地面に降ろす。 傷口から僅かに滲んだ血を舐め取るしぐさが何だか妙に板についている。短気そうな雰囲気をしているわりには 傷をつけられた事に怒るでもなく、ギャリックはルキアスを見遣り。 「ま、そんだけ暴れられるなら問題ないだろう。そっちの白い奴はまだ気がつかないか・・・」 「メークリッヒ・・・あんまり顔色が良くないんだ」 「そりゃあの雨の中、スクリーパーと戦って川に流されちゃあな・・・体力を消耗するのは当たり前だろう」 「でもそれだったらオレだって同じだぜ?何でメークリッヒだけ・・・・」 ギャリックに食い下がろうとするルキアス。しかしそれをドレイスが止める。 「まあ、待ちたまえ。君の回復が早かったのは君自身の回復力の賜物もあるが、それ以上に 君の方が元の体温が高かったからだ。そちらの彼は少し人よりも体温が低い。故に回復が遅れているようだ」 「・・・・・・・・・・・・・」 「意識こそ戻っていないが、呼吸も脈もほぼ正常だ。ちゃんと温かくしていれば自然と回復する」 「だったらコイツも移動させて大丈夫か?ただ寝かしとくだけなら宿でも出来るだろう」 メークリッヒを指で指し示し確認を取るとギャリックはルキアスの脇をすり抜け、未だにベッドに横たわる身体を 抱き起こし、さっきルキアスを担いだのと同様に持ち上げる。 「・・・・思ったより重いな」 「って言いながら楽々担いでんじゃねえか・・・」 ムッとした声でルキアスがぼやく。ギャリックにはルキアスが剥れる理由が分からない。腕の中の肢体を 抱え直しつつ、首を傾げる。紅い視線が自分を追っているのが分かって、ルキアスはそれから逃れようとさっさと 病院の外に出ようとした。が、その前に一応世話になった礼を医者とギャリックにしてドアノブに手を掛ける。 言えるわけがない。メークリッヒを軽々と抱き上げられるギャリックが羨ましかったのだなんて。 自分にもあれだけ大きな身体と力があれば、もっと自分の気持ちに正直でいられたのに、と眉間にしわ寄せ。 じっと改めて自分の小さな手のひらを見下ろす。こんなに小さい手ではどんなに豆だらけにしても掴めるものは 僅かだろう。ああ、それでも。こんな小さな手をメークリッヒは落ちる瞬間までずっと離さずにいてくれた。 もしも立場が逆だったなら、自分はメークリッヒの手を最後まで掴んでいられただろうか。あの、大きな手を。 「・・・・・・・・・・・・」 無理だろう。橋に突き刺したナイフにすら長く掴まってはいられなかった。まして自分とメークリッヒとでは体格が 大分違う。それこそ文字通り大人と子供ほどある。自分が支えてもらう事はあっても、その逆などありえないと言っても 過言ではない。考えれば考えるほど悔しさが込み上げる。早く大人になりたいと。大きくなれば、強くなれば 例えこの想いが受け入れられなくても、傍にいる事は出来るはずだから。 「力が・・・あれば・・・・」 いつの間にか声に出していた。すると、背後から声が寄越される。 「力にばかり固執するのはどうかと思うが?」 「・・・・ッ!アンタ、聞いて・・・?!」 「聞こえてきたんだ馬鹿者。お前、まだ身体も出来上がってないうちから無理な鍛え方すっと背が伸びねえぜ」 「え、そうなのか?!」 指摘された内容が初めて聞く事だったのでルキアスは驚愕の声をあげる。以前にホフマンにどうしたら背が 伸びるかは聞いた事があるが今の事は言っていなかった。縋るような目を、背後から現れた長身に向ける。 「・・・・な、なあ。じゃあどうやったら背が伸びるんだ?」 「どうって・・・一番は遺伝によるものだろうが・・・無理をしなきゃ自然と伸びる。 ちなみに牛乳飲んだって骨太になるだけだぞ」 「そ、そうか・・・やっぱ牛乳って効かないのか・・・・・」 がくりと下がる緋色の頭。そのしょげようがあまりにも哀れでガラにもなくギャリックはフォローの言葉を繋げる。 「全く無意味というわけでもねえ。