深く、堕ちる

「あ」

気づいた時には、彼の姿は目の前から消えていて。
代わりに高く高く聳え立つ水柱が視界を襲った。

溺れるような恋

偶には外に散歩に行こう。
どちらかといえば家で寛ぐタイプの二人が、晴れ渡る空に釣られてか休暇を過ごしていた屋敷から出て、
街の中を闊歩する。浮かないようにと出来うる限り地味な服装をしているというのに、二人が並んで歩くと
どうにも目立つ。すれ違う人の殆どが彼らを振り返っては呆然と立ち尽くしていた。

「･････なあ、アーネスト。俺、何処か変か？」
「･･･････？いや別に････どうかしたのか」
「何か皆に見られているような･･･気のせいか？」

それは気のせいなんてものではなく。通行人の殆どが彼を見ていると言っても過言ではない。
勿論話しかけられた当人、アーネストとて見られては居るが、彼はこの街が地元のようなものなので
そこまで注目されるわけではなかった。まあ、ある程度見慣れられているという事だろうか。
そんな彼とは違い、隣りを歩く青年―カーマインは、他国の人間であり、しかも世界を救った救世主として
神聖視されている事もあるが、それ以前に何度見ても見飽きないほどに美しい顔をしている。
当然、人目を惹いてしまうのは避けられない事態で。視線に気づいたのは、彼にしては大きな一歩では
あるが、その理由を未だに分かっていない事には流石のアーネストも頭が下がった。

「前々から言っているだろう。お前はどんな格好をしていても目立つ」
「アーネストよりは地味だと思うんだが」
「それは身長の話だろう？」
「！おい！！」

身長を気にしているのを知っていてそんな事を言うアーネストに対し、カーマインは普段の温厚さを金繰り
捨てて自分より随分と上にある紅い瞳を睨み付けた。美人の睨みは中々迫力がある。けれども、
半ば盲目的にカーマインを愛してしまっているアーネストからすればその表情すら愛おしく。
まるで堪えた様子も見せずに微笑んで受け止める。

曰く、怒った顔も綺麗で可愛い･･･だそうだ。
そんな調子で全く悪びれないアーネストをカーマインは更に鋭い視線で射抜くがそれでもアーネストの
相好は崩れなかった。どころか、更に火に油を注ぐような事を言ってのける。

「お前はそのままの方が可愛い」
「馬鹿にしてるのかっ！」
「････？人の話はよく聞け。褒めたんだろうが」
「何処が！やっぱり馬鹿にしてるだろう！」

形の良い唇を尖らせる仕種も加わって、益々愛らしく映るカーマイン。アーネストは外に出た事を
後悔した。家の中なら人目を気にせず抱き締める事も出来るだろうに。悲しいかな、周りにはこの街が
観光名所なだけにそれなりに人が居る。伸ばしかけた手を引っ込めて機嫌を損ねてしまった
美青年のそれをどうやって修復しようか頭を悩ませた。やはりここは青年の好物の甘いもので
気を引くかなどと色々と思考を巡らせる。と、ここで漸くアーネストは気づいた。

「････カーマイン？」

思考に没頭している間にどうやらカーマインは何処かに行ってしまったらしい。
慌てて･･･とはいえ彼の事を熟知している人間でなければ分からぬ程度にだが、周囲を見渡す。
先ほど自身で口にしたがカーマインは相当目立つ。まだそう離れていなければすぐに見つかる筈だ。
目論み通り大陸でも珍しい黒髪はすぐに見つかった。街中に流れる川の堤防のすぐ傍に。
一体何をしているのか。問う前に、今し方見つけたばかりの姿が一瞬で消える。

「あ」

間の抜けた声がアーネストの口を付いた途端、目前の川から水しぶきが上がった。
一体何事か。すぐさまついさっきまでカーマインが立っていた堤防に駆け寄りアーネストは下の川を
見下ろした。街を流れる川にしては結構流れが速い上に深い。人一人飛び込んだ余韻に
大きな波紋が広がっている。そしてカーマインの濡れた黒髪が見えた。その近くには白と茶の毛並みの猫の姿。
どうやら彼はあの猫を助けるために川へと飛び込んだらしい。お人好しな彼らしい行動。それはいい、それはいいのだが。

「･････おい、まさかとは思うが」

溺れてないか？と、つい独り言が漏れる。いや、まさかカーマインに限ってそれはないだろう。
そうは思ってもやはり緋色の瞳には彼が溺れているように映る。何とか水流に流される猫を捕まえた
ようだが、それを機に今度は彼が流されていく。瞬間、アーネストも堤防を軽々と乗り越え、
眼下へと飛び込んだ。激しい水音と水柱が立ち大柄な身体が水中に一度沈む。

