三重の影




「・・・・今度の休暇、一緒に出掛けないか?」

思えば、この一言からカーマインの受難は始まったのかもしれない。
そうとも知らない当人は、来客用に出されたカモミールティーとスイーツのサバランを口にしつつ、
同席している二人の男を交互に比べ見た。反応を窺うかのような異彩の瞳に、初めに応えを返したのは
向かいの正面に座しているオスカーの方で。

「・・・・どっちに言ってるのかな?」

言いながら自分と、その隣りに位置しているもう一人の男、アーネストを指差して尋ねる。
にっこりと食えない笑みを浮かべる彼にカーマインはもう一口紅茶を含んで言う。

「二人に言ってるんだけど?」

小首を傾げながら、もう一度二人を見比べた。
見比べられた男どもはといえば、互いに反対側を向きながら同時にチッ、と小さく舌打つ。
どうやら互いに自分だけを誘って欲しかったらしい。忌々しそうに顔を合わせて睨み合った表情を見れば
そんな事誰にでも分かる。・・・・カーマインはサバランに気を取られて見逃していたため気がつかなかったが。

「・・・・・どうかしたのか、二人とも?」

ぺろ、と口端に付いてしまったクリームを指も交えて舌先で拭いながら尋ねるカーマインに、真向かいの二人は
大きく溜息を吐く。アーネストの方はそれだけに留まらず若干頬が紅い。片手で熱の篭もったそれを押さえながら、
ほら、とナプキンを前に向かって差し出した。

「あ、ありがと」

受け取ったカーマインは、口を拭う。割と潔癖症なのか随分と丹念に力を込めて何度も拭いている。
その間にほったらかしにされている男二人はぼそぼそと小声で話し始めた。

「あっれー、アーネスト顔が紅いんじゃない?何かよからぬ事でも想像しちゃった?」
「・・・・・・貴様と一緒にするな、俺はただ・・・・」

オスカーの含みのあるからかいにアーネストは右隣を睨みつけながら返答するものの、それでオスカーのからかいが
止むわけもなく、意地の悪い笑みと共に更なる追求が寄越された。

「俺はただ・・・・何さ?」
「・・・・・・〜〜〜ッ、知るかっ」
「あーあー、いじけちゃった。まぁ、気持ちは分かるけどね。カーマインって何か仕種が艶っぽいっていうかエロいし」
「・・・・・エ・・・・・もっとマシな言い方は出来んのかお前は。品のない奴だな」
「でもなかなか的確な表現デショ。こう目の前であんなに無防備にされちゃうと下半身がつら・・・ぶごぉっ」
「黙れ変態!」

裏拳で間近の顔を殴りつけてアーネストはオスカーを黙らせる。恨みがましそうな視線を一心に受けつつも、
アーネストは一つ咳払いをして自分の手前に置かれている珈琲を口内に流し込んだ。
内心、思った以上に熱くて噴出したいくらいだったが何とか堪え、もう一口飲み込むとクリームを拭い終えた
カーマインが不思議そうにこちらを見ていた。

「二人ともさっきからどうしたんだ?」

痛そうに顔を押さえているオスカーを特に凝視しながらの当然の問に、視線を受ける紫髪はよよっと得意の嘘泣きを
しながら向かいの細身にしなだれかかる。

「酷いんだよ、カーマイン。アーネストが苛めるんだ」
「んなっ、誰が!」
「いきなり僕の美しい顔を殴ったんだよ、酷いと思わない?」
「ちがっ、俺はちゃんと訳あってだな・・・・」
「でも、殴ったのは本当なのか?」

よしよしとオスカーの後頭部を撫でながらカーマインは中途半端にソファから腰を宙に浮かせ、何か言いたげな
長身の男を見据える。真っ直ぐな金銀の瞳に絡めとられてアーネストはうっと口を噤んだ。
カーマインの両眼は特に責める色などは乗せてはいないが、人の好いアーネストにはそれだけで何だか後ろめたく、
キッとカーマインの胸にちゃっかり収まっている男を睨みつけたものの、小さく項垂れるように頷いた。

「・・・・・〜〜ッ、悪かった」

まだ何処か釈然としない風であっても低く漏れ出た謝罪の言葉にカーマインは柔らかく微笑む。
次いで白銀の頭を引き寄せると、そっと額に口付けた。

「・・・・・・・ッ?!」
「良く出来ました」
「あー、ズルー」

ご褒美、とまるで子供や犬猫でも躾けるように言われて、アーネストは一瞬カーマインが自分より四つも年下だと
いう事を忘れてしまっていた。顔が先ほど以上に朱を強くする。それを懸命に片手でやはり隠しながらオスカーの襟首を
引っ掴んでカーマインから剥がすと元の定位置へと座した。文句を言っている男は無視して、話を戻す。

