Are you happy?




「天翔船を浮上させた今、何か遣り残した事はないな?」

イリステレサの儀式が終わった後、メークリッヒは皆を集めてそう尋ねた。
天翔船に乗り込んだらもう後戻りは出来ない。インフィニトーとの戦いで最悪命を落とす可能性だって
否定は出来ないのだ。それ故に、何も心残りは残して欲しくない。真摯な瞳が仲間たちの顔を窺う。
するとおずおずと一人が片手を挙げた。

「・・・・どうした、ゼオンシルト?」
「あの・・・皆からしたら、どうでもいい事だと思うんだけど・・・」
「何だ、言ってみろ」

言い出しにくい事なのか、次の言葉を発せられずにいるゼオンシルトの紅い双眸をメークリッヒはひたと追う。
その随分な至近距離に内心ルキアスはむっとしたが、当のゼオンシルトは気まずげに眉を寄せた。
右へ左へと視線を移し、全く逸れない金の輝きが目の前にあり続けるのを確認すると観念したのかぼそぼそと声を漏らす。

「・・・・・なんだ」
「何、聞こえなかった」
「その、もうすぐギャリックの誕生日なんだ」
「・・・・・・・・・・・・・ほう」

少し強めに言い直された言葉を拾ってメークリッヒは顎に手を当て、繁々と真っ赤になっている青年を見つめる。
まさかそういう内容だとは思っていなかったため、物珍しさが上に出て来てしまったのだろう。この遠慮がちな彼が
わざわざ口にするくらいなのだ。よほど気になっているに違いない。そう判断してメークリッヒは滅多に浮かべぬ微笑を
口元に貼り付けると自分とほぼ同じ高さにある頭の上へとぽんと手を乗せ。

「いいだろう、ここは皆でゼオンシルトのために協力しようじゃないか」
「・・・・・え?」
「それは・・・どういう事ですか、勇者様」

ふわりとユリィが主人の発言の意味を捉えかねて尋ねる。そんな彼女のあどけない表情に笑みを深めたメークリッヒは
困惑しているらしいゼオンシルトにも言い含めるように言葉を足す。

「だから・・・ゼオンシルトのためにギャリック大尉へのプレゼントを選ぼう、という事だ」
「まあ、それは素敵ですが・・・コリンの勇者様プレゼントの用意はもうお済で?」
「え・・・・まだだけど・・・・でも、皆まで俺の私用に付き合せるのは悪いよ・・・」
「気にするな、何のための仲間だと思っている。プレゼントの用意が済んでいないのなら尚更だ」

皆、いいだろう?と周囲の面々にメークリッヒは了承を求める。ユリィを初めウェンディやイリステレサは快諾している。
女性はそういうショッピングでの物選びやイベント事が好きだからなのだろう。対して男性陣は少々面倒そうではあるが
他の面々がいいならいい、といった風体だった。ただ、ルキアスに限っては多少面白くなさそうに剥れている。

「・・・何だルキアス。嫌なのか?」
「別に・・・嫌ってわけじゃない。ただアンタが・・・・」
「俺が、何だ?」

心底不思議そうな表情で見下ろしてくる白皙の面。その鈍さにルキアスは溜息を吐きつつ、彼の首を引き寄せ
耳元に何事かを囁く。するとメークリッヒは暫しの間固まる。それから僅かに頬を朱に染めるとぐしゃりと緋色の髪を撫で。

「馬鹿、そんなんじゃない」

言う。更に自ら屈んでルキアスの耳元に囁き返せば、彼もまた赤面した。そんな二人を他の面々は頭上に疑問符を
乗せて見守っている。ウェンディがユリィに何言ってるか聞いてくるよう頼んだりしているが基本的にユリィはメークリッヒの
言う事しか聞かない性質なのでプルプルと首を振っていた。取り残されてしまったゼオンシルトはどうしようかと
心持ちもじもじしている・・・ように見える。気づいたメークリッヒはルキアスに一度目をくれた後、振り返り。

「すまない、話が脱線したな。ルキアスも承知した、というわけで善は急げだ」
「・・・・本当に良かったのか?」

心配になってゼオンシルトはメークリッヒの後ろにいる少年へ向けて首を傾ぐとこくりと一度頷かれた。
そこに渋々といった感じは見られない。一体メークリッヒは何を言ったのだろうと気になって、ゼオンシルトは
白い腕を自分の方へと引く。

