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その日、彼はひたすら
運が悪かったとしか言いようがなかった。



ギャリックさんの憂鬱





参考文献を書庫から何冊か持って自分の部屋に戻ろうとした矢先、彼は一人の青年を発見した。
見るからにこの場から浮いた、何処か落ち着きなく視線をあちらこちらに向けている青年。彼は、平和維持軍の
総司令クライアスの右腕と呼ばれている。一見大人しそうなのでそうは見えないが。

それはともかく平和維持軍の彼が今はそこそこ良好な関係になったとはいえ、未だに偏見の目で見る者の多い
このグランゲイルの城にいるのは珍しい。おまけに先ほども述べたように挙動不信。気になったのだろう、
もう一人の青年―ギャリックは自室の近くでうろうろしている青年に声を掛けた。

「おい、どうした?」
「!・・・・あ、ギャリック大尉」

突然声を掛けられて驚いたのか肩を弾ませながら青年は振り返る。ルビー色の瞳を見開いてギャリックを見上げた。
そして声を掛けたギャリックはそんなに驚かれると思っていなかったのでつられて目を丸くする。数秒、二人の間に
何とも言えない沈黙が流れた。しかしそれを慌てて挨拶する事でゼオンシルトが破る。

「あ、あのギャリック大尉、こんにちは」
「あ、ああ。お前、何してんだこんなところで。俺に用か?」

一応、自分の部屋の近くにいたのでそうなのかと思いギャリックが尋ねればゼオンシルトはきょとんと幼い表情を
垣間見せた。どうやらギャリックの思惑は外れたらしい。ポリポリと空いている方の手で自分の頬を掻く。
それからばつが悪そうに言う。

「・・・いや、俺の部屋の近くでうろついてっからてっきりそうなのかと・・・」
「え、ここギャリック大尉のお部屋なんですか!?すみません、邪魔ですよね」

驚愕も露にゼオンシルトは慌てて今まで塞いでいたギャリックの部屋の前の道を譲る。ふわふわとした髪が
その動きに合わせて揺れるのを目に留めながら部屋主の青年はなんとも言えぬ顔をした。
恐らく戦争中に自分が取っていた態度のせいで、こうもゼオンシルトは見ようによっては卑屈な態度を取るのだろう。
そう思うと悪い事をしているような気になってギャリックは小さく首を振った。

「別に、構わねえよ。そんなに急いでるわけでもねえし。それよか、何でお前ここにいるんだ?」

もう一度、先ほどの質問を投げかければ、ゼオンシルトははっとしたように姿勢を正し、まるで上司にでも
報告するかのようにきびきびとした口調で自分がこの場にいる理由を述べた。

「は、はい。実は、ルゥ・・・ルーファスを探しているのですが、何処にいるかも見当がつかず立ち往生してました」
「・・・・別に俺はお前の上官でも何でもねえんだから、も少し気楽に喋れ。
それとルーファスを探してんなら無駄だ。アイツは今城内にはいねえからな・・・」
「え、そうなんですか」

ギャリックに指摘されたからか幾分硬さを解した調子でゼオンシルトは返事をした。そんな彼の様子に内心
溜息を吐きつつ、ギャリックは自室の扉の鍵を開け、開く。ささっと更にゼオンシルトは後ろに下がった。
ちょっと見ていて楽しい。そんな感想を抱いてギャリックは逡巡した後、顎で扉の外で立ち竦んでいる青年に中を示す。

「入れ」
「え??」
「今は城にいねえが、今日中に帰って来るはずだ。
それまで静かにしてるなら俺の部屋で待ってていいぞ」

思ってもない申し出にゼオンシルトは固まる。ギャリックとは食事会で少し話した事があるくらいであまり面識はない
ようなものだ。そんな自分が幾ら招いてもらったからとはいえ堂々と部屋にお呼ばれしていいものかどうか真剣に悩む。
けれど、戸口で待つギャリックが早くしろとばかりに段々不機嫌そうに眉間に皺を寄せ始めたので、迷いながらもその言葉に
甘える事にした。一礼してから慌てて中へと足を踏み入れる。