「あー、結局今度の休暇は・・・・どうするんだったか?」
「だから、三人で出掛けようって・・・三人とも休暇が重なるって滅多にないんだし」
「まあ、ね。で、何処に行くの?」

今までアーネストに押さえ込まれていたオスカーが会話に入ってきた。

「そう、だな・・・あんまり考えてなかったけど・・・二人は何処がいい?」
「何だ、てっきり行きたいところでもあるのかと思っていたが違うのか」
「ああ、二人に聞いてから、と思って・・・・」
「ふーん。ああ、じゃあ君のところの領地に行きたいなぁ。シアって言ったっけ、あそこ」

アーネストの右肩に片肘乗せて身を乗り出すようにオスカーは告げれば、カーマインはうーんと唸った。

「俺の領地ねぇ・・・・あんまり出掛けるって感じじゃないけど・・・でもそういえば二人はそんなに来た事ないんだよな」

なら、いっかと一人で納得してカーマインは頬杖つきながら笑った。

「じゃあ、来週な。二人で来てくれ」

はい、とテーブルの上に二枚の通行証を置くとカーマインはソファの背に掛けていた上着を手にし、立ち上がる。

「何だ、もう帰るのか」
「ああ、次の仕事が控えてるんでね」
「大変だねえ特使様は」
「何、他人事みたいに。オスカーだってインペリアルナイトなんだから忙しいだろう?」

ちゃんと働くんだぞ、としっかり釘を刺してからカーマインは振り返り、二人に向けて小さく手を振りながら
部屋を後にする。その背を紅の視線と碧の視線が呆然と見送っていた。




◆◇◇◆




一週間後。
約束の日に、アーネストとオスカーは不本意そうに二人並んでカーマインの領地『シア』へと訪れていた。
緑生い茂るこの場所は、何処よりも空気が清涼で、自由が溢れている。そして領主の人徳か、治安も良い。
故に人が絶える事は滅多にないが、夕方にもなれば人込みも落ち着く。人影が疎らになった頃、昼間は目立って
仕方なかった三人は漸く息を吐いた。

「ふぅ、今日も随分と賑わってたねえ」
「しっかり悪目立ちしていたな」

前者は楽しそうに、後者は何処かぐったりと感想を告げる。それに領主である青年はただ笑って。

「そぉ?俺はここに住んでるようなものだから、なんて事はなかったけど」
「ふふ、いい街ではあるけどね。君と同じ冷涼な風の匂いがする」
「色彩豊かなのに・・・・色がついてない感じがするところも似てるな」

私服のコートを風に靡かせながら街の奥に位置する領主の屋敷へと向かっている客人二人の賛辞に
カーマインは照れた。街を褒められるだけならまだしも、それを自分と重ね合わされると何ともいえない気分になる。
誤魔化すように駆け足になった。勿論それがカーマインなりの照れ隠しだと分かっている客人たちは忍び笑いを漏らす。
クスクスと隠し切れない音にカーマインはムッとしながら、足を更に速めた。
だから。

「こら、客を置いてくつもりか」
「ぅ、ひゃっ」
「・・・・・真っ赤だな」

楽しそうに笑いながら後ろを追ってきた大きな手に捕まったカーマインは、クンと後ろに引く強い力に抗う事も
出来ずにアーネストの厚い胸板へと倒れ込む。つい見上げれば、紅い眼差しがじっと見下ろしてくる。
熱の篭もった頬が更に熱くなるのを感じてカーマインは暴れてアーネストの腕から抜け出そうとするものの、
上手くいかない。結局大人しくせざるを得ず、唇だけを尖らせて不満を露にしていた。

「あまり口を尖らせてるとタコになるぞ」
「・・・・ならないっ」

むにっと突き出た唇を摘む。

「そんな顔しても可愛いだけだな」
「な、何だと」
「・・・・全然、怒ってるようには見えん。それより・・・・」

摘んでいた唇を放してやると、アーネストは後ろを振り返った。

「おい、オスカー遅いぞ」
「・・・・・って、君たち速い・・・・」
「職務怠慢しすぎて体が鈍ったんじゃないのか?」

いつかのからかいの仕返しのように意地悪く吐かれた言葉に、多少なりと息を切らしているオスカーは
力なく睨み返す。どうやら本当に体力が少し落ちているらしい。なんとか二人と追いつくと背の高い方に耳打つ。