見た目以上に速い流れに逆らって水を掻き、猫を抱えたまま顔だけなんとか水面に浮かべている
カーマインの傍まで近寄る。が、後少しというところでそれは足掻ききれずに水中へと消えて。
濡れて重みの増す服に動きを制限されながらも消えた姿を追ってアーネストも潜る。
目の前で沈んだので、探すのには苦労しなかった。急いでその細身を抱き上げて水面へと浮上する。
堪えていた息を吐き出して陸に上がれる場所を探す。

「･･･っは･･･大丈夫か、カーマイン？」

水を飲んでしまったのか気を失ってしまっているカーマインを気遣いながらアーネストは川の側面に
ある通路のようなところに上がり、意識のないカーマインを横たえる。彼の腕の中の猫は怯えて声が
出ないだけで大事無いようなので脇に避け、カーマインの方にすぐさま向き直り。

「おい、カーマイン、しっかりしろ！！」

川の上部の堤防で騒ぎに気づいたギャラリーが騒いでいるのをものともせず、アーネストはカーマインの
呼気を確認し、ひたひたと濡れて冷たくなっている頬を叩く。反応はない。今は何よりも水を吐き出させる事が
先決かときっちり閉じられた口を割り開き、口内に異物が入り込んでないかを調べた後、首を伸ばして気道を確保し、
空気を直接自分の口から送り込む。肺が膨らんだのを認め、反応を待つ。もう一度息を吹き込む。
細い喉が震え、咳と共に水を吐き出すカーマイン。うっすらと瞼を上げ、異彩の双眸を垣間見せた。
そこでカーマイン以上に顔色の悪かったアーネストがやっと安堵したように吐息を零す。状況がよく分かって
いないらしい冷えた青年の肢体を強く抱き締めた。

「････アーネ････ト？」
「････ッ、泳げもしないくせに飛び込む奴があるか！馬鹿者！！」
「あ････猫は････無事？」
「････････大丈夫だ。それよりも自分の事を気にしろ。死ぬ気かお前は････」

震えた声で問われた言葉には「俺、自分が泳げないなんて思わなかったんだ」などと実に
気の抜ける返事が返された。人目がなければこのまま大音量で叱り付けてやりたいところだったが
何とか堪え、アーネストは重過ぎる溜息の後、ふらついているカーマインとぷるぷると身体に纏わりつく
水を弾いている猫とを抱えて、堤防の先にある点検用の階段を登って上へと戻る。
途端に心配しているのかただの見物なのか分からぬ野次馬の視線を受けるが、睨み一つで追い返し、
人込みの中出来た道を行き、自身の別荘へとスタスタと歩いていく。

「アーネスト、俺大丈夫だから！降ろせって！」
「喧しい、黙ってろ！」

常にない調子で怒鳴りつけられ、カーマインは身を竦める。強面のくせにアーネストは滅多な事では
怒らないので油断していたせいもあるか。烈火の如き低音は、恐ろしく鼓膜に響き、抵抗という言葉を
脳裏から消し去ってしまう。怯えた猫が毛を逆立て、自身を片手で摘んでいる男の腕に爪を立てた。

「痛････」

予想していなかった痛みに驚いてアーネストは猫を持っていた手を離す。途端に怯えた生き物は
濡れている事にも構わず地面に軽い音と共に降りて、そのまま何処かへと逃げてしまった。
折角、身体を拭いてやろうと思ったのにとアーネストは自分の腕に付いた小さな傷を眺め眉を吊り上げる。
しかし、もう済んでしまった事だ。猫の事も気にはなるが、もう一人の猫のような青年の方が大事で。
このまま風邪でも引かれてしまっては困る。衆目の遠慮ない視線を背中に感じながら、けれど何も
気にしていないとでも言うかのように堂々と自分の屋敷のドアを空いた片手で開いた。

◆◇◇◆

バタン

勢いよく扉は閉められ、そのすぐ後に家主によって鍵を掛けられる。
玄関先でずぶ濡れになった二人から雫がぼたぼたと床に垂れ、染みを作った。使用人がこの場にいたら
卒倒しそうな状態だが、基本的にアーネストは自分がいる時は使用人に暇を出しているのでそんな
事態には陥らずに済んだ。まっすぐ奥の浴室へと足を進める。と、大人しく抱き上げられていた
カーマインが恐る恐るアーネストを見上げ。

「･････あ･･･アーネスト」

裏返るか否の細い声で呼びかけると、先ほどよりは幾らか柔らかくなった紅い視線が下りてくる。
頬の滑らかな曲線を水滴が伝う僅かな時間見つめあい、強張った表情をしていたアーネストが諦めたように
瞳を細めた。別に怯えさせるつもりなどなかったのだと肩の力を抜いて。血の気の失せた黒髪の
張り付く額を冷えた指先でなぞる。安らぎを見出した相違の眼差しが睫毛を震わして伏せられた。

