茨姫の棺 確実に、近づいてくる終わりの日。 花弁は散り行き、実は腐り。 無惨に地面へ堕ちてゆく・・・・・・・。 ならばせめて。 華麗に華を咲かせよう。目にも鮮やかな。 血のように紅い華を―――― Act1: 終焉への序曲 カシャン 白魚のように繊細な手に握られていた飾り気はないものの、不思議な輝きの石が埋め込まれた無骨さとは無縁な指輪。 丁寧に扱われていたはずのそれが軽い音を立て、地に落ちた。よほど大切な物なのか落とし主の青年は慌てて床に 膝を着き、先ほどまで確かに収まっていた己の手のひらに掬い取ると傷はついていないかと念入りに確認する。 隅々まで見遣って、傷がない事を知ると大きく溜息を吐いた。 「・・・・・よかった」 吐息交じりの安堵に満ちた声。表情も穏やか。 しかしそれはすぐさま覆され。綺麗に整った柳眉は顰められ、白皙の端正な面に浮かぶのは苦渋の色。 「・・・・・・・もう、時間がない・・・・・・・・・・・」 呟き、背後の窓から覗く銀月を見上げた。急な動きにふわりと黒髪が宙に舞う。その髪の合間から姿を表す 世にも稀な金と銀の双眸は痛みを堪えるかのように歪み、揺れる。 「・・・・・・・・・・・やはり、離れるべき・・・・・・・か・・・・・・・」 ぎゅうと力強く、指輪を持つ拳を握り、憂いも隠さず眼差しを伏せる。 か細い声音と細い体躯が静かに煌く月明りの下、小さく蹲っていた・・・・・・・・・・。 ◆◇◆◇ 「カーマイン!」 珍しく名を呼ばれたな、と黒髪の青年は頭上を仰ぎ見た。淡いオレンジの羽を忙しなく動かし、宙に留まる 小さな少女が勢いよく、ビシリという擬音が聞こえそうなほど指を突き立てた。 「・・・・・・・・・・・・・ティピ?」 「ア・ン・タ・ねぇ〜、この大事な時にいつまでぽけ〜っとしてんのよ!!」 見た目に釣り合わぬ、大音量。カーマインは微かに眉を顰め、それから軽く周囲を見渡す。目前には聳え立つ城壁と、 青年を囲むようにして立つ仲間たちの姿。その仲間たちはといえば、心配そうにカーマインを見遣ってくる彼の妹のルイセに、 呆れた風などこか感心したような視線を向けてくるウォレス、ぱちぱちと数度瞬きをするエリオット、そして彼を守るようにして 立つバーンシュタイン王国の誉れたる、オスカー=リーヴスの計四人。宙を漂うティピを入れれば五人か。いずれにしろ、 一国の主を叩くには随分と少ない手数ではあるが、各々緊張こそすれ、恐れた様子は微塵もない。なかなかに肝が据わって いる、というべきか。それよりも、どうやら城内への潜伏の打ち合わせの最中であったらしい事に気づいたカーマインは 少し慌てた。 「あ、すまない・・・・中断させて」 「まったくよ!ほんっとアンタって緊張感ないんだから〜!!」 「いや、お前には言われたくないだろうよ」 申し訳なさそうに謝るカーマインへ大声で喚き散らすティピにウォレスが突っ込みを入れるが、 「何ですって〜!!」と怒りの矛先が自身へ向きそうになったため、黙り込む。 「あはは、相変わらず仲がいいねぇ、君たちは」 「す、すみません。リーヴス卿」 「いやいや、緊張でガチガチに固まってるよりはずっといいよ」 茶化すように微笑んで、オスカーは一度中断していた打ち合わせを始める。それを聞くともなしに聞きながら カーマインは先ほど、上の空で考えていた思考に再度思いを馳せた。 その内容はといえば。到底、仲間たちには打ち明けられるものではなく。 シエラより預かった指輪の填められた指先を見つめながら、何度も何度も思い直す。それでも昨夜、心に決めた ある事柄を覆す事は出来ないで。思わず溜息を吐きそうになるが、この物思いを仲間に知られる訳には行かないと、 何とか堪える。 「・・・・・・もう、あとには引けないんだ」 「え、何か言った?」 「・・・・・・・・・いや」 自身に最も近い位置にいるティピが微かな声を耳に捉えたらしく振り返るが、カーマインは静かに首を横に振った。 「何でもない。それより、そろそろ行こうかリーヴス卿」 「ん、そうだね。