※CAUTION!


この作品にはオリジナルキャラクターである、
アーネスト=ライエルの父親―ストレイ=ライエル―が出てきます。
オリキャラ嫌い、苦手というお方は閲覧にご注意下さい。
基本的には大人アーネストと口調は一緒です。


オッケェェイ、という気さくなお方はスクロールプリーズ。




























初恋は、実らぬものだと誰かが言った。




オーヴァチュアは鳴り響き




「おいで、アーネスト」

低く響く優しい声音。厳しいけれど、恐らく優しいと言っていいだろう父。自分以外の、余所の子供には
何故か緊張して冷たく振舞う、妙なところがある。聞けば、この父は昔から子供はどうも苦手なのだそうだ。
俺にだけ優しいのは、自分の最愛の妻との子だからだと言う。詰まるところ、父にとって母が一番大切なのだろう。
母に出会う前の父はそれこそお堅い人間だったらしい。恋や愛がそんなに人を変えるものなのだろうか。
俺も父の言う掛け替えのない誰かに出会えれば変われるものなの、か・・・・?

「父さん、俺はもう手を引かれなくても大丈夫です」
「初めて行くところだろう。迷子になっても知らないぞ?」
「なりませんっ!」

からかわれて、思わず声を荒げれば父の口元に笑みが刻まれる。どうにも、この親は自分で遊んでいる気が
してならない。しかし、そこでふと思う。夜会に行くと言っていたのに父の横には母が居ない。
不思議に思って随分と高い位置にある同じ顔を仰ぐと、紫の瞳と目が合う。

「どうした、アーネスト」
「・・・・母さんは?」
「今日は同伴者は一人までだからな、お前に譲るそうだ」
「・・・・・・・・・・・・・・・・」

同伴者は一人だけ。それ自体はそんなにおかしい事ではないのだが、あの母が父と一緒にいないのは
非常に珍しい。子供の自分でも恥ずかしくなるほど仲睦まじい夫婦であるのに。それほどまでに会わせたい
人間でもいるのだろうか。確か、同じ年くらいの子供が数人いるとは言っていたが・・・。他の家も子供を連れて
来るというのか。夜会というのは大人たちが主体の場所のはずなのに。

「・・・・・父さん、どうして今日は俺を連れて行くんですか?」
「主催の令嬢のお披露目会だそうだからな、令嬢と同年代の子供が多めに来るそうだ」
「お披露目・・・・・」
「そう嫌な表情をするものじゃない。きっとお前も心を開ける子がいるはずだ」

妙に自信の込められた言葉には、やはり会わせたい者の存在を感じさせる。一体どんな者なのか。
僅かだが興味が沸く。父も母も自分の性格は分かっているはずだ。その上で、俺が心を開けるはずだと
思うのなら、よほど出来た者なのか、それとも自分の想像を逸する者なのか。どちらにしろ、会ってみたい気にはなる。
元より、他人に興味のない振りをしているだけであって、本当に興味がないというわけではないのだ。
友も出来るものなら欲しいと思っている。いつも、部屋の中でぽつんとたった一人。
その寂しさは酷く身に染みていた。友が欲しい。信頼出来て、心を預けられる、その存在が。

「アーネスト、挨拶の口上は覚えているな?」
「・・・・・はい」
「人付き合いは第一印象が大事だからな。
どうせお前に愛想良くなんて言っても無理だろうから、せめて礼儀正しくするように」
「・・・・・・・・・・・・・・・・・」

第一印象。いつも大事なものだと言って聞かされる。人間は、第一印象が悪いと積極的に相手のいい面を
見ようとしてこないのだそうだ。初めに抱かれた印象のまま、最悪変わらない場合もあるとか。
それで行くと、自分はかなり不利な方なのだろう。子供ならではの可愛らしさや愛嬌というものが欠けている。
口数だとて少ないし、率先して話しかける事も出来なければ、相手を褒める事も出来ない。そんな子供に関わって
喜ぶ人間などいるのだろうか。例えどんなに慇懃に振舞ったとしても・・・・。