「あ、お邪魔します」
「適当に好きなとこにいろ」
「あ、はい。有難うございます」

仕事部屋だからかもしれないが、ギャリック本人には粗野そうな印象があるものの、部屋の中はすっきり片付いていた。
家具類も落ち着いていて選んだ人のセンスを感じる。ギャリックはまだ片付いてない書類の整理があるので、
奥の執務机に落ち着くらしい。部屋主が席に着くまでを見送って、ゼオンシルトは執務机とは並行に置かれた来客用と
思しきソファに腰を落とした。失礼にならない程度に部屋を見渡す。

「言っておくが、何も面白いもんなんかねえからな」

視線に気づいたらしいギャリックの言葉にゼオンシルトは慌てた。困ったように、腿の上で握り締めている自分の手を
見下ろす。相手の酷く緊張した様子に執務机で書類不備を確認していたギャリックは苦笑した。まあ、確かに面識のない
相手の部屋にいきなり通されれば誰でも緊張するものだろう。やれやれと一人ごちてギャリックは椅子から立ち上がると、
今来た道を戻り始める。

「ギャリック大尉?」
「忘れ物を取ってくる、大人しくしてろ」
「え、は、はい」

淡々と告げて部屋から出て行ってしまったギャリックの後姿を見つめていたゼオンシルトは扉によってそれが
遮られると軽く息を吐いた。同じ大尉でもギャリックとルーファスでは緊張の度合いが違うなと思う。
いや、比べるのはおかしいかもしれない。本来、ギャリックに対する態度が自分の立場からいえば正しいのだろう。
ルーファスは一時とはいえ、自分たちと行動を共にしていたし、それに今となっては自分の恋人・・・でもある。
そうなれば親しさに差が出てしまうのは至極当然だろう。こうしてきっかけをもらった以上、ギャリックとももう少し
友好的になりたいと一人悶々とゼオンシルトが考え事をしていると、それなりに時間が経っていたのだろうか
ギャリックが何かを持って戻ってきた。その何かを目にしてゼオンシルトは再び目を丸めた。

「熱いからな、気をつけろよ」

言ってギャリックはゼオンシルトの前に紅茶の入ったカップとおかわり用のポット、それに茶請けのスコーンを
置くと部屋の奥へと戻っていく。忘れ物、というのはどうやらこれだったらしい。気を遣ってもらえた事が嬉しくて
すぐに言葉が出てこなかったゼオンシルトは席に着き、向き合う形になったギャリックと目が合うと大げさなくらい
頭を下げて礼を述べる。

「あ、あの有難うございます!ギャリック大尉」
「静かにしろっつっただろ」
「あ、すみません」

怒られてしゅんとしたのも束の間、ちらと見上げたギャリックの頬が僅かに赤らんでいるのを視界に入れて
今さっきのは照れ隠しだと気づいたゼオンシルトはこっそり笑んだ。それから出された紅茶を息を吹きかけ冷ましつつ
頂戴する。彼が淹れたのかは分からないが、おいしい。思わず口元が綻ぶ。

「口に合ったか?」
「え、はい。とってもおいしいです」
「そうか。ただ待ってんのも暇だろ。本でも貸してやろうか」

ぺらぺらと書類をめくりつつ、ギャリックは言う。その言葉を聞いてゼオンシルトは今までギャリックに抱いていた
認識を改めた。ほにゃりと。気を許した相手の前では自然としてしまう見る者全てを癒すかのような柔らかな微笑を
口元に刻む。偶々顔を上げたギャリックは面食らう。次いで、顔を赤くして余所を向いた。しかし、もっと赤面させる
台詞を来客は紡ぐ。

「ギャリック大尉は優しいですね」
「?!」
「今まであまり長くお話しした事がなかったので誤解してました。
俺なんかに気を遣って下さって有難うございます」
「う、うるせえ。仕事の邪魔だ、黙りやがれ!」
「はい、ごめんなさい」

本気で怒っているわけではないと気づいたゼオンシルトは未だにこにこと笑んでいた。
それが益々ギャリックを動揺させる。真っ赤な顔を隠すように彼は手にした書類を自分の顔まで持ち上げた。
そんな仕種が却って微笑ましい。ゼオンシルトは目を細めて言う。

「ルーファスと大尉が仲がいい理由が判った気がします」
「は?!」
「ルーファス、大尉を自慢の親友だって言ってましたよ」
「〜〜〜〜ッ、そ、そういうお前はどうしたんだよ。い、いつも一緒にいるあのチビは!」