もう、新手の敵も出て来そうだし」 「なるべく自国の民とは戦いたくありませんしね」 急かす台詞にリーヴス、そしてエリオットの肯定が返る。そのままくるりとt踵を返し、並木の陰にひっそりと身を隠すように 存在する井戸へと足を向け、彼らは城門の憲兵に姿を見咎められる事なく、隠し通路を使い城内への侵入を果たした。 ◆◇◆◇ 「・・・・・・・・・・・・・・・・・・・」 「どうした、アーネスト」 王座の程近く、既に鞘から剣を抜いた戦闘態勢の帝国騎士へと、玉座に腰を据える若き王の声がかかり。 それに視線を返しながらアーネストは答える。 「・・・・・いえ、虫が侵入したな、と」 「ああ、王の名を騙る不届き者共か」 「賊軍は私が排除致しますゆえ、陛下はどうかお手を出されぬように」 「期待しているぞ、アーネスト」 若干十四歳でありながら、重い響きを言葉に乗せる国王、リシャールへ深々と頭を下げてからアーネストは、 王国髄一と云わしめる二刀流の構えを取る。いつ何時、敵が現れてもいいように。それから程なくし、謁見の間、 即ちこの場所への重厚な扉が開かれた。 「来たかオスカー」 「ああ、本当の王を連れてね」 ギイッと軋む音を立て、開けた室内に紅と蒼、相反する色合いが対峙する。 各々が同じ顔をした密色髪の少年を後方に庇いながら。一人は国の最高権力者を、もう一人は市井の少年を。 しかし互いが互いとも『王』を主張する。どちらが本物であるかなど口で言い合ったところで時間の無駄。 今、示されるべきは『真実』ではなく、『力』。つまり真相など関係なく、勝った方が『本物』になるという事だ。 「・・・・・・剣を合わせるのは随分久しいけど、負けないよアーネスト」 「お前が私に勝てると思うのか、オスカー?」 インペリアルナイト筆頭、アーネスト=ライエル。反乱軍筆頭、オスカー=リーヴス。 両者の不敵な笑みの下、互いの獲物が愉悦に閃いた。 ◆◇◆◇ ザフッと鈍い肉を断つ音を最後に、静まり返る階下の大ホール。大理石の床に紅い溜りが築かれた。 点々と重なる屍。仮面をした裏工作員、シャドーナイト。その頭目のガムランを打ち倒したカーマイン、ウォレス、ルイセは 既に上階で羽を広げるティピに急かされ、王座へと続く階段へと向かう。 その途中、不意にカーマインの足が縺れた。とはいえ、持ち前の反射神経で難なく踏み止まるが。 「何やってんのよ、アンタ!」 「・・・・・・・・・・・・・いや」 何でもない。そう呟きつつ、カーマインは自分の足元を見下ろす。そこには躓くようなものはなかった。 それに疲れているという訳でもない。それなのに、何故足が縺れたのか、思う通りに動けなかったのか。 そこまで考え、カーマインは今の今まで迷っていた『ある事』への決心を漸く固めた。金と銀、ヘテロクロミアと呼ばれし 奇異な瞳をゆっくりと伏せ、そして開く。それをする事でまるで世界が違って見えてくる。 「・・・・・・・・・・茨の道だ」 ただの階段が一面、茨で囲まれたかのように見え、ふと笑みを誘う。しかし全てを守るためにはそれしかないのだと 自らに言い聞かせて。背筋を伸ばし、まるで王者かのように毅然と歩き出す。そして先に上階へと上がった仲間の顔を 眺めた。それは旅人が二度と会えないかもしれぬ家人を懐かしむかのような、瞳で・・・・・・・。 ◆◇◆◇ 「すまない、遅くなった」 先に戦い始めていたオスカーに加勢すべく、下の階でシャドーナイトを相手取っていた三人が室内へと入ってくると、 そこには既に刃を交える二人の騎士の姿があった。 二刀流のアーネスト、そして鎌の使い手オスカー。 バーンシュタイン二強の名を戴く二人の戦いは苛烈を極めた。至るところに傷を作っている。 戦いが長引けば、恐らく二人共、命の危険に晒される事だろう。すぐさま援護の態勢に入るウォレス、ルイセ。 カーマインも鞘から剣を抜き放つと走り出す。 その時、誰もが彼はオスカーのサポートに入るつもりだろうと思っていた。 実力的に言えば、アーネストの方がオスカーよりも上であるから。マトモにサシで戦って勝てるはずもない。 しかし白銀の閃光が捉えたのは、アーネストではなく―――― 「う、あっ・・・・・・!」 