※若干、グロテスク・・・と言いますかカニバニズム的な表現を
含んだり含まなかったりしますので(どっちだよ)苦手なお方は撤退を推奨です。
かと言ってハードな感じを期待しているとその温さにがっかりイリュージョンします(刺)

































滑らかな肌を引き裂けば。
肉の隙間から赫い血が溢れるだろう。
錆びた鉄の匂いが鼻腔を衝いて。
咽返る芳香に、我を忘れてしまうかもしれない。


―――吸血鬼か何かのように。


滴る赫を啜って、その甘さに酔い痴れて。
己の口元を同じ色に染める、凄惨な光景。
そんなものをずっと、夢想している。
渇いた喉を、きっと潤してくれると。
けれど、すぐにまた飢えるだろうことも分かっている。


―――だから。


全ての血を啜ったその後は、堪え切れず肉に牙を穿つかもしれない。
それだけに飽き足らず、骨すらも噛み砕き、中の隋液ごと喰らってしまうかもしれない。
彼を形成する何もかもが酷く美味そうで、歪んだ妄想に思わず興奮すら覚えた。
喰らってしまえば、もう誰の目に触れることもない。
俺の目にも映ることはなくなるけれど。


―――それでも。


自分の躯の中に、彼が融けていくのならば。
涙を流して歓喜してしまうかもしれない。
気違いの愛と誰に蔑まれようとも・・・。





骨喰らいの棺





漆黒のキャンバスに蒼白い月が浮かぶ。
星の輝きを殺すように煌々と存在するその強さはまるで女帝か。
全てのものを高い空から足蹴にする『彼女』は、その強くも淡い光で、人の心を惑わす。
凶暴に、凶悪に、狂気的に、刹那的に。

本来の自分とはどんなものであったか、それすらも忘れさせるほどに。
悪戯に鎖を外して、各々が懸命に隠しているパンドラの箱を開け放つ。
開いてしまえば取り返しがつかなくなるというのに、箱の中の無残な姿を露呈させる。
醜悪で、稚拙で、脆く、汚れた、この俺を。

・・・・・・むしろ。
月光は人を狂わすのではなく、何重にも覆った皮を剥いで本当の姿を映し出すのかもしれない。
醜悪で、稚拙で、脆く、汚れたその姿こそが。
―――俺という存在の事実。

不意に謡えるものなら鼻唄でも謡いたくなるほど愉快な気分になる。
認めてしまえば、こんなにも楽なのかと。異常な自分、狂った自分――それこそが普遍であると。
吐き出す息が軽く、濁った視線の先は妙に鮮やかで。
癒されてでもいるかのように、ただただ己を見下してくる月を仰いだ。

「アーネスト」

呼ばれて振り返れば、月よりも容易く俺を狂わす異彩の瞳が射抜く。
綺麗だとか美しいとか、そのようなありふれた言葉でしか表現出来ぬ己が口惜しいほど整った容貌。
鼓膜にいつまでも余韻の残る何処か甘い声。百合の如く背筋を伸ばす姿勢は神々しさすら漂わせる。
潔癖なまでの清廉さと淫蕩な艶かしさが同時に混在したその存在は、まるで媚薬のようだと。そんなことを思う。
思考を侵して本能に忠実な獣にさせる、恐ろしくも愛おしい・・・。

「アーネスト?」

疑問符混じりに再度呼ばれて、妙な方向にずれていた思考を引き戻す。小首を傾げた姿が厭に眩しい。
濡れ羽色の黒髪が重力に沿って流れると垣間見れる細い項は、目に毒という他ないだろう。己の手で覆い隠したくなるほど。
当人からすればそんな気など微塵もないのだろうが、誘われる。潜めた牙が表に顔を出しそうになる。
まだ理性を捨てるわけには行かないと頭では分かっていても、手が伸びかけるのは弱さの証だろう。

「どうか・・・したのか?」

反応の鈍さが気に掛かったのだろう。心配性な指先がこめかみを擽る。ひんやりとした感触が心地良い。
思えば彼の躯はいつも何処か冷たい気がする。血行が悪いのだろうか。朝、目覚める時の覚醒に掛かる時間を思うと低血圧
なのだとは思うが気に掛かる。一時でも永く生きてもらわなければ、俺のために。愛しい者を失った朝など迎えたくはないから。
いつでも腕の中に抱いて、消えることのない心音を聞いていたい。それに安堵を見出しているから。

