指先に囚われた君の熱



「・・・・参った」

カーマイン=フォルスマイヤー、18歳、ローランディア王国騎士兼大使は今、非常に困っていた。
世界が表向き平和となって騎士としての仕事は減ったが、その分大使としての仕事が増えた彼は、ここのところ
ランザックとの条約締結のために連日連夜、徹夜をしてきたのだがそのツケがとうとう回ってきたらしい。
本人的に物凄く頑張っているのだが、ベッドから起き上がる事が出来ないでいる。

一つは疲れによるもの。そしてもう一つは一言発する度に脳髄にまで響く酷い頭痛のせいだった。
おまけにだるい。ひょっとすると熱も出ているのかもしれない。非常に困った。今日だって例に及ばず仕事がある。
寝ている場合ではないのだ。早く起きて城に顔を出しに行かねばならない。それから国王陛下から書簡を賜った後、
ランザックに届けて、経過報告をバーンシュタインにもしに行かなければならないというのに。全く、全く遺憾ながら
カーマインは起き上がれないでいた。

「ど・・・しよ・・・」

割れそうなまでに痛む頭に、眉間を顰めながら、困惑を露にした声を絞り出してみれば、妙に掠れている。
喉が渇いているのだろうかとも思うが、よく考えると頭痛にばかり気を取られていて気がつかなかっただけで喉も
痛めているのかもしれない。これはもう、どう考えても風邪だ。疲労続きで免疫力が低下していたのだろう。
油断した、とカーマインは己を叱責する。一日でも休めば翌日の仕事量が半端なく増えてしまうというのに。
とにかく這ってでも城に登城しなければ、となるべく頭に振動が行かないように、ゆっくり且つ慎重に身を起こす。
ぎしりとベッドだけでなく自分の全身も軋む。

「・・・・・・・っう・・・」

痛みに堪えながら何とか起き上がってはみたものの、今度は着替えなければならない。非常に億劫だ。
いっそ寝巻き姿でもいいんじゃないかという考えすら浮かぶが、それはきっと発熱による現実逃避であるように思える。
駄目だ駄目だと首を振ろうとして、当然の如く響いた。カーマインはふらりと気絶しそうになる。

「・・・・・最悪だ」

気絶出来た方が楽だったかもしれない。ベッドに頭を打ちつけ、それによる頭痛で大声を上げそうになった。
流石に頭痛如きで叫びたくはない。むしろ叫べば余計に痛むだろう。ずるりと崩折れるようにカーマインはベッドから降りた。
というか落ちた。指に絡んだシーツが共に床に白い波を作る。直す気もしない。ぼんやりと常の半分以下しか働かぬ脳に
辟易しつつ、痩身はクローゼットを目指した。何でもいいから着替えねば。なるべく着替えやすい服に。
しかし今のカーマインには最早どれが着替えやすくて、どれがそうでないかも判別が難しかった。最終的に最初に手が
触れた服を選ぶ。幸いな事に選んだのは白いシャツだった。いつものタートルネックだったら頭に響くところだ。

「・・・・・・はあ」

溜息を吐きつつ、寝巻きを脱ぐ。それからシャツを羽織る。ボタンを留めるのに悪戦苦闘して、漸く支度が出来ると
壁に手を着きながらカーマインは部屋から出た。こんな調子で階段は大丈夫だろうか、と不安を感じつつも一段一段
慎重に慎重を重ねて降下していく。いつもは近い職場だと感じていたが、こうして体調不良ともなると城への道のりが
とても長く感じた。今更ながらカーマインは健康である事の素晴しさを知る。

「・・・・まずい・・・一年前より酷くないかこれ・・・・」

ゲヴェルを倒してからも体調不良に悩まされたが、今ほど酷くなかった気もしてカーマインは首を傾ぐ。
まさかこのまま死ぬなんて事はないだろうなと半ば本気で思い始めた時、地獄で仏かカーマインは玄関口に
とある人物を認め、助けを請うかのようにその人物を手招きした。

「おい、ウォ・・レス、悪いちょっと・・・来てくれ」
「あ?どうした、カーマイン」
「いいからちょっと・・・あ、なるべく静かに」

ふらつくのを必死で堪えつつ、何故かいたウォレスを呼びつけるとカーマインは非常に切羽詰った顔で
ウォレスにしがみ付き、口を開く。

「すまん、ウォレス頼みがある」
「頼み?お前がオレにか?珍しい事もあるもんだな。で、どうしたってんだ」
「悪いが俺を城まで連れてってくれ。一人じゃ行けそうもない・・・・」
「は?」

何の冗談かとウォレスが間の抜けた返事をする。ひょっとして熱でもあるんじゃねえのかと茶化しつつ、
生身の腕をカーマインの額へと当てれば。

ジュッ

「!!おい、冗談じゃなく熱があんじぇねえか、お前!しかも高ぇ!」
「〜〜〜お、大声出さないでくれ・・・頭に響く」
「城に連れてけってまさか、具合が悪くてって事か?馬鹿、お前大人しく寝ておけ」
「だから声・・・・」

非難する間もなく、カーマインはウォレスによって肩に担ぎ上げられる。突然の浮遊感に金銀の違え色の瞳が
大きく見開かれた。慌てて目の前にある金茶の長い髪を引っ張る。

「ちょ・・・何処に行く気だ。すごい苦労してここまで来たのに・・・・」
「馬鹿、そんな身体で仕事なんざ出来るわけねえだろう。部屋で寝てろ。王にはオレから言っとく」
「でも・・・今日は締めの仕事だし・・・それにアーネ・・・トとオス・・カーに会う・・・約束・・・・」
「いいから。オレがやっといてやる。アイツらにも伝えといてやるから安心しろ」