「･････さっきは大きな声を出してすまなかったな」

謝罪と共に腕の中の軽い身体を自分と向き合うように抱き直してアーネストは首を傾ぐ。
カーマインの瞳が開き、何処か困ったような男の姿を映し出した。綺麗な顔。けれど自分と違い脆さはない。
それがカーマインにとって悔しくもあり、羨ましくもある点だった。無意識に手が伸び、輪郭に触れる。
いつもは温かい肌が自分を助けるために水に入ったが故に冷え切っていた。申し訳なく思って
寄せた眉間に薄い唇が宛がわれ、慰められる。

「････あっ」
「･･････俺はどうもお前の事となると頭に血が上りやすくなるらしい。
お前のお人好しは今に始まった事ではないと分かっている。むしろ好ましいとも思う。
だが、他人に対して向けられる愛情を自分に向けられないところは････嫌いだ」

分かっているのか？と悲しげな低音がカーマインの耳を擽る。自分が無茶をする度、アーネストが
こうして悲痛な声を漏らすのを知っていて、カーマインは自分の無鉄砲さを止められずにいた。
多くの人間に冷静沈着と評されていてもまだまだカーマイン自身、感情をコントロール出来ずにいる。
どころか、多少無茶をしてもアーネストが今回のように助けてくれると何処かで信じているきらいがあった。
甘えとも言えるだろう。他人に依存したり甘えるのが嫌いなカーマインがアーネストには意図せぬうちに
頼り切ってしまう。守られる事に心地よさを感じてしまう。何にも代え難い安堵がそこにあるから。
けれど、心配させる事は心苦しい。カーマインは何とも言えぬ表情で目の前の男を見た。

「･･･････ごめん････」

自然と零れ落ちた言葉。足元に水溜りを築きながら水を吸い込んだ服が互いの身体を抱き締める。
もう、喧嘩していた事などとうに頭になかった。元々喧嘩と言えるほど立派なものでもなかったが。
暫くそのままの姿勢でいた二人だったものの、銀糸から落ちてきた雫を頬に受けたカーマインが不意に
アーネストの肌に張り付いたシャツを引っ張り。

「････アーネスト･･･身体拭くなりシャワー浴びるなりしないと風邪引く････」
「ああ、そうだったな。俺は大丈夫だからお前先に入れ」
「駄目だ。アーネストはもう休暇が終わるだろう？俺の方が休み長いから先に入りなよ」
「馬鹿を言え、客を風邪引かせるわけにはいかん。それに俺は鍛えているから問題ない」
「だったら俺だって鍛えてる！」

むっとしながら返された文句。しかしそれを告げるカーマインはどう見てもアーネストより小柄で華奢だ。
どれほどかと言えば、彼の前にアーネストが立つとその姿が見えなくなってしまうほどで。
腰なんてアーネストの両腕を回して余るくらいに華奢。とは言え、それを指摘すれば散歩に出た時の
二の舞になってしまうだろう。何でもそつなくこなし、見た目も美しく、地位も兼ね備えた彼の唯一の
コンプレックスがその男らしいとはとてもじゃないが言えない体型なのだから。

ならばどうやってカーマインに先に湯を使わせるか。アーネストは考える。その間も冷えた肢体は
微かに震えだしていた。悩んでいる暇はない。しかしふとアーネストは気づく。何も一人ずつ風呂に
入る必要はないのではないかと。第一にここはアーネストの私邸であり他の誰もいない。
それに風呂も一般家庭のそれより広い造りになっている。二人や三人くらい余裕で入れるだろう。
おまけにお互い気心が知れている、というか恋人と言える間柄なのだから変に気にする事もない。
むしろ遠慮しあってどちらかが風邪を引けばもう一方が嫌な思いをするだけだ。

そうと決まれば話は早い。アーネストはカーマインを肩に担ぎ上げると、そのまま当初の目的地である
浴室へと向かう。対して視界がひっくり返ったカーマインは慌てる。

「ちょ、アーネスト？！俺は先には･･･」
「先に入るのが嫌なら一緒に入ればいいだろう」
「はい？！」
「別に狭いわけでもないのだし、問題ないだろう」

確かにアーネストの言う通り、この屋敷の風呂は広い。二人どころか三人か四人くらい入れそうだ。
おまけに温泉を引いてるので効能があったりしてすごく気持ちいい。しかも凝った造りで洒落てもいる。
それはいい、いいのだけれど。