「・・・・オスカー!?」 「「リーヴス卿!!」」 完全に、不意を衝かれる形で。 カーマインの普段なら見惚れるほどの美しい銀の弧が、蒼の騎士の肩口を薙ぎ払った。 鮮血が。まるで彼岸花のように咲き誇り。ゆっくりと沈んでいく紫髪。対峙する相手が崩折れ、初めて顔を合わす 白と黒の騎士。一人は驚愕を、もう一人は痛みを堪えるかのような表情を浮かべて。 一瞬の静寂の後、響き渡る絶叫。混乱が室内を満たす。 「・・・・・・・・・・・・お前、何故」 呆然としたアーネストの呟き。床に伏したオスカーは肩口を押さえ、蹲る。カーマインはただぼんやりとした 虚ろな瞳で彼らを交互に見遣り。血に濡れた剣先をオスカーへぴたりと当てつつ、ゆっくり口を開く。 「・・・・・・・・・誰も、動くな」 その硬い声音にオスカーの元へと駆け寄ろうとしていたルイセ、ウォレス、エリオットは動きを止める。 玉座で黙っているリシャールだけが、ただ愉快そうに笑んでいた。 「それは、何の真似だ?」 「・・・・・・・裏切り、以外に何に見えましょう?」 からかうようなリシャールにカーマインは首を傾げつつ答える。 その表情はやはり虚ろで感情が推し量れない。まるで糸で操られている人形のよう。 彼の真正面に立つ、アーネストの率直な印象。 「・・・・・・・・人は醜い。もう・・・・・・・うんざりだ」 「おい、カーマイン、お前何を言って・・・・・・!?」 「・・・・・・カーマイ・・・・ン・・・・君・・・・・・・」 独白とも取れるカーマインの物言いにウォレスとオスカーは引き止めようとするが、 カーマインの顔に生気は戻らない。 「・・・・・・俺は主のために、貴方のために戦いましょう、リシャール陛下」 「それはそれは・・・・。なかなか面白い余興だったぞカーマイン。ではその力、私のため、主様のために存分に振るえ」 無邪気で醜悪な微笑を返すリシャールに、カーマインはオスカーへ当てていた剣を下げ、歩み寄ろうとする。 が、蹲っていたオスカーの左腕がカーマインの足首を加減なく、それこそ握り潰すように掴んだ。 「・・・・・・・・・ッ」 「・・・・・行か・・・・さな、い・・・・・・・・」 「・・・・・・・・離せ!」 掴まれた足に纏わりつく腕を振り払おうとして、オスカーが傷に障ったのか、呻く。 はっとしたようにカーマインが動きを止めたのをアーネストは確認し、怪訝そうな顔をする。 その様は斬った相手を気遣うようなものだったから。 「・・・・・・・・・・・・・・・お前は」 どちらの味方なのだ、と口にしかけ、アーネストは押し黙る。それは真正面に見据える白皙の美貌が 先ほどの虚無とは違い、明らかに感情を。苦しそうな、今にも泣き出しそうな表情をしていたためだった。 それを見ればすぐ分かる。彼は裏切りたくて裏切る訳ではないと。何か、深い事情があるのだと。 ならば自分はどう動くべきか。今ここで彼を仲間の元へ戻しても、必ず何かにヒビが入る。だから。 「・・・・その手を離せ、オスカー!」 深紅に染まった手で、カーマインの足を握り込む、その手に向け、剣を振り下ろす。 しかし、本当に斬る気は全くない。こうすればきっと。 「・・・・・・・・・・っ!」 「やめてぇ!!」 ずっと今まで動けずにいたルイセとティピが飛び込んで来る。そして即座に彼女たちの元にエリオットを 抱えたウォレスがやって来て、ルイセの身体が淡く光った。それは彼女が初めてテレポートを行った時と同じ。 オスカーを助けたいという強い意思のみで行う、呪文なしのテレポート。 思った通りになり、内心安堵の息を吐きながらアーネストはそれに巻き込まれぬよう、振り下ろした剣を止め、 カーマインを強引に後ろへ引いた。急に引っ張られ、倒れこむ彼に引き摺られてアーネストも床に落ちた。 二人分の体躯が床に叩きつけられる。正にその瞬間、オスカーを連れたルイセたちの姿が消え、ただ沈黙だけが その場に重く、残っていた―――― ◆◇◆◇ 「カーマイン」 低い響きが自分を呼ぶ声に青年は振り返る。黒髪が重力に沿って流れた。 