宥めるようにカーマインの背を撫でつつ、ウォレスは階段を登ると奥のカーマインの部屋の扉を開け、
床に落ちている寝巻きとシーツを拾うと隅へと追いやり、新しいリネンに取り替えた上でカーマインの痩身を
ベッドに寝かしつけた。それでも起き上がろうとする額を指一本で押さえ込むと、義手を振り上げ、言う。

「おい、カーマイン。大人しくしねえと頭痛で悲惨な頭にコイツをお見舞いする事になるが?」
「!!殺す気か」
「殺されたくなきゃ、黙って寝とけ。ったく、最近顔色悪ぃと思って様子を見に来てやれば思った通りか。
お前さん、ただでさえ華奢な身体つきなんだ。もっと自分を労わってやれよ」

倒れてからじゃ遅えんだぜ?と黒髪をくしゃくしゃに撫でてからウォレスは踵を返す。どうやら言葉通り、
国王に報告した後、仕事を肩代わりするつもりらしい。

「ちょ・・・待てウォレス・・・」
「いい加減諦めろカーマイン。お前、本当は仕事なんかより単にアイツらに会いてえだけなんだろ」
「!」

図星を指されてカーマインは熱があるのを差し引いても赤い顔でウォレスを睨みつける。

「なんなら愛してるとでも伝えといてやろうか?」
「ばっ、余計な事はするな・・・・ッ・・・・いったぁ・・・」
「頭に響くんだろ?大人しくしてろ。執事の・・・・ミネルヴァにも面倒見るよう伝えとくからな」

言ってウォレスは今度こそ部屋から出て行った。取り残されたカーマインは、じっと閉じられたドアを
暫く見つめていたが、やがて諦めたように視線を天井へと移す。確かにウォレスの言う通り、このままでは仕事に
なりそうもない。しかし、バーンシュタインへの用事でアーネストとオスカーに会うつもりだったのに、と残念そうに
吐息を零した。瞬間、身を孕む熱が一気に上がった気がする。

「・・・・・はあ、今日を逃すとまた暫く会えないのに・・・・」

何をやってるんだ俺はと心底自分を呆れつつ、苦しさから逃れるようにカーマインはそっと目を閉じた。
それから時折自分の周りを誰かが動き回っているのを感じる。恐らく、執事のミネルヴァが身の回りの世話をして
くれているんだろう。ならば、後は彼に任せれば大丈夫かと、カーマインは僅かに残る不安から解き放たれ意識を手放した。



◆◇◇◆



思考能力の全てを奪うかのような、激しい頭痛はやがて全身を侵食するかのような熱に取って代わった。
深い眠りの淵にいたカーマインは、発熱により感じる寒気に悶え苦しむ。息を乱し、ベッドの上で身を捩る。
何でもいいから暖を取ろうと、無意識に熱を探す。ふと、指先に何か触れた。それはとても暖かくて、カーマインは
手放せずに強く握る。すると握り締めたものはまるで意思でもあるかのように、カーマインの手を握り返す。
不思議に思ってカーマインは、うっすらと瞼を開けた。

「・・・・・・?」

ぼやけた視界に見慣れた二つの影を捉え、カーマインは思い至る。ああ、これは夢だと。いる筈もない二人が
自分を心配そうに見つめている。こんな風に夢に見るほど自分は彼らに会いたかったのか。夢の中ながら気恥ずかしい。
照れたようにはにかむ。はふはふと整わぬ息も気にせず、握り締めた熱に擦り寄った。口元に引き寄せて根元に
そっと口付ける。ぴくりとカーマインの唇に当てられたそれは跳ねた。

「・・・・あったか」

ぽつり、呟いてカーマインは再び目を閉じる。夢の中で寝るなんて変な感じだ、そんな事を思いながら。
それでも、会いたかった人に夢ででも会えて嬉しかったのか、苦しみの最中にいるというのに口元には笑みを刻む。
ただ、もし叶うならばもっと夢を見ていたかった。とても、幸せな夢を。それと同時に思う。ああ、惜しい。
こんな夢なんて滅多に見れないのに。見たい時に見たい夢が見れないなんて不便だなあ、そんな理不尽な事を。

病気で心細いからといって随分と我侭になっている自分に苦笑を漏らしそうになった。
熱い、寒い。両極端な感覚が同時に自身を襲っておかしくなりそうになる。発狂しそうだ。再び身じろぐ。
けれど、不意にあやすような柔らかな接触を汗の浮いた肌が感じ取る。視界は真っ暗なのに、夢はまだ続いているの
だろうか。首を傾げば髪を何かに撫でられた。よく、知っている感触。いつも触れてくる熱。間違えようがない。
カーマインは思わず呟く。例え、夢の中でも欲しいから。

「・・・・アーネ・・・ト・・・オス・・カー・・・・傍に、いて・・・・」

独りは怖い。だから傍にいて欲しい。寒くて仕方ない。熱が欲しい。色々な思いが混ぜこぜになりながらも、
吐き出された甘い科白に応えるかのように、次の瞬間、肢体を大きな熱に包まれる。欲しかったものを得て、カーマインは
満足げに安堵の息を漏らし、再び更に深い眠りへと落ちていった。



◆◇◇◆



それから暫くして、まだ気だるさは残るものの、起き上がれる程度まで回復したカーマインは、自然と目を開けた。
ほんの少しぶれて見える天井が視界に入る。それから、何かを確認するように両隣を見た。誰もいない。
当たり前だ、先ほど見たのは全て自分に都合のいい夢だったのだから。シンと静まり返った室内を見遣って
カーマインは自嘲を浮かべた。心の何処かで期待していたのかもしれない。先ほどのは夢ではなく、あの二人が
本当に自分の傍にいてくれたのではないかと。しかし、すぐにその考えを自ら打ち消す。そんなわけはない。
彼らは自分と同じくとても多忙だ。確かに今日は自分が彼らの元に行く予定ではあったが、それは無理だと、ウォレスが
伝えてくれたはずなのだから。彼らは彼らで自分の仕事をこなしているのだろう。

