深く、堕ちる

雨音を聴く。
慎ましやかな唄のようだと。
そして降り注ぐ雫を見つめる。
風に揺れる銀糸を思い起こして。
薄く微笑みながら。

おかげで。
気がつけば、ずぶ濡れになっていた。
間抜けな話だ。
きっと俺は雨に重ねていた。
――――を。

雨降らしな貴方と、

「････強くなってきたな、雨」

もう大分服が水分を吸って重くなり始めた頃、ぽつりと呟いた。
髪の毛からも絶えず滴が降ってくる。剥き出しの肩が冷えた外気に僅かに震えた。
濡れてない部分の方が少ないだろう時点になって漸く近くの木々の下に逃げ込んだが、もう遅い。
寒気が込み上げてきて、唇が戦慄く。馬鹿をした、と反省しながらも遠く鉛色の空を見上げる。
曇天から注ぐ雫は淡い白銀。目に優しい色。普通、人は雨を嫌うようだが、俺は好きだった。
だから、淡い色彩に色違いの瞳を細める。

いや、本当はきっと、雨に違うものを見た。雨音を別の音とすり替えている。
そうでなければこんなにも胸が締め付けられる事はないだろうから。
そう、こんなにも、こんなにも････。

一息吐いて、雨の中、立ち上る霧で見えにくい景色へと視線を飛ばす。
何度も何度も見慣れた景観。風格漂う建物とその南東に広がる青々とした森、雨の中で疎らな人影。
まるでここに住んでいるかのように錯覚するほど、俺はここをよく知っている。
バーンシュタインへ向かう時も、ランザックから帰る時も俺は必ずここを通るようにしていた。

逢いたい人がいるから。

口に出せばとても馬鹿らしい事に思える。
逢えるはずもない事を知っているのに、一体何をしているのだろうと。
それでも必ず足はこちらに向いてしまう。今日も、ランザックへの書簡を届けた後、真っ直ぐ帰ればよかったと
いうのに、こうしてここに立ち寄ってしまった。おかげでずぶ濡れだ。

本当に馬鹿みたいだ。

もう、帰ろうか。そう思い、踵を返しかけたところでスッと傘が差し出された。
まさかと思い、振り返れば見慣れた眉間皺。ほっと肩の力が抜けるような不思議な安堵感。
ほわりと口元が緩むのを感じる。けれど。

「馬鹿者！」
「やっぱり、怒るか････」
「当たり前だ！一体何をしている、こんなに濡れて風邪を引きたいのか！？」
「････････違う」

雨音を掻き消すような怒声。例えそれが怒りのものでも、心地良いのは何故か。
君はきっと、知らないんだろう。この苛立つような胸の締め付けも、安らぎも。君はきっと、知らない。
知らないままでいいと思う。知られていたら気恥ずかしさに顔も上げられないだろうから。
今はただ、目の前に逢いたかった君がいて、俺の好きな声が響いて、俺の好きな匂いがする。
それに擦り寄っていられれば、それでいい。道端に捨てられた仔猫みたいに。
手を伸ばして、触れる。濡れた頭を暖かな懐へと擦り付けるように抱きつけば、腕の中の大きな身体は揺れた。

「･････ごめん、濡れた」
「いや、構わない。･････････寒いのか？」
「･･･ん、そういう事にしといて」

きゅうと抱きつく力を強めれば、なんだそれはと呆れた吐息が返ってくる。
けれど見下ろしてくる紅い瞳は優しい。白い面にどうやら俺だけが知っているらしい柔和な表情が浮かぶ。
こんな表情はお前の前でしか出来ないと本人が言っていたのだからそうなんだろう。
嬉しさに笑みが滲む。肌に張り付いた髪を掻き上げられる。見上げた細い柳眉がぴくりと引き攣った。

「････顔色が悪い」
「そう、か･･･？」
「そうだ。こんなところにいつまでもいては本当に風邪を引く。来い」

有無を言わせぬ勢いで腕を取られる。そのまま強い力で引っ張られた。
いきなりの事で重心のバランスを崩した俺は、前を行く大きな背中に衝突してしまう。
空いている方の手でぶつけた鼻を押さえていると、頭上から大きな溜息が降ってきた、かと思えば。

