繰り返される、この世界の物語。

何度終わりを迎えても彼と彼女が居る限り。

止め処なく、限りなく続いていく・・・。



―――終焉を待ち望んでいるのに





運命の呪縛








「お前は運命というものを呪った事はないのか?」

あまりにも、唐突な問いだった。
先ほどから背後に圧倒的な存在感を誇示する邪悪な気配がある事は知っていたが、まさかそんな事を
尋ねられるとは夢にも思わず。自然と自分の眉間に怪訝そうに皺が寄るのが分かる。

「藪から棒に何だ。頭でも沸いたのか、馬鹿王子」
「馬鹿王子とは失敬な。それに頭が沸いたわけでもない。以前から疑問に思っていた事だ」
「馬鹿を馬鹿と言って何が悪い?しかもその問いも随分と頭の悪い・・・・」

運命など呪ったところで何にもならんだろう。心の底から呆れを含んで、吐き出した言葉に問いの主、
魔界の王子サタンはいつものように食えない笑みでこちらを見ていた。本当に魔族と云うものの思考回路は
多いに理解しがたい。人の命など本音を言えばどうでもいいとすら感じているくせに。やけに人間に対して情愛でも
抱いているかのような良心的とも思える言葉を投げかけてくる。そうやって上辺の優しさで人を惑わし、狂わせるのか。
そこまで考えて、吐き気にも似た嫌悪が込み上げてきた。

・・・・・ハッ。
このオレを、狂わせる?
運命という檻に閉じ込められたこのオレを・・・?

出来るものか。
もし出来るというのなら。
なんて有難い。
狂わしてくれ、どうかどうか。

この悪夢から抜け出せるのなら、狂った方がどれだけ楽か。
そんな事、知らないだろう?
人の命を手のひらの上で転がして、惰性に生きる孤独の王には決して。
分かる筈がない。

分かっているなら、尋ねる筈がないのだ。
『運命というものを呪った事はないのか?』などと。
訊ける筈がないのだ、その口で。


ああ、反吐が出る。


いっそ愉快になってきて、口元を醜く歪めた。それからずっと背にしていた相手の方へと向き直る。
魔族のくせに、大地を匂わすような艶やかな新緑の長い髪が目に眩しい。普段はふざけている面が微笑めば
自分たちとは違う生き物なのだという事を痛感する。そう、アレは道化の仮面を被った悪魔。人の心の痛みも、
嘆きも苦痛も理解出来ない存在。信用などしてはならない、生き物。隠しきれない敵意を教えてやる為に
鋭く睨みつけてやれば、血のような紅い瞳が微かに細められた。

「そう睨むな。ただの知的好奇心、という奴だ」
「知的好奇心、か・・・。過ぎた好奇心はその身を滅ぼすぞ」
「気をつけよう。で、どうなのだ?運命に対し何か思う事はないのか?」
「・・・・・貴様、人の話を聞いているのか?
それに今まで視てきたのなら、わざわざそんな事を問う必要などないだろう?」

そう、オレの感情など。完全に理解など出来る筈はないだろうが、この惰性に満ちた世界をずっと見守ってきたというのなら。
聞かなくても、分かるだろう。それとも人間の感情は悪魔には想像出来ないものなのか。オレが奴の意図など
さっぱり分からないように。まあ、分かりたいとも思わないが。

下らない時間を過ごしたとばかりに踵を返してこの場から離れようとすれば、背後の強大な気配はそれを許さず。
普段はあまり使う事のない翼を広げてオレの眼前へと舞い降りてきた。血色の瞳が愉悦に輝きオレを見下ろしている。
ああ、なんて腹立たしい。この男もオレ自身も何もかも。投げ出してしまいたい、出来る事なら。けれど出来ない。




運命という見えない檻に囚われているから。




「・・・・ッ、退け馬鹿王子!」
「釣れない事を言うな。何百何千もの長い付き合いではないか、神を汚す華やかなる者よ」
「生憎、こっちは巻き込まれているだけだ。お前にも、創造主にも、アルル=ナジャにも!」
「ああ、そうだな。その通りだ。お前は常に巻き込まれてきた、何度も何度も。
・・・・・・・・やはりお前にはアルル同様、前世の記憶があったか」