「・・・・・・・・・・・」

致し方のない事だ。むしろ、期待する方がおかしい。分かっているのに、カーマインは寂しさに瞳を潤ませた。
夢の中があまりにも幸せすぎたから、現実がこんなにも辛い。いつもと変わらない風景が、こんなにも切ない。
ぽとりと一滴、カーマインの滑らかな頬の曲線を辿って涙が零れ落ちた。シーツに小さな染みを作る。
一度涙を許してしまえば次々に雫が軌跡を辿ってシーツの染みを広げていく。掠れた声が呼んだ。

「アーネストぉ・・・オスカーぁ・・・・寂しいよぉ・・・・」

誰に届く筈もない弱音。口にするだけ余計に空しさが残る。ぎゅうとカーマインは強く強く目を閉じた。
絞り尽くすように大粒の涙が落ちていく。そんな時だった。前触れもなく、ベッドと正対する位置にあるドアが開かれたのは。
ギィと微かに軋むような音を聞き取ってカーマインは目を開けた。すると。

「カーマイン、起きてたのか・・・・?」
「!」

片手に木桶とタオルを抱えて、室内に入って来た男の姿を目に留めると、カーマインは今まで動かせなかった身体を
そうとは感じさせない勢いに乗せたまま飛び起き、ベッドから抜け出した。けれども、体力の損なわれたそれは
一歩足を踏み出したところでガクンと崩れる。慌てて、逞しい腕がそれを拾った。ぱしゃんと木桶の中に汲まれた湯が
跳ねる。カーマインの身体はあと一歩というところで訪問者によって受け止められていた。

「・・・・っ、急に起き上がったりしたら危ないだろう」
「・・・・・・・・・・・・・」
「カーマイン?どうした気分でも悪いのか?」

タン、と手の荷物を床に置いて倒れこんだまましがみ付いてくるカーマインを怪訝に思い、男は問う。
長く垂れた黒髪を除けて少し青白い顔を覗き込む。目が、合った。異色の双眸が潤んでいるのに気づくと受け止めていた
大きな身体が驚いたように波打つ。カーマインの肢体を引き上げ、向き合う。それから常にない、動揺を露にした声で言った。

「ど、どうしたんだ、何を泣いている?何処か痛むのか?それとも怖い夢でも見たか?」

おろおろと慌てつつ、眼差しは至って真剣。何も答えないカーマインに更に困惑しつつ、男は見ようによっては
酷く情けなく眉根を下げた。泣かれるとどうしていいか分からないらしい。とにかく泣き止ませなければ、そう思ったのか
するりと指先が伸ばされる。頬を撫で、筋の痕を拭い、こめかみの辺りを通って後頭部に回した手で黒髪をあやす。
それから、まだ目元で今にも溢れそうに溜まっている雫を、吸い上げるように唇で受け止めた。

「カーマイン・・・泣くな。一体どうした。泣いてばかりでは分からんぞ・・・?」

優しく諭すような口調。欲しかったものを得て、カーマインは衝動のまま行動してしまった自分を恥じる。
深呼吸をしてから、間近にある男の耳元に告げた。

「・・・寂しかった・・・アーネスト」
「・・・・・・・そうか」
「独りは・・・嫌だ。まっくら・・・・・」
「悪かった。そろそろ身体を拭いた方がいいだろうと思って、湯をもらいに行っていたんだが・・・。
一人にしてしまったな。すまない。オスカーが戻るのを待っていればよかったな・・・・」

節くれをつけ、震える背を撫でるとアーネストは宥めるようにカーマインの頬に唇を落とす。目を覗き込んで、
キス。そっと優しく、包み込むように。柔らかな下唇を舐めて吸う。それだけでカーマインは酔い痴れた。心地よさげに
長い睫を伏せてアーネストのされるが侭に身を任せた。が、ふと気になった。伏せていた瞳を瞬く。

「・・・・?どうした、カーマイン」
「オスカーもいるのか?・・・というか・・・アーネストも何でここにいるんだ。ウォレスに聞かなかった?」
「ああ、聞いたぞ。風邪で体調不良だと。だから心配になって見舞いに来たんだ」
「・・・・仕事は?まさか抜け出してきたのか?」

会いに来てくれた事は純粋に嬉しいが、生真面目なカーマインとしては職務を放棄してまで会いに来て欲しいとは
思わない。もし、抜け出してきたというのなら、叱らなければ。そんな事を考えつつ首を傾ぐ。風邪を引いてるとは
思えぬ硬い詰問に苦笑しつつ、アーネストは応えを返す。

「今日は、お前が来るはずだったろう。だから、前々から仕事量を調整していた。抜け出したわけじゃない」
「・・・・そうか。なら、よかった。仕事の邪魔はしたくない」
「お前は・・・・生真面目すぎるのはどうかと思うぞ。そんなだから身体を壊すんだろう」

呆れを色濃く乗せた低音は、ゆっくりとカーマインを腕に抱いたまま立ち上がる。そのままベッドへと痩身を運び、
縁に座らせた。それから床に置きっぱなしの木桶とタオルを取って戻り、ぷらぷらと足を揺らしているカーマインの上着に
手を掛ける。まだ熱の影響か潤んだ金と銀の瞳が上向く。

