茨姫の棺






ずっと欲しいものがあった。

どこまでも真っ白で、揺籠のような棺が・・・・。




最後の戦いの直前、お前はそう言った。


それはまるで、窒息してしまいそうなほどに儚い瞳で。






Act0: 白い世界










「お前の魂に救いは訪れたか・・・・・?」





身を削る思いで告げた言葉は虚しく響いて。腕の中に微かに残る温もりが却って哀しかった。
本当に、何も残らないのだなと口に上らせた途端。身体中のありとあらゆるものが凍りついたような気がする。
怒りと絶望と苦痛と哀しみとが血流と共に怒涛の勢いで全身を浸す。
だが、それらは一波を超えると、やがて不思議な事に酷く穏やかな希望へと変貌した。


ああ、そうだ。この永久とも思える絶望と責め苦も、もう終わる。


不意に競り上がってきた咽喉元へと手を当てると、ゴプッと渇いた音を立て、口の端から緋色の雫が零れた。
先程まで感じていた腹部への痛みも今では軽い痺れ程度。呼吸が切迫し、胸が激しく上下する。
徐々に弱まる心音は、そのまま己の生命の終わりを告げるカウントダウンのようだ。


もう、覚悟は出来ている。


この冷たい牢獄のような石畳の上で、愛しい者の残り香と共に永遠の眠りにつく事を。
もっと別の道があったのでは、と思わない事もない。しかし例え別の道があったとしてもこの道を選んでいたとも思う。
それ以前に心の内ではずっとこうなる事を望んでいたのかもしれなかった。酷く、愚かな望みではあるが・・・。


息を吐く事も、指の先を動かす事も困難になってくると急速に脳裏が霞んだ。
視界が白い。何も聴こえない。本当にもう、終わりのようだ。


「・・・・さあ、死神・・・・もう、用意はでき・・・た。俺は貴様を・・・・喜んで受け入れよう・・・」


もう碌に呂律の廻らぬ、掠れきった声で呟くと目の前の世界は反転する。
そしてこの場には不似合いな暖かな光が自分を照らし出すと、実に意外な人物がそこに立っていた。


「・・・・おま・・・えが・・・迎えにき・・・・たか・・・死神も、粋な事を・・・・する・・・・」


口中の血にまごつく口唇を必死に動かし、差し出された腕へと手を伸ばした。
ひんやりした細い手をこの手で掴んだ瞬間、何もかもがあり得ない優しさに包まれ、途方もない幸福感に
じんわりと別の意味で視界が滲み、頬を熱いものが濡らしていった。
それはまるで神の祝福を受ける聖人のように・・・・。






辿りついた白い、白い世界。

お前と、そして恐らく俺自身が望んだ世界。


そこは何もかもの終わりで、全ての始まりの場所。





――――茨姫の眠る、白い棺。





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この始まりだけ殆ど変わりません(爆)
ですが微妙に書き換えられた部分があります。
分かった方には綺月マスターの称号をプレゼンツ!(本気でいらねえ)
・・・・・・・冗談であります。

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