「･････え、何？」
「少し大人しくしてろ。どうせこんな雨降りの日に人目は少ない」
「いや、そうは言っても････」

片手に傘を、もう片手に俺を持たれてしまえば何事か言いたくなってもおかしくないだろう。
確かにこの雨の中、人影は殆どない。とはいえ、例え人目があろうがなかろうが恥ずかしいものは恥ずかしい。
そう目で訴えかけても取り合ってはもらえなかった。

「･････俺は犬や猫じゃないんだぞ」
「それでもフラフラしてたら危ないだろう」
「アーネスト･･･過保護すぎないか？」
「何とでも言え。心配掛ける方が悪い」

痛いところを衝かれれば、口を噤まざるを得ない。
結局、飼い猫のようにアーネストの腕の中に納まる形となった。
ぱしゃぱしゃと水溜りを靴が弾いていく音がする。微かに上下に揺れる視界の中で俺はアーネストの横顔を
見上げ、目が合うと逸らすといった事を数回繰り返す。その度、真上の薄い口元が弧を描いていた。
何となくそれが癇に障って、唇を尖らせながらも言う。

「･････何で、アーネストはここにいたんだ？」
「それは俺の台詞だが･･･まあ、いい。仕事の都合でな昨日戻ってきた」
「･････？仕事の都合で何でコムスプリングスにいるんだ？」

アーネストがコムスプリングスにいるという事はてっきり休暇中なのかと思ったが、そうではないらしい。
そういえば、そんな話は聞いていなかったなと思いつつ、先を促した。

「もうじきグランシルで恒例の闘技大会が開かれるだろう。それに向けて出入国管理を徹底しなければならない」
「ああ、そうか。コムスプリングスはバーンシュタインとローランディアの国境だったな」
「大会には陛下も参列される。その上、腕に覚えのある者が一斉に集うわけだ。万一の事態に備えねばなるまい」

重い口調に、事の重大さがひしひしと伝わる。けれど。

「それでアーネストがここで管理してるのか。でもいいのか、仕事は？」
「少し早めに出て来たからな。忙しくなるのはもう二、三日先になる。それまでは休暇みたいなものだ」
「そう････よかった」

仕事を邪魔したわけじゃない、そう知ってほっと息を吐く。

「お前の方は･･･まあこんなところで長雨に打たれてるくらいだ、休暇か」
「ん、まあ･･･ね。任務は終えたし、数日は休みをもらってる。
ひょっとしたら君に会えるかと思って寄ったけど･･･。本当に会えるとは思わなかった」
「可愛い事を言う････が、次からはちゃんと雨を凌げる場所にいて欲しいものだな」

言いながらも、アーネストは更に俺を抱き寄せると、いつの間にか目的地に着いたのか、片手で傘を畳みつつ、
鍵を開けてドアを開く。それから廊下を曲がってタオルを手にすると、ガシガシと俺の頭を拭いた。

「アーネスト、痛い」
「･････しっかり拭いておく必要がある。ああ、あと今湯を張る。それまで暖炉で身体を温めておけ」
「いや、大丈夫だ･･･そんなにしてくれなくても」
「馬鹿を言うな。お前に大事があっては････何も手につかなくなって困る」

本当に困ったような顔で言うものだから、一瞬呆気に取られてしまった。
多分、俺はアーネストのこういうところに弱いんだろう。普段、人の事をさも鈍感だとか無自覚だとか
言ってくれるが、アーネストも充分鈍感で無自覚だと思う。人の気も、知らないで。

「どうした？」

声を掛けられて、目を瞬く。
動揺を気取られないように、何かを考え込むようにしながら俯いて、顔を上げる。
間近にある不思議そうな紅い瞳をまっすぐに見据えた。心配掛けないように、微笑む。

「････今日は素直に言う事を聞いておこうかと思って････な」
「ああ、その方がいい」

何を言えば、アーネストは喜ぶんだろうと思いながら返した言葉に、満面の笑みが返ってきて少し肩の力が抜けた。
元々、アーネスト相手に肩を張る事もないのだけれど。

「･････嬉しそうな顔」

思ったままを口にして、真上にある頬をむにと突付くと何とも言えない表情に変わる。

「俺にそんな事をするのはお前くらいだぞ、カーマイン」
「･････駄目だったのか？」
「いや、駄目という事はないが････ああ、それより早く身体を温めて来い」

軽く背を押すようにアーネストは俺を暖炉のあるリビングへと誘導してくる。
それに逆らってもよかったが、流石に服も髪も濡れていては寒い。ここは言葉通りアーネストの言う通りにしようと
リビングの暖炉に薪をくべて、火をつけた。不規則に揺れる炎を見つめながら、少し下がってソファへと腰掛ける。
外にいた時と違って快適な環境に瞼が下がり始めた頃、アーネストが手にローブを持って戻ってきた。