「取り敢えず、汗を拭いた方がいい。こんなに濡れていたら気持ち悪いだろう?」
「・・・・・・・・・・ん」

言われてカーマインは自分の服に触れる。確かに汗を掻きすぎて肌にくっついた布は気持ち悪い。こくりと一度頷くと
アーネストは一度止めた手を動かし、カーマインのシャツを脱がしていく。最後のボタンを外して、肌に張り付いた布を
取り去れば、青白い顔とは対照的に熱で朱に染まった滑らかな肌が姿を現した。その気がなくとも、魅入ってしまう。
けれど、苦しげに息を乱し、上下する平らな胸を目に留めて、アーネストは首を振った。絞ったタオルに手を伸ばす。

「熱かったら言え」
「あ・・・・自分で・・・・」
「大人しくしていろ。放っておかれるのが嫌なんだろう・・・・?」

カーマインが寂しがっていた事を指摘すると、アーネストははっきりした制止がないのをいい事に、タオルを柔肌に当てる。
ぴくりと身じろぐものの、カーマインは黙ってそれを見ていた。無言の承諾を得て、アーネストはカーマインの汗を拭い始める。
首筋、肩、脇、腹部と手を動かし、後ろを向かせて背も清めていく。時折、支えるためか抑えるためか添えられる手に
カーマインは密かに身を震わせた。心地いい、けれど何か物足りない。ちらりと自分の世話を焼く男の姿をカーマインは盗み見る。

真剣な緋色の瞳が手の動きに合わせて動く。恥ずかしくなってカーマインは、前に向き直った。アーネストは至って真面目に
介抱してくれているのに、自分は一体何故こんなにも意識しているのか。少し地肌に触れられるだけで、連鎖反応のように
夜の情事を思い出してしまう自分が嫌だった。顔を赤くして、黙っているから変な事を考えてしまうのだと自身に言い聞かせ、
何とか話題を探す。

「あ、そ・・・そういえばオスカーと来たんだろう?オスカーは何してるんだ?」
「ああ、アイツならお前の食事を作っているようだ。無駄にはりきっていたからな・・・食う時は気合を入れておいた方がいい」
「病人がそう簡単に気合なんて入れられないよ・・・・」

くすくす笑いつつ、するりと移動したアーネストの腕にカーマインは思わず反応してしまう。訝しげに背後の頭が動いた
気配を察し、誤魔化すように擽ったいと一言告げた。納得したのかアーネストの指が離れる。それを心の何処かで勿体なく
思いながらもカーマインは振り返った。

「ね、いつの間に来てたんだ?」
「お前が眠っている間だ。一度、半覚醒状態で顔を合わせたと思うんだが・・・覚えてないのか?」
「・・・・・ああ、あれ?じゃあもしかしてあの時の・・・夢じゃなかったのか・・・・?」

カーマイン当人ではないアーネストにはあの時、が何時を指すものかよく分からなかったが、ああそういえばと
今までタオルを握っていた指をカーマインに差し出した。付け根の辺りを見るように促す。

「一度、目を醒ましたお前が痕をつけたんだが・・・覚えているか?」
「・・・・・・あ」

硬く細い指先の付け根に、吸い付いたような痕が残っていて、カーマインは真っ赤になった。そう、覚えている。
どうせ夢だと思い、自分の手を握ってくれたアーネストの指に口付け、離れようとした時抗って吸い付いた・・・気がした。
普段の自分なら絶対にしないであろう行動にカーマインは顔から火でも噴きそうになった。アーネストの顔を見れずに俯く。

「・・・・ごめん。俺、多分熱でおかしかったんだ・・・・」
「・・・・・・まあ、そんな事だろうと思ったが。それより着替えか・・・・・・これでいいか?」

着替えやすそうなものをクローゼットから選ぶと、カーマインの目前で揺らす。一瞬だけ相違の瞳が寄越された。
あまりよく見てないようだったが、頷かれたのでアーネストはそれをカーマインに着せる。袖を通す際、覗き見た面は
白い部分を探す方が困難なほど赤く染まっていて、アーネストは困ってしまった。幾ら自分が理性的で世間に
通っていても、そういう欲がないわけではないのだ。堪える方の身にもなって欲しい。病人に無理をさせるわけには
いかないのだから。アーネストは溜息を吐くとこれ以上は目の毒だ、と視線を逸らす。

「今はとにかく寝ておけ・・・・傍にいるから」
「・・・・・・ん」

上を着せ替え終わるとアーネストはカーマインの額に手を当て、優しくベッドへと沈める。額に張り付いた前髪を
梳いて、毛布を掛け直すとベッドの脇に置いておいた椅子を引いてそれに腰掛けた。

「・・・・・そろそろ・・・オスカーが戻ってくるだろう。騒がしくなるから覚悟しておけ」
「フフ・・・オスカーが聞いたら怒るよ、それ・・・・・」
「そうだな。だが、事実だ・・・・」

静かに笑い合う。心地よい空気。基本的に口数の少ないカーマインとアーネストは、傍にいると大抵静かになる。
けれどそれは気まずい空気とは程遠く、しっとりとした甘さが含まれていた。優しく、落ち着いたその空間は
とても安らぐもので。起きたばかりだというのに、カーマインの瞼はうとうととまたくっつき始めていた。
それをアーネストのアルビノの瞳が穏やかに見守る。至福の瞬間。けれど、それは長くは続かなかった。

「カーマイン、おっ待たせーv」
「ほらみろ」
「・・・・・・・・・・・」

ノックをして返事を返す間もなくオスカーはドアを開けた。アーネスト同様、片手に何か持っている。トレイと水と
それから先ほどアーネストが言っていた食事だろう。ほわりと白い湯気が立ったそれをオスカーはアーネストを
押し退けるように身を乗り出してカーマインの眼前へと晒した。