初めて、不憫なものでも見るかのような瞳を冷血な魔族は向けてくる。そんな優しさなんてないくせに。
哀れだと嘲笑っているくせに。元凶は全てこの男だというのに。何もかもを棚に上げて、黙ってオレを見つめる。
不意にその瞳を潰してやりたい衝動に駆られた。そんな事をしても、きっとすぐに奴の目は再生するのだろうが。
収まりきらない怒りが捌け口を求めて、自分の身体の内部を燻り焼く。熱が篭って、不快感が消えない。



苦しい苦しい苦しい苦しい苦しい苦しい苦しい苦しい苦しい苦しい苦しい苦しい苦しい苦しい
苦しい苦しい苦しい苦しい苦しい苦しい苦しい苦しい苦しい苦しい苦しい苦しい苦しい苦しい
苦しい苦しい苦しい苦しい苦しい苦しい苦しい苦しい苦しい苦しい苦しい苦しい苦しい苦しい



喉を押さえて、声もなく呻く。
こんな苦痛は前回、あの女に殺された時以来だろうか。
鮮明に覚えている。自分の絶命の瞬間を。








◆◇◇◆








『キミは・・・・本当に馬鹿だよね』

可憐な少女の姿をした、何らかの畏怖すら感じさせる自分とは違う生き物――アルル=ナジャが言った。
呆れとまるで母親のような慈しみを混じえた声で。今にも崩壊しそうな神殿の床に倒れ伏すオレを見下ろしながら。
手にした光の槍も、それを握る手も、青と白を基調とした服も真っ赤に染めて。ただ、オレを見下ろしていた。
眉を顰めれば、腹部に突き刺さった槍の刃が更に深く強く肉を穿つ。激痛に、獣のような咆哮をあげる。
喉が絞まって血を吐いても、少しも楽にならないで。じわじわと身体を侵食していく熱に全身が震える。

首さえあれば、幾らでも再生出来る筈の限りなく不死に近い筈の身体が、自分とは相容れぬ正対の力に徐々に
屈服していくのが分かる。土埃に汚れた地面に血溜りが築かれ、いっそ何かの芸術かのように艶やかに染み入っていく。
呼吸が切迫し、心臓がありえないほど痛む。息を吸おうとすればするほど苦痛が増すだけで、もうアルルがどんな
表情で自分を見ているかも分からない。変わらず微笑んでいるのか、それとも死に逝く命を忍んで泣いているのか。
血走り、視界が黒く染まっていく瞳にはもう何も映らない。皮肉にも己がもっとも惹かれた闇以外、何も。


本当は、ずっと見ていたかったのに。
自分を見下ろしている彼女の顔を、死ぬ瞬間まで。
そう、なぜなら・・・・



オレはきっと、彼女を―――愛していたから



運命で、そう決められていたわけでもなく、ただ。
愛していたからオレは一番初めのその時に、殺すべき彼女を殺せなかった。
殺してくれと泣き付かれても、殺せなかった。

認めたくはないが、オレは闇の魔導師である前に一人の人間だったのだ。
愛しているからと、手に掛けるのを躊躇うくらい弱い・・・・。
そうしてオレはいつも彼女を殺す事が出来ず、代わりに彼女の手によって殺されてきた。
気が遠くなるほど、何度も何度も・・・・・


意識が落ちる瞬間にいつも。

『ボクの事、忘れないでね・・・?』

そう囁く声を聴いて。

悪夢から覚め、また悪夢の中に眠るようにしながら。








◆◇◇◆









いつまでも終わらない、悪い夢。
初めのうちは、その夢から抜け出そうと足掻いた事もある。
アルル=ナジャを殺そうと、心を凍らせ、他人の魔導力を奪い、心に芽吹く悪に身を委ねて。
それでも、最期の瞬間にはいつも手が出せず、自分の方が地面に這い蹲っていた。
自分という存在は、アルル=ナジャの眠れる力を引き出し、その力によって殺される為だけに在るように。