要は栄養をきちんと摂って、その分運動して寝てりゃ身体は勝手に成長する」 「・・・・アンタもホフマンと似たような事言うんだな」 「人間ったって、植物とそう変わらん。植物は土と水と陽・・・あとは肥料があれば勝手に育つ。 人間だってそれと一緒で必要なものが揃えば勝手にでかくなんだよ。ただ過剰に与えすぎるとバランスを崩すがな」 だから特別な事なんてしなくていいんだよ、と付け足してギャリックは未だ目覚めぬメークリッヒを運ぶ。 結局、自然に育つのを待つしかないという事か。ルキアスはそう理解した。一つ気になっていた事が解消され 漸く別の事に目が向く。 「なあ、そういや何でアンタが俺たちの面倒なんて見てんだ?」 「・・・・民の身の安全を図るのも軍人の務めだ。それに・・・お前らはゼオンの旅の仲間だからな。放っておけん」 「それはつまり、オレたちがゼオンシルトの仲間だから助けたって事だよな?」 「・・・・・・・・・・・・・・・・・・」 直球な問いにそれまで凛とした佇まいだった青年の顔が一気に赤くなる。ルキアスは目を瞠った。 何となく会話を交わしていて、彼に格好いいイメージを抱いていたからだ。それが、今目の前にいる彼は何処ぞの 純情な乙女のように顔といわず耳まで染めている。ギャップの大きさに途惑いを隠しきれない。 「・・・アンタって実は可愛い奴だったんだな」 「なっ・・・何を言っ・・・・ガキの分際でぇ!!」 「・・・・・声、裏返ってんだけど」 冷静な指摘に更に赤さを増す頬。言葉に詰まって結局ギャリックはメークリッヒを抱えたまま逃げるように病院内から 駆け出していて。一人取り残されたルキアスは暫し呆然としていたが、ドアの閉まる音にハッとし。 「あ、アンタ!メークリッヒ落とすなよっ!!」 もう後姿も見えぬ相手に向かって力いっぱい叫んでいた。 ◆◇◇◆ 「・・・・アンタの好きな奴ってあのギャリックって奴だろ」 宿に着いた途端、ウェンディとユリィに馬鹿馬鹿ー!と心配なのだか暴行なのだか分からぬ歓迎を受け、 漸く解放されたルキアスはメークリッヒの目覚めをゼオンシルトと共に待っていたのだが、何の会話もなく待ち 続けるのは間が持たず取りあえず話題を探してそれだけ告げた。するとゼオンシルトは照れるでもなく、 普段見せないような笑みで大きく頷く。 「うん、ギャリックが好き」 「・・・・堂々としてんな」 「だって事実だし。堂々としてたらいけないか?」 「いや・・・・羨ましいと思うよ」 オレは、アンタみたいにはなれない。吐息混じりにルキアスはぼやく。そんな恋する少年の横顔を見つめて ゼオンシルトはそっとルキアスの髪を撫でた。労わるような接触が胸に響く。 「ルキアスは、もっと自分に自信を持っていいと思う。君は自分が思っている以上に魅力ある人だよ」 「みりょ・・・っ?!アンタ、恥ずかしい事平気で言うな・・・・」 「・・・・?事実を事実として受け入れるのも大人への第一歩だと思うよ。でも、大人になったら出来ない事もある。 今の君の年だからこそ出来る事だってあるし・・・それを使わないうちに諦めてしまうのは勿体ないと思わないか?」 「オレだから・・・出来る事?」 珍しく、か細い声。不安げな表情は年相応で可愛らしく映る。それに頷きゼオンシルトは会話を続ける。 「ルキアスは、可愛い・・・とか言われるの嫌?」 「嫌に決まってんだろ、オレは男なんだぜ」 「そう。でも君はあと数年もすれば黙ってたって格好よくなると思うよ? なら今は可愛いさを押して行ったらいいんじゃないかな。実際可愛いと思うし。 それに・・・可愛いって言葉はさ、好意がなきゃ言えない言葉だから」 にこりと微笑まれてルキアスは途惑う。確かに言う通りだとは思う。可愛いという言葉はある程度相手に好意が なければ口には出来ないものだ。それでもプライド高いルキアスにはそれを柔軟に受け止める事が出来ない。 きっとメークリッヒに可愛いと言われたとしても、渋い顔をしてしまうだろう。