「湯が沸くのに時間が掛かる。とりあえず今はこれに着替えておけ」
「ん、ありがと。濡れてるのはどうしたらいい？」
「ああ、上着はここの椅子の背に掛けておけば乾くのが早い。他はそこにあるバスケットにでも入れておけ」

淡々と説明しながらも、アーネストは上着を脱いでクローゼットにしまうと、慌しく奥の部屋へと消えていく。
多分、性格上何か飲み物でも用意してくれてるんだろう。そんなに手厚くしてくれなくてもいいのに。
いや、それどころかすっかり世話になってしまっているが迷惑ではないんだろうか。そんな事を濡れて肌に
張り付いた服を脱ぎながら考える。インナーもレザーパンツも脱ぎ終わり、ローブに袖を通す。
アーネストのものだから、俺にはどう考えても大きい。しっかり腰紐を結んでも、肩から肌蹴そうになってしまう。
仕方なく合わせ目を押さえるようにして、再びソファに腰を下ろす。

「･･････雨、治まってきた」

窓の外を遠目に見遣れば、来た時とは打って変わって雨は弱まり、雨音ももう聞こえてはこない。
落ちてくる、銀糸が好きだった。雫が跳ねる、囁きが好きだった。
雨は何だかとても―――に似ている。
だから雨の日は―――に逢えない日は、どうしても身代わりにしてしまう。

「････アーネスト」
「呼んだか？」
「･･･ッ、いたのか･････」
「･･････？何だ、自分で呼んでおきながらその反応は」

独り言に返事が返ってきて驚く間もなく、温かい紅茶を入れてきたらしいアーネストがテーブルの上にカップを置いた。
普段は俺の嗜好に合わせてミルクティーにしてくれているのだが、今日は違うらしい。何故だろうと一口飲んでみて
すぐに分かった。ああ、そういう事。

「････アーネストって結構、気配り屋さんだよな」
「何が？」
「これ、身体が温まるようにブランデー入れてくれたんだろう」

少しだけ、カップを浮かせて見せれば、アーネストは小さく首を振る。

「･･･気を配っても相手に気づかれてしまっては気を配った事にならない」
「言わない方がよかったか」
「そうだな、気づいたなら礼を言われる方が俺は嬉しいが？」
「じゃあ･････有難う、嬉しい」

君が嬉しい事が、俺も嬉しい。
君が望む事を、俺はしてあげたい。
だから、たくさんたくさん望んで欲しい、我侭になって欲しい。
君が喜んでくれる事が、俺の一番幸せな事だから。

「･････ねぇ、他には？」
「･････････？」
「アーネストは、他に何をされると嬉しい？」

まるで子供のような訊き方だとは自覚している。
でも、こういうのは改まって訊く方がよっぽど恥ずかしいと思う。だから、これでいいんだろう。
対するアーネストは何処となく、困ったように眉を寄せている。
･････困らせたいわけじゃなかったのに。

「ひょっとして、何もない？････アーネストは欲がないな」
「違う、逆だ。ありすぎて、困っている」
「････それは興味があるな。いいよ、たくさんあっても。一個ずつ聞いてあげる」
「いいのか、きっとうんざりすると思うが････？」
「それは聞いてみないと、何とも」

言ってごらん･･･？と手を伸ばせば、柔らかに受け止められる。
そのまま、向かいに座っていたアーネストの膝に導かれ、対面するように座らされた。
昔はこれが恥ずかしくて仕方なかったが、流石に今では慣れてしまっていた、というか慣れざるを得なかったと
言うべきか。どうもアーネストは俺を自分の膝に乗せるのが好きらしい。本当に人の事を猫か何かのように
思ってるんじゃないだろうな。そんな疑問が頭に浮かんでしまう。まあ、とはいえ俺もアーネストの膝上は暖かくて
好きなのだけれど。口に出したらのろけてるみたいだから、絶対に本人には言わないが。
そんな事に思いを馳せていると耳に掛かった髪を掻き上げられて、直接腰にまで響きそうな低音で囁かれる。
あの、雨音の奏でる小さな唄のような、声で。