「なあ、一体何を言ったんだ?」
「・・・・・・ルキアスが俺が君にばかり構ってると言うから・・・・『好きな人の誕生日を祝いたい気持ちはよく分かる』と言った」
「ああ・・・・なるほど。それで・・・・」

ウェンディたちには聞こえぬよう話し合っていたゼオンシルトは、すっかり機嫌を直したらしい少年を微笑ましく思った。
メークリッヒの言う好きな人とはルキアスの事なのだから当たり前だ。仲がいいなあと深紅の眼差しを細める。
自分とギャリックは果たしてどうなのだろう。考えて少し不安になった。自分はギャリックといる時はいつも楽しい。
幸せで、このまま時が止まればいいとすら思う。彼は本当に優しくて自分が欲しいものをそっと与えてくれる。

それに対して自分はどうなのか。正直言って彼が何が好きで、何が欲しいのかすら分かっていない。与えられるばかりで
何も返してあげられない。だから、この誕生日は唯一と言ってもいいほどのチャンスなのだ。失敗するわけには行かない。
ギャリックに是が非でも喜んでもらわねば。幸いな事に協力を申し出てくれた仲間たちの存在を有り難く感じながら
ゼオンシルトは決意を固めていた。



◆◇◇◆



先ずは情報収集だろう、と意見が纏まったので一行はギャリックのいるガイラナックまでトランスゲートやキャリィを駆使し
やってきた。しかしキャリィには定員があったため、全員でというわけにはいかず、そのメンツはメークリッヒを筆頭に
ユリィ、ルキアス、ウェンディ、それから当然ゼオンシルトだった。留守番する事になったイリステレサやホフマンは
残念そうだったがこればっかりは仕方ない。キャリィに乗る事の出来た面々はガイラナックの街の奥、グランゲイル城の
傍までやって来たのだが、ここからが問題で。

「さて、来たのはいいがここからどうするか」
「流石に城に入っていくわけには行かないし・・・兵舎の方も簡単には通してくれないだろうな」
「どーすんだよ、それじゃ情報収集にもならねえじゃねえか」

ブツブツと呟いている男性陣の後ろでウェンディはうーんと唸っている。しかし何か思いついたのか手を合わせ、
いつものように明るい声で言う。

「ねえねえ、私ってさヒンギスタンの王女じゃない。お城に入れてもらえないかなあ」
「ってアンタ、ヒンギスタンは王政はやめて民主国家になったんだろ。もう王女じゃねえじゃねえか」
「あ・・・そっか。そうだったね、うっかり忘れてた」
「おいおい、しっかりしてくれよ。大体ここの人間は外の大陸の事、殆ど知らねえんだから王女だとしても証明出来ないだろ」

入れてくれるわけねえよ、とルキアスに言われてウェンディはすっかり沈んでしまった。まあ、いつもの事だ。
ウェンディは少々うっかりしているというか思慮が浅いというか、とにかくその発言は大抵突拍子がない。相手にするだけ
無駄な場合も多く、実はメークリッヒもその辺は初めからあまり期待はしていなかったようで軽く肩を竦めていた。
そんな主の姿を眺めていた妖精の少女は自分が力にならなくては、と黄金の瞳の前に飛び立ち。

「勇者様、でしたら私が行きます」
「ユリィが・・・?」
「はい、妖精は嘘を吐きませんから人間の方々は信用して下さいますし・・・。
ギャリック様の事を知りたいのであれば、あの方の親友のルーファス様を呼ぶかロッティに聞けばいい事ですもの」
「ああ・・・そうかユリィにルーファス大尉を呼んできてもらえばいいのか」
「ええ。ですから私がルーファス様をお呼びするまで皆さんはここで待っていて下さい」

役に立てそうな事が嬉しいのか、ユリィはやや得意げに羽をはためかせて弊社の方へと飛んで行く。
その小さな後姿を見守る他の三人は、そこらの木陰で一休みする事にした。芝生にストンと腰を下ろす。
と、ウェンディが興味津々といった顔でゼオンシルトへ視線を送る。

「・・・・何?」
「んー、ゼオンシルトってばいっつも大人しくてさぁ、こういう風に何かしたいって言うの初めてじゃない。
だからちょっと意外っていうか・・・そんなにギャリックさんが大切なのかなあって」