「・・・・・・何か」 「・・・・・・・お前の部屋へ案内する」 既にリシャールは退室し、二人だけとなった謁見の間での事務的な会話。 突然の事態であったというのに何も聞いてこないアーネストの後姿を見つめながらカーマインはただ 頷く事しか出来ない。 「・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・」 「・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・」 黙々と回廊を歩く二つの影。雰囲気は限りなく重い。 それに耐え切れなかったのか、カーマインがやや躊躇いがちに口を開いた。 「・・・・・・何故、何も聞かない?」 「リシャール様が決められた事に、私が口を挟む権利はない」 「・・・・・・・・・・・・・そう、か」 ほっとしたような、残念なような。曖昧な気持ち。 再び沈黙が訪れるが、今度はアーネストがそれを破る。 「・・・・・権利はない、が・・・・・聞きたいとは思っている」 「・・・・・・・・・・え?」 「・・・・・だから、言いたくなったら言えば・・・いい・・・・・・」 すたすた、前を歩む足は止めずに言い放たれた言葉は非常に不器用で、それでもきっと彼なりに気を遣い、 選んだ言葉。何だか微笑ましくて、場にそぐわず、笑ってしまいそうになったカーマインは慌てて口を押さえた。 「それじゃ・・・・俺が言いたくないと思ったら・・・・・いつまでも聞けないな」 「・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・」 思慮の足りなさに気づいたのか、アーネストは立ち止まり、何ともいえぬ表情でカーマインを見返す。 その顔が面白かったのか、カーマインは堪えてた笑みを零し、言う。 「・・・・・俺は、貴方と同じ理由でここにいる」 「・・・・・・・・・・・・・・・?」 「貴方と、リーヴス卿。貴方たちと同じ事をしようとしている」 「・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・!」 言っている意味が通じたのか、アーネストは目を見開いて。 「・・・・・・・・・仲間の命を・・・・・守るため、か・・・・・・?」 それは質すというよりも独白のような呟き。返ってくるのは言葉ではなく、綺麗すぎる微笑。 「・・・・・・・そんな事を俺に言って・・・・。俺はお前を殺すかもしれんぞ?」 これにも返ってくるのは笑顔のみ。冗談だとでも思っているのだろうか。 いくらリシャール側へついたといっても忠誠心からではないというのなら、殺されても文句は言えない。 それをこのカーマインという青年は分かっているのだろうか。アーネストは頭痛を覚える。しかし。 「・・・・それでも、構わない。もう、時間がないから」 「何・・・・・・・?」 「・・・・・・・これ以上は今は、言えない・・・・・・・・・」 「・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・」 かなり気になる科白を吐かれたが、自分で『言いたくなったら言えばいい』と言った手前、追求出来ない。 アーネストは大きく溜息吐いて、渋々頷くと再び歩き始めた。その後ろをついて歩きつつ、カーマインはそっと、 シエラの指輪を見つめる。誰も知らない、遥かな願いを脳裏に思い描きながら―――― ひらひらと。 終焉に向かい、堕ちる淡い花弁。 全て散り終えた時、一体何が残るのか。 ささやかな願いを抱き、咲く紅い華。 その願いを知る者は・・・・・まだ、いない―――― ≪BACK TOP NEXT≫ 大分内容変わってきましたー!むしろ変えすぎ!長すぎ!!(><) 一応カーマインが指輪を落としたり、足が縺れたりしているのは意味があります。 もう少し筆頭に心を許せばその内心と本心が語られるはず(?)です。ええ、多分。 旧茨姫同様、アー主的な展開になる予定です。そしてリシャ様がハブ・・・(殴) |
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