「・・・・・・・・・・・・・・」

せめて、心の片隅にでもいい。無邪気さを持ってさえいれば何かが変わるのかもしれない。
ほんの少し、微笑む事が出来れば、何かが。ないものを望んだって神が与えてくれるわけでもないのに、
望む事しかしないのは、怠慢というべきなのかもしれない。欲しければ、努力せよ。いつも言われているのに
俺はどうしてもその努力が出来ないでいる。試しもしないで諦めてばかり。そんな自分は嫌だというのに。


無邪気さを与えられないのなら、怠慢を許さないのなら。

せめて変われるきっかけくらい、この可愛げのない子供に恵んでみてはくれまいか。

一度だってその存在を信じた事のない、空虚なる神よ―――


虫のいい皮肉紛れの願いが果たして通じたのか、神はこの日きっかけを寄越してくれた。
知り合いなんて一人もいない、見栄と保身と権力への妄念、それから醜い策謀の渦巻くその場所で。
穢れも驕りも偽りも知らない、無垢で初めて『キレイ』だと思える魂を見つけた。



◆◇◇◆



そう、それはもう人間という存在そのものに嫌悪感を抱いてしまうほど醜い勢力争いの繰り広げられる席で
心にもない言葉を、礼儀と称して口にしていた俺は父の言う人付き合いとやらに付き合っていられず、
見た目だけは煌びやかで色とりどりのドレスやら宝石やら花やらが輝く世界から抜け出して喧騒とは切り離された
空間に逃げ出した。人込みの中で息苦しかった空気が、会場のホールの隅の大窓からテラスに出ると
一気に冷えて心地良く。頬をすり抜ける風がこんなに優しいものだと生まれて初めて感じたのかもしれない。

数歩、前に足を踏み出しガラス越しに夜会の様子を見遣る。広い広いホールが、何処から沸いたのかうじゃうじゃ
溢れる着飾った人間で埋め尽くされていて、箱詰めにでもされてるようだった。あんな場所に、今まで自分は居たのかと
思うと自然と眉間に皺が寄る。今日は友を作るのだと決めていたはずなのに、何の成果もない。よりいっそう
人間嫌いに拍車をかけただけのような気がする。けれど、誰かに愛されたいと思う気持ちも少なからずあって。
冷めた目で周りを見渡しながら本当は、探していた。愛せるだろう人を。愛してくれるかもしれないだろう人を。

家族から注がれる愛だけで物足りないというわけではない。ただ、家族からは普通に考えて愛されない方が
珍しいはずなのだ。血を分けた、子供なら。だがそれでは、血を分けていなければどうだったのだろう。考えては
いけないのに考えてしまう。『俺』だから愛してくれているのか、それとも『我が子』だから愛してくれているのか。
俺はきっと『俺』という個を愛して欲しいのだろう。家族ではどちらなのか判別しづらいので、出来れば他人に。
子供ながらにそれはいけない事で、贅沢な事だというのも分かっている・・・つもりだ。それでも望んでしまう心は
どうしようもないのだろう。どうにか出来るものならとっくの昔にそうしている。そうでなければ、人を傷つけるばかりだと
何となくではあるが、理解しているから。

「・・・・・どうすればいいんだ」

このまま、一生誰とも関わらずに生きていくなんて事は無理だろう。静かにただそこに在るだけの夜空に浮かぶ、
淡い光彩を放つ星を見上げて溜息を吐く。人間もあの星のように自然に美しければ、素直に好きになれた。
小鳥の囀りのように、悪意も妬みも持たぬ優しい言葉を操るのであれば、会話も出来た。触れたその指先が、
真綿のように柔らかければ避ける事なく受け入れた。自分の事は、棚に上げて。

