小休憩を兼ねて滞在していた街の片隅にそれは転がっていた。 真っ白なコートを地面に広げ、両腕には紫色の花束を抱えて、まるで棺に眠る死人のように。 音もなさずに、ただ静寂を纏いながら――― 木漏れ日の下で君は何を夢見る 「・・・・・・・・・・」 先ず第一に少年の頭を過ぎる言葉は、何をしているんだコイツは、だった。 幾ら人通りの少ない緑園だとしても、何の前触れもなく転がられていたら少し驚く。 しかも何故か両手に抱えきれぬほどの紫色の・・・よく分からない花を抱え、辺りにも少し散っている。 白い肌と服にその色はとても映えるけれども、まるで死人のようであまり縁起がいいとは言い難い。 オレは参列者じゃねえんだぞ、と偶然にも見つけてしまったそれに少年は軽く息を吐いた。 「・・・・・・息、してるよな?」 あまりにも静か過ぎて心配になり、近くに腰を下ろすと恐る恐る小さな手は引き結ばれた唇の上へ。 しかしそれだけでは呼気を感じ取れず、脈の取りやすい首筋に指先を移動する。厚いボディースーツに阻まれ 分かりにくいが確かにそれは動いていた。少年は先ほどとは違う類の小さな吐息を零す。 それからほっとした自分に少し疑問を抱いた。 「何安心してんだオレは・・・・」 こんな風に心配せずともこの男はそう簡単に死にはしないと思っているくせに。生きていると知って安堵するのは 何か矛盾している気がした。ふと、男の首筋に触れていた手を離して見下ろしてみる。別になんて事はない。 人に触れただけ、溶けたり焦げたりなんてしないはず・・・・なのに何故か非常にそれが熱くなっている気がして 少年は途惑う。ちらと横の寝顔を盗み見る。相変わらず、静かな。そしてこの世のものとは思えぬような綺麗な寝顔。 目覚めている時の力強さは瞳を閉じていると妙に儚げに見え、浮世離れした様子からは生気を感じられなかった。 「・・・・・・・・・・・・・・・」 何か言いかけて、けれども何かを言いたいわけでもなくて結局少年は口を噤む。別にこうして見張っていなくとも この地面に転がっている男はその内勝手に目が覚めるだろうと分かっていて、それでも何となくその場から動けずに居る。 目を離したら消えてしまいそうだとでも思っているのだろうか。自分で自分に問いかけてみるが応えは返らない。 早く目を覚ますといい。自身の身体を抱き締めるように座り込む少年は願った。早く早くいつものように目を開けて、 変わらぬ無表情でオレの名を呼べばいいと。願って、そのあまりの内容に少年は頬を赤らめた。 「・・・・なんだそりゃ」 何を馬鹿な事を考えているのか。これではまるで名を呼ばれたがっているようではないか。違う、オレはただコイツが ちゃんと生きているか実感したいだけだと少年は一瞬脳裏に浮かび上がった感情に必死になって首を振った。 この男はあくまで憧れで、目標で、超えたい存在であって、それ以上の感情は・・・・ないはずだ。そのはずだと何度も 自分に言い聞かせる。けれど、だんだんと居辛くなって、けれど寝たままの彼を置いていくのも気が引けて少年はだったら 起こせばいいのだと手を再度伸ばす。肩口を掴んで軽く揺すってみれば、上を向いていた顔がこてんと少年の方に向く。 長めの前髪が顔の向きに合わせて流れた。睫毛が震え、何の色も乗せていなかったまっさらな表情にうっすらと笑みが 浮かべられ、少年は驚いて手を止める。 「・・・・・・・・ッ」 黙っていても綺麗な顔だと思っていたが、そこに笑みが浮かべられるとより際立つ。何かとてもいい夢を見ているのかも しれない。滅多に表情を変えないこの男が思わず微笑んでしまうくらいに。それは一体どんな夢だろう。優しい夢だろうか。 綺麗な夢だろうか。それとも誰か、愛しい者の夢でも見ているのだろうか。想像して、不思議と少年の眉に皺が寄った。 別に彼がどんな夢を見ようが自分には関係ない。関係あるとすれば、自分も彼のように悪夢に魘されたりせず、穏やかな 眠りにつきたいと思うくらいだ。羨ましいと、それだけ。そのはずなのに、自分の胸中を占めるのは羨望ではなく、妬みとも 違う、一番似ているのは嫉妬と呼ぶ感情だろうか。それも彼自身にではなく、彼の夢に存在しうる誰かに、で。 それは、言うなれば自分自身が彼の夢の中に在りたいように感じて、少年は益々困惑する。彼が誰に微笑んだって、 誰を夢に見たって何の関係もない、そのはずなのに何を羨んでいるのか、何を疎んでいるのか。訳が分からない。 もう、こんな感情に振り回されるのは御免で、一度は凝視していた寝顔から目を逸らし、更に方を強く揺する。 早く、目を覚ませ、早く早く早く。 