急に振られた話にゼオンシルトは首を傾いだ。

「チビ?」
「妖精だよ、あの青い髪の・・・」
「ああ、コリンの事ですか?」
「ルーファスの話じゃ、あいつとお前は離れちゃ行けねえんじゃなかったのか?」
「はい、そうなんですけど。ファニル・・・あ、うちの軍の研究員なんですけど、彼女に魔素を人工的に
作り出す機械を作ってもらったので、今では常に一緒にいなくても大丈夫なんですよ」
「マナ?」
「はい、妖精が纏っている空気みたいなものなんですけど・・・このブレスレットで人工生成出来るんです」

言いながらゼオンシルトはアームガードの下に隠れていたブレスレットを見せた。機械という割りに随分と
コンパクトな代物にギャリックは感心した。

「へえ、よく分からんが良かったな。あんな煩いのが一緒じゃ気が休まんねえだろ」
「そんな事ないですけど・・・でもまあ結果的には良かったというか・・・・」
「?」
「あ、いえこっちの話です」

何でもありませんと首を振りつつ、ゼオンシルトは愛想笑いを浮かべた。怪しい。何かを隠している。
その隠している事が気になり、ギャリックは席を立ちゼオンシルトの傍に寄った。それから、じっとゼオンシルトの顔を
見つめる。無言の圧力を感じてゼオンシルトは冷や汗を流した。

「た、大尉・・・?あの・・・・・」
「一体何を隠してやがる」
「いえ、大した事では・・・・・」
「ないなら言えるよな?」

先に牽制され、どうしたものかとゼオンシルトは悩む。口にした通り、大した事ではないのだが堂々と告げるには
どうにも恥ずかしい。ルーファスと逢引するには丁度いい、なんて。目を逸らし、問い詰めから逃れようとする。
それでもギャリックは引かない。本気で困り始めると天の助けかドアをノックする音が聞こえた。

「・・・・・誰だ」
「私です」
「勝手に入れ」

声を聴いて誰だか分かったギャリックは一言で入室を許可した。当然、ゼオンシルトにもその声の主は分かる。
何せ、今の今まで待ちわびていた相手だ。心持ち頬を染めて、ドアが開かれるのを待つ。そしてドアが開き、
二人の予測していた人物―ルーファスは室内にギャリックともう一人、予想していなかったゼオンシルトの姿を認めると、
腰のホルダーから鞭を取り出し・・・・

「天罰覿面!」
「あだあーー!!」

唐突にギャリックをそれで叩きつけた。スクリーパーすら屠る彼の鞭打ちを喰らい、当然ただで済むはずもない。
ギャリックは戦闘中でも上げない苦痛の悲鳴を響かせた。その声とルーファスの行動に驚いたゼオンシルトはぱちぱちと
大きな瞳を瞬いている。そんな彼の元にすぐさまルーファスは近寄ってきた。

「ゼオン、大丈夫ですか!?」
「へ、何が?!っていうか何でギャリック大尉ぶったの??」
「そ、そうだてめえ、気でも狂ったか?!何でいきなり打つんだよ!!」
「私に黙ってゼオンを部屋に連れ込んでるとは、許しがたき事ですよ!!」
「連れ込んでるって言うなー!!うちの軍じゃこいつ浮くから保護してやったってのに何だこの扱いはよ!」
「だってゼオンは可愛いじゃないですか。その気がなくても同じ部屋に二人っきりでいれば
幾ら貴方でも手を出すに決まっています!!」
「お前と一緒にするんじゃねえーーー!!」

はあはあと全力で叫び切るとギャリックはソファに座っていたゼオンシルトの首根っこを掴んで、ルーファスへと
差し出し、更に叫ぶ。

「おら、お前が来るまで引き取ってやったんだ、さっさと持ってけ」
「ちょっと、ゼオンを物みたいに言わないで下さい!もらいますけど!!」
「うるせえ、仕事の邪魔だ!とっとと出て行きやがれ!!」
「なんですか、その態度!貴方には徹底指導が必要のようですね!」

スチャっと再びルーファスは鞭を構える。どうやら指導とは得意の鞭打ちらしい。その威力を嫌というほど
知っているギャリックはうっと怖気づく。その反応を見てにやりと笑うとルーファスはじりじりと間を詰めていく。
けれど、そこに思わぬ邪魔が入る。