「ふ、二人でって････恥ずかしいじゃないか」
「何がだ？」
「何がってその･･･ほら････察してくれ」
「裸なら見慣れている」

ガン！

後頭部を何かで殴られたような衝撃がカーマインに走る。見慣れていると言い切られるほど
自分は彼とそういう事をしただろうか。考える。考えて････頭痛がした。はっきり言って否定出来ない。
あまり認めたくはないが、カーマインは快楽に弱い体質だった。いざアーネストに求められると拒否出来ず、
流されてしまう傾向にあり、一体何度彼に身を委ねたか計り知れない。勿論、そこに互いの情愛が
ある事が分かっているから受け入れてはいるのだが････改めて思い返すと恥ずかしくて仕方ない。

そんな事を広い肩の上で悶々と思案しているうちに、アーネストが浴室に引かれたカーテンを開けて
ドアノブに手を掛けていた。その場で靴を脱ぎ、腕の中の肢体からもそれを剥ごうとする。

「ちょ、何して･･･！？」
「流石に土足で入るわけにはいかんだろう」
「いや、それはいいんだけど･･･ってそうじゃなくて俺は後でいいから！」
「だからそれは駄目だと言ってるだろう。ああ、そうだ････」

スポッと足をばたつかせて抵抗するカーマインから靴を脱がすと、アーネストは何かを思い出したように
踵を返して自室の小棚から何か香のようなものを手に取って再び浴室へと戻る。

「････何？」
「別に、ただのアロマだが？」
「アロマなんて焚いてたっけ･･･？」
「最近、な･･･」

悪戯に笑ってアーネストは観葉植物やソープ類の並べられた棚に持ってきた香を置いて焚いた。
甘い香りが密室に漂う。その様子を思わず大人しく見守ってしまっていたカーマインはふと気づく。
自分が置かれた状態に。このままでは本当に一緒に入る事になってしまう。しかしいつまでも抗って
いては二人仲良く風邪を引いてしまう可能性も否めない。それも困る。どうしたものか決めかねている間に
アーネストの手が伸びてきた。器用にもカーマインを抱えたまま服を脱がそうとしている。

「あ、わ･･･何やって･･･馬鹿！」
「脱がなきゃ風呂に入れんだろうが」
「じ、自分で脱げる！というかまだ一緒に入るなんて言ってな･･･」
「お前が自分で脱ぐより俺が脱がした方が早い」

カーマインの言葉を遮ってアーネストは手を動かし、肌に張り付いて脱がしにくいだろうシャツを
自分の言葉を裏切る事なく素早く剥いでいく。その手際のよさは言うまでもなく、情事の賜物だろう。
あっという間にベルトに手を掛け、下着ごとカーマインの下穿きを奪って素肌を露にしてみせた。

「ああ、もう！馬鹿、変態！！」

身体を覆う布がなくなってカーマインは顔を真っ赤にして屈んだアーネストから降りて自分の肢体を隠す。
否、隠そうとした。アーネストに密着する事で。ぴったりと縋り付かれてしまえば、肩と床に膝折った脚くらいしか
見えない。が、逆に考えれば密着した事でカーマインは自ら逃げ場をなくした事になる。
自身の漆黒の頭上でアーネストの口角が意地悪く持ち上がった事さえ知らずに。

「変態とは随分な言い様だな･･･」

すぐ傍の白い耳に吹き込んでやり、アーネストはその輪郭を舌で辿る。びくんと目に見えてカーマインは
細い肩を弾ませた。剥き出しの背筋に指が這わされ、口を付いて出そうな喘ぎを己の視界を埋める、
まだ着たままでいるアーネストのシャツに噛り付いて堪える。強く噛み締めると、その力で第二ボタンが外れ、
その奥に隠れていた首筋から鎖骨までが姿を現した。耳を伝うぬめりが動く度に目前の男性の象徴たる喉仏が
僅かに動き誘われる。迷ったのは一瞬。カーマインはカプッと意趣返しに喉で揺れるそれへと歯を立てた。

「･･･ッ。コラ」

怒っているようには思えぬ声音で非難するアーネスト。大して痛くないというのもあるが、カーマインには
その気になってくると噛み癖が発露する傾向がある事を知っているからだ。今も尚、注意したというのに彼の
唇は移動し、アーネストの首筋を軽く食んでいる。その手の経験なんて自分とのそれしかないくせに
絶妙な力加減で以って。旨そうに肉に喰らいついてくるその所作は野性的でありながら、どうにも妖艶で可愛い。
本人にはそんな意図などないのかもしれないが欲を煽られる。