「覚えてなよ」

黒い微笑みと共に吹き込まれた言葉に、一気にアーネストの顔色が悪くなった。

「・・・・・どうした?」
「・・・・・・・・いや、少し疲れただけだ」

精神的に、とは心の中でだけぼやくとカーマインはアーネストとオスカーの手を掴んだ。そのまま先ほどまで
目指していた自身の屋敷へと再び歩き出す。

「もう少しだから、頑張って」

にっこりと笑った前を行く青年の優しさに、見えないところで睨み合っていた二人組みもつられるようにして口元を
綻ばせ、後に続いた。




◆◇◇◆




「じゃあ、アーネストとオスカーはそっちの客間ね」

屋敷に着いてカーマインが用意していた夕食を済ませた後、湯浴みも終えた二人はそれぞれ一室ずつ客間を
宛がわれた。あまり使っている形跡は見られないが、それでも綺麗に整えられた室内は居心地がいい。

「じゃあ、今日は使用人さんはいないから何かあったら俺に言って」
「何でいないんだい?」
「ああ、今日は君たちが来るから暇を出した。畏まったお客さんなら居てもらわなきゃ困るけど、君たちだし」

いいかなと思って、と悪びれもなく告げる館の主に対し、オスカーは微笑み返した。

「それは・・・・なんだか嬉しいね」

気を許してもらえているようで。実際、気を許してもらっている事を知っているオスカーはそれを再確認してゆったりと
戸口に立っている青年の漆黒の髪を撫でると露になったこめかみへと唇を寄せた。

「おやすみ、カーマイン」

くすぐったそうに声を上げているカーマインへと実に優しく愛おしげに告げられた言葉には、お返しとばかりに
頬へのキスとおやすみの一言が返ってきた。

「じゃあ、俺アーネストにも挨拶してきたし、部屋に戻るな?」

言ってパタパタと軽い足音を残してカーマインは自室の方へと戻っていった。客間に残されたオスカーは部屋の片隅に
置かれたアンティークの時計へと目を遣る。

「あともう二時間ってとこかな」

時刻を確認し、灯りを消すと僅かに窓辺から差し込む月明かりへと足を進める。
カーテンを開けば、青白い光が室内に帯を形作った。自身の影が長く伸びる。それを見つめる碧い瞳は
不敵に歪められた。何か企むように。

「使用人はいないって言うし、月は綺麗だし・・・・こんな日はかぐや姫と戯れたくなるよねぇ」

ぽつりと漏らされた独り言は、夜の色を濃く乗せていた。




◆◇◇◆




「・・・・・ん」

フリルの天蓋が着いた、所謂お姫様ベッドですぅすぅと健やかな寝息を立てながら屋敷の主は眠っていた。
クセなのか、ふかふかの枕を抱き締めながらシーツの上に漆黒の絹糸のような髪を散らして丸まっている様は何処となく
可愛らしい。寝返りを打つ度に、寝台に擦れて夜着が肌蹴る。露になった白磁の肌は月明かりを弾いて真珠のような光沢を放ち、
吐息を零す桜色の唇はうっすらと開かれ艶かしい。思わず、欲情を煽られてしまう寝姿を一つの影が見ていた。
ふわりとベッドの上へと乗り上がり、カーマインの美貌に濃い影を落とす。

「・・・・綺麗な寝顔」

うっとりとした溜息と共に零された賛辞は、深く眠りについている青年には届かない。
それを確認すると影はさらりとカーマインの顔に掛かっている髪を整えながら払い除け、こめかみから頬を撫でる。
それから柔らかな唇へと目を留めて、ギシリとスプリング音を立て、身を屈め自らのそれを重ねようとした瞬間。

「・・・・・何をしている?」
「・・・・・・・・・・げ」

戸口の方から聞こえた低い声を耳に拾った影は動きを止めて、僅かに蝋燭の光を運んでくる人物をそれはそれは
嫌そうな顔で以って迎えた。

「折角いいとこだったのに、少しは気を利かせらんないの、アーネスト?」
「・・・・気を利かせて、わざわざギリギリまで声を掛けずにやったんだがな」
「性格悪ぅっ」
「お前ほどじゃない、オスカー」