「ルゥ、俺の事無視してる?」
「!」

今まで放置されていたゼオンシルトがくいくいとルーファスのマントを引くと慌てて新緑の頭は後ろを向く。
うるうると瞳を潤ませたゼオンシルトの髪を宥めるように何度も撫で、ギャリックが聞いた事もないような猫撫で声を
出す始末。背後のギャリックの眉間と口元は奇異なものでも見るように引き攣る。

「ああ、すみませんゼオン。私とした事がギャリック如きに構って貴方を放って置くなんて・・・・」
「ずっと待ってたんだよ、俺・・・・なのにルゥ、大尉とばっかり話して・・・寂しいよ」

くすんとすすり泣きさえ聞こえそうな細い声にルーファスは困ったように眉を寄せ、ゼオンシルトの前に跪く。
王の前以外でそんな事をするルーファスを見るのは初めてで更にギャリックは驚いた。そんな彼は放っておき、
ルーファスはゼオンシルトの頬を撫でる。

「寂しい思いをさせてすみません、ゼオン。この埋め合わせは部屋に戻ってから必ずしますから」
「本当、じゃあ約束して?」

ことり。可愛らしく首を傾ぐゼオンシルトをギャリックの目さえなければ、力の限り抱き締めて頬と言わずもう
全身にキスの雨を降らせたくて堪らないルーファスだったが、流石に堪えた。とはいえ「約束です」と言いながら
その細い指先に口付けるという、そうとう甘やかな仕種を人前に晒してはいたが。ギャリックは最早、引き気味だった。
しかし彼の目は気にしているようできっともう気にしていないのだろう。ルーファスは更に口説いているとしか
言いようのない台詞を吐き出す。

「ゼオン、ギャリックに何かひどい事は言われてませんか?私が敵を取った上で慰めて差し上げますよ」
「大丈夫だよ、ルゥ・・・。大尉はすっごく優しくしてくれたから・・・・」
「すっごく優しく?」

その言葉を聞いて、ルーファスはキッと背後を睨みつける。

「ギャリック、やはり貴方という人は私の居ぬ間にゼオンを誘惑しようとしたのですね」
「は?何処をどうするとそういう結論に至るんだよそのイカれた頭は!!」
「誰がイカれてるですって?!そういう貴方こそ維持軍の人間に親切にするなんて頭イカれたんじゃないんですか?」
「今度コイツに酷い事言ったら殺すとか脅したのはテメエだろうがーーー!!」
「そんな事言って本当は下心ゆえにでしょう?!このムッツリギャリックがーーー!!」
「テメエの価値観で物を言うんじぇねえ。不愉快だ、今度こそ出て行けーーー!」

腹の底から声を絞り出すと、長い斧二つを軽々振りぬく怪力で以ってして、ギャリックはルーファスとゼオンシルトを
一辺に持ち上げるとずかずか部屋の入り口まで歩き、そして廊下へと投げ出す。ルーファスは思いっきり、
ゼオンシルトはひ弱そうなので心持ち加減して。手が軽くなるとすぐさまドアを閉め、鍵を掛けた。
外ではルーファスが何か文句を言っていたが気にしない。やっと静かになったと思いギャリックは執務机に
戻ろうとしたが、またドアの外から声が聞こえてきた。今度はギャリックに向けてではない。ルーファスの声は
一心にゼオンシルトへと向けられている。

「大丈夫ですか、ゼオン。怪我は・・・・?」
「ううん、ないよ。ルーファスが庇ってくれたし、大尉も加減してくれたみたいだし・・・」
「そうですか。貴方に傷でもついたらどうしようかと思いましたよ。本当に無事でよかった」
「そんな・・・大げさだよ」
「大げさな事ではありません。貴方は今や私にとって一番大切な人なのですから・・・・何かあったら死んでも死に切れません」
「ルゥ・・・・」

ハートマークがドアを突き抜けてギャリックの部屋まで飛んでくる。聞いていてギャリックはどんどん苛々してきた。
惚気るのは勝手だが、人の部屋の前でするのは止めてほしい。恥ずかしい事この上ない。そんなやりきれない思いを
形にするようにギャリックは内側からドアを蹴った。

バン!