「ん････っふ････」

鼻に掛かった甘い吐息がカーマインの口から漏れた。アーネストの指先が冷えた腰を柔らかくなぞる。
それから強く自分へと引き寄せ、床に膝を着いた身体を持ち上げると少しだけ移動してシャワーのコックを捻った。
熱い湯の雨が色の抜けた背へと幾筋も降り注ぎ、若い肌がそれを弾く。白い湯気が香の匂いと混ざるように
室内に広がっていった。

「････アーネスト、ちょっと熱い････」
「そうか？ああ、身体が冷えているからだろう。少し温度を下げるか？」

きゅ、っと調整用のコックを回し、温度を適度に下げるとアーネストは片手でソープを手に取り、
カーマインに直接塗りつけていく。愛撫というよりは本当に洗うという感じで堅い指先は上下に動く。
ぬめる感触と泡が刺激してカーマインは堪らなくなった。

「･････ぁ････自分で･･･････」

脇腹を弄られて痩身は妖しく身を捩る。抵抗しなければ、と思うのに甘い香りが鼻について腕に力が入らない。
おかしいと思っても、もう遅かった。身体の自由が利かず、アーネストのされるがままになってしまう。
耳の裏から首筋までを泡が滑る。熱い湯がそれをすぐ流す。息が上がって悶えていると唇が塞がれて吐息ごと
奪われてしまう。舌先を痺れるほどに吸われて、互いの唾液が重なり合った口内で交じり合っていく。
シャワーの音に掻き消されてくれればいいのにとカーマインが思う傍ら粘着質な水音は浴室内に響いて。

「･･･ぅん････はぁ･････何、した･･･」
「何とは何だ？」
「身体が･･･ッ、言う事利かない････」
「･････あのアロマ、そういえば者によっては効きすぎて身体に力が入らないそうだが？」
「････ッ！謀ったな･･･ふぁっ」

ゆるりと腰骨から引き締まっていながらも柔らかな感触を残す双丘を揉むように動く大きな手。
その口元はよく見れば微笑っているようでカーマインの気に障った。抵抗出来ぬのならせめて、と震える細い指先で
未だにアーネストの肌を覆っている衣類を脱がしに掛かる。それは自分一人だけ脱いでいるのは恥ずかしいという
主張のつもりだったが、見る者が違えば行為を助長しているようにも取れた。それに気が付かないのが
カーマインの危険なところだと半分呆れ、半分感心するアーネスト。多少、身体を動かして脱ぐのを恋人に悟られぬよう
手伝ってやりながら、悪戦苦闘している華奢な肢体の秘奥を軽く撫でる。敏感な部位への接触にカーマインは喘いだ。

「････んっ、･･･ゃぁ････んあ･･･そ･･･なとこ･･･触るな」
「俺はただ洗ってやってるだけだが？」
「たの･･･でな････ひゃん」

何とかアーネストのシャツを脱がし終えて油断している隙に、内腿を擦られ足の指まで洗われる。
本気で全身洗う気でいるらしい男をカーマインは潤んだ瞳で睨みつけたが迫力はなく。あったところで元々
堪えるような相手でもない。愛おしげに濡れて頬に張り付く黒髪を梳かし纏めると水滴を弾く頬に口付けてくる。
もう、どんなに文句を言っても仕方ないのだろう。そう結論付けてカーマインは熱の篭った裸体を相手に委ねた。
前にも遠慮なく大きな手のひらが滑っていく。胸の頂を掠められた瞬間、カーマインの頭の中は白んだ。
しかし、アーネストは煽るだけ煽っておいて愛撫を施すつもりはないらしく切なげに見つめてくる異色の瞳に
全く応えない。

「････は････アーネ･･･もう」
「ん？どうした」
「･････なん･･･で････」

カーマインが感じているだろう事などとっくに分かっているだろうに、アーネストは触れて時折口付ける以上の事を
してはこない。珍しく催促されているにも拘らず。カーマインの言いたい事など分からないとばかりに彼が一番
触れて欲しい箇所には指一本ですら触れず、今度はシャンプーを手に取り綺麗な黒髪を洗い始めるくらいで。
確かに他人に洗ってもらうと気持ちはいいが今カーマインが欲しいのはそういう心地よさではない。
分かっていてアーネストは惚けている。

「アーネスト･･･意地･･･悪い」
「だから何の事だ？
早く身体を洗って湯に浸からないと風邪を引くだろう」

肌理細やかな泡が立つ髪を湯ですすぎ流すとアーネストは、情欲に濡れた表情で今にも泣きそうなカーマインを
見つめて首を傾いだ。何かを待っているのだろうか。それとも本当にその気になっているのは自分だけなのだろうか。
カーマインは不安になった。もしかするとまだアーネストは自分が無茶をした事に対して怒っているのかもしれない。
だから何もしてくれないのか、どうしたらいつものように抱いてくれるのか。考えて、真っ赤になりつつ、手を伸ばした。