「腕によりを掛けて作ったリゾットだよ。どうぞ召し上がれv」
「・・・・・・オスカー、邪魔だ」
「邪魔なのは君だよ、アーネスト。さあさ、退いた退いたー」
「・・・・・はあ、全く」

腰を落ち着けたばかりだというのに追い立てられて、アーネストは仕方なく立ち上がり、ついでなので木桶とタオル、
それから着替える際にカーマインが脱いだ上着を拾って片付け始める。三色の瞳がそれを追っていたが、アーネストが
部屋から消えると自然と元の状態に戻り、オスカーは首を傾いだ。

「はい、カーマイン。邪魔者がいなくなったところで、食べよ?」
「う、うん。頂くよ、オスカー」

食べないと不機嫌になりそうだと思ったカーマインは、身を起こして差し出されたトレイを受け取って自分の腿の上に乗せた。
スプーンを握り、リゾットを掬うと横から伸びた手に奪われる。

「!」
「熱いからね、ちゃんと冷やさないとだめだよ?」

にこり、微笑みながらオスカーはリゾットに息を吹きかけて冷ましている。まるで幼子に対する対応でカーマインの
眉間に皺が寄った。不満げに唇を尖らせる姿は子ども扱いされてもおかしくないほどあどけない。

「火傷でもしたら大変でしょ?」
「自分で出来る」
「そう。でも一口目は僕が食べさせてあげる。はい、あーん」

ずい。これ見よがしに口元にスプーンを押し当てられカーマインは横を向く。が、スプーンは何処を向いても
追いかけてくるので逡巡した後、諦めたように口を開く。すかさず忍んできたそれを含む。
丁度いい温かさまで冷まされたリゾットをカーマインは数回噛み、飲み込んだ。病人のために作ったからだろう、
味は薄めだがそれでも美味しい。口元を綻ばせる。

「美味しい?」
「うん、美味しい」
「僕のお嫁さんになったらいつでも食べさせてあげるよ」
「何で俺がお嫁さん・・・。それに、俺はアーネストもオスカーもどっちかなんて選べない」

口に出してから、あまりにも優柔不断な科白をしてしまったとカーマインは思った。けれど、それは覆しようのない
本音だった。どちらも同じように大切で愛しくて、失えない。今まで欲しいと思うものが何もなかった反動か、
色恋沙汰になると途端に貪欲になってしまう自分をカーマインは厭うた。こんな我侭を言う人が他にいるだろうか。
考える。いなそうだ。よく二人は怒らないな、とカーマインは常々疑問に思っていた。オスカーから取替えした
スプーンでもう一口リゾットを運ぶ。熱い。

「・・・・ッ」
「あー、ほら言わんこっちゃない。大丈夫?」
「〜〜〜らいひょうふ」

何処が。思わず突っ込みたくなるほど回らない呂律でカーマインは答える。考え事をしていたせいで冷ますのを
忘れていた。舌がぴりぴりと痛む。一点に熱が集中してそこだけざらりとした感触が拭えない。口を押さえつつ、トレイに
置かれた水の入ったグラスを取り、流し込む。冷やされると少しだけ痛みがましになった気がする。もう一口飲む。
ざらざら感は拭えないが、もうそんなに痛まない。ほっと息を吐く。

「ちょっと・・・考え事しててぼーっとしちゃったみたいだ」
「そうみたいだね。大丈夫?見せてごらん?」

親身な様子で問われて、カーマインは苦笑しつつ口を開き、いつもより赤みの増した舌を伸ばした。
べと口から舌が出されたその姿は、大人びた容姿に反して随分と可愛らしい。初めは真剣に心配していたオスカーも、
それを見て悪戯心が沸きあがった。そっとカーマインの舌を掴み、驚いている彼の前で、掴んだ赤に自分のそれを
絡め舐める。だらりとオスカーの指をカーマインの唾液が伝う。舌を囚われていて口を閉じれないカーマインは
オスカーの行為を止められなかった。ざらり。火傷の上をオスカーの舌が行き来する。微かだが痛い。
止めるよう言いたかったが、この状態じゃ喋れそうもなく、ぴちゃぴちゃと滑る水音が止め処なく聴覚を犯す。

「・・・・ん・・・・・ンン」
「大丈夫・・・っふ・・・・僕が、治してあげるから」

零れる唾液を吸い上げ、治療とは到底思えぬ淫靡な行為を続ける。息が出来ない。行動を制限されたカーマインは
為す術なく、目を閉じる。今にも酸欠で倒れそうなほど、顔を赤らめ、目許に生理的な涙を浮かべた。
淡いラベンダーの瞳が目を閉じていても自分を一心に見つめているのが分かる。もう、痛みなど麻痺してしまった。
呼吸の出来ない苦痛と馴染みのある快楽の狭間でカーマインは揺れていた。ぽとりとまた口から雫が落ちる。
もう、どうにでもなれ。半ば自暴自棄になり始めたところで席を外していた人物が戻ってきた。

「「「・・・・・・・・・・・・・」」」

中に人がいるのは分かっていたため、ノックをせずにドアを開けたアーネストは固まった。
食事を採っていたはずのカーマインがオスカーと舌を絡め合っている。というか絡め取られている。
およそ病人にする事ではない。そう理解した刹那、アーネストは動いた。ツカツカと二人に詰め寄り、腕を振り上げ。

ガツン!