「うるせえ、そういう事は余所でやれ!俺の部屋の前でするな!」
「いいじゃないですか、ギャリックのケチー!」
「ちったあ自制しろ、自制!こっちは迷惑なんだよ!」
「してますよ、失礼な!本当は人目さえなければいつでも抱き締めてキスしてベッドに連れ込みたいのを
いっつも鉄の自制心で我慢してるんですよーー!!」
「言うなー!この破廉恥男がー!恥を知れ、恥を!!」

再び始まった大尉同士の争いにゼオンシルトはついていけない。当然、また放って置かれる事になった。
床にのの字を書いていじけ出す。それでもルーファスは気づいてくれないので、くいくいマントを引っ張ってみる。
ルーファスが振り返るとぱぁ・・・と全身で以って喜びを表現し、見る者が見れば子犬が尻尾を振っているような
甘えぶりでルーファスを一心に見つめた。その上、極めつけとばかりに上目遣いで腕に擦り寄って来られれば、
どんなに切れていたルーファスも別の意味で理性が切れる。次の瞬間、全力で構って攻撃をしてきたゼオンシルトを
抱えてルーファスは自室に向かって走り出していた。

「・・・・・・・・・・・」

急に静かになった廊下が気になり、ギャリックは鍵を開けて廊下を見遣った。そこには随分遠くにゼオンシルトを
抱き抱えて走り去るルーファスの姿があった。それを見届けてギャリックは黙ってドアを閉めた。何と言うか
身に覚えのない因縁を吹っ掛けられて、カツアゲされた挙句、暴行を受けた善良な市民の気持ちになる。
実際身に覚えのない事で暴行を受けた。肩の辺りに立派なミミズ腫れが出来ている。痛い。

「結局、俺は・・・・絡まれ損、か?」

ギャリックがしみじみ呟いているその頃、当の暴行犯はご機嫌で、愛しい存在を彼の言葉で言うところの
部屋に連れ込み、ギャリックが想像出来ない、砂糖にでも浸したかのような甘い時間を過ごしていた―――



◆◇◇◆



「ふあっ」

腕に抱えられて暫しの浮遊感を味わっていたゼオンシルトは部屋につくなり、柔らかなスプリングスへと身体を
落とされた。窓の外はまだ差して暗くない、夕刻の色を示している。正午過ぎにグランゲイル城に着き、ギャリックに
拾われたので、まあそんなものだろう。それはともかく、まだそれなりに明るいと言うのがゼオンシルトは気になった。
ベッドの上で不安げに眉を寄せる。

「ルゥ・・・まだ外暗くない・・・」
「暗くなければ駄目、ですか・・・?」
「だって・・・恥ずかしいし・・・・・」

もぞり。ルーファスの下でゼオンシルトは身じろぎシーツをかき乱す。恥らう姿は可愛らしいが、そんな姿を見せられれば
益々我慢など出来ない。にっこり微笑んで真下の滑らかな頬に口付ける。

「・・・・あんなに甘えておいて今更駄目、というのは酷い話じゃないですか?」
「それは・・・ルゥ、ギャリック大尉とばっかり仲良しだから・・・・」
「そういうゼオンも随分とギャリックと仲良さそうにしてませんでしたか?」

妬いてしまいますよ、と耳元に告げてルーファスは吐息にすら震えるゼオンシルトの耳の窪みに舌を突き入れた。
滑る感触にゼオンシルトは反射的に目を閉じ、全身を強張らせる。その間にも中の舌はうねるように蠢き、耳の形を
なぞっていく。ぴくりぴくりと反応を示す肢体に目を細めながら、ルーファスはゼオンシルトの口元に指を運び、柔らかな唇を
突付き、口を開かせるとそれを中に埋めた。口腔の奥で逃げるゼオンシルトの舌を追いかけて撫でる。

「ちゃんと全部構ってあげます・・・」
「・・・・・ふっ・・・・ん・・・・・」

意味深な台詞を吐くと、ゼオンシルトに咥えさせた指はそのままに顔を動かす。こめかみから瞼を辿り、鼻筋を通って
頬を過ぎる。それから顎を伝い、流れるように首筋へ舌を這わせていく。ところどころに痕を刻むと、刺激に耐えようとしてか
ゼオンシルトは口腔中の指を強く咥える。次第に接触は深くなり、服の合わせ目から侵入させた手で直にゼオンシルトの
肌をルーファスが弄り出せば、声を漏らさぬよう、小さな口は中の異物を懸命に舐った。くちゅくちゅと粘着質な音が響く。
顔を真っ赤にして時折熱い息を漏らしながら指をしゃぶる様は愛らしく、ルーファスも後に引けなくなった。