「･･････まだ･･･ここ･･･汚れたまま･･･」
「頼んでないんじゃなかったのか？」
「･････ッ、なら･･･今、頼む。お願いだか･･･ああっ！」

手を取って導いた先、上を向いて蜜を流すその場所を泡の付いた指先が上下に行き来する。
その手つきはやはりいつもとは違って何処か淡白だったが、限界まで高められてしまっていたカーマインにはそれで
充分だった。ほんの数回、先端を擦られただけであっけなく達してしまう。

「んんっ･････はぁ･･･ぁ」
「終わりだな。ほら、早く流して湯に浸かれ」
「ぁ･････嫌だ････もっと･･･」

思わず堕落した言葉を吐きかけたカーマインは慌てて自分の口を塞ぐがアーネストの耳にそれはしっかりと届いていた。
が、小首を傾げただけでカーマインに付いた泡や行為の名残を湯で流し落とすと、バスタブの方へと彼の身体を
浮かそうとする。達したばかりで敏感な肢体に触れられびくりと震えたそれはけれど湯に沈む前に自分を抱き上げる
男の首に必死に掴まって阻止しようとしていた。

「････カーマイン、離してくれないと困るんだが？」
「分かってる･･･くせに････いつまで焦らす･･･」
「何を分かってると言うんだ？」
「何処まで言わす気････変態」

力ない攻撃の言葉にアーネストは笑う。ここまで誘われる事なんて恐らく初めてだろうとは思う。
正直に言ってしまえば、もう三度は押し倒したい衝動に駆られたが、場所が場所だけにそうもいかない。
あの香を持ち出したのも多少は下心があった、それは認める。とはいえ、それは暴れて疲労が増すような
事態にならぬよう少しおとなしくなってもらおうと思っての事で、決してこういう状況を招きたかったわけでなく。
むしろ自分の方が辛いのだ。想像以上に抵抗力を奪われてしまった彼がこんなに乱れてしまうとは思っても見ず。

初めのうちこそあまりの言われ様に対する仕返しのつもりで手を出してしまったが、ここまで来るともう
自分を止められる自信がアーネストにはなかった。ただでさえ、今のカーマインは弱っていると言うのにここで己の欲に
忠実になって負担を掛けてしまうのは得策ではない。我慢を、しなければ。決意して布地を押し上げる欲の証を
隠して素知らぬ顔を貫こうとするのに、アーネストの内情を知らないカーマインはその耳に噛り付いて。

「･････して」

普段からは想像も付かないようなか細い声で言う。ああ、やっぱり一緒に入るなんて真似しなければ
よかったという思いと、あれ？何この役得、美味しくない？という思いが入り交ざり混乱するアーネスト。
どうすべきか判断しかねていると、いつになく積極的なカーマインに口付けられた。舌が入り込んで、誘う。

「･････して？」

とてもではないけれど、断れないほどに可愛く。そういう事は心身共に健康な時にベッドの上でして欲しい。
眉間に皺寄せるアーネストに気づかずカーマインの少しだけ温まった指先は自分を抱える男の濡れた布地を目指し、
するりとその中心を撫でていく。相変わらず真っ赤な顔をして、羞恥で震えながら。

「･･････コラ」

咎めの科白は微笑混じり。あまりにも説得力がない。そこには、折角今まで我慢していたのにどうしてくれるんだ、
という呆れにも似た降参の意が感じ取れた。そんな表情をしなくとも、アーネストの欲にカーマインは間接的とはいえ
触れたのでもう分かっているだろう。紅い顔が更に輪をかけた。

「お前が悪い････」

囁かれて、強い力でカーマインは顔を隠すように縋り付く。吐息が触れるだけで痺れが走り、濡れた髪から
垂れた雫に震える。何も纏わぬ背筋に再度触れた大きな手には熱が込められ、いかにも思い知らせるものだった。

◆◇◇◆

「････あ･･･ふ･･･」

壁に押し付けられ、熱い雨を浴びる痩身の下で濡れた銀糸が忙しなく動く。鎖骨から薄い胸を伝い、
一度は素通りした胸の色付きに歯を立てて、柔らかく唇で挟み込む。戯れに舌が触れ、きゅうと吸われると
カーマインはどうしようもなく首を逸らして喘ぐ。何処かに掴まりたいのにツルツルとした壁しかない。
かと言って何か支えがなければ立っているのも辛く、今にも膝が折れそうだった。