乙女というのはこういう話が好きなものだ。どうなの?と首を傾ぐ紫がかった桃色の瞳はキラキラと輝いている。
期待の篭った視線を受けてゼオンシルトは気圧されるものの、ギャリックの話をするのは好きなのでほにゃと
頬の筋肉が緩む。目の当たりにしたウェンディは驚く。しかしそんなウェンディに構う事なくゼオンシルトは口を開いた。

「んと、ね・・・俺、ギャリックが大切なのは勿論だけどそれ以上に大好きなんだ」
「まあそりゃ・・・見てれば分かるって言うか・・・・大好きだから大切って事になるんだろうし・・・・」
「うん、だからね。俺はギャリックが居てくれて凄く嬉しいから、彼が生まれてきた日に凄く感謝している」
「それで、誕生日を祝いたい、と」

ふむふむと感慨深く頷くとウェンディは目を細めた。

「じゃあ、喜んでもらえるものプレゼントしなきゃね」
「うん・・・・でも俺、ギャリックが何が好きかとかよく分からないんだ」
「そうなのか?趣味とか何かあるだろう」

メークリッヒの問いにゼオンシルトは首を傾ける。ギャリックとは出来るならいつも一緒にいたいとは思っているものの、
それぞれ住む場所も違えば所属も違う。おまけにどちらも仕事が多忙なため、滅多に会う事も叶わない。よって趣味嗜好など
情けない事に殆ど知らないのだった。ぐにゅと表情を歪める。明確な言葉はなくとも、状況を察したメークリッヒは
溜息吐いて、一瞬隣に座るルキアスを見た。そして思う。自分は彼の事をどのくらい分かっているだろうか、と。
ゼオンシルトに比べれば相手と一緒に居られる時間は長い。それでも相手の事を全部知っているかといえば否だ。
だとしたら殆ど傍にいられないゼオンシルトの不安というものは自分が思う以上に大きいのだろう。ならば何とかしてやりたい、
と思うのは友として当然の事。早くユリィが戻って来ないだろうかと兵舎の入り口の方へと向く。

そうして暫しやきもきしながら待っていると、ルーファスを伴いユリィが出てくるのが見えた。パッとメークリッヒよりも早く
ゼオンシルトが立ち上がりルーファスへと駆けて行く。

「ルーファス大尉」
「やあ、ゼオン君。彼女から話は聞いています。私に聞きたい事とはなんですか?」

彼女、と言う際ユリィを見ながらルーファスが問う。それにゼオンシルトはもごもごと口篭りつつも、ちゃんと聞かねばと
姿勢を正し、蒼い瞳を仰いだ。穏やかな海のような色。それと正対の彩を思い出し、つい頬が染まる。
あの空を染める紅い夕日のような。

「・・・・ゼオン君?」
「あ、・・・・すみません。大尉を見てたらギャリックの事を思い出してしまって・・・」
「ああ、それで。随分と熱心に見つめられて勘違いしてしまいそうになりましたよ」

常と変わらぬ表情からはそれが冗談なのかどうかが分かり辛い。困ってしまうゼオンシルトを可愛いなぁと内心で
思うものの表には出さず、質問を繰り返す。

「で、私に聞きたい事は何ですか?」
「あ、あの・・・・ギャリックが欲しいものとか・・・・分かりますか?」
「欲しいもの?そうですねえ・・・・彼はああ見えて物欲に乏しいところがありますから・・・よく分かりません」

淡々とした語り口。聞いていてどんどんと悲しげに瞳を伏せるゼオンシルト。その様子を見ていてルーファスは
そういえばもうすぐギャリックの誕生日だったなと思い出した。それで、欲しいものは何かという問いなわけだ。
納得すると非常に微笑ましい気持ちになってくる。相変わらず、親友とその相手はいつまで経っても初々しいものだと
ギャリックよりも自分の方が年下なのに年長になったような錯覚をしてしまう。

「もう・・・本当に貴方と言う人は・・・可愛いですね。誕生日、多分彼忘れてると思いますからしっかり祝ってあげて下さい」
「・・・・・で、でも・・・欲しいものが何かも分からなきゃプレゼントも用意出来ないし・・・・」
「それならギャリックは割りと本を読むのが好きみたいなので本とかどうでしょう。
それか・・・よく食べる人なので手作りの料理とか喜ぶかもしれませんよ?」
「本か、料理・・・・・」