「・・・・・可愛いですね、ゼオン」
「ん、んむ・・・・ふぅぅ・・・」
「でも、そろそろ返して下さいね?」

平らな胸に朱を刻みつけ、空いた片手で下肢をあやしながら、ルーファスはゼオンシルトの唾液に濡れた自分の指を
取り戻す。ツと銀糸を引く様子が綺麗で、うっとりと溜息を零す。その吐息や張り付く新緑の長い髪にすらゼオンシルトは
身体を波打たせる。赤のレザーパンツの下は、もう既に濡れていた。布越しの接触がまどろっこしくて、いけないと
思いつつ、自ら腰を動かし、ルーファスに催促する。

「・・・・・ゼオン、もう口は空いてるでしょう。自分の口で言って下さい?」
「・・・あっ・・・・ルゥ、のいじ・・わる・・・・ゃん」
「貴方がちゃんと言ってくれれば、すぐ楽にしてあげますよ?」

下腹部を舐め回し、濡れた指先で胸の突起を弄るルーファスの言葉にゼオンシルトはぎりぎり残された思考力で
首を傾ぐ。どうして、彼は分かっているのにいつも分からない振りをするのだろう、と。こんなにはっきり身体が反応して
いるのに、気づかないわけがない。なのに、何故。胸の奥に切なさが込み上げてくる。そしてその切なさが余計に
身体を敏感にさせていく。僅かな理性が羞恥に口を開く事を拒んだが、熱に浮かされた身体はもう言う事を聞いてくれない。
堪らずゼオンシルトは引き結ばれた唇を解き、顔と言わず全身を染めながらか細い声を漏らす。

「・・・・・あ・・・・ルゥ・・・・・触っ・・て・・・・・」
「はい、かしこまりました」

まるでその言葉を待っていたかのように、すぐさま下履きは取り払われ、濡れて情欲を露にしたゼオンシルトのそれを
ルーファスは握り締める。先端を親指の腹で擦り、残りの指で蜜の伝う芯を扱く。声や表情は優しいのに、ルーファスの
責めは容赦なくゼオンシルトを孕む。内部に篭る熱を発散させるように絶え間なくゼオンシルトは喘いだ。

「あ、あ、・・・ふゃぁ・・・・んンン」
「ゼオン・・・そんな風に啼かれると私も余裕がなくなってしまいますよ?」

言葉とは裏腹に、不敵な笑みを口元に飾るとルーファスは自分の服を脱ぎ出す。変わった構造の服ながら、実に
手早く脱ぎ捨てると少し首を傾げた。

「本当は慣らした方がいいんでしょうが・・・・」

手は止める事なく動かし、目線を下げる。もう、達してしまいたいのを懸命に堪えているのだろう。ゼオンシルトの中心から
流れ落ちる蜜は、既にシーツに染みを作るほどの量になっていた。当然、まだ触れていない秘奥の搾まりにもそれは伝っている。
蜜に濡れてぬらぬらと光るそこは、物欲しげにヒクついていた。早く構ってと催促するように。戯れに濡れた指を蕾へと
這わせると、迎え入れるようにそこは震え、開いた。ルーファスの碧眼が愉悦に歪む。そして。

「あああっ!」
「・・・くっ」

手の中の熱を扱いたまま、ルーファスは予告もなくゼオンシルトの内へと入り込んだ。入り口に纏わり着いていた
蜜が絡まり、卑猥な音を奏でる。荒い息がゼオンシルトの口から零れ、喘ぎと共に口端から唾液が流れ落ちていく。
勝手にぼろぼろと溢れてくる涙を拭おうとゼオンシルトは目元を擦る。が、ルーファスの手がそれを阻んだ。
申し訳なさそうに揺れる緋眼を見下ろし、唇で涙を拭う。

「・・・・すみません、ゼオン・・・痛い、ですか・・・・?」

慣らさずに押し入ってしまった事に謝罪しながら、ゼオンシルトの顔中にキスの雨を降らせ、髪を撫でる。
ふわふわした手触りが心地よい。何か言いたげなゼオンシルトを笑顔で促す。