「カーマイン・・・」

逃げないように、壊さないように。自然と声が囁くような調子になる。両腕を広げて待っていればやや躊躇いながらも
細い肢体が中に納まった。鼻先に触れる柔らかな髪から香る甘い匂いは、何処か思考を鈍くさせる。
もしも彼が今も尚敵で、己を籠絡させようとしているのであれば、簡単に堕ちる自信すらあるのは如何なものか。
のめり込んでいる。溺れている。それ以上に救いようのないところまでこの身も精神も沈んでいるのだろう。
沼のように重く濁った水底に。

「カーマイン・・・」

人間の本能に訴えかけてくる色の名が。口にする度、淫蕩な響きを帯びる。他の言葉を知らないかのように
その名だけを呼び続ける俺を彼は微苦笑して見守っていた。優しい慈母の如き眼差しが綺麗すぎて目に痛い。
汚してみたいという醜い願望と決して汚してはならぬという僅かばかりの良心が同時に込み上げ、気を狂わせる。
そっと、白く細い項に唇を押し当て歯を立てると小さく上がる悲鳴。酷く嗜虐を煽る微かな震え。
歯形の残る薄い皮膚をゆっくりと舐め上げる。その間も身を震わせる細い四肢が、苦しいほどに己を煽っていく。

「ん・・・擽ったい」

喉を甘噛めば、柔らかな力で制止を受ける。唇に触れる細い指先。噛み千切ってしまいたくなるほど美味そうな。
口に含んで吸い上げ、指の隙間から顔を仰ぎ見れば、彼の白皙の肌は淡く色づいていた。常は潔白な凛とした表情が
香気を帯びる様は妖艶というべきか。甘い媚薬に酔わされる。

「・・・っ、指・・・返せ」

付け根の辺りに強く口付けると指を離される。痛かったのかと様子を窺えば軽く息を乱していて思わず口角が上がった。
こんな些細なことにさえ反応してしまう敏感な肢体が愛らしい。とはいえ口に出せば機嫌を悪くするのは目に見えていたので
そうとは言わない。奪われた手を取り返して掌と甲、手首と唇を押し付ける。すると空いている方の手が伸びてきてこめかみを
そっと儚い力でなぞった。

「・・・カーマイン?」
「手、ばかりじゃなくて・・・」

顔を上げると途端に降ってくる柔らかな感触。触れるだけの優しい・・・。応えるように角度を変えて深く貪る。
ざらりとした舌の表皮を絡め、唾液を啜る。耳に届く水音は思考を狂わせるには十分で。息継ぎのために微かに出来た
隙間から漏れ出る吐息の熱さは、やがて全身に行き渡っていく。腹を空かせた肉食獣の如く、目前の獲物が酷く
恋しく我慢も忘れて牙を穿ちたくなる。凶暴な欲。抑えるのが困難な。オスの本能。

「・・・・んっ」

抗いきれずに真っ直ぐに伸びた綺麗な首筋に歯を立てると、淡い唇から甘い呻き声が上がる。
より強く噛み付けば薄い肌からうっすらと血が滲んだ。深い赫。彼の名を表す色。零さぬよう舐め取ればジンと舌が痺れる。
思った通り何処か甘い。癖になりそうだと苦笑えば「痛い」と軽く怒られた。

「・・・ッ、今日はよく噛むな・・・」
「すまん。痛むか?」
「少し、な・・・・・。噛むの、好きなのか?」

出来たばかりの傷口の上を、細い指先が押さえる。

「・・・噛むのが好き、というよりは・・・時々無性にお前のことを喰らいたくなるだけだ」
「・・・・・・・・腹を壊すぞ」

我ながら気味の悪いことを口走ったと思ったものの、カーマインは特に怯えた様子もなく、新たに滲んできた血のついた指を
暫し逡巡した後、俺の視界へと差し出してきた。

「・・・カーマイン?」
「俺を喰らいたいのなら、好きにするといい。俺の血も肉も・・・俺の全てをお前にやろう」
「・・・本気で言ってるのか?」

予想もしない言葉に驚き聞き返せば、薄い笑みが返される。

「・・・でも。どうせ喰らうなら骨も残さず綺麗に喰らって?」
「・・・・・・・・・」
「俺はフレッシュゴーレムだから・・・屍は醜い。だから、お前の内に・・・誰にも見られぬように隠して?」