そのくせ創造主となったアルル=ナジャは『忘れないで』という言葉を実現させるかのように、
崩壊していく世界を作り直す際、オレだけ弄って前世の記憶を留めるようにした。おかげで何度も何度も
夢に見る。自分の死ぬ瞬間を、泣いて叫んで殺してくれとのたまう少女の姿を。いっそ忘れられればいいのに。
壮絶な記憶が、自分の中で渦を巻いて、そしてやがて・・・・足掻く事を諦めさせた。

だって仕方ないだろう?
どうやっても、何をしてもいつも同じ結末に辿り着いてしまう。
前回と違う事をしてみたって、最後の瞬間にはぴったりといつも記憶が重なる。
絶対不変な運命という檻から逃れられないオレがいる!

何度何度、呪っても憎んでも苦しんでも嘆いても!
運命という幾重にも枝分かれした数奇な一本道はどうしても変えられなかった!!
だから、無駄なのだ。運命なんてものを呪っても。何が変わるわけでもない。


ただ空しくなるだけ。


そんな事、世界が崩壊する度に亜空間へと逃げ込んで傍観していたこの魔族が知らないわけがない。
どんなに足掻いても足掻いても変えられない運命に喰らいついていく哀れな人間をきっと笑って視ていたのだ。
そうでなければ、自分で創り出したエゴイスティックな箱庭を自分の手で壊すようには仕向けないだろう。
この美しく醜い生き物にとって人間は怠惰を紛らわす玩具でしかないのだ。

ああ、本当に反吐が出る。



苦しい苦しい苦しい苦しい苦しい苦しい苦しい苦しい苦しい苦しい苦しい苦しい苦しい苦しい
苦しい苦しい苦しい苦しい苦しい苦しい苦しい苦しい苦しい苦しい苦しい苦しい苦しい苦しい
苦しい苦しい苦しい苦しい苦しい苦しい苦しい苦しい苦しい苦しい苦しい苦しい苦しい苦しい



誰か、誰でもいい。

どうかこの、幾重にも続く世界を終わらせてくれ。

安らかでなくてもいい、終焉を・・・・。



相変わらず焼けるように苦しい喉を押さえながら、殺気も露に魔族の長を睨みつければ、冷たい指先が
頬をなぞり、いつか見た少女のような呆れと慈愛を混じえた相貌でオレを見遣り。

「お前は・・・・愛すべき馬鹿だな」

何とも不快で意味の分からぬ科白を漏らす。かと思えば力強い羽ばたき音が耳を擽り、真っ黒な羽根を
降らせながらその姿は少しずつ自分から遠ざかっていく。

「おい、サタン!」

一体、何だったのか。あの問いの意味も、今し方の表情も言葉も。全く以って意味が判らない。
いや、意味なんてもの自体がないのかもしれない。奴等はそういう生き物なのだから。
狐に抓まれたとでも思って気にしない方がいいのか。そうかもしれない、と一人勝手に納得して自分の根城へと
戻ろうとすると最後にやはり癪に障る一言。

「シェゾよ・・・・お前は私を享楽に生きる道化と思っているのだろうが・・・・。
偶には人の幸せを願う事もあるのだぞ?例え、お前のような生意気な人間でもな・・・」

だから、もし運命を呪う暇があるのなら少しでも幸せに・・・囁きが途切れると同時、遠ざかっていった姿は
別の空間へと飛んだのかいつの間にか完全に消えていた。残るのは、自分自身と不愉快な感情だけ。

「・・・・幸せになんてなれなくてもいい」


ただ、この終わらない輪廻の輪が途切れてくれれば、それで。
幸せなんて、一つも欲しくない。終焉を、ただただ、待ち望む。
それだけで、それだけで・・・・。




―――望む方が馬鹿なのに、オレには望む事しか出来ない。




fin



いかん色々グルグルしすぎてわけ分からん。
サタンは何だかんだで元天使なので本当は慈愛のある人(悪魔)では
あると思うんですがね。しかしグルグルしすぎ・・・。


BACK TOP NEXT≫