要するに止められて一番悔しい状態になるまで待っていたというアーネストの科白にオスカーは苦虫を噛み潰した
ように眉を顰め、僅かに身を起こした。

「それで、君は何でここにいるわけ?」
「お前に言う必要があるとは思えんが?」

言いながらキシリ、キシリと僅かに床を軋ませながらアーネストが室内へと入ってくる。
それに伴い、彼の手の中にある蝋燭の光が室内を僅かに照らし出す。アーネストはそれをベッドの方へと向け、
浮かび上がったオスカーの細められた瞳と目が合うとシニカルな笑みを湛えた。

「・・・・よく寝ているな」

コトリと蝋燭をベッド付近のスタンドが置かれた棚へと乗せると、ベッドの縁からカーマインの寝顔を覗き込み、
双眸を和らげながら言う。暫くそのままカーマインの寝顔を鑑賞していたアーネストだったが一呼吸置くと、傍近くの
オスカーへと視線を移した。

「今一度問う。何をしていた?」
「君が何しに来たか言ったら言ってもいいけど?」

にんまりと笑んでのオスカーの切り返しに、アーネストは臆した風もなく。

「夜這いだ」
「・・・・・はぁ?!」
「・・・・?だから、夜這いだと言っているだろう」
「いや、そういう事じゃなくて。普通もっと回りくどい言い方をするもんじゃない?!」
「お前が普通を語るとは驚きだな」
「んっとに、性格悪いよね、君」
「お前に言われたらこの世の終わりだ」
「重ね重ね失礼だねえ、君は。大体澄ました顔で何て言うかと思えば夜這い?
ちょっと人とカブるのやめてくれない?」
「何だ、やはり貴様もそうなのか。よし、退け」
「はあぁ?!何で!」
「順番的に言えば今日は俺だ!」

力いっぱい叫ばれた言葉は確かだった。
カーマインはアーネストとオスカーの双方ともと関係がある。そしてそれはどちらも同じくらい大事で好きだというカーマインの
気持ちを聞いて二人とも納得していた。それ故に夜の逢瀬は一日ずつ交代するように二人の中で取り決めていられている。
そして前回カーマインと逢瀬を重ねたのはオスカーの方であり、順番を問うならこの日はアーネストの番だった。
しかし、それで諦めるようなオスカーじゃない。

「確かに、今日は君の方かもしれないけど!先に来たのは僕だもんね!」
「・・・・お前、よくもそんな子供染みた事が言えるな!」
「フン、そういう君こそ随分と大人げないんじゃない?他人の事言えるわけ?!」

常の事だが、どちらとも大人げなどなくしている。ついでに声のボリュームも怒りのボルテージと共に上がっていた。
そうなれば結果は見えている。んぅ・・・と呻いて、二人の間で枕を抱いて眠っていたカーマインがあまりの喧騒に
耐え切れずに目を醒ましてしまった。ぼんやりと色違いの両眼を開いた美貌を二人の男は非常に間抜けた顔で
見下ろしている。その視線を漸く捉えたカーマインはこしこしと目を擦りながらゆっくりと身体を起こし、寝乱れた髪にも服にも
頓着した気配すらなく、首を大きく傾げた。

「・・・・・・二人とも何やってんの・・・・?」

寝起きの掠れたテノールの言葉にアーネストとオスカーは顔を見合わせた。そして何事かをぼそぼそと話し合ったかと
思えば急にカーマインへと向き直って身を乗り出しながらはっきりとした口調で問うた。

「「カーマイン、寝るならどっちがいい」」

互いを指差しながらの言葉にまだ寝ぼけ眼なカーマインは何度も睫を瞬きつつ

「は?」

更に首を傾げた。

「だから僕とアーネスト、どっちとセック・・・・あだぁ」
「・・・・品がないと言ってるだろう貴様は!」
「品も何もこれが一番分かりやすい言い方でしょ!?」
「いいから黙れ!俺が聞くから!カーマイン」

キッと、殴りつけたオスカーを退けるようにしながらアーネストはカーマインに真摯な瞳を向けた。
カーマインも何だかしゃんとしなければならないような気がして、つられるように背筋を伸ばして目の前の紅を
まっすぐ捉える。それを確認してアーネストは言葉を変えてもう一度問う。

「カーマイン、お前は今日抱かれるなら俺とオスカーどちらがいい?」
「・・・・・・・へ?」
「お前の意見を最優先する。で、どちらだ?」
「どっちって・・・・・」

全く予想もしていなかった事なのか、それともまだ寝起きで頭が働かないのか、カーマインは答えに窮した。
え?、え?とアーネストとオスカーの顔を交互に見ながら混乱する。カーマインは頭の中で前回の相手がどちら
だったかを必死に思い出そうと努力しているが、出てこない。出てこなければ、選ぶ他ないが、どちらも同じくらいに
好きなカーマインにはどちらかなど選べる筈もなく、終始困ったように眉根を寄せている。そんな彼を見守っている
紅と碧の瞳は何を思ったかとんでもない事を口にした。