「早く起きろ、メークリッヒ」 堪えかねて、声をかければ漸く寝こけていた男の目が開く。陽光を受けて輝く金色の両眼は突如降り注いできた 光を眩しそうに避けながらも、真横に座る少年を捉える。緋色の髪のまだ女の子のように小柄な少年。けれど、いつかは 自分すら凌ぐほどに成長するであろう、少年。その顔が何処か苛立っていて、首を傾ぐ。 「・・・・ルキアス?」 名を呼べば、彼はほんの少し顰めた表情を和らげた。一体何なのだろうとメークリッヒは思ったが、それよりもと 横たえていた身体を起こす。軽く辺りを見回してみれば、宿屋のベッドの上ではなく、木々や草花の茂る緑園で。 おや、と一瞬思うものの次いでああと納得する。 「ああ・・・寝ていたのか俺は・・・・」 「・・・・・何でこんなとこで寝こけてんだアンタは・・・・・」 「ん?花を摘んでいて・・・・いつの間にか寝てた」 「・・・・・・アンタなぁ・・・・」 さっぱり説明になっていないとルキアスは思ったが、これ以上聞いても多分同じ答えしか返ってきそうにないと早々に諦め、 起きたのならそろそろ宿に帰るよう言おうとして、ふと気になった事を尋ねてみた。 「なあ、アンタ・・・・・何か夢見てなかったか?」 「ああ・・・・あれが夢だったのなら・・・・見ていたのだろう」 「夢か現実かも分からない夢ってか。・・・・・・どんな夢だよ」 まだ覚醒しきっていないのかぼんやりとした眼差しのメークリッヒにルキアスはやや呆れた風に呟くとメークリッヒは 立ち上がって自分より上にある幼い顔を見上げて言う。 「・・・・・お前の夢だ」 「・・・・・・・・・え?」 それを聞いてルキアスは思わず固まる。何故かといえば、メークリッヒは夢を見ながら笑っていたからだ。普段滅多に 笑わないくせに。それ故、誰か特別な人の夢でも見ているのかと思っていたのだ。なのに、自分の事を夢見ていたと 告げられ、途惑わずにはいられない。メークリッヒと視線を合わすとメークリッヒは微かに笑んでもう一言付け加える。 「正確には、お前とウェンディが喧嘩している夢、だが」 「・・・・・・は?」 「あまりにもいつもと変わらない様子だったから夢ではなくて現実かと思っていた」 だから目が覚めた時にお前がいて多少驚いた、と淡々とした口調は言ってくれる。聞いてルキアスは何だと肩を竦めた。 瞬間的にでも自分の夢を見てメークリッヒが笑っていたなんて、と胸を高鳴らせていたのが馬鹿らしく思える。 それと同時、僅かながらに残念だと思っている自分の存在に疑惑が上った。 何だそれは、何だそれは。何、残念とか思っちゃってるんだオレは。野郎に自分の夢見られて微笑まれて嬉しいとか ありえないだろう。おかしい、おかしい、おかしい。ああ、そうだオレきっと寝不足続きでおかしいんだ。なーんだそっか、 ああ、よかったよかった。一瞬自分がもしかしたらメークリッヒに惚れてるんじゃないかなんて思っちまったぜ。 そんな事あるわけが・・・・あれ、あるわけないのか?じゃあ何でオレがっかりしてんだ。変じゃねえか。他人の夢に 一喜一憂してるなんてそんなまるで乙女みたいな・・・・・・・・・あれ? 「いや、まさかそんなっ!!」 自問自答している間についには口に出してしまうルキアス。何か考え込んだかと思えば急に大声を上げたルキアスに 驚きメークリッヒは目を瞠る。それから、真上の顔を覗き込む。いつの間にか頬が赤い。大声を出したせいかと思いつつも 風邪でも引いたのかもしれないと、メークリッヒは花を抱えたまま立ち上がり、両手が塞がっているので腰を折って ルキアスの額に自分の額を押し当てた。 「!?」 「・・・・・熱は、なし・・・やっぱり急に大声出したせいか?顔が紅いぞルキアス」 「は・・・何っ・・・・つーかアンタ、何して・・・・」 「仕方ないだろう、両手が塞がってるんだ・・・・ああ、そうだ」 手元の花へと目を留めてメークリッヒはそれをルキアスへと差し出す。 「・・・・な、何だよ」 「いや・・・眠れていないんだろう?ラベンダーは安眠効果がある花なんだ。これを枕元に生けておくといい」 「え・・・・オレに?ウェンディやユリィにじゃないのか??」 「・・・・・・・・?お前にだ。お前が少しでも眠れるように・・・・いらなければウェンディたちにやってもいいが」 どうする?と尋ねられてルキアスは甘痒い気分になりながらも、差し出されたそれを奪うように受け取る。 はらりと紫の花弁が数枚散っていく。正直、花を愛でる趣味も、男からそれを貰う趣味もないが、メークリッヒが自分のために くれるというので受け取らずにはいられなかった。真っ赤な頬を隠すように花に顔を埋める。 「・・・・べ、別に花なんて貰っても嬉しくないんだからなっ。