「･･････そんな事でいいのか？」
「まだ他にもあるが」
「何か、アーネストって可愛いな」
「････何だそれは･･･････」
「アーネスト」

吐息を遮るように、先ほど耳打ちされた事を実践に移す。
首へと両腕を絡め身を寄せて、耳元で名前を呼んで、優しく抱き締める。
それだけで本当に嬉しそうにするから、ついそのまま間近の耳へと口付けを落としてしまった。
途端にびくりと大きな肢体が揺れ動いたりするから、目を瞠ってしまう。

「･････アーネスト、ひょっとして耳弱かったりする？」
「･･･････････････････」
「黙ってるって事は図星か。ふぅん？」
「カーマイン、何を企んで････ッ」

最後まで聞かず確認するようにアーネストの耳へと息を吹きかければ、予想通り目に見えて震えている。
心なしか顔も紅い。思わぬ弱点を見つけたなと再度からかい混じりに唇を寄せればコラと髪を引っ張られた。

「カーマイン！」
「････いつもアーネストに意地悪されるから、その仕返し」
「･････誰が意地悪だ」
「アーネストが、だ」
「？！」

最後にちょっとした悪戯のつもりで、カプッと痛くはない程度に少し朱色掛かり始めた耳朶を噛んだ。
その瞬間、ぐるんと180度視界が反転した。急な事に頭がついていかずに目を白黒させる。
慌てて視線を左右に蠢かせれば、次第と知れる自分の現状。ついさっきまではアーネストの膝上に向かい合って
座っていたはずなのに、いつの間にかソファへと下敷きにされていた。つまりは押倒されているという事だ。

「ちょ････アーネスト？！」
「随分な悪戯をしてくれたな、カーマイン」
「いや、ちょ･･･ごめ････」
「そんな悪い子には、仕置きが要るだろう？」
「な････」

ぐぐっと近寄ってきた顔に慌てて両手を当てて押し返そうとするものの、先ほどの所業がどうもアーネストの妙な
スイッチを入れてしまったらしい。いつも以上に強い力で押さえつけられてしまう。

「アーネスト、痛いっ」
「なら、抵抗しなければいいだろう」
「馬鹿っ、そんな事出来るわけ･･･それに風邪引かれると困るから先に風呂に入れって言ったの誰だ！」
「なに、要するに身体が温まればいいんだ･･･こちらの方が手っ取り早い。それに、もし風邪を引いたら俺がもらってやろう」
「この後仕事あるんだろ、風邪なんてもらってどうするんだ」
「病欠なら大目に見てもらえるだろう。･･･と言ったところでそろそろ覚悟をしてもらおうか」

本気を出すぞ、と囁かれると同時。本当に温存していた力を出されてしまい、完全に押さえ込まれた。
身動き一つ取れない状態で、視線だけをきょときょとと動かして何とか逃れようとしても顎を掴まれ、目を合わされる。
それだけで金縛りに遭ったかのように、動けなくなってしまう。

「アーネスト、離せ････」
「俺を、喜ばせてくれるんだろう？」
「･････ッ、それとこれとは････大体こんな事してたら帰れなくなる」
「帰る必要はない、泊まっていけばいい。どうせ俺は一週間はこちらに滞在していなければならないからな」
「～～～～～ッ？！！」
「悪戯した相手と、日が悪かったと思うんだなカーマイン････？」

意味深な言葉と共に、全体重を掛けて圧し掛かられてしまえば、もうどうにも出来ない。
雨に打たれながら思い描いていた人物像とは全く掛け離れてしまっている、自分の真上に覆いかぶさる男に
睨みつけてもやはり効果はないようで。まるで空から降ってくる雫のような銀糸が俺の頬に掛かる。
それから、耳を擽るのは雨音のような、悔しいけれど心地良い声。
いつもいつも、雨にこの男を重ねていた。雨だけじゃない、似ていると思えば何にでも。
何故そんな事をするかといえば、寂しいからだろう。何かにこの男を見出して、いつも傍にいるように思いたかっただけ。
よくよく考えてみれば、やはり馬鹿らしい。馬鹿らしい、けれど―――