「・・・・そうか、カーマイン。どちらか選ぶのは嫌なのか」
「・・・・・・・・え?」

何となくニュアンスが違う気がしてカーマインはアーネストの言葉を聞き返す。けれどそれは繰り返される事はなく、
オスカーの言によって継がれる。

「だったら、僕ら二人纏めて面倒見てもらおうかな」
「・・・・・・・・・・・はい?」

カーマインの思考が一旦白く塗り潰され、ショートする。言われた意味が判らない。じりじりと近づいてくる二つの影から
逃げるように後退しながらカーマインは今オスカーに言われた事を何とか理解しようと頭の中で何度も反芻するが
やはり意味がよく分からない。というよりも分かってはいけない気がして冷や汗を流す。その間も後ろへと手を突いて
二人から離れようとしていたカーマインだったが、壁に背が当たってこれ以上逃げられない事を知る。僅かに身体が震えた。
そして止めを刺すように、ギシリとベッドを軋ませて乗り上げてきたアーネストに細い顎を掴れ、完全に逃げ場を失う。
カーマインは縋る目でアーネストを見上げた。けれど。

「・・・・・・・嫌なのか?」

鼻先が触れんばかりの距離で、耳元に低い美声を落とされてカーマインは何も言えなくなる。それどころか全身を
甘い痺れが駆け巡り、身動きが取れない。ビクビクと陸に上げられた魚のように震えながら、ん?と顔を窺ってくる男の
夜特有のなんとも言えない嫣然な気配に毒され、ついに陥落した。




◆◇◇◆




スルスルと衣擦れを立てながら、細く節くれ立った指先が背後からカーマインの肢体を覆っている白い夜着の釦を外し、
脱がせていく。余裕のある手つきは、全てのボタンを外し終えると、軽く前を肌蹴させるだけでそれ以上、服を引っ張ったりは
しなかった。そんな事をすれば、いつもとは違い、二人を相手にするという特殊な状況に敏感になっているカーマインが
怯えてしまうであろう事が窺えたからだろう。それ故に、落ち着かせるように、背後の指先は頭を撫で、頬を擦る。
優しく触れられて男二人に挟まれた細い肢体は安堵したように強張った身体から僅かながらに力を抜き、自分を後ろから
抱き締めるように胡坐をかいた膝上へ座らせている男、アーネストの肩口へ頭を委ねた。

「・・・・アーネスト・・・・・・」
「・・・大丈夫だ。怖がらなくていい。いつも通りにしていろ」
「・・・・・・ん、・・・でも・・・・・」
「それより前を向いてやれ・・・・オスカーが拗ねてるぞ」

ちゅ、と宥めるようにカーマインの瞼に口付け、クツクツと喉を鳴らしながら言ったアーネストの言葉で、カーマインは漸く
今まで俯かせていた顔を上げ、正面を見た。そうすれば確かに可愛い玩具を取られていじけた子供のような顔をした男の
姿があり、滅多に見ないその表情にカーマインは潤み始めた瞳を瞠る。

「あ・・・オスカー・・・・・」

無意識に名前を呼んで、カーマインはオスカーへと薄闇でも白く浮かび上がるほっそりとした腕を伸ばした。それを受け取ると
オスカーは自らの頬へ導く。愛おしげに目前の美貌を見上げる瞳に更に情欲に濡れた色を乗せながらそっと囁く。

「カーマイン、口・・・開けて?」
「・・・・え・・・?・・・ぁ・・・・・・」
「・・・・・・いい子だね」
「・・・・ん、・・・・ふぁ・・・・」

言われた通り微かに口を開けた素直なカーマインの下唇を舐め、自分の唇で挟み込むように塞ぐとオスカーは歯列を割って
カーマインの口腔を犯す。唾液が混ざる淫猥な音と徐々に乱れ始める呼吸音が静寂な室内に反響し、空気を濃密なものへ
変えていく。手持ち無沙汰になったアーネストはゆるりとカーマインの反り返った首筋を指の腹でなぞり上げると、ビクリと反応
する様に目を細め、もう紅くなり始めた耳裏をピチャリと音をわざと立てて舐る。その際揺れ動いた頭を固定して耳朶を食んだ。
前では深く口付けられて、背後では耳を嬲られて、呼吸が上手く出来ずにカーマインは苦しげにオスカーを見上げる。