―――いつか死んで墓を立てるなら、土の中よりお前の内がいい。

耳元にそっと告げるささやかな吐息。それは彼の本心なのだろう。パワーストーンの力で人間に成ったと言っても、彼は未だ
そうは思っていない。己が死肉から創られた他人のクローンである、と――多くの人間から認められ愛された今も尚、何処かで
自分を卑下している。故にきっと自分が死ぬところを誰にも見られたくないのだろう。いつかの己の分身たちのように
溶け消えることがなくとも・・・。

「・・・・いいのか?」
「・・・ん?」
「俺が・・・俺だけがお前を最期の瞬間まで独り占めしてしまっても」

誰にも見せたくないというのなら。彼の躯を俺の内に隠してしまうというのなら。彼の死は誰にも知られることがない。
誰も彼と別れを告げることさえ出来ない。彼という存在の終わりを知ることが出来るのは俺だけということになる。
この美しい存在を。愛おしい存在を。それは酷く勿体ないことだと思うと同時、得も言われぬ優越感が込み上げてくる。
俺が、俺だけが彼のための棺となれるのであれば。そんな名誉なこともない。

「・・・俺は結構プライド高いんでね。アーネスト以外の誰にも・・・俺を暴かれたくはない」
「本当に、プライド高いな・・・」

つい、笑ってしまう。まるであの夜空に君臨する女帝たる月のようで。俺を狂わせ俺を暴く高潔な―――。
俺という存在の事実を知っている唯一無二の美しい生き物。例え彼が大声でそれを否定したとしても。

「・・・心配せずとも、俺は他の誰ともお前を分かち合うつもりなどない。・・・強欲だからな」
「―――強欲、か・・・。ねえ、アーネスト」
「何だ?」

仄かに彼の声に甘えが混じった気がして見返せば、僅かにその色違いの瞳には悪戯めいた光が覗いていた。
耳元に唇が寄せられる。さらりとした黒髪が頬をなぞった。耳朶を吐息が擽る。とても近い体温。俺だけが知っている・・・。
すぐ傍らにある肢体をそっと抱き寄せると彼はそっと問うた。

「・・・どうして俺の名前は『カーマイン―深紅―』って言うか知ってる?」
「・・・・・・いや?」
「きっと俺はね、お前の血肉―深紅―になるために生まれてきたからだよ」

―――己が陰謀のために生み出された存在だと分かっていながら彼は言う。
むしろ、だからこそ己の存在の意味を己で見出したいのだろう。そしてその存在の意味が、俺だというのなら
これ以上の幸せなど何処を探してもないだろう。

「だからアーネスト・・・その時が来たら・・・俺の全部をお前が奪ってくれ」
「・・・・・ああ」
「血も、肉も、骨も、・・・心も・・・その牙で噛み潰して飲み込んでお前の内で融かして・・・?」
「・・・ああ。そうしよう」

お前が望むなら。否、お前が望まずとも。誓って、差し出された血を舐める。媚薬の甘さを称えた甘露の味。
いつの日かこの全てが俺のものになる日が来るのかと思うと、背筋を駆け上る毒にも似た痺れ。
月明かりの下、開かれたパンドラの箱。それを閉める術を俺は知らない。


―――気違いの愛と誰に蔑まれようとも。


それが至上の幸福だと俺は知っているのだから・・・。




fin




我ながらエグイ話を書いてしまった気がしますが・・・。
先日某方から頂いたお話があまりにも素敵でしたのでそれから派生した感じです。
でも原型が跡形もないですね・・・!
久しぶりに短く纏められたのでこれはこれでいいか・・・な?(自分を誤魔化すな)

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