そうしたら、きっと可愛くないと 思われる。最悪、嫌われてしまうかもしれない。それも嫌だった。 「そんなに悩まなくていいだろう。要は無理に背伸びする事ないって言いたかったんだ俺は」 「・・・・・・・うん。それは・・・分かる。ギャリックにも言われたから・・・さ」 「・・・ルキアスはルキアスのままでいいんだよ。そのままで、いいんだ。急に大きくなる事も強くなる事もない。 今君が持っているもの全てでぶつかっていけば・・・きっと悪い事にはならないから」 細い指先がぽんぽんと下にある頭を宥める。その温もりにほっと息を吐き、ルキアスはこんな風にメークリッヒにも 触れて欲しいと不意に思う。子供扱いでもいい。実際自分はまだ子供だ。どんなに大人ぶったって本当の自分は 隠しきれない。大人になったらこんな風に触れてもらえる事もきっと限りなく少なくなる。今は子供の特権をフルに 使って甘えてみるのも悪くないかもしれない。ほんの少しだけゼオンシルトの言っていた事が理解出来る。 故に非常に不器用に口元を綻ばせ、横目に隣りの青年を見た。 「・・・有難う。今回さ、思ったんだ。やっぱメークリッヒは凄いって。オレなんかじゃ到底追いつけそうもないって。 でも・・・このまま死ぬかもって思った時、メークリッヒに自分の気持ちを伝えずに死ぬのは嫌だって思ったんだ」 「うん。俺は応援してるから。君にも彼にも幸せになって欲しい」 囁かれた優しい言葉にルキアスは目を細める。人に頼るという事をあまりしない彼だったが、ゼオンシルトに ならばいいだろうかと並んで座っているためにすぐ傍にある肩に凭れ掛かり悪戯っぽく言う。 「・・・・・振られたら、アンタの彼氏にゃ悪いけど胸貸してくれよ」 「大丈夫、ギャリックはあれで結構心が広いから」 「なんだよ、否定しねえ上にのろけかよ」 唇を尖らせ、毒づくとルキアスは凭れ掛かっていた肩から離れすくっと立ち上がる。その様子を緋色の瞳が追う。 視線を受けて振り返ったルキアスは一言。 「ちょっと気合入れに顔洗ってくる」 「ああ、行っておいで。メークリッヒの事は俺が見てるから」 「オレがいないからって浮気すんなよ!」 「はいはい」 軽く手を振って見送るゼオンシルト。ルキアスの姿が完全に部屋から消えると少し身を起こし、 後ろにあるベッドへと顔を向けた。目線の先には全身白い綺麗な顔の青年が穏やかな呼気を繰り返して 眠っている・・・・ように見えるが。 「・・・・聞いてただろう、メークリッヒ」 「・・・・・・・・・・・・・・」 「ルキアスの口から君の名前が出る度に微かに反応してたの気づいてたよ?」 カマをかけてみれば、身に覚えがあったのかメークリッヒはずっと塞いでいた瞼を開く。身体を起こす事なく、 顔の向きだけ変えてゼオンシルトを見上げた。そんな彼をゼオンシルトは優しく受け止め。 「君、ルキアスの事好きだろう?」 いきなり核心を突く。金の瞳が微かに見開かれる。本人は気づかれていないと思っていたのだろう。 実質ゼオンシルトがメークリッヒの心の奥底にある淡い感情に気づいたのはほんの数時間前だ。 不思議そうに見つめてくる無垢な瞳にゼオンシルトは微笑む。 「何で知ってる・・・って顔してる。君は本当に感情を隠すのが上手いよね。今日まで俺気がつかなかったし」 「・・・・・じゃあ、何で気づいた」 「君が、ガイラナックの浜辺にルキアスと打ち上げられた時・・・君、ルキアスの事ずっと必死で掴んでたんだ。 病院に運ぶために引き剥がそうとしてもなかなか離さなくて・・・だから気づいた」 「・・・・・・・・・・・・・・・・・・」 ゼオンシルトの言葉を最後まで聞くと、恐らく初めてだろう。メークリッヒは初めて人前で白い頬に血の気を 上らせた。居た堪れなそうに目を逸らす。 「否定しないって事は認めるんだ?」 「・・・・・・・・・ッ」 「君が隠そうとする気持ちも分からないでもない。でも、自分の気持ちに嘘をついたら苦しいだけだよ?」 