綺麗なお花畑よりも、ここが好き。
抱き留めてくれる腕は、とても暖かい場所。
だから―――






我侭を言ってもいいですか?






アーネストのお家に連れてきてもらってからもう一週間。アーネストはもうすぐキュウカ?というのが終わって
お仕事に行かなければならないらしく。僕の体調も大分良くなってきたから、そろそろ帰る準備をしておいた方がいいと
言っていた。キュウカの間にお母さんのところへ連れて行ってやると。そう言ってくれたのは嬉しいけれど、僕は本当は
もう、帰るところなんてない。帰り方も分からないし、帰ったところでまた追い出されるか今度こそ本当に殺されて
しまうかもしれない。第一、アーネストを連れて行ったらアーネストまで酷い目に遭わせてしまうかもしれないし。
一体どうやってそれを彼に伝えればいいのか。

「・・・・・・・・・・・・」

言えるはずもない。アーネストは責任感が強い人だから、きっと一人で帰れると言っても送ると言うと思う。
かといって本当の事を言えば、絶対に自分が面倒を見ると言うに違いない。それでは彼にメイワクになってしまう。
アーネストと離れるのは嫌だけど、メイワクをかけるのはもっと嫌だ。メイワクをかけたら、嫌われてしまうかもしれない。
それは二度と会えないよりも悲しい。大好きな人に嫌われてしまう事ほど怖い事も悲しい事もない。
一人でどうしようとうんうん唸っていれば、僕のために紅茶とお菓子を用意してくれたらしいアーネストが近寄ってくる。

「・・・・・どうした?まだ気分が悪いのか?」
「・・・・・・・・あ・・・・・・」

訊かれて一瞬迷う僕がいる。別に気持ちが悪いわけじゃないけど、ここで頷けばもう少し長く一緒にいられるかも
しれないなんて勝手な事を思って。でも、嘘は吐きたくないからぷるぷると首を振る。そうすればアーネストは「そうか」と
言ってテーブルに紅茶とクッキーが載ったトレイを置いて、僕の身体を持ち上げてソファへと座らせてくれた。

「ほら、食べろ。お前は甘いのが好きだろう?」

くしゃりと頭を撫でられた。耳も同じように撫でられるとくすぐったくて思わず笑ってしまう。それを確認すると安心したのか
アーネストはちょっとだけ笑って、テーブルを挟んだ僕の向かいに腰掛けた。僕はソファに座ると足が床に着かないけど、
彼は逆に長くて邪魔なのか足を組む。それでも余るようだから、アーネストは相当大きいんだなと何とはなしに思う。
ぽけーっとアーネストを見ていれば口元にクッキーを一枚差し出された。

「食べないのか?」

ふんわり香るバニラの甘い香り。とっても美味しそうな匂いにぴょこんと耳と尻尾が跳ねる。

「あ・・・頂きます」

言って、取り敢えず目の前に差し出されたものから手を出すべきかとアーネストから受け取ろうとすれば、その前に
口に含まされる。慌てて噛むと、残りをぽんと口の中へ放り込まれた。突然の事にびっくりしていれば、その間にアーネストは
カップに紅茶を二人分注いで、自分は何も知らないとばかりにそれに口をつける。

「もう、アーネストのいじわる!」
「・・・・・・お前が遅いから食わせてやったんだ」
「咽喉に引っかかっちゃうよ」
「だから、紅茶を用意してある」

ほら、とまた差し出されて。急がないとまた無理やり飲まされるかと思って慌てて受け取って、カップに口をつけて綺麗な
紅い液体を飲もうとしたけれど。アーネストが平気そうに飲んでるから大丈夫かと思って飲んだそれはとても熱くて。

「熱ッ」
「・・・・!」

かちゃんとカップを勢いよくお皿の上に置いて、ひりひりする舌をべと出すと向かいに座っていたアーネストがいつの間にか
僕の目の前で膝立ちになって赤く腫れたそれを心配そうに見ていた。何だか恥ずかしくて出した舌を口の中にしまうと
アーネストは首を傾ぐ。

「大丈夫か?」
「うん、ちょっと熱かっただけだかりゃ・・・ありぇ?」
「舌足らずになってるじゃないか。冷やすか?」
「んーん、大丈夫」

本当はまだ熱いけど。あんまり心配掛けたくないから首を振れば「そうか」とアーネストは小さく息を吐く。

「・・・・冷たいものにすればよかったな。猫舌のようだし」
「もー、だいじょーぶなの!」
「そうか。カップを貸せ。冷やしてやる」
「・・・・・・・・ん」

言われた通りにアーネストにカップを差し出せば、それを受け取ってふーふーと息を吹きかけてくれる。それくらいなら
自分でも出来るけど、何となく嬉しかったからそのままアーネストに任せてみる。繊細な吐息が紅い水面を撫でていく。
しばらくそうしていたアーネストは一度カップの中身をくるりと回すと「もういいか」と渡してくれる。

