花想白兎 2006.5.3 発行 サンプル
「さあ、早く降りていらして下さい」

両手を広げて、まだ木の枝に残っているカーマインを見上げる。

「足を踏み外されませんよう、お気をつけて」

労わる台詞に、カーマインは慎重に足を運んだ。そうして手の届く位置までカーマインが降りてくるとアーネストはそっと手を伸ばした。王城で豪華な食事をしているとは到底思えぬほど軽く、華奢な肢体を腕の中へ閉じ込めると、引き寄せて地に下ろす。

「・・・・・相変わらず、軽いですね。ちゃんと食事は摂っておられますか?」

半ば責めるような科白にカーマインは金銀の瞳をふいと逸らした。
言葉よりも何よりも雄弁な回答。

「・・・・・・・・・貴方の食が細いのは重々承知をしておりますが・・・・ちゃんと食べられないと
お身体を壊します。そんな事になったらお父上もお母上も悲しまれますよ」

「・・・・・・・・アーネストは?」

恐る恐る、といった態でカーマインは上目遣いにアーネストを見た。面には決して出さないが、内心でアーネストの心臓が軽く跳ねる。

「・・・・私だって、悲しいです」

そんな目で自分を見ないで欲しい、と思いながらもアーネストは返答する。
でなければ、この隠した本音が表に顔を出してしまいそうだ、と。
アーネストはこの年下の王子にあろう事か想いを寄せていたのだった。

そんな事があっていいはずもない。

そう思っているからこそ、アーネストはカーマインへの想いを決して表面化させないように気を
配っていた。なのに、そんな苦労も知らない王子はいつも自分に無防備に近寄ってくる。
アーネストが、潔癖な少年の姿の下に必死に隠している獣に気づきもせずに。

「とにかく、食事はちゃんと採って頂きます、殿下」

押し寄せてくる自身の内の獣の気配に押し流されぬようにアーネストは気持ちを切り替えた。
何も知らないカーマインだけがやはり不服そうに唇を尖らせているのが、アーネストの紅い瞳には眩しかった。


花想白兎本文より抜粋





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