ただ、貰ってやらなきゃアンタが可哀想だから・・・」 「そうか」 「ほ、本当に本当なんだからなっ!調子乗んじゃねえぞ!!」 「・・・・・・・・・・・?」 よく分からぬ事を吼えているルキアスに首を傾ぐメークリッヒ。それでも受け取って貰えた事に安堵したのか僅かに 口元が緩む。この少年が夜中、過去の悪夢に魘されてろくに眠れていないのは知っている。そのせいで、少々 怒りっぽいのも。そんな彼が少しでも安らげればいいと願って、メークリッヒは緋色の髪をくしゃりと撫でると踵を返す。 「・・・・ルキアス、そろそろ日が暮れる。宿に戻ろう。それと・・・起こしに来てくれて有難う」 「いや、偶々居合わせただけで別に起こしに来たわけじゃないんだけど・・・」 「そうなのか。てっきりユリィにでも頼まれたのかと思った」 すたすたと前を行くメークリヒの後ろを歩くルキアスはこっそりと心臓に手を当てる。さっきもかなり鼓動が速かった 自覚があったが今はそれ以上に速い。まだ額に感触が残っている。ただの頭突きだと思えと自分を偽ってみるが 上手くいかない。撫でられた頭もどこか熱い。何なんだコレはと考えるのも面倒になってきた。フルフルと首を振って、 けれどこのまましてやられっぱなしは面白くなかったので花を抱えながらもメークリッヒの長いコートの裾を掴む。 「・・・・・?」 くいと引かれてメークリッヒは後ろを振り返った。するとまだ顔の紅い少年にしゃがむよう言われて、何故と思いつつ 言葉に従う。ルキアスよりもメークリッヒの方が背が低い状態になると、ルキアスは両手いっぱいのラベンダーの中から 一番綺麗な一輪を抜き取るとそれをそのままメークリッヒの髪に女の子の髪飾りのように飾りつける。 「・・・・・・・何だ?」 「一輪やるよ」 「・・・・オレは別に眠れるんだが・・・・」 「いいから!やるって言ってんだろ!」 紅い顔で言い放つとルキアスはメークリッヒよりも先に宿の方へと走って行ってしまった。取り残された形になる メークリッヒはどうしたものかと数秒唖然としていたが飾られた花を手に取り。 「・・・・・彼はラベンダーの花言葉を知っているのかな」 ぽつり、ぼやく。くるくると手の中で回してみる。柔らかく高貴な紫色は目にも優しい。人に安らぎを与えるこの花には 色々な花言葉がある。一つは『疑い』、もう一つは『不信』、更に『期待』、そして――― 「・・・・・・ただの感傷か」 目の前から消えてしまった強い光を思って目を伏せるとメークリッヒは立ち上がり、ゆっくりと宿へと歩を進める。 ルキアスが眠れるようになればいい。そう思っていたのは本当。あの健気な命が苦しむ様は見たくはなかったから。 でも、ラベンダーの花に込められた本当の思いは、告げられるはずもなく。 「おやすみ、俺の・・・・淡い夢」 木漏れ日の下で見た優しい優しい夢。ウェンディとユリィとルキアスが居て、いつものように喧嘩したりはしゃいだり、 そんな彼らを遠巻きに見つめている自分。もう彼らの輪に入っていけるほど自分は無邪気ではなく、そこにただ立ち尽くすしか 出来なかったけれど、そんな自分に気づいて、あの緋色の髪の少年は夢の中でではあるけれど、いつも手を引いてくれる。 そんな優しい夢をずっと見ていた。いつかは、離れていってしまうのだろう事を分かっていながら。あの温もりがずっと 続けばいいのにと、無理な事を願って。 溜息を吐いて、もう一度手元の花を見下ろし、花弁から香る優しい匂いに癒される。いつかは、彼らとは離れ離れに なってしまうかもしれない。けれど、この花をずっと自分の手元に置き続ける事は出来るだろう。良い思い出を貰ったと メークリッヒは貰った花を萎れぬよう、大事に大事に両手の中に包み込んだ。 彼の淡い淡い思いを知らない少年は、芽吹き始めた心の花に途惑いながらもメークリッヒのように貰った花を大事に 腕に抱えて走る。二人の胸の奥で咲く花はどちらも同じ色をしていた。 ラベンダーの花言葉。 一つは『疑い』、もう一つは『不信』、更に『期待』。 そしてあと一つは・・・・・ 『あなたを待っています』 ―――無口な青年の、精一杯の意思表示。 fin...? 何となくお互いを意識した瞬間として書いてますが ユリィを書くのを忘れました(殴)確かメークリッヒはアニータに花をあげたり してたので一回花をモチーフにした話を書きたいなあと思ってたのですが 中途半端になったぜ、チクショウ。ゲームの時間軸はルキアスの寝言イベント後、 という事で(適当だな) |
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