「･･････アーネスト、せめて優しく」
「俺はいつもお前には優しいだろう？」
「････嘘つき」
「嘘かどうかは････今に分かる」

言って指先が、触れる。
温かくて、頬を伝う雫のように動く熱。
ああ、どうも俺は一つ思い違いをしていたらしい。
アーネストが雨に似ているわけではない、雨がアーネストに似ているわけでもない。
雨は、彼が俺に降らせるものだ。
時に優しく、時に激しく。

だから、俺は雨が好きなんだ。
最も愛しい人が降らせるものと酷似しているから。
ただ、今は包み込むようなそれではなく、何もかも洗い流すかのような激しいそれだという事。
嘘かどうかは今に分かる、なんて大見栄切っておいて、結局嘘なんじゃないか。
それでも、また俺は降り注ぐ雨に彼を重ねるだろう。
雨音に彼の囁き声を重ねるだろう。
それから、今も尚降りかかってくる、無数の口付けを思い出すだろう。

「･･･････んっ」
「･････少し手狭か」
「わあっ？！」

肌を、吸われていたかと思えば突然身体を起こされて変な声が出てしまう。
思考を中断させられた事もあり、睨みつけるがまるで堪えた風もなく、それどころか唇を塞がれる。
髪に指が差し込まれ、逃れられない。息苦しさに、相手の胸を叩いても離れる気配はない。
目に涙が滲む。ああ、やっぱりアーネストは嘘つきだ。確かに誰かを傷つけるような嘘は一度もついた事はないけれど。
こうして肌を重ね合わせている時は、よく嘘をつく。

「････んっ、･･･う･･そ･･･き･･･」
「嘘に、なったとしたら･･･それは」

お前が可愛いからだ、と意味の分からない事を言われて、ただでさえ酸素不足で何も考えられないというのに、
益々脳髄が痺れて使い物にならなくなる。喘ぐように息をして、引き寄せられる上半身を離そうと身じろいでも、
手馴れた愛撫が抵抗を掻き消す。胸元を肌蹴させられて、硬い指先が忍び込む。
普段あんなに澄ました顔をしているくせに、触れてくる手も、舌も、唇も熱くて････厭らしい。

「も････アーネ････」
「まだキスしかしてない」

助けを求めるように、アーネストの服を握り締めれば、クツクツと喉を鳴らして笑われる。
その、余裕が癪に障る、のに。

「･･･ば、かっ･････」

それしか言えない俺はどうなんだと言いたい。案の定、アーネストの口元に刻まれる笑みは深まっている。
大きな手のひらが舐めるようにこめかみから頬を下り首筋を辿って鎖骨をなぞっていく。
慣れているはずなのに、その度反応してしまう自分の身体が呪わしい。
今にも口から零れてしまいそうなあえかな声を抑えようと自身の手の甲を噛んで堪えようにも、耳元に
送り込まれる言葉に力が抜けた。

「････あまり可愛いと、苛めたくなるな」
「･････なっ･･･からかうな･･･」
「そういうところがまた･･･嗜虐心を誘う」

言葉通り俺を苛める気なのか耳に舌を突き入れられる。その間にも胸を弄られ、膝立ちにされて
緩く開いていた脚の間にアーネストの脚が割り入ってきた。そのまま上下に揺すられる。
本当に、俺が何処が弱いか知っていての行為は意地の悪さを感じさせるには充分で。
更に追い詰めるように、はしたなく熱を持ち出した箇所を擦り上げられ、耐え切れずに悲鳴が漏れた。

「･･･んくっ････ひぁ、ぁっ」
「･･･悦い声だ･･･。が、足りない」
「なに、を････ぃやぁっ･･･も･･･これ以上は･･･っ、ソファ･･･汚す･･･」

もう、自分でも濡れてきているのが分かって制止しても、アーネストの手は止まらない。
かと思えば起こしたばかりの身体をまた倒される。しかも、アーネストに脚を挟まれていたので腰は中途半端に
浮いたまま。文句を言おうかと思えば足首を握られて上に持ち上げられた。何かと思う暇もない。
指先に口付けが落とされて、そのまま熱い唇が脚を這っていく。それが腿にまで到達すると、
漸くアーネストが何をしようとしているのかを知る。慌てて脚を閉じようとしたが無理だった。
雫を零しだしていた昂りを口腔に含まれる。ぬるぬるした感触と生暖かさが頭に靄を掛けていく。
恥ずかしくて仕方ないのに、こんなにも感じてしまう自分は何処かおかしいのではないかと思う。