そっとゼオンシルトの指先がルキアスにそうしたようにメークリッヒの髪にも触れる。 「ルキアスの気持ちは、もう分かってるんだろう?」 「・・・・・あの子のは気の迷いかもしれない。憧れを履き違えているだけかもしれない」 「確かに、憧れと恋は別物かもしれない。でも、彼は君に憧れているだけではないよ。さっき君たちが 浜辺に打ち上げられていた時の話をしたろう?あの時彼はね、あの小さな身体で君を守ろうとするかのように しっかりと君の事を抱き締めていたんだよ。あの子はいつだって君の傍にいたいんだ。君はどうかな?」 「・・・・・・・・・・・・・・・・」 答えは返らない。それでもゼオンシルトは黙ってメークリッヒの様子を窺う。 「ルキアスにも言ったけど・・・俺は君にも彼にも幸せになって欲しい。プライドとか世間体とかそんなもので 自分の事を偽らないでくれ。嘘をつけばつくほど苦しいだけなんだから」 「・・・・そんなつもりじゃない。プライドとか世間体を気にしてるわけじゃなくて・・・俺はきっと失う事が怖いんだ」 そう告げる普段は常にクールな青年の指先が震えている。本当に彼は怯えているのだ。 過去に何か大事なものを喪失してしまったのかもしれないとゼオンシルトは思う。髪を撫でていた手を指先に 移し、強く握り締めた。 「メークリッヒ。君は過去に囚われていた彼を救っただろう。俺の命も救ってくれたろう。 君はもう、何も失わない。君には守る力がある。そして彼も守られるだけでなく、君を守る。怖がらなくていい」 「・・・・・違う。俺は・・・皆が思っているほど強くない。弱くて弱くて・・・日増しに強くなっていくあの子を見ていると 置いていかれそうな、気になって幼子みたいに必死にあの小さな手を握る事しか出来なくて・・・・」 「なら、その手を離さなければいい。強いだけの人間なんていない。彼はきっとそれを分かっている」 大丈夫と最後に耳元に囁いて、廊下から聞こえてくる幼い足音にゼオンシルトはメークリッヒから身体を離す。 ドアが開いて、戻ってきた少年の姿に一瞬メークリッヒはあどけない表情を見せた。 「やあ、戻ってきたね。メークリッヒも気がついたよ。俺は席を外すから、まあごゆっくり」 「え、ちょ・・・・おいっ!」 「ギャリックが待ってるんだ。あ、ウェンディやユリィなら来ないよう言っておいたから大丈夫」 「は?だから、何を・・・・おい、ゼオンシルト!」 呼び止めるルキアスの声に振り返る事もなく、ゼオンシルトは入れ替わりに部屋から出て行ってしまった。 室内には途惑う二人だけが残されて、妙な沈黙が場を支配する。互いの手の内を探りあうように密やかに 様子を窺っていたがやがて痺れを切らしたのかルキアスが切り出した。 「・・・・メークリッヒ」 「何だ?」 「先ずはその・・・今回は巻き込んで悪かった。それから・・・有難う」 「・・・気にするな」 そっけない言葉に出鼻を挫かれるが、それでも今を逃すと言えなくなりそうでルキアスは続ける。 「オレ、死ぬかもって時に・・・アンタの事ばかり考えてた。アンタは、さオレの事なんてただのガキだと思ってるかも しれないけど・・・オレはアンタの事が・・・・・メークリッヒの事だけが好きなんだ。自分でもおかしいくらい、好きだ」 「・・・・・・・・思い違い・・・ではないのか」 「・・・・ッ、そりゃオレはまだまだガキだけど、自分の中で起きてる感情を間違ったりはしないっ! アンタは本当は記憶がなくて不安で不安でしかたなくて、脆くて、でも過去に囚われてたオレを救ってくれた。 オレは、アンタのそういう強いとこも弱いとこも含めて・・・かけがえがないと思ってる!」 血を吐くような切実な告白を真正面から浴びせられて、メークリッヒは途惑う。先ほど彼がゼオンシルトと話していた 内容はずっと耳に入っていた。だから、彼の気持ちは分かっていたつもりだった。けれど、あくまでつもりだったのだ。 