反芻すると打って変わってゼオンシルトは嬉しそうに微笑む。不安げにしていた彼を見守っていた面々もそれを見て
ほっとした。あくまで彼らはゼオンシルトを喜ばしてあげたくて協力しているのだから。ここでがっかりなどされては本末転倒も
いいところだ。とにかく微々たるものではあるが、情報を得た彼らは礼もそこそこに急いでプレゼント選びを始める事にした。
そうでないと時間が足りない。誕生日というのは一日限りであるし、それ以前に天翔船を浮上させてしまったのだから
のんびりしている暇など寸分も残されていないからだ。

「よし、じゃあ俺とウェンディで本を選んでくるからルキアス、料理の面倒は見てやってくれ」
「そりゃいいけど・・・本、コイツが選ばなきゃ意味ないんじゃないのか?」
「・・・・・・・・・じゃあ、お前たちで選んで来い。その間に俺とウェンディは材料を選んでくる」
「そうそう、食材選びは私たちに任せてよ。当てもあるし」

ね?とウェンディはメークリッヒに同意を求めた。メークリッヒはコクリと頷く。以前にもウェンディに付き合って食材選びに
走った事がある。その時の要領で選んでくればいいだけの事。少々、歩き回らねばならないが仲間のためならと
二人はゼオンシルトらに見送られて街に出る。

「よし、じゃあオレとアンタで本選びな」
「うん・・・でもよかったのかな・・・食材選びの方が大変そうだけど・・・」
「本人たちがいいって言ってんだからいいんだろ。それより本だって結構数があんだから早く選ぼうぜ」

そういう少年に手を引かれてゼオンシルトは古書店まで引っ張って行かれる。しかし、本をあまり読まない身の上としては
何がいいのかさっぱり分からず、散々悩んだ結果、店員のお勧めの本を選び店を出るとメークリッヒらと待ち合わせた宿で
彼らは二人の帰りを待った。

「遅いね、何かあったのかな」
「とか言ってるとアイツらの事だ、ひょっこり帰って・・・」
「「ただいま」」
「・・・・・・ほらみろ」

噂をすれば影とでも言うのか、メークリッヒとウェンディが大荷物を抱えて帰ってきた。

「遅かったな・・・・つーか、何だよその荷物の山は」
「いや、途中からウェンディが妙に凝り出して・・・」
「だあってぇ、好きな人への料理でしょ?せっかくなら美味しいって思って欲しいじゃなぁい」
「私と勇者様は多いのではと申したのですが・・・そういう事ですので使って下さると有難いのですが・・・」

ふわりとメークリッヒの肩に座っていたユリィがルキアスとゼオンシルトの前まで飛んで来る。
メークリッヒとウェンディの腕の中には魚やら野菜やら漬物やらありとあらゆる食材が山のように抱えられていて。
全てを使い切るのは非常に難しい、と料理に手馴れたルキアスですら思う。

「日持ちしないものばっかりだから、しっかり使い切ってねv」
「無茶を言うな、こんなに使いきれるわけ・・・・」
「ウェンディ・・・・俺とギャリックのためにこんなに用意してくれるなんて・・・・有難う・・・・!」
「って、喜んじゃってんのかよっ!!」

何やらウェンディの行動にいたく胸を打たれたらしいゼオンシルトは感激のあまり瞳を潤ませ、ルキアスは
そんな彼の素直なのだか異常なだけなのだかよく分からぬ反応に声を荒げて突っ込みを入れていた。



◆◇◇◆



「ふ・・・・ぁ・・・眠ぃ」

欠伸一つ漏らして、ぺらりと書類の綴じられたファイルを一枚捲る。
グランゲイルという国は、軍事力を第一に唱えているお国柄故、部隊編成などには非常に煩い。
それを毎回調整するのは士官の中でも特に戦いを得意とするスレイヤーでもある大尉両名であって。
兵士の個人情報に目を通すだけでも大体丸一日は掛かる。それを二日で仕上げろというのだから鬼というもの。