アーネストに掴まろうにも、壁に張り付いて立っているカーマインの前に膝立ちしているために難しい。
腕を回すのを諦めて広い肩に手を着いて何とかバランスを保つ。が、弱い箇所への執着した愛撫にそれは
すぐさま脅かされ、カーマインの両脚がぶるぶると震えだす。口でされるのもぬめりと熱さに蕩けさせられそうだが
指先で転がされるのも鋭い痛みのような感覚が過ぎり、堪らなかった。

不意にカシュと聞き覚えのある音がした。目を閉じて任せっきりになっていたカーマインは薄目を開けて
音の正体を探る。と、それはつい先ほどまで散々アーネストが自分に塗りつけていたもの―ソープだった。
何をする気なのか見守っているとソープをたっぷりと指に纏ったアーネストは、それを潤滑剤にして
カーマインの一番奥まった部分を犯しだす。ヒクリと蠢く可憐な秘密が侵入を拒むのは僅かな時だけ。
やがて慣れたものの如く、剣士の硬い指先を粘着質な音を立てて飲み込んでいく。

「んく･････あ･･･駄目、だ･･･立ってられな････」
「ちゃんと立ってろ」
「そ･･･な事言った･･って･･･ああっ･･･！足、震えて････」

崩れそうな四肢を必死で保とうとするものの、内部で異物が蠢く度にその努力は泡と消えて。
ずるずると下がる身体を片腕でアーネストは支え、もう片方で絡み付いてくる襞を構い、狭い入り口を拡げる。
抱えた腰まで敏感に愛撫に震えている様が可愛くもあり、艶かしくて。腰骨に沿ってキスを仕掛けていく。
その途中で湯に流されてもすぐに新しい蜜を滲ませる雄の証を認めて、反り返った裏筋を丁寧に舐め上げる。

「んあっ！････あぁ････」
「････相変わらず、脆いな･･･」

囁きが、先端に触れてそれだけで全身が疼く。淫猥に光沢を放つ括れに熱い感触が行き来し、カーマインは
アーネストの肩に置いていた手を上下する銀の髪の上へと移し、知らず知らずの内にその先を強請る。
心得たと言わんばかりに熱い口内に自身を含まれると泣いて善がった。もう、こんな風に自分の欲望に口淫を
施されても差して躊躇いを感じなくなってきた異常な自分が恥ずかしくて仕方なかったが、与えられる快楽を愛しく
思ってしまう自分を止められずにカーマインは甘い声を上げる。そして理性と快楽の狭間で染まりきれずにいる無垢な彼を
心の底から愛している男は愛撫を止めると身体を起こし、カーマインの内部に埋まった指を引き抜く。

「･････ッ！」

息を飲む音。それから、次に与えられるであろう極上の悦びを期待して細い身体を慄かせるカーマイン。
白い湯気で互いが見えにくくなっている事に安堵と寂寥を感じながら、肌を刺す湯の雨にすら熱を煽られる。
唇を貪られて、下から響くジッパーの下がる音と質量感のある衣擦れの音。唾液とは違う濡れた水音が微かに聞こえ、
宛がわれた肉欲の象徴が指の代わりにカーマインの内部へと押し入ってくる。

「･････アッ！」

殺しきれなかった熱い息が湯気に混ざる。壁に背を当てられて、腰を抱え上げられているため、脚が床に着かずに
浮いたまま、ぐぶぐぶと自重に任せてアーネストを銜え込む。立ったままの姿勢で貫かれ普段よりも更に深く
他人の熱を飲み込んでしまう。それを苦しいと思うより悦いと感じてしまう自分が嫌でカーマインはシャワーの水滴に
隠すように涙を流したが、優しくアーネストによって拭われた。

「･････アー･･･ネスト･･･？」
「そんなに泣くな･･･俺がお前を苛めてるみたいだろう」
「････違うのか？」

頬に寄せられる唇。見透かされてる事が照れくさくて、つい可愛くない事を言ってやれば仕置きと言わんばかりに
強く踏み込まれ、堪らず密室に木霊する嬌声。背を撓らすと落っこちてしまいそうでカーマインはアーネストの首に
腕を回し、揺れる脚で自分を抱く男の腰を絡め取る。あたかも逃がさないと主張するかのようなその所作に
アーネストは笑う。強く求められる事の幸福に。貫いて、抜き去って、抉る。

「あ、あ、あぁっ････ふっ････アーネ･･･ト････」
「･････カーマイン」

愛しげに名を呼ばれ、返すと照れたような微笑がアーネストを見下ろした。こめかみに口付けが降る。
それから耳元に何事かを呟く。すると驚きに紅い瞳は瞠られ、僅かな間の後、潰れ兼ねないほど強く壁に
カーマインの痩身は押し付けられ、強く深く何度も突き上げられる。瞬間、どくりと脈打った欲から互いに
白い狂気を吐き出した。