「どうしました、ゼオン・・・・怒って、いるのですか・・・」
「ふ・・・・ちが・・・ん、くっ・・・・・いた・・・くな・・・よ」
「痛くない?本当に・・・?」

問いながらも腰の動きは止まず、ベッドが軋む。揺すられながら、ゼオンシルトは懸命に頷く。
その姿を見てルーファスは瞳を伏せる。ああ、何て彼は健気で愛らしい生き物なのだろうとそんな事を考えて。
思わず腰に力が入り、強く穿てば啼いて大きく撓る痩身。全てを受け入れてくれる事が嬉しくて、その身体を掻き抱く。
喉が渇くのか、ちらちらと垣間見えるゼオンシルトの赤い舌を認めて、愛でるようにルーファスも自分のそれを絡ませた。

「ん・・・・ルゥ・・・・も・・・・だ、め・・・・」
「いいですよ、イって」
「だ・・・め・・・ルゥ、も・・・・」

ぎゅうと、繋がったところを締め付け、ゼオンシルトはルーファスを促す。稚拙なのに、まるで確信犯のような行動に
出る彼に内心驚きつつ、ルーファスはそれに従う。腰の動きを早め、ゼオンシルトの最も脆弱な部分を何度も突いて、
絡みつく奥襞が一際大きく蠢くと、強く深く最奥まで穿つ。

「ん、ああああっ」
「・・・・・ッ」

上り詰めたゼオンシルトの締め付けに抗う事なくルーファスも己の欲を解放すると、夢に沈むように
二つの肢体はシーツの波に果てた。



◆◇◇◆



行為後の余韻に浸っていたゼオンシルトはふと傍らのルーファスが身じろぎしたのに気づき、顔を動かす。
ぼんやりとした紅い眼差しが何処か決まり悪そうな碧眼を捉え、疑問符を頭上に浮かべた。

「ルゥ、どうしたの?」
「・・・・いえ、身体は大丈夫ですかゼオン?」
「・・・・?うん、大丈夫」

さらりと綺麗な指先が蜜色の髪を撫でていく。情事の最中は幾らか強引だった指先は、終わってしまえば
情事中の事が嘘だったかのように繊細に優しく愛でてくれる。くすぐったそうにゼオンシルトは目を閉じ、口元に
微笑を湛えた。ころりと転がり、ルーファスの胸に擦り寄る。

「ルゥ、今日は何だか・・・いつもより意地悪じゃなかった?」
「いつもより・・・とは何だか常に意地悪みたいじゃないですか私は」
「違うの?」
「・・・・そうですね。紳士ではないのは確かですかね」

ふうと少し反省の色を滲ませた溜息を吐き、擦り寄ってくる頭を包み込む。

「まあ、今日は・・・ちょっと妬いていたから、なんでしょう」
「妬く?」
「言ったでしょう?貴方とギャリックが仲良さげで妬けてしまう、と」

こう見えて結構嫉妬深いんです、と何処か冗談染みた口調でルーファスは話す。ゼオンシルトは彼の言い分に
疑問を抱きつつ、顔を覗き込んだ。

「仲良さげ・・・って言うけど、大尉とはほとんど今日初めてお話したんだけど・・・」
「だったら尚更です。初めてであんなに話されては・・・やはりギャリックは危険ですね」
「危険?」
「ええ、私がこの世で最も恐れている男ですからね、ギャリックは」

むっとしたのかルーファスの腕に力が篭る。

「でも、ギャリック大尉は優しいよ?」
「優しいから恐ろしいのです」
「???」
「私はギャリックには敵わないと思っていますから。彼は口こそ粗野ですが根は優しいし、面倒見もいいし、
強いし・・・・何より、自分が深手を負っていても仲間のために駆けつけるような人ですからね。とても敵いません」

そう告げるルーファスの表情は複雑だった。親友を尊敬し、憧憬し、そして僅かに羨んでいる。
本当に彼にとってギャリックという人は自慢の親友であり、同時に目標でもあるのだろう。そう、ゼオンシルトは感じた。
けれど、それが何故恐れる理由になるのかいまいちピンと来ない。