「・・・・中将が健在だったらもう少し何とかなってたっつーのに・・・一兵卒は気楽で羨ましいこった」

ウォルゲイナーを亡くしてからというもの、ただでさえ忙しかった大尉業が更に忙しくなった。
軍事国家であるが故か、腕力はあっても指導力に欠ける人間が多く、新しく中将に昇格した人間も役に立たない。
資料を纏める大尉たるギャリックは憂鬱そうに息を吐く。本来自分もどちらかといえば戦う方を得意としているのだ。
デスクワークは苦手というわけでもないが得意というわけでもない。それが毎日続けば気が滅入っても仕方のない事で。
段々と書類を捲る手の動き、紙面を追う目の動きが遅くなっていく。このままでは非常に能率が悪い。
いっそ一度仮眠でもとって気分転換を図ろうか。そう考えたギャリックは読み途中のファイルに付箋を貼ってから閉じ、
室内の奥にひっそりと佇んでいる仮眠用ベッドに横になろうとするものの、ノックの音が聞こえ立ち止まる。

「・・・・・ったく誰だよ・・・・・・今開けるから待て」

書類の提出でも早まったのかとのろのろとした動作でドアの鍵を外しに行く部屋主。完全に寝る気でいたので邪魔されて
少々虫の居所が悪い。むっつりと眉間に皺寄せた表情で扉を開けばそこにあるのは予想外の顔。

「・・・・・・ゼオン・・・?」

まだエルグレンツ大陸の人間に付き合って旅をしているはずのゼオンシルトが目の前に立っている。この間偶々会った時の
様子から言ってまだ用事は済んでいないはずだがどうしたのか。会えて嬉しいという思いよりも先に疑問が頭上に上る。
しかし今はどうも頭が回らない。取り敢えずいつまでも廊下に立たせっ放しもどうだろうと室内に招く。

「何か用があるんだろ?部屋に入ったらどうだ」

くいと顎で部屋を示し踵を返すとそんなギャリックの後にゼオンシルトはお邪魔しますと呟いてから付いてくる。
勧められるままにソファに腰を落とし後ろ手に隠していたものをギャリックに見えないよう足元に置く。何処かそわそわした
様子のゼオンシルトを不審に感じながら、自分も同様に正面のソファに座るとギャリックは小首を傾げ。

「で、どうした?まだあっちの大陸での用事は済んでねえだろ?」
「あ・・・うん、これからあの・・・インフィニトーっていう異世界の侵略者と戦いに行くんだけどその前にちょっと・・・」
「また随分と危なっかしい事してんだなあ・・・・まあクイーンを倒したお前なら平気だとは思うが・・・・」

でも気をつけろよと釘を刺して、紅い瞳は自分と同色の、けれども自分のそれよりも大きな紅を見つめる。
このゼオンシルトという人間は戦いに於いては優秀だがどうも普段の私生活は抜けている故、大丈夫だろうとは思っていても
つい心配になってしまう。辛くても辛いと言えない性格のため、尚更だ。が、そんなギャリックの心配を分かっているのか
いないのか、ゼオンシルトは照れたように頬を染めると嬉しそうに笑っている。

「・・・・お前、自分が危険な立場にいるって分かってねえだろ・・・・」
「そんな事ないよ?でも・・・心配してもらえて嬉しかったから」
「そりゃ、心配になるだろ。何にもねえとこで転んだりするような間抜けなんだからなお前は」
「あ、酷いっ!確かに俺よく転ぶけど何もないとこで転んだりしないよ流石に!!」

と、フォローになっていないフォローを自らかますゼオンシルト。ぶー、と唇を尖らす。相変わらず変わっていないというか
幼いというか子供っぽいというか・・・そんな事を考えつつもギャリックの口元はゼオンシルトとは対照的に少し綻んでいる。
疲れていたはずだが、ゼオンシルトの登場で何というかいい意味で気が抜けているのを自覚すると更に笑みは深まり。

「・・・・ギャリック?」
「いや・・・・何でもねえ。それより結局何の用なんだ?」
「あ・・・・えっとその・・・・これを・・・」

足元に置いていた本を手に取るとギャリックの視界に入るところまで持ち上げる。黙ってそれを追っていた緋色は
ふと瞬いて、指差すと一言。

「その本、そういやこの前ルーファスにオチ言われた奴だな」
「・・・・・え?」
「面白かったですよーとか言いながらサラッと内容ばらしていきやがったんだ・・・。
読もうと思ってたのに・・・・しょぼいがかなり性格悪い嫌がらせだと思わねえか?」

同意を求められてゼオンシルトは言葉に詰まった。内心でルーファス大尉の馬鹿ー!!と罵るが当人にその声は届かない。
一生懸命・・・最終的には店員さんのお勧めではあるが選んだ本なのにもう内容を知ってるとなれば誕生日プレゼントとして
意味をなさないだろう。何が何だか分からずにいるギャリックを余所に、ゼオンシルトは差し出しかけた本を引っ込めると
いきなり立ち上がり、ドアの外へ。