紫の頭目掛けてそれを振り下ろした。物凄く痛そうな音が響く。ずるりとカーマインの舌を押さえていた指が落ちる。
しっかり潤まされた異彩の眦は沈んでいくラベンダーを唖然とした表情で見送っていた。それから酸素不足で上手く
働かない頭のまま、横を見遣った。鬼の形相のアーネストが立っている。流石のカーマインでも怖い、と思うほど
殺気立った男の顔がそこにはあった。

「・・・・・・・・・・」
「・・・・・いつまでそのままでいる気だ?」
「え・・・あ、そっひゃ」

べ、と未だに見せ付けるかのように口の外に出たままだった舌をカーマインはしまう。ずっと出しっぱなしだったので
元の状態の方が不自然に感じ、かあっとまた赤くなった。

「全く、何をしていたんだ?」
「えっと、俺が舌火傷しちゃって・・・・」

皆まで言わずとも状況を察したらしいアーネストは手でカーマインを制し、突如訪れた頭部への痛みで呻いている男を
じっと見下ろす。その視線には呆れとこれ以上ない侮蔑が混じっていた。病人相手に一体何をしているのかこの男は。
目だけで言いたい事が伝わってくる。どうしていいか分からないカーマインはしきりにアーネストとオスカーを交互に
忙しなく見つめた。手元のリゾットはもうすっかり冷めている。

「・・・・・それで?火傷の方は大丈夫なのか?」
「あ・・・うん。もう、平気」
「そうか。ならいいが・・・・おい、オスカー」

げし。蹲っている身体を軽く蹴ってアーネストはオスカーを呼びつける。

「なに。この乱暴者っ」

恨みがましそうな声が返る。そういうお前のさっきの行動は病人に対する乱暴ではないのか。またしても無言で
そう訴えかけ、眉間に深く皺を寄せた。それから密かに思う。自分だってカーマインに触りたいのを必死で我慢したというのに
コイツにはそういう遠慮はないのか、と。大いに軽蔑しながらも心の何処かでその開き直りぶりを羨みながら
アーネストはオスカーの襟首を掴んで立ち上がらせる。

「オスカー、貴様一体どういう神経をしているんだ」
「どうって?あんなに可愛いところ見せられて何もしないでいる方が男としておかしいんじゃない?」
「それは・・・・・・ッ、そうだとしても、限度というのがあるだろう。風邪が悪化したらどうする気だ」
「その時はちゃーんと一から百まで面倒見てあげるもの」
「仕事はどうする気だ、無責任な事を言うんじゃない!」

アーネストの言葉はもっともだったが、オスカーは首を振った。カーマインは困ったように二人を見届ける。
確かに風邪を引いている時くらい、紳士的に扱って欲しいと思う一方で、風邪を引いて心細いからこそ、蕩けるほどの熱で
包んで欲しいとも思う。むしろ今となっては後者の方が強いか。アーネストの指先が触れた瞬間から、既にカーマインは
欲してしまっていた。抗い難い、欲の熱を。

「アーネスト、オスカー・・・。俺を置いて喧嘩しないでくれ」
「・・・・カーマイン?」

呼び止められて二人は我に返った。そう、今のカーマインは常よりも弱っているのだ。本人は夢だと思っていた故にだが、
普段は口にしないような弱音を吐くほどに。それに気づいて慌てて二人はカーマインと視高を合わせるため、屈んだ。
そんな二人がおかしくてカーマインは微笑した。

「あのね、喧嘩する前に俺の意見聞いてくれる?」
「あ、ああ・・・すまない。煩かったか?」
「主にアーネストがね。で、カーマインはどうなの」

さりげなく失礼な台詞を投げ、オスカーがカーマインの目を覗き込んだ。その目に覚えのある色を見つけて
苦笑を漏らし、二人の手を握り締める。夢だと思っていた時にしたように手にしたそれに口をつけた。

「・・・言っただろう、傍にいて・・・って」

甘さを湛えたカーマインの言葉に二つの息を飲む音が返った。

「寒いんだ・・・暖めて」

それこそ夢なのではないかと疑ってしまうほど、現実味の欠ける強請り方をしたカーマイン。普段の彼ではない。
熱に思考を侵されているのが誰でも分かる。それでも、その誘いは到底抗えるものではなかった。
相手は病人、その事実を忘れたわけではない。けれど、懸命に自分を抑えていた二人はとうとう自らが築いた堰を壊し、
望むまま掴まれた手で、愛しい者を抱き寄せた。



◆◇◇◆



しっかりとドアに鍵を掛けて、カーテンを閉めた上でカーマインの身体は押し倒された。
漆黒の絹糸のような髪が真逆のシーツに広がる。潤んだ瞳が組み敷く二人の男を妖しく見つめた。
しなやかな腕を伸ばして、それぞれの唇に触れ、口付けを求める。緋色とラベンダーが見合わせるように合わさり、
それからアーネストの唇がカーマインのそれへと含まされた。あやす時の優しいそれとは違う、激しさ。

「・・・・んんっ」

顎を掬い取って、深く深く唇を合わせ、舌を絡める。歯の根を辿り、唾液を混ぜ、舌を吸い上げた。重なり合う
隙間から漏れる吐息すら飲み込んでカーマインを甘く乱れさせた。呼吸をしたい、そう胸を叩いて訴えても唇は離れず
角度をつけて何度も触れてくる。苦痛に喘ぎながら、愛される事に求められる事にカーマインは陶酔した。
必死になって、蹂躙してくる熱を受け止める。欲するままに吸われれば吸い返す。情熱的で濃厚なキス。
傍目に見ていても欲を煽られる光景に何もせずにはいられず、オスカーは手を伸ばした。