◆◇◇◆

ごしごしと。スポンジで肌を擦る音がする。
込み上げる肉欲のままに抱き合ってしまった後始末を何とも言えない気恥ずかしさを抱えて行っていた。
と言ってもそれは主にカーマインの方で。真っ赤になりながら、自分が汚してしまった相手の手指や下腹部を
懸命に洗ってやっている。身体中を泡だらけにされている当人は別にいいと言ったのだが、カーマインからすれば
絶頂を迎える直前に言ってしまった自分の言葉が引っかかってその言葉に甘えるわけには行かなかった。

曰く、『いっぱい汚してもいいよ』とか。
それは勿論すぐに洗い流せるから遠慮しなくてもいいという意味なのだが、自分の方が相手の肌を汚して
しまっては情けない事ない。今はもう流れてしまってその痕は残っていないが、呼吸が整うまでの数分間、
アーネストの肌はカーマインの吐き出した精で白く飾られていた。しかも下腹部だけならまだ分かるが
胸の辺りまで飛沫が飛んでいたのを目に留めてカーマインは羞恥で死にそうになったものだ。
既に一回達した後だったのに、と。思い出してまた恥ずかしくなってきたカーマインはぷるぷると首を振る。

後は背中と髪の毛を洗って終わりだと自分の両頬を叩いて気合を入れなおす。大きな背の後ろに回り、
先ほどのようにごしごしと広い背中を泡立ったスポンジで上下左右にと擦っていく。洗っている本人からすれば
結構な力を込めているつもりでも、アーネストから聞こえてくるのは「くすぐったい」の一言。その評価に
カーマインはがくりと力を失った。

「結構、力入れてるんだけど････」
「では鍛えが足りんな」
「！！な、俺の何処が！剣の腕だってアーネストに負けないし、スポーツだって大体は出来る！」
「泳げないくせに、か？」
「！！」

図星を指されてカーマインの黄金の左足がアーネストの何も守るものがない脇腹にヒットする。
油断して受身を取れなかったアーネストはその突然訪れた鈍い痛みに蹲った。肩越しに自分にキックを
入れて下さった可愛い恋人を睨みつける。

「お前が泳げないのは事実だろう」
「そ、そんなの俺だって今日初めて知ったんだ、それを･･･！」
「それで溺れかけていた誰かさんを助けてやったのは誰だったかな？」
「～～～！！」

恩着せがましく言われたが確かに事実だった。あの時すぐ傍にアーネストがいてくれなかったら自分は
猫と共に川で溺れ死んでたかもしれない。酷くたわいもない喧嘩をしたままで。

「･･････それはその･･･悪かった。感謝している」
「･･･あの時、俺の心臓がどれだけ冷えたかお前には分かっているのか？」
「････ごめん･･･本当に、俺････あのまま溺れてたら･･･君とこうして話す事も出来なかったんだな」

そう思うと･･･とても怖いなと弱々しい声で呟いて、目の前の大きな背中にしなだれかかる。
同じ性別なのにこうも違うものかとやはり少しだけ悔しくはなるがそれ以上に安堵するそれ。
行為後でまだ冷めやらぬ熱を持った肌は心地よく、そっと相違の瞳は瞼を落とす。
完全に気を抜いた状態。ふ、と笑い声が耳に届いた気がする。

「え、アーネ･･･ひゃっ！」
「････あまり可愛い事をされると困るんだが」
「な、何が････？！」

急に腕を引っ張られてカーマインは驚く。倒れこんだ拍子に向かい合わせに座らせられ首を傾ぐ。
まっすぐに注がれる視線が痛くて身じろぐと熱くて硬い何かが内腿に触れた。既知の感触。
カーマインはまじまじと正面の紅い瞳を見遣り。

「････アーネスト？まさか･････」
「･･･お前のせいだぞ？責任を取れ。何しろ俺は･･･」

お前に溺れているからな。一回区切り、カーマインの黒髪を引き寄せて耳をなぞるようにしながら続きの言葉を囁く。
ただでさえ低くていい声なのに、そこに甘さを加えられてしまうと堪らなくて。川の本流に落とされたように
流されてしまう。唇を合わせられてそれから――行為は繰り返される。

溺れるような恋。

fin

ううーん？またしても無駄に長いのです。
長くすると語彙が被ってしまうのが痛いですね･･･！
いやそれ以前に破廉恥プレイでごめんよ･･･！
アニーさんの言ってる事とやってる事にも矛盾があったりしますしね。
これでも少しは直したんですがこれ以上直すともっと長くなってしまうので
このままにしてみます（殴）それにしても何故自分の頭の中では風呂＝溺れるなのだろう？？

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