それでも絡んだ舌は外される事なく、余計にきつく絡み付いてくる。息継ぎのために口を離されても、耳から奔る
快楽に思わずあられもない声をあげてしまいそうになり、それを堪えようと息を飲んでしまうので、殆ど呼吸が出来ていないに
等しい。あまりに苦しくて何とかしようともがく細腕は、震えながらも背後のアーネストの短い髪を掴む。
クン、と引っ張られた髪が痛かったのか、それともカーマインの限界の合図と取ったのか、アーネストは耳を解放してやり、
代わりに少しでも呼吸が楽になるようにとシャツ越しに背を擦る。

「ん・・・アーネ・・・・んっ・・・・」
「僕は・・・呼んでくれない、の・・・?」
「・・・・・ぁ・・・・・オ・・スカ・・・ぁ、やぁっ・・・」

寂しげな声に応じた途端、オスカーの意地の悪い指先がカーマインの胸を撫でる。既に硬くなり始めていた突起を
押し潰すように触れ、立ち上がってくるとその周りをくるりと辿り焦らす。空いている方を更にアーネストの手が彷徨いだす。
口を塞がれたまま、一際強く呻くとそこで漸く唇を解放される。何度も吸い付かれ、舌を攫われたそこは紅く腫れ上がり、
端からはどちらのものともつかない唾液が流れた。顎を下っていくそれを舐め取りながら、オスカーは濡れた唇を
先ほどまで指先で愛でていたそれへと押し付ける。ピチャピチャと聴覚まで犯すように含み取られると、カーマインの肌は
蕩けるような錯覚を覚える。しっとりと汗が滲み始め、吐息が色濃い艶を帯びた。

「・・・・カーマイン」

少し掠れた声が頭の後ろから聞こえてカーマインは、息がまだ整わぬままにそちらを向く。
長い睫が震え、生理的な涙の浮かんだ瞳をまっすぐに捉えた緋眼は熱の篭もった瞳で語る。
アーネストが一体何を望んでいるか、一度や二度でなく身体を重ねた深い仲にあるカーマインは気付いて、
多少無理をしながらも今にも沈みそうになる肢体を引き起こし、導かれるままに暖かな感触に呑まれる。
呼吸が荒いのを気遣って軽く啄ばむような優しい口付け。甘さが触れた場所から毒が拡がる勢いで全身へと滲んでいき、
カーマインは身を捩った。

「・・・・・・ッ、・・・あっ・・・!」

優しい愛撫に気を取られている間に胸の頂をきつく吸われ、歯を立てられる。同時に緩やかに腹部を撫でられ、
下肢にまで手が伸びてきていた。布越しに既に反応を示している箇所を何度も擦り上げられ、目に見えてカーマインは
身を跳ねさせる。けれどそれはアーネストによって抑え付けられ、その反動を利用してスルリと腕に引っかかっている
布を削ぎ取られた。浮いた首筋に噛み付くように唇が寄せられる。艶やかな華が咲き、嬌声が響く。

「・・・・アーネスト、ちょっとカーマイン浮かせて」

オスカーの言葉にアーネストは行動で返す。カーマインの腰へと腕を巻き付けて、自分へと引き上げた。
その際、熱の篭もった肢体は敏感になりつつある腰へ触れた指先に堪らず声を上げる。ぎゅっと上半身を捻って
背後から自分を抱いている男の首に縋り付いた。安心させようとしているのか朱に色づいた頬に男の首筋が擦り寄る。
カーマインは汗で張り付いた黒髪を乱すように、寄せられた首筋に自ら擦り寄った。まるで猫のような仕種。
男の口から笑みが零れた。

「・・・・・大丈夫だ・・・」
「・・・・・・ん・・・・」

囁かれた言葉に相槌を打つと、いい子だと宥められる。下肢を覆っていたズボンと下着を同時に引き下ろされた。
何も着けてない全身を晒されて羞恥に駆られる間もなく、とっくに蜜を流し始めていたカーマイン自身をオスカーに握り込まれ、
怯えた瞳を垣間見せる。