「・・・・ッ、ふ・・・・は・・・んふっ」

じゅぷじゅぷと卑猥な水音を響かせ、キスに夢中になっているカーマインからオスカーは気づかれぬよう、
服を剥いでいく。着替えたばかりのはずなのに既に熱のせいかそれともこの行為のせいか汗を吸った布を
ベッドの下へと落としていく。光沢のある肌が露になる。とても、綺麗な。普段より高い体温の上をオスカーの指が
蠢く。胸を撫で、腹部を通り、臍の窪みを強く押して刺激する。途端に組み敷かれた肢体が驚いたように跳ねる。
重なり合った二つの唇がその反動で離れ、互いの舌を、まるで初めからそれは一つのものだったかのように
長く伸びる銀糸が繋いでいた。奪い合った吐息を取り戻すために、酸素を求めて喘ぐ。

その間に肢体を這う腕の数が増えた。オスカーが下腹部を、アーネストが上半身を嬲る。
首筋を吸われ、胸の頂を硬い指の腹が行き来し、内腿を滑る舌が丁寧に辿り、カーマインは何処に反応していいか
分からぬほどの喜悦を一度に味わう。息をする暇もないまま、声を上げた。身体の中心で自分自身が切なげに
震え、泣いているのが分かる。独りきりにされているかのように。気まぐれに腿の付け根を食むオスカーのピアスが掠めて
余計に欲望が溢れかえった。大きく身を捩る。その際に脚でオスカーの頭を絡め取ると、いけないと思いつつ
カーマインは彼の頭を触れて欲しいと切に望んでいる自身の欲の証へと導いた。

「んくっ・・・・」

つん、とオスカーの口が蜜を流す先端に当たり、喉を鳴らす。ちらと相違の瞳で下を見下ろせば、オスカーの情欲に
濡れたラベンダーの瞳と目が合った。ニッと不敵に笑むとオスカーはカーマインに見せ付けるようにゆっくりと唇の触れている
熱源を舐め上げる。瞬時に真上の白い頬が朱に染まった。恥ずかしい、そう思うのに目が離せないでいるカーマインは、
何の意趣返しか愉悦に溺れた厭らしい表情をオスカーへと返す。それには、先端のみならず、白濁で飾られた幹を
口腔へ飲み込む事で更に返された。細い喉が引き攣って嬌声を二人の男に聞かせる。

「ふぁぁっ・・・・ん、だめ・・・・ゃ・・・あ、あっ」
「何が・・・駄目なんだ?」

カーマインの耳裏を舐め、グッと片手で絞め殺せそうなほど細い首に巻きつけた指の先に僅かに力を込める。
快楽の海に沈みかけたカーマインを苦痛で繋ぎ止め、アーネストは自分に目を向けさせた。向き合った高い鼻梁に
口付け、可愛い泣き顔を堪能すると軽く唇に自分のそれを落とす。オスカーの与える刺激に涙する自分に恐らく
拗ねているのだろう、そう思ったカーマインは首を軽くとはいえ絞められたのに怒る事もせず、微笑んだ。

「アー、ネスト・・・・拗ねてる?」
「・・・・・・ああ」
「ん・・・・はぁ・・・・じゃあ、もっと近くに来て・・・」

下ではオスカーの頭を押さえつけ、もう片方の腕でアーネストを引き寄せると、カーマインは色素の薄い首筋に
顔を埋め、噛み付く。ちりと走る痛みにアーネストは顔を顰めたが、されるが侭、大人しくしていた。皮膚の上に硬い
歯の感触。やがてそれは舌となり代わり、歯形の上から甘い痺れをもたらす。更に薄い肉を吸って花弁を刻むと
カーマインは顔を上げ首を傾ぐ。

「機嫌、直った・・・?」
「・・・・まだ、足りない。もっと・・・欲しい」
「ふぅ・・・・我侭、だな・・・アーネストは・・・ひゃん」

浮き上がった欲の筋に歯を立てられ、甲高い悲鳴が上がる。アーネストがカーマインを独占したいと思うように、
オスカーもカーマインを独占したかった。自分の与える悦に集中して欲しくて、唇で幹を扱き、その下で蜜を弾いて
淫猥に照る嚢を揉みしだく。びくびくと快楽を教え込まれた肢体は波打った。

「は・・・オ、スカーも・・・・拗ねな・・・で・・・ああっ」
「もう限界みたいだね・・・・でも、簡単にはイかせてあげない、よ?」
「うああっ」

根元を握り締めて、オスカーは今にも達しそうなカーマインの熱を塞き止めた。愉快そうに口角を持ち上げ、
とろとろと溢れてくる蜜を唇で掬い取る。きゅっと侵入を拒んで閉じた蕾を指先で擽り、様子を窺う。
ヒクリと物欲しげに指の触れている蕾が動いた。

「あ、もう此処は欲しがってるみたいだね」
「オスカー・・・・カーマインは不調なんだ、あまり焦らしてやるな」
「ああ・・・そうだったね。あんまり気持ち良さそうだから忘れてたよ」

羞恥を煽る言い草で、オスカーはカーマインの搾まりへと顔を移す。そのまま、可憐な部位を舐め上げ、
緩んだ隙に内側へと舌を埋め込む。粘膜が互いに纏わりつき、激しく音を立てる。身体中が沸騰したのではないかと
思うほど熱くなり、カーマインは悶えた。太腿でオスカーを固定し、促す。