「一応冷ますには冷ましたが・・・・気をつけて飲めよ」
「わかってるよ」

あんまり何度も言うものだから、何だかムッとしてぷうと頬を反抗混じりに膨らませれば、一瞬アーネストは紅い目を
大きく見開いてから面白そうに笑う。ぷにと頬を指で突付かれた。

「風船みたいになってるぞ」

クスクス、笑って。またぷにぷにと頬を突いてくるから、ぷいとそっぽを向けば、アーネストの笑い声はまた少し大きくなった。
何だかむかむかしてきたので、勢いよく振り返り。

「アーネストのばかー」

言ってぽこぽこ胸の辺りを叩き続ける。けれど、アーネストは全然痛くないみたいで。余裕気に笑っている。
もうちょっとだけ力を入れてみるけど、やっぱり痛くはなさそう。パシと乾いた音を立てて手を掴まれた。

「それ以上やると自分の手が痛くなるぞ?」
「・・・・・へーきだもん」
「・・・・・お前の手が痛んだら、俺が平気じゃない」
「何でー?アーネストは痛くないんでしょー?」
「・・・・・・・・・・なら訊くが」

お前は俺が怪我をしたら嬉しいか?と首を傾がれて。確かに、怒ってはいたけどアーネストに怪我なんてして欲しくない。
ぷるぷると精一杯首を振ればよしよしと頭を撫でられる。

「分かったか?俺もお前と同じだ。お前に怪我をして欲しくない。だから、もう止めておけ」
「・・・・・・・・・・はぁい」
「いい子だ」

優しい声が降ってきたと思えば、軽々と抱き上げられて。急に視界が反転してびっくりしてしまう。ぴんと尻尾が立ち上がった。
でも、抱き上げられた腕の中はほこほこと暖かいから、嬉しくなってアーネストのおっきな背中へと腕を回す。と言っても僕の
腕じゃ全然届かないけど。落っこちないように服をぎゅうと掴めば、アーネストは僕を抱っこしたまま立ち上がって、さっきまで
自分が座っていたソファに腰掛けた。

「アーネスト・・・・・?」
「初めから、俺がお前に食べさせてやってればよかったと思ってな」

そうすれば、舌に火傷を負わせる事もなかったし、と言いつつアーネストはテーブルに放置されていた僕のカップを
引き寄せて、それを僕の口元まで持ち上げる。

「ほら、飲め」
「・・・・・・・・・・・・・・・・」
「・・・大丈夫だ。今度は無理強いしないから」

本当かな、とアーネストを睨みつつも目の前のカップに口をつければ、ゆっくりと丁寧な動作でアーネストがそれを傾けて
くれる。少しぬるいと思うくらいに冷めた紅茶が口の中いっぱいに広がる。アーネストが僕用に淹れてくれたものだから、
ミルクが多く、蜂蜜をふんだんに使ったキャンブリック仕立てでクッキーと同じくらい甘い。それにとても美味しい。
思わずにこと微笑めばアーネストもつられた風に笑う。

「旨いか?」
「うん、おいしい」
「じゃあ、もっとな。クッキーも好きなだけ食え」

もう一度カップを傾けられる。それを満足するまで口にして、クッキーもアーネストが差出してくれる侭に食していく。
そうしてカップとクッキーの乗った小皿を空にすれば、途端に眠気がやってきて。うとうとと瞼は下がり、眠ってしまいそうに
なる。けれど、寝ちゃダメだと何とか言い聞かせて、目を擦ったりして起きていようと懸命に堪えるけど、目を擦る手を
アーネストに捕まれ、ぼうっとした瞳で、掴まれた腕を見る。

「だめぇ、眠くなっちゃう・・・・」
「いいんだ。このまま昼寝でもしてしまえ。それに目は擦ると黴菌が入るからな、擦るなよ?」
「・・・・・・んぅ、眠い・・・・・・・・」

最後に一言呟けば、堪えていた瞼がぴったりと合わさって。意識も段々と遠ざかっていく。そんな中、「おやすみ」と
言う声と、とても暖かで柔らかい温もりがぷにぷにと散々突付かれた頬に優しく触れた。完全に意識が真っ暗なところまで
落ちてしまったので、僕にはその温もりが何なのか分からなかった。でも、優しくて暖かいそれは綿で包まれているように
ふわふわした気持ちにさせてくれて。満開の花畑より、お日様の下より、ずっとずっと優しくて暖かいそれに包まれて
いる事がとてもとても幸せだった。



ねえ、アーネスト。
貴方に我侭を言ってもいいですか?
やっぱり帰りたくないって。メイワクを掛けても、嫌われてしまっても。
貴方の傍にいたいと、贅沢な我侭を言ってもいいですか?
目が覚めた時、お早うよりも先に。
一番に―――







fin




すみません、次回健全とか言っといて普通に砂吐きものでした(土下座)
そして続き物っぽいですね。次回は我侭言ってみる猫主と、それについて
思い悩むアニーさんな話で。それにしても猫主視点は書きにくいですね。
次回はきっとアニー視点ですよ。書き易さ故に!(努力しろ)


Back