「・・・ぁ、やっ・・・・!」
「大丈夫、ちゃんと悦くしてあげるから」

言いながら、手にした物を上下に扱き上げる。震えるその先端に口付けを落とし、躊躇いもせず口腔に招き入れた。
手でされるだけでもどうしようもないほどの快楽が染み入ってくるというのに、熱く湿った感触と濡れた音に息も出来なくなる。
助けを請うようにカーマインはアーネストの首にしがみつき、初めは跳ね除けようと掴んだオスカーの髪を押さえ付けるように
掻き乱す。ガクガクと全身が大きく震える。限界が近づいているのが傍目にも分かり、アーネストはカーマインの口へと
自分の指を入れて舌を嬲り、唾液を絡ませた。

「・・・・・ん、ぁふ・・・・あ、・・・・・・・ふ・・・」
「濡らしておかねば・・・後がつらい」
「・・・な、にっ・・・・ああっ・・・!」

何をされるのか、分かった時には既に遅い。カーマインの唾液で濡れた指先は双丘の奥でひくりと慄く蕾へと宛がわれ、
カーマインに呼吸をさせると、内へと潜り込む。絡みつく奥襞を掻き分けて内を拡げていく手つきは慣れたもので容易に性感を
探り出した。前も後ろも責められて、グズグズに溶けた身体は抗いがたい悦に頭を振りながらも恍惚の表情で甘く喘いだ。

「んあっ、や・・・アーネ・・・、オ・・スカ・・・・」
「・・・もうイってもいいよ?」

軽く歯を立てながら、強く吸い上げられてカーマインは堪えきれずにオスカーの口内に熱を吐き出す。
初めての事ではないとはいえ、やはり恥ずかしさは拭えない。声もなく涙を零せば、近くの顔に浮いた雫を舐め取られる。
柔らかに小刻みに震えている肢体を前後から抱き締められた。

「・・・いい子だね、カーマイン・・・泣かないで」
「・・・・・優しくするから・・・・あまり怖がらないでくれ」
「・・・・・・・・ぅ・・・ん、二人とも・・・す、き・・・・」

まだ荒い息の合間に小さく囁かれた声に、一方は嬉しそうに微笑み、もう一方は知ってるとからかい混じりに返した。
クチュ、と厭らしい水音が下から聞こえてくる。カーマインは惚けていた瞳を見開いた。

「あ、ぁ・・・・だ、め・・・・くぅ、ん・・・・」
「慣らさないと痛むだろう・・・・・?」

達したばかりで過敏な四肢に、再び熱が込み上げてくる。蕾の中を指が行き来する。時折くくっと折り曲げられた
それが先ほど以上に強く感じる場所を責め立てた。既知の感覚にカーマインは知らず蕾を綻ばせ、同時にきゅうと
指を締め付けてしまう。それを合図に内部で蠢いていた指が引き抜かれる。代わりに熱くて硬い楔が宛がわれる。

「・・・・ひ、ん・・・」
「息を吸って、力を抜け・・・・」

いいな、とは耳元へ吹き込んで背後からカーマインを包み込んでいるアーネストは片手はカーマインのシーツを掴む
手へと絡ませ、もう片腕で腰を捉えると、一息に秘奥を貫いた。

「・・・・・・・・・ぃ、あぁぁっ・・・!」
「・・・・・・・・・・・くっ・・・・・・」

強く絡み、あたかも離さないというかのようなカーマインの内に納まったアーネストの熱源は持っていかれそうになるのを
息を殺しながら耐え、初めは緩く律動を刻む。突き上げられる度に上下する白い肢体は、月明かりを弾いて淡く光沢を放つ。
見ているだけで煽られる淫靡な光景に傍観していたオスカーはちろと自身の乾いた唇を舐めると、再び悦びの証を
密かに垂れ流しているカーマインの中心へ舌を這わす。溢れてくる蜜を零さぬように舐め取っていった。

「・・・綺麗だね、でも・・・もっと乱れてるとこが見たいなぁ」

ポツと滴る雫を吸い上げる合間にオスカーが呟く。カーマインの耳には届いていない。下から捏ねるように巧みな
力加減で貫いてくる熱に意識は奪われている。薄く開いた口からは最早喘ぐ甘い声しか出てこない。それが若干不満で
オスカーはカーマインの下肢に埋めていた身を起こし、目前の愉悦に歪む細顎を掴むと蕩けた瞳と目を合わせる。