今、目の前で告げられて初めてメークリッヒはルキアスの中の深く情念的な感情を知った。およそそれは憧れなどという 言葉で済むものではない。メークリッヒの本質を見抜いた上でそれでも好きだと言っている。メークリッヒの硬い心臓が ルキアスの想いに呼応して震えた。鉄面皮に少しずつ亀裂が入り、その下の素顔が現れる。 「・・・・・メークリッヒ・・・」 困惑の滲む声が名を呼んだかと思えば、小さな手のひらがメークリッヒの冷たい白い横顔に触れた。 温かく柔らかな感触。まるで少女のような。けれど少女のそれとは違い、頼りなさは感じられない。どころかその手に 宿る熱がずっと忘れていた安堵を思い起こさせる。そしていつしか、メークリッヒは寄せられたその手に自ら擦り寄っていた。 そこで漸く自分の頬に触れる指先が濡れている事に気づく。何故濡れているのか、答えは明白だった。 「メークリッヒ・・・・アンタ、何で・・・泣いてんだよ。そんなに嫌だったのか?」 「・・・・・あ・・・」 「アンタが、泣くほど嫌だって言うならオレはもう・・・言わないから、泣くなよ」 ごしごしと頬から目元へと指先を移動され擦られる。優しい手だ、愛しい手だ。次々と勝手に零れてくる涙を拭う 指先にメークリッヒはそんな事を思う。暫くされるがままにしていたが、愛おしさが込み上げて自然とルキアスの手を掴み、 自分の顔から離させると、指先に纏わりついた雫を拭うようにメークリッヒはそれに口付けた。 「・・・・・・!?」 関節の付け根を吸われてルキアスはびくりと身体を揺らした。真っ赤な顔で身体を捻り、少しだけ身を起こしている メークリッヒを見下ろす。川に落ちてからどれだけ時間が経ったのかは分からなかったが、まだしっとりと濡れた髪の 合間から金の潤んだ瞳が上目遣いにルキアスを見つめている。元が整っているだけにそれだけの事で滑稽なほど 動揺させられてしまう。捉えられた指先が緊張で小刻みに震えた。 「・・・・・寒いのか?」 「え?!」 「指。震えてる・・・・」 「ち、ちがっ・・・っつーかアンタ何して?!嫌なんじゃないのかよ!!」 平常心をなくしているために、必然と声が大きくなる。その声に驚いたのかメークリッヒは長い睫毛を数度瞬かせた。 凛々しいが何処か幼い美貌が余計に幼さを垣間見せ、ルキアスの目を焼く。ぽーっと見惚れていると、姿勢を 正したメークリッヒが手を離し、代わりにルキアスの両頬を掴み、視線を合わせる。薄い唇が静かに吐息を零す。 「・・・・・違う」 「な、何が?!」 「嫌じゃない・・・お前に好かれて・・・嫌なわけがない」 「それって、どういう意味だよ!」 裏返った問いに静寂な応えが返る。そしてその応えに更に重なる疑問。怒っているわけでもないのに、声は どんどんと荒く、大きくなっていく。しかしそんな事に気を配っている余裕のない少年を見てメークリッヒは笑った。 「な、何笑ってんだよ!」 「ルキアス、さっきから質問ばかりだな」 「あ、アンタがはっきり答えないからっ!!」 「怒ったのか?・・・・・可愛いな」 「・・・・・・・ッ」 可愛い、と言われてゼオンシルトの言葉を思い出す。彼は言っていた。可愛いという言葉は相手に対し 好意がなければ言わないはずだと。それをメークリッヒが口にしたという事は。 「あ、アンタ・・・今・・・・」 「可愛いと言った。多分、これからお前がどんなに成長して格好よくなったとしても・・・俺にとってお前はずっと可愛いよ」 「なんだよそれ・・・・それじゃオレ全然カッコつかねえじゃん」 「嫌なのか?つまり俺は生涯お前の事が愛おしいんだろうと言ったつもりなんだが」 「・・・・・・・・はい?」 耳を疑うような言葉を淡々と言われてルキアスは思わず聞き返した。前から思っていたが、メークリッヒという男は その剛毅で冷静な性格故かキワドイ言葉も真面目にサラッと口にしてしまう。それに周りの人間がどれだけ 振り回されているか知りもしないで。 