「あ、おい・・・急に何なんだ・・・?」

滅多に見せぬ素早さで以って部屋を出て行くゼオンシルトに途惑いながらも、立ち上がりギャリックも後を追う。
何か悪い事でも言ってしまっただろうか。考えても思い当たらない。それよりも早く追いつかねばとドアノブに手を掛けた瞬間、
再び外からドアが開き・・・・・

ゴン

「ぶっ!」

まさかドアが開くとは思っていなかったため、ギャリックは迫ってきた扉に顔を強かにぶつける。真っ赤になった額と鼻を押さえ、
外に立っている人物を恨みがましく睨みつける。向こうも驚いたようでただでさえ大きな瞳を更に見開く。

「あ、ご・・・ごめんギャリック!大丈夫?!」
「・・・・イテーに決まってるだろうが。何なんだよ、行き成り出て行ったと思えば・・・」
「あ、あの・・・これを渡そうと思って・・・・」

何やら外に置いてあったらしきものを取りに行っていたらしく、目の前に大きなバスケットを突き出されギャリックは再度途惑う。
不審に思うが、ゼオンシルトの目は真剣そのものだったために黙って籠を受け取った。中からはどうやら食べ物のような匂いがする。
と言っても色々と混ざっていてとてもではないが美味しそうではない。

「・・・・何だよ、これは」
「あ、あのギャリックに食べてもらおうと思って作ってきたんだけど・・・」
「お前が作ったのか?」

立ち込める匂いに眉間を顰めつつ、籠の蓋を開ける。中にはサンドウィッチと思しきものやらミートパイのようなもの、更には
タッパーにシチューか何かのようなスープ類などが入っていた。匂いの混ざり具合は最悪だが料理の見た目はそれほど悪くない。
何故急に手料理なんかと疑問には思ったが、意中の相手から貰って困るものでもなく、素直に受け取ると席について
礼もそこそこに手を伸ばす。

「どういう風の吹き回しかは知らんが、まあくれるっつーなら貰うぞ」
「う、うん。ルキアスに手伝ってもらったから多分大丈夫だと思うけど・・・・」
「ルキアスって・・・・前に会ったちびっ子だっけか?」

脳裏にピンク髪の何処か生意気そうな少年を浮かべ、ギャリックは取り敢えず無難なサンドウィッチから手をつける。
大抵、たまごやツナサンドなどが定番だが、野菜もあれば肉も魚も色々な種類の具が挟まれていた。妙に具沢山だなと
首を傾ぐが味はまあ悪くはない。なら旨いと言ってやるべきだろうか。考えてる間にもう一つ口に運ぶと眉間を顰め。

「・・・・・・おい、お前・・・・サラダとかハムとかフライ系なら分かるが・・・・何故あんこを挟んで来る・・・?」
「え、俺あんこが好きで・・・・あ、もしかしてギャリックこしあん派だった?」
「いや俺はこしあんも嫌いじゃねぇ・・・・って違う、そうじゃなくて組合せをもっと考えろっつってんだよ!」

思わずノリ突っ込みをしてしまった事に若干の照れを感じつい声を荒げてしまう。大きな声を出されてゼオンシルトは
しゅんと項垂れてしまう。それを見てギャリックはうっと息を詰まらせる。別に怒りたかったわけではない。
ちょっと注意をするだけのつもりだったのだ、当人としては。何とか宥めようと別の料理に手をつける。

「あ・・・・こ、このミートパイなんかは旨いぞ?ゼオン」
「それ・・・殆どルキアスが作ったから・・・・」
「え、あ・・・いやその・・・・」
「美味しくないなら無理に食べなくていいよ・・・・」

ぐすんと鼻を啜るゼオンシルトの姿は見るも無惨で。可哀想になってきてギャリックは慌てて首を振って、あまりの甘さに
途中で投げ出したサンドウィッチの方を食べ直す。

「だ、大丈夫だ。物凄い甘いが不味くはねえ・・・じゃなくてあー・・・う、うまい・・・・かな?」
「・・・・・・・・・・・・・・・・・」

傷つけまいと必死に気を遣ってくれているのが分かりゼオンシルトは申し訳ない気持ちになる。
本当は、ギャリックの誕生日を祝うために、彼に喜んで欲しかったのに。いつものように自分ばかりが気遣われて。
どうして自分はこう駄目なんだろうと思うと泣けてきてゼオンシルトは再び立ち上がると部屋を出て行く。

「あ、お前またっ・・・・!」

すぐ後を追おうとしてギャリックはしかし、またドアを開けようとして顔を打ち付けるかもしれないと思い、数分待ってみる。
しかし先ほどと違いゼオンシルトは戻ってこない。帰ってしまったのか、それとも何処かでいじけているのか。
どちらにしろ放っておくわけにはいかないと遅ればせながらもドアノブを掴む。が。

ゴゴン!

