このお話はコチラのリシャール編です。

気付かないで欲しい…。けれど、気が付いて。
助けて欲しい…。だけど、巻き込みたくはない。
幸せにしてやれない…。それでも、幸せになって欲しい。
矛盾し溢れ続ける思い。でも、どちらの思いも心の奥底に存在する真実。強い願い…。


Desire that begins to spill
〜零れ出す思い〜


何の変哲もないある夜、その人は徐に木陰となっているテラスへと足を延ばした。
いや、いつもと違うことはあったのかも知れない。その日は、いつも彼の頭の中に、意識に紗の様にかかっている霧が晴れていた。

「やはり私自身は宵闇が深い時間にならないと表に出ることは叶わないか。……もどかしい、ものだ。」

その人はある事に気が付いた。ある日を境に、彼自身ではない何者かが彼の意識押さえ込み、己の表に出ていることを。
何時の頃からか、リシャールという名を騙り、部下達に命令を下していた。そんな中、その者に片隅へと押し退けられて居た彼に
出来たこととは、ただ傍観していることだけ…。何者かが表に出始めてから、幾月もの時が過ぎた…。日に日に彼自身が覚醒
出来る時間は減っていく……。

「ふぅ……。無念なことだが、私よりもあやつの方が情報工作の面では上手だ。最早私に残された希望はあの人だけ……。
時は動き始めた。恐らく、再び私の道と友の、アレとの道が交わる事は無いのであろうな…。これまた、無念……か。」

とつとつと言葉を零す。口に出して言ってしまわねば、下らぬ期待を抱き、肝心な時で酷い失態を犯してしまう。それは彼自身の経験から基づいたモノだった。

……オスカーは私の元を離れ、あの人の元に協力を求め行ったはずだ。…オスカー、済まない。今一度、お前と私自身が
相見えたいと願いつつも、叶わなかった様だ。……

彼は、少しばかり明るい顔になったかと思えば、すぐに思い詰めた顔となってしまう。なぜなら、今現在の彼の状況は少しも
明るくはないと、理解出来ていたのだ。

「きっと、あの人ならば大丈夫だ。全ての元凶を突き止め、必ずや片を付けてくれる。……全てを任せられるだろう。だからこそ、
オスカー、お前とはもう二度と会うことは叶わない気がする。それも、運命と言うやつだろう…。」

それは、不思議な確信だった。だが決して違えることは無いと自信を持って言えた。

「そして、オスカーが行ったとなれば、アーネストは私と共に来る、か。最後の時まで、私の傍らに控えているのだろうな。
お前にも辛い道を、歩ませてしまうのだな……。」

このような時が来ることに、心の何処かで気が付いていた。恐れていた、いや何処か待っていた様な気もする。
この終わりの日を…。

「近々、あの人の手で主様が討たれるであろう。そして、今まで闇夜に潜んでいた、あの者が日向へと出で、全てを手中に
治めんとするだろう。……最後の時が来る。」

まるでそれは予言の様であった。何もかも見通しているかの様な。そして、悟ってしまった者の嘆きだった。

「このことは、胸が切り裂かれる様な思いなど……、皆が、知らなくていい…。皆がこの思いを、判らなくていい…。
私の想い描く未来が、成されれば…それでいいのだ。気付く必要は、ない。」

誰に聞かせるかでもなく。ただぽつぽつと、自身の身の内から自然に湧き出るものを零すように。口から零れる思いをただ風に、
空に流していく。

「涙を流して、欲しいのではない。自分の内の何かが訴えてくる…。後悔が無いとは言えはしないが、
それでも私は前に進む。それこそが、私の一番の望みと成るのだから……。
…そして、主様が倒れた後、この国にはリシャールという名の、悪王が必要となる。この国を治め、統一するために……。
その時まで私は静かに眠るとしよう。」

静かな足取りで、自分の寝室へと戻る。再び目覚める時は、リシャールと名を名乗る彼自身の最後であると判っていながら。

……全ては歩き始めてしまった。出来る事なら見続けたかった。この国を、私の親友達を、新たな国王と成る者を、そしてあの人、苦しき道を歩み続け、まだこの先も歩まねばならない兄上を…。だから、せめてこの思いをこの地に残そう。この思いが皆を
見守ってくれることを祈って。……

 

様々な季節が、時が流れた、そんな日。誰も居ない王城の片隅に、人々が幾度となく開く、誰が執筆したかも判らないある書物に
会える。その書物からは、密やかに嘆きの声がする。悲しみの声がする。その声は悲しく、寂しいモノだが、どこか優しく、暖かい
気持ちにさせてくれるという。そして、その場を通る者に勇気を、優しさを、強さを僅かばかりなりとも与えてくれるそうだ。


『――彼の王は決して愚王などでは、悪王などではない。彼の王は賢王である。いつの日からか、人が変わった様に無茶な、
あの方らしくのない命令を下され始めた。だが私は知っている。幼き日の賢王はまだあどけない様でありながらも、全ての人の
ことを考えていた。先を真っ直ぐ見つめていた。己を犠牲にしたとしても道を正す技量と勇気をお持ちだった。周りの者に勇気を、
優しさを、強さを与えてくれる方だったと……。――』

to be continued……?





柊氷片様より

前回頂いた小説のリシャール編です!
本当は書かれる予定がなかったそうですが、私めが
続きあるのかな?と勝手に思い込んでいたので書いて頂きました!(殴)
いやいやいや。しかし強請った甲斐がありました。
リシャールさんがカーマイン氏を「あの人」と言ってるのが無性に萌えます(変態)
何だか可愛いじゃありませんか・・・!そして最後に出てくる書物を
書いたのはきっとアーネストなんですよね?(ここで訊くな)
そういう友情と敬愛の関係はいいですね。
我侭を聞き入れて下さいまして有難うございました、柊様!