「一応聞くが・・・その愛おしいってのは・・・親愛とかじゃねえよな?」 「違うな・・・・ああ、こうした方が手っ取り早いか?」 「え・・・・っ」 恐る恐る訊かれて、悪戯心が沸いたのかメークリッヒは不敵に笑み、ルキアスの細い腕を掴むと自分に引き寄せ、 柔らかな唇にキスを仕掛けた。まさかそんな事をされるとは思っても見ないルキアスは身体を強張らせ。 目を、閉じる事もなく見開いたまま至近距離の整った顔をずっと見ていた。 「・・・・分かったか?」 何がは言わず首を傾がれて、ルキアスは呆然としながらも頷いた。メークリッヒは遊びでこういう事が出来る人間では なかった。それはつまりそういう事なのだろうと解釈し、少年はまだ唇に残る熱を指先で辿り、面白そうにこちらを 見ているメークリッヒを微かに睨んだ。 「何で、睨む」 「・・・・オレからしようと思ってたのに、先を越された」 「そういう事か、可愛いなルキアス。ああでも・・・俺がお前に手を出すのは・・・犯罪なんだろうか」 ルキアスの燃え立つような緋色の髪を撫でながら、メークリッヒはぽつりと漏らす。よくよく考えてみれば どんなに大人びた態度であろうともルキアスはまだ十五歳という立派な子供だ。それに二十一歳のメークリッヒが 何かをするというのは問題があるように思えた。どうなんだろうと唸っているメークリッヒの姿は本人からしたら 至って真面目なんだろうが、ルキアスの口元に笑いを誘う。ぶはっと吐息と共にルキアスは噴出した。 「・・・・何だ急に」 「いや、だってアンタそんな真剣に・・・。つーかそれなら問題ねえよ」 「いや、問題あるだろ・・・・・う?」 考え事をしていたせいで珍しく隙だらけだったメークリッヒは不意にルキアスに胸を押されて、起き上がっていた 身体を再びベッドへ沈めていた。弾力あるスプリングが背中に当たる。再び起き上がろうとする前に、腹部の上に 重みを感じた。印象的な灰色の鋭い瞳が猛禽類のように獲物を見下ろしている。 「・・・・・・ルキアス?」 「アンタがオレに手を出すのは犯罪なんだろう?だったらオレがアンタに手を出せばいい」 「・・・・・・・・・本気か?」 ルキアスに押し倒されたメークリッヒは彼の言葉に目を瞠った。確かにルキアスの方から手を出してくるのなら 性別の事を別にすれば問題はないような気はする。だがしかし、それはつまり自分の方が受け手にされるという事で。 プライドのようなものが、ここぞとばかりに主張してくる。 「ちょ、待てルキアス・・・」 「待たない」 「幾らなんでも俺にだって矜持が・・・・んっ」 抗議の声は柔らかな唇に押し殺される。このままでは年下に身体を弄られる事になってしまう。それは頭では 分かっていたのだが、熱い舌が口腔内に潜ってくると次第にどうでもいいような気になってきてしまった。 たどたどしくも求めてくる舌の動きに魅了され、メークリッヒは目を閉じて受け入れる。 「ん・・・・抵抗しねえのかよ」 「俺が本気で抵抗したら・・・っふ・・・お前が怪我するだろう」 「じゃあ、いいのかよ」 「・・・・いいよ、おまえなら別に」 微苦笑混じりの許可を得ると、少し遠慮していたらしいルキアスが更に深く口付けてくる。幼さ故にがっつくような 荒い行為が微笑ましく、そして興奮を煽りいつしか僅かにあった途惑いは二人の頭から消えていた。 to be continude... ここで終わってもいいんですが、リクは裏との事ですので まだ続きますー。先輩ラヴァーズとしてギャリゼオにはルキリヒを 応援してもらい隊という願望作となってきています(アレー?) 5で目立てなかった分、ここぞとばかりに前に出てくるゼオンはどうなんですかね。 多分ギャリに取りあえずがめつく前に出ろと教えられたのでしょう。 裏はなるべく早くUP予定です。今しばらくお待ち下さい。 |
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