「ゴフッ!!」

お約束のように、しかもさっき以上にギャリックは顔を開いたドアにぶつけた。

「て、テメェ・・・・一度ならず二度までも・・・・」

流石に怒ろうかと顔を上げればそこにはやはりゼオンシルトが立っているのだが、ギャリックは我が目を疑う。
何処をどう見てもゼオンシルトではあるのだが、彼の服は誰にでも分かるように言うのならメイドのようなエプロンドレスに
猫・・・と思しき獣耳をつけている。恐ろしい事に無表情で。顔は確かに女の子のようで可愛いが身長は180センチ、体格も
細身ではあるが腕や肩幅はけっこうがっしりしているゼオンシルト。はっきり言って似合ってはいるがちょっとごつい。
冷静に観察してハッと我に返るとギャリックは廊下に立った彼の腕を引っ張ってドアを閉める。

「お、お前・・・何つう格好を・・・!?」
「え・・・・皆がこの格好なら間違いないって・・・・」
「間違いないって何がだ?!っつーか何の真似だよ」
「・・・・・今日、ギャリックの誕生日だから・・・・喜んでもらおうと思って・・・」

もごもごと小さな声で言われた言葉にギャリックは漸くゼオンシルトの謎の行動の意味を悟った。
恐らく最初に見せた本も先ほどの料理も誕生日プレゼントのつもりだったのだろう。あんこの入ったサンドウィッチだって
もしかしたらケーキの代わりのつもりだったのかもしれない。そこまで思って失敗した、と頭を抱える。そういう事なら、
喜んでやるべきだった。そうしたらきっとゼオンシルトも喜んだ。こんな、叱られた子犬みたいな悲しげな表情もさせずに済んだ。
だが済んでしまった事はもうどうしようもない。それならばとギャリックはゼオンシルトの手を引き、座らせる。

「あのな、ゼオン・・・・祝ってくれるのは非常に有難い・・・というか嬉しいんだが」
「・・・・・・・迷惑だった?」
「いや、そうじゃなくてな・・・・。俺はもう子供じゃねえからプレゼントなんてなくたっていいんだ。
それからお前・・・そんな格好、本当はしたくねえんだろ?男だもんな。だったら・・・無理してすんな。
お前が嫌だと思ってしてる事をされても、俺は喜べねえよ。第一俺はどっかの誰かと違って変態嗜好はねえ」

どっかの誰か、が誰を差すのかは分からなかったがゼオンシルトは諭すような低音を黙って聞いていた。彼の言う通り、本音を
言えばこんな女の子みたいな格好はしたくはない。でもギャリックが喜ぶならと我慢している。でも彼はそんな我慢をしながら
祝われても嬉しくないという。やる事なす事裏目に出ているのを自覚して堪えていた涙がぽとりと一滴頬を伝う。

「・・・・馬鹿、何泣いてんだ。俺は怒ってるわけでも責めてるわけでもねえよ。ただ・・・そんな事しなくても
俺はお前がただ黙ってここにいるだけでも充分なんだよ。特別な事なんてしなくても・・・お前がいるだけで・・・充分だ」
「・・・・・ギャリック」

頭をくしゃくしゃと撫でられ勝手に零れてくる涙を指先で拭われるとゼオンシルトはその心地良さに瞳を細める。
結局ギャリックに対し何も出来ていないのではないかと思う。それでも今自分の頭を撫でてくれるその人は優しく微笑んで
くれるから、つられるようにゼオンシルトも口元に笑みを刻む。せめて一言言いたくて、近くの頭を引き寄せると耳元に。

「・・・・誕生日おめでとう、ギャリック」

吹き込めば微笑みはより穏やかに。乾いた頬を撫でてうっすらと残る涙の痕にそっと口付けて。肌を擽る、銀の髪に
ゼオンシルトはくすくすと笑い声を漏らす。けれど、目が合うと首を傾げ。