「・・・・・オ、スカー・・・・?」
「ん、アーネストだけ狡いな・・と思って。僕も悦くしてもらいたいな」

君に、と付け足してスプリングを軋ませてにじり寄る。

「オスカー・・・・?」
「口で、って言うのは可哀想だから・・・こっちを借りようかな」
「・・・・・・あ・・・・」
「・・・いいよね、初めてじゃないんだし」

カーマインが頷く前に、オスカーはくたりと落ちていたカーマインの手を掬い取ると自らの熱く滾った欲へと導く。
そのままやり方を教えるように動かしてやる。初めはされるがままだったカーマインも指の運びを覚えると進んで絡ませ、
欲情を隠しもしない碧眼を正面に捉えてカーマインは淡やかに微笑する。褒美とばかりに口付けられた。
忍んでくる舌に拙いながらも懸命に応えれば、今度は背後からの愛撫が置いていくなとでもいうかのように強まる。
どちらからも執拗に愛されてカーマインは切れ切れに懇願した。

「・・・は、ふ・・・・アーネスト・・・オス、カー・・・も、う・・・」
「・・・・・・限界、か・・・・?」

アーネストの問にカーマインはこくこくと頷く。それだけの動きで辛かった。
緋色の視線がオスカーへと向く。目が合うとアーネストは軽く首を捻る。状況的にいいのか?と問うているのだろうと
判じたオスカーはクイと口の端を上げた。それを了承の意と取ってアーネストは今まで加減していた腰の動きを早める。
今まで敢えて避けていたカーマインの弱点を狙い済まして打ちつけ、擦り上げる。強く深く揺さぶられて何度も
意識が飛びそうになるのを懸命に堪えた。けれどまた下肢に伸びてきたオスカーの指の動きに翻弄される。
悲鳴がひっきりなしに木霊し、一呼吸置くとアーネストは自らの楔をギリギリまで引き抜き、最奥を目指して押し入った。
その強い快楽と衝撃にカーマインは大きく身体を撓らせて白い飛沫を吐き出す。

「・・・・ん、・・・やぁぁ、んっ」
「・・・・・・くっ・・・・」
「・・・・・・・・・・は、ぁ・・・・」

達して身を強張らせたカーマインの強い締め付けに促され低く呻きながら、アーネストもカーマインの内に欲を
叩きつける。それと同時、きつくカーマインに自身を握り込まれオスカーの精がカーマインの下腹部を白く濡らした。
カーマインは呆然とアーネストの胸に全ての力を抜いて寄りかかっている。さらさらと額や首筋に張り付いた
漆黒の髪をアーネストが整えていく。その心地よさにうっとりと目を細めていたカーマインだったが次のオスカーの
告げた一言でパッチリと目が覚めた。

「・・・はい、次は僕の番ねv」

語尾にハートマークすら付けての言にカーマインはぱくぱくと口を開閉する。ちらりと後方のアーネストを見遣った。
その瞳には誰が見ても助けてくれという意思表示が乗せられていた。けれど。

「・・・・・諦めろ」

オスカーの不満に満ちた黒い笑みに耐えられなかったのか、アーネストは言う。確かに身体を弄られて辛いのは
カーマインであるのは承知だが、それを気遣う気持ちよりもオスカーの報復を恐れる気持ちの方が大きかった。
良心が痛みつつもアーネストは慰める気持ちで最後に一言添えた。

「・・・・・・夜はまだ長いからな、カーマイン」
「・・・・・・・・・」

実際何の慰めにもならなかったが、目前でにこにこと笑っているオスカーの顔を見ていれば次第に仕方ないかと
思えるようになってしまった。カーマインは大きく溜息ついて、諦めたように力なく笑った。

「・・・・・おいで、二人とも面倒見るから」

少し腰が痛い気もしたが、じっとりと侵食するような情愛に満ちた視線を愛しげに受け止めてカーマインは白い腕を
優しく二人の男に差し伸べた。三重の影がシーツの上に色濃く蠢く。夜はまだまだ長い。


―――遠くの空が白むまでカーマインの艶やかな受難は終わりを迎えなかった。







fin



先ずは土下座をぉぉぉ!!
本当に申し訳ございませんでしたァァァァ!!
ついに3○ですよ(言うな)私的には愛があれば3○はOKなんですが(え?)
自分では書けない、書けない。ありとあらゆるところで参考資料を探すものの
ないない(爽笑)大変でありました。言う割りに長いんですけども。

二人をなるべく平等にと思うとどうにも長くなってしまいました。結局平等に
なってない気もしますし。アーネスト贔屓がここでも如実に・・・すみません。
ちなみにリク内容は「アー→主←オスの出来上がってる番で裏」に以前アンケートで
答えて頂いたシチュエーションを足してみたんですがどうなんでしょうね。
グーでパンチとリテイク上等です(何で喧嘩腰?)

とにかく78000打リク、有難うございました繭美様ー!(強引に纏めて来たよ)


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