「あ･･････はぁ････だ、めだ･･･アーネ･･･はな・・せ」
「ソファを･･･汚すのが･･･ん･･･嫌なんだろう･･･？」
「そ････だけ･･･ど･･･ひんっ･･････ぁぅ」

ぐちゅぐちゅと絶えず聞こえてくる厭らしい音が尚更恥ずかしい。
唇から漏れる吐息なのか、喘ぎなのか最早判別出来ない自分の声も羞恥心を煽る。
ビロードの布のような触り心地の舌先が自分のものの形をなぞるだけで意識が何処か遠くに行ってしまいそうで怖い。
初めは退けようと自分の脚の間にある銀髪に手を掛けていたというのに、今はもう押さえつけてさえいる。
こんな風に乱れる自分が嫌で仕方ないのに、心地良さに押し流されてしまう。
ふと、アーネストと目が合った。

「････あ････」
「なんて表情をしている････」
「だって･･･俺･･･はしたない････」
「････そうさせているのは、俺だ。俺が悪い。だからお前は自分を責めるな。それに････」

乱れてくれた方が俺は嬉しいと付け加えられてしまえば、不思議な安堵感と先ほどとはまた違う恥ずかしさが
込み上げてくる。ああ、アーネストは優しい。でも同時にとても狡い男だ。
そんな事を言われてしまえば、もう何も言えないじゃないか。一旦止まっていた責めを再開され、全身が甘い痺れに疼く。
背中には汗が浮き、吸われた先端からは悦楽の証が止め処なく溢れる。
もう、だめだ。

「やっ････も、ぅ･････イッっちゃ･･ぅ･･･く、あぁっ･･･！」
「････････ん･････」

愛欲の徴を吐き出したと同時、こくりと硬い音で以ってそれが飲み下されるのが分かる。
更に零さぬようにと絡んでくる舌が思考の全てを麻痺させて。息をする事さえ忘れてしまいそうなふわふわと
雲の上にでもいるかのような酩酊感の中を漂う。ぽーっと何も考えられずに惚けていれば、
達した後で敏感になっている肌に優しく触れられる。汗で張り付く髪を払い、アーネストの指先が頭を撫でた。

「････アーネスト」
「相変わらず、お前は可愛いな････」
「アーネスト･･･いつもそればっかり･････」
「事実なのだから仕方ないだろう？もっと可愛いところを見たい処だが･･･やはりここは狭いな」

言って、アーネストは力のまるで入らない俺の身体を持ち上げた。

「？！アーネスト、一体何のつもり････」
「ソファでは狭くて満足に動けないからな。移動する」
「満足に動けないって･････アーネストの･･･エッチぃ････」

顔が真っ赤なのを自覚しつつ告げると、何故かアーネストは嬉しそうに笑う。
何だと思い背けていた顔を正面に向けた瞬間、待っていたとばかりに唇を奪われた。
拒んでも僅かな隙から舌が入り込み、深く口付けられて。

「･････男というのは大体がそういう生き物だ」

やっと解放されたかと思えば、開口一番に吐かれた言葉にある種の眩暈すら覚える。
なのに逆らえない自分は一体なんなのだろう。考えてる間にアーネストの足が動き出す。
どうやら本当に移動するつもりらしい。背や腰に回された腕が辛いが何とか押し隠そうと頑張るものの。

「大丈夫だ、寝室に着いたらすぐに楽にしてやる」
「～～～～～ッ」

あっさりと気づかれていては、もう降参するしかない。
再び愛撫という名の雨が降らされるのだろう。それを思うだけで身体が震えた。
ああ、もう本当にどうしようもなく俺はこの男の降らす雨が好きらしい。
声も銀糸も口付けも愛撫も。

全て愛しいなら。
雨降らしな貴方に、ただ雨を乞おう。
俺を貴方で包んで、と―――

fin

はい77500打キリリク完成稿です。
最終的にエロが中途半端ですみません（謝るのそこか）
この後寝室にお持ち帰りされてあれやこれやされるのです（嫌な言い方ー！）
個人的にはカーマインに「アーネストの･･･エッチぃ････」と言わせられて満足です。
なんか受けの子が言うと可愛いじゃないですか（殴打）いや、攻め側が言う事なんてないでしょうが。
なにはともかく改めて柊様に贈呈です。リク内容外しまくっててすみませんでしたー（土下座）

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