「は、ふ・・・・も・・・い・・から・・・・・・」
「どうして欲しいの?」
「・・・・オスカー、もう・・・・・・・・・・ぃ・・れて・・・」

堪え切れなかったのか、カーマインは蚊の鳴くような声で先を望む。自ら脚を開き、顔を背ける。
けれど、アーネストに顎を取られた。舌に舌が触れる。身体を引き上げられ、行為の始まりの時の再現か、深く
唇が合わせられた。おまけに、ふとした拍子に、反り返った背にアーネストの怒張が当たった。くちゅっと濡れた音に
目を見開く。いつの間にかアーネストの片脚がカーマインの背を跨いで後ろから華奢な四肢を閉じ込めていた。
急激に追い詰められ、長い睫を震わせれば、気が緩んだのを見越してか、灼熱が、前から貫いた。

「ひ、ああっ!」
「ッ!」

異物の挿入に、カーマインの奥襞は震え、きつく締め付ける。引き千切られる、そんな錯覚をしても不思議ではない
苦痛にオスカーは息を飲む。が、何とか堪えるとカーマインの脚を持ち上げ、思うが侭に律動を刻んだ。
脆い身体は楽々と揺すり上げられる。乱れ舞う黒髪を目に留めつつ、アーネストは存在を示すかの如く、カーマインの背中に
当たっている自分のそれを自ら擦り付けた。尾てい骨を掠めて欲が膨れる。圧倒的な質量と存在感で自分を犯す肉棒に
意識を半分以上奪われながらも、背後で自己主張する熱にも気づいているカーマインは、迷いながらも敷布を掴んでいた手を
離して、後ろに伸ばした。見えないので、見当違いな場所を何度も空振りするが、滑る液を捉えた。

「あ・・・っふ・・・あ、あ、あっ」
「・・・・ん」

打ち付けられる腰の動きに合わせて啼く一方で、カーマインは手を動かす。アーネストの隠し切れない欲望を甘やかす。
両手で包んで、形をなぞる。既に濡れ始めていたそれは揺すられる度に滑ったが、カーマインは決して離さなかった。
初めは触れるだけだったのを、後ろ手で扱く。指先が淫らに蜜を纏う。首筋に熱い吐息が掛かる。常日頃、無表情な
男が自分の愛撫で感じていると思うと同じくらいカーマインも感じた。それに加えて今までカーマインの好きにさせていた
アーネストの腕が背から前へと回り、もうオスカーの手が離れた性器を握り、空いている方で、ぷっくりと立ち上がった
胸の粒を捏ね回す。前も後ろも弄られて、敏感なカーマインが耐えられるはずもなく、最奥を突かれた瞬間、達した。
白い飛沫を上げ、自分の肌とアーネストの腕を汚し、前と後ろの双方から熱を与えられる。

「う・・・・ぁ・・・くぅ、ん・・・」

朱に染まる肌に白を注がれた肢体はぐったりと弛緩した。余韻を暫し愉しんだ後、オスカーの情欲に満ちた肉棒が
カーマインの内部から抜かれる。とろりと白い内股を蕩けた情事の痕が伝い落ち、シーツに染みを作った。
艶かしい姿態に熱はまだ引かず。カーマインの手のひらに握られたそれは、再び力を取り戻していた。
カーマインは首を逸らして、後ろの男に耳打つ。

「・・・・ん、アーネスト・・・も・・・挿れ・・・て・・・?」
「・・・・・・大丈夫なのか、身体は」
「アーネ、スト・・・の・・・熱も・・ちょ・・・だい。暖めて・・・・」

風邪の事を心配しているらしいアーネストをからかうようにカーマインは手の中のそれを未だにヒクヒクと震えている蕾へと
自ら宛がう。先端が搾まりを突付いて小さく悦楽に滲んだ声を上げた。

「ゆっくり・・・眠れるように・・・いっぱい抱っこして・・・」

蟲惑的な囁きを受けて、アーネストは迷いながらも、望まれるが侭にカーマインの秘奥を犯す。
オスカーが放った熱とアーネストの熱が内側で混ざるのを感じながら、静かにカーマインは満ち足りた笑みを口元に
乗せ、独りきりだった時の暗闇とは違う、優しい色合いの中、眠りに落ちていった。



◆◇◇◆



匂いが、する。カーマインの大好きな。
清涼な香りと甘い香り。正反対のそれ。どちらもひどくカーマインを安堵させてくれる。
本当はいつもこの香りに包まれていたい。そう、カーマインは思う。少しくらい無理をしても、苦痛とは感じぬほど。
口付けられると切なくて優しい気持ちになる。孤独を忘れて、満たされる。

そう、思っているのに。いつもは羞恥が前に来て、言いたい言葉を飲み込んでしまう。
けれど、熱に侵されている時は、その羞恥が消え失せ、素の自分が現れる事をカーマインは知っている。
素直に欲しいものを欲しいと言える瞬間。風邪はその時の状態と酷似している、のだろう。
知らず知らずの間に甘えて、欲しがって、我侭ばかり言って。それでも受け止めてくれるから、寄りかかってしまう。
以前はあんなに誰かの手を借りる事に躊躇いを感じていたのに。

柔らかに、二つの熱と香りに包まれたカーマインは、最初は困っていたというのに、もう少しこの風邪が治らなくても
いいかな、などと酩酊感に浸りつつ、幸せな夢に溺れた。目が覚めた時、二色の瞳に見守られながら、
風邪とは違う原因でベッドから起き上がれないという事態に陥るその時まで。




fin


ごいーん。何と言うかアレですね、無駄に長い上にえろい・・・!!
携帯サイトのキリ番なんですが携帯だとまた長くて読みにくそうなので
こちらにもUPです。いやしかし・・・カーマインが淫乱だぁ(殴)
おかしいですね、彼だけはピュアを守り通そうと思っていたんですが。
精神的にはピュアなんですとか言い張っときます。
しかしナイツはナイツで堪え性がないですな。インペリアルナイトの”ナイト”は
騎士でなく夜の方の意味だと思う今日この頃です。



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