「でも、ギャリック・・・ギャリックは本当に何か欲しいものないの・・・?」
「俺はお前が来年も再来年もまた次の年も・・・同じ言葉をすぐ傍でくれれば・・・・それだけでいい」
「ギャリック、大好き」
「馬鹿、んな事知ってるよ」

紅い頬で返された言葉はとてもくすぐったくて。ゼオンシルトは言葉だけでは足りずにギャリックの首に腕を回すと
更に引き寄せ、ぎゅっと引き結ばれた薄い唇に自分のそれを重ね。

「・・・・・好き」
「知ってるってんだろ」
「好ーき」
「・・・・おい」
「大好き」
「・・・・・・いい加減にしねえと黙らせるぞ」

何度も何度も同じ言葉を繰り返され、ギャリックはどんどん熱くなっていく頬を隠すよう、背けてみるもゼオンシルトは
気にした風もなく、尚も繰り返すので、強硬手段として文字通り、自分の口で以ってその口を塞いだ。



**蛇足**

「・・・・と、言う具合に何だかんだで丸く収まったようです」

とは、実はこっそりゼオンシルトの様子を窺っていたユリィの言。

「よかったぁ。でも猫耳もメイドもいらないなんて、おっかしいなぁ」
「・・・・・いや、そもそもそれは何処の情報なんだウェンディ」
「えー、男の人ってメイドとか猫耳とか好きなんでしょ?違うの?」
「いやアンタ、それ大分偏った意見だろ。男が皆そうとは限んねえっての」

ウェンディの発言に対し、男性陣は否を唱えるがしかし。ウェンディは呆れた表情をしている
ルキアスの肩を引っつかんで引き寄せると耳元に。

「でもさあ、ルキアス君。もしメークリッヒが猫耳とか付けてたらどう思う?」

怪しい顔で尋ねられ。年端も行かない少年は一瞬、敵の思う壺とばかりに想像してしまった。
メークリッヒの頭の上に白い猫の耳を。そして不覚にも思ってしまった。

―――可愛いかもしれない

なんて。が、すぐにそんな事を考えてしまった罪悪感が襲ってきてぷるぷると頭を振る。
いやいや、気のせいだ気のせい。メークリッヒはあくまで格好いいのであって猫耳なんてつけたらそんな
いつもとのギャップに可愛いとか思ってしまいそう・・・・ってオレの馬鹿、また同じ事を考えやがってぇぇ!!と
理性と男の本能の狭間で揺れ動いている。

そんな可哀想な少年をウェンディはにやにやと見つめ、ぱっと顔を離すとメークリッヒに向き直り。

「ねぇ、メークリッヒ!今ルキアス君がねぇ・・・」
「ば、馬鹿やめろ、言うな!!・・・って、あれオレ口に出してたか?」
「出さなくってもバレバレよ、ルキアス君ったら大人ぶっててもまだまだ青いわねえ」
「んなっ!!う、うるせえ!料理もまともに出来ねえくせに!!」

まるで姉弟のようにじゃれあう二人をわけも分からずメークリッヒはぼけっと傍観している。

「・・・・ユリィ、二人は一体何の話をしてるんだ?」
「さあ・・・・・」
「止めた方がいいのか?」
「さあ・・・・・」

取り残された形になるメークリッヒとユリィ。訳は分からないが、まあ皆楽しそうだからいいか、と
最終的にざっくりと纏めるとメークリッヒは友であるゼオンシルトの幸せを喜んでうっすらと無表情な顔に
淡い笑みを乗せていた。


――-そして決着の日まで、間もなく。





fin


遅くなりましたが138000hitキリ番を踏まれました兜様へ。
なんだかものすごくリクエストと異なった出来な気がしますOTZ
ちなみにリク内容は「GL6が舞台のギャリゼオでルキメクもあったら嬉しいなv」という
ものだったと思うのですが・・・・ルキメクが殆どない・・・・(アレ??)

ギャリック出さねば、ギャリック出さねばー!と念じているうちに忘れていたようです。
それにしてもGL6の女性陣は何となくホモに寛容な気がするのは何故でしょう。
何はともあれリクを有難うございました兜様!リテイクも受け付けておりますので
ばっさり申し付けて下さいませ・・・!
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