「ルゥは本当に大尉が大好きなんだね。でも、どうしてそれが怖い事になるの?」
「決して敵わない男だと思っているからこそ・・・・貴方が彼の事を好きになってしまうんじゃないかと・・・思ってしまうのです」
「・・・・え?」
「ギャリックにはああ言いましたが、本当は彼が人の物を奪おうなんてするわけもないと分かっています。
私が勝手に怯えているだけなのです。貴方がいつか離れていってしまうのではないかと・・・・」
「・・・・・ルゥ」

いつも穏やかでそれでいて迷いない声音で話すルーファスが、小さく声を震わせているのに気づきゼオンシルトは
必死にルーファスの頭を抱き締める。新緑の綺麗に結い上げられた髪がくしゃくしゃになってもそれでも離さない。
ゼオンシルトにこれほどまで強く抱き締められた事のない碧眼が大きく見開かれた。

「・・・・ゼオン?」
「ルゥ、ごめん。俺がいつもルゥに甘えてばかりだから・・・いけないんだよね」
「ゼオン、それは違いますよ?」
「ルゥ、いつも俺の事大事にしてくれてるのに・・・俺はルゥに心配ばかり掛けて・・・本当にごめん」

首筋に柔らかい髪が擦れる。その感触に酔いながらルーファスは首を振った。

「いいえ。私はゼオンに甘えられるととても嬉しいですよ。可愛い貴方の為なら心配だって幾らでもします」
「・・・・・・・ルゥ」
「貴方に甘えてもらえると、好きだと言われたような気になるんです」
「!」

綺麗に微笑むルーファスの言葉に潜んだ本音に気づいて、ゼオンシルトは頬を染めた。
それはつまりルーファスは望んでいるのだ、ゼオンシルトに対し一つだけ。その望みを叶えてやりたくて
ゼオンシルトは顔を上げ、照れながらもルーファスと視線を合わせる。

「・・・・ルゥ、・・・・・大好きだよ」
「ゼオン・・・どうやら見破られてしまったようですね私の望み」
「うん。今度から・・・・もう少し言えるように頑張るね?」
「いいんですよ、無理に言わなくて。そういう言葉は言おうと思って出てくるものではありません。
心が命じたその時に、言って下さればそれでいいのです。でも有難う、ゼオン。私も大好きですよ」

見詰め合って、密かに笑い合う。甘ったるい空気にどっぷり浸りながらじゃれ合い、抱き締めあう。
しかしふとルーファスは思い出したように告げる。

「ああ、そういえば・・・今となっては遅いですがギャリックには悪い事をしてしまいましたねえ」
「今度ちゃんと謝らなきゃだめだよ、ルゥ」
「はい、そうですね。承知しました、ゼオン」

ちゅっと音を立てて額に口付けるとルーファスはゼオンシルトを腕に抱いて瞳を伏せる。どうやらこのまま寝てしまう
つもりらしい。仕事はないのかなと僅かに思考の端で考えながらも、身体が疲労を訴えかけてくるため、
ゼオンシルトもルーファスに倣って瞳を伏せた。

そして、二人が甘い夢の中に浸っているその時、当のギャリックは未だにヒリつく肩のミミズ腫れに半泣きに
なりつつ、元来の生真面目さでルーファスがさぼった分の書類の皺寄せを片付けていた。

「くっそー、ルーファスの野郎、明日はコキ使ってやるー!!」

盛大に叫んだものの予想以上の仕事量に、全ての書類を片付けた頃にはもう日が昇り始め、泥のように寝こけた彼は
翌日他ならぬルーファスによって「寝ぼすけですねえ、ギャリックは」などと暢気に起こされる事になるとは思っても
みなかったという。何はともかく、彼の散々な一日はもうすぐ明けようとしていた。今はただ、明日の幸福を願うかり―――



fin


113500打リク完成版でございます。
最終的にギャリックが踏んだり蹴ったりな目に合っております。
銀髪の運命のようです。ですが当方のルーファスはそんな彼を何気に尊敬してたりします。
まあ、平たく言うとルーファスはギャリックをイイ男だと思っているので、いつか
自分のライバルになるのでは?と危惧しているようです。

いやしかし、ルーゼオはもしかするとアー主以上にバカップルかもしれませんね。
空恐ろしいです、自分で書いておきながら。今後が思いっきり心配です。
何はともあれリクエスト有難うございました繭美様ー!




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