「俺は・・・他人に『キレイ』を求めすぎなのか・・・?」

外見の話じゃない。表面的なものなら、幾らでもそれを装う事は可能なのだ。貴族なんて、その最たるものだろう。
中身の醜悪さを、衣服や装飾物で着飾って覆い隠す。口角を軽く持ち上げただけで笑顔なんて言い張るくらいだ、
よっぽどだろう。そんな取り繕いで、欺けると本当に信じているのだろうか。だったら、これほど人を馬鹿にした
話もない。幾ら俺が子供でも、紛い物と本物の区別くらいは付く。そして紛い物の『キレイ』を堂々と晒す者ほど、
愚かで信用ならない。この場所はその紛いものに満ちている。思わず吐き気が込み上げるくらいに。

「・・・・・・もう少ししたら・・・戻らねば駄目・・・だろうな」

気が重い。肩にどっしりと重たい荷物が圧し掛かったような気分になる。せめてもう少し外の空気を堪能しようと
テラスの柵まで歩み寄れば、階下には僅かに月明かりと、人工的な灯篭に照らし出された中庭が広がっていた。
昼間見れば、もっと綺麗に映るのだろうが、暗闇の中のそれは何処となく恐ろしく感じさせる。
風に揺られる木々の葉擦れが、不安感を煽り、夜冷えとは違う寒気を運んできた。少し迷って室内に戻ろうかと
踵を返しかけたところで、あるものが視界に入ってくる。

「・・・・・ッ!」

一体いつの間に、自分の背後にいたのか。振り返ってみれば、自分より更に頭一つ分くらい小さい子供が
立っていた。目が合うと、それが当然とでも云うかのように微笑む、幼子。室内が暑かったのか丸い頬をりんごの
ように紅く染め、しきりに瞬く大きな瞳は左右で色が違っている。それだけでも充分目立つのに、髪の色も
この大陸では珍しい黒。耳に掛かる程度の短い髪に紅いリボンが結わかれている。着ている服は、ドレスではなく、
まるで御伽噺の王子様、とでも云った感じの出で立ち。いわゆる南瓜パンツに白いタイツ、それから肩に留められた
藍色のマント姿で。どう見ても男物の服なのだが、まだ幼い事もあってか、ドレスを着ているより可愛らしい感じがする。

「・・・・・・・・・・・」

改めて考えてみると、先ほど自分が会場内にいた時はこんなに目立つ子はいなかった気がする。確かにこの場は
いつもと違って主催の娘のお披露目だけあって、その娘と歳の近い子供ばかりではあったが、流石にこれほど
目立つ者がいれば見落とさなかっただろう。では何故か。考え事をしていて僅かに上向いていた顔を下に向けると
赤ら顔の幼子がまだそこにニコニコしながら立っている。一言で言ってしまえばこの子は非常に可愛い。
やたら派手で煌びやかな衣装を着て着飾っていた主催の娘なんかよりも遥かに。

「・・・・君、は・・・・」

哀しいかな。興味のない振りをしていてもやはり自分は男なのか、可愛い子を目の前にすると何故か緊張してしまう。
何か言いたいのに、続きが出てこない。早く何か言わなければ、何処かに行ってしまうかもしれないと思うのに
じっと見つめる事しか出来ず。そのまま妙な沈黙が場に満ちる。かと思えば名も知らぬ幼子は笑顔を段々と曇らせ、
終いには悲しげに俺を見上げていた。どうしたのだろうと首を傾げば鈴の鳴るような可愛らしい声が耳に届く。

「・・・・おにいちゃん、かなしいの?」
「は?」

いきなり変な事を聞かれて、間抜けな返事をしてしまった。変な問いを投げてきた当人は、からかっているわけでは
ないらしく至って真面目な表情で俺を見据えている。何がどうすると悲しそうに見えるのだろうか。大体、自分は
感情が面に出にくい。両親ですら、何を考えているかよく分からないと言う事さえあるのに。本当に自分が悲しんで
いたとしても、会ったばかりのこの子にそんな事が分かるはずがない。不審に思って少しだけ睨んでやるが、
相手に怯えた様子はない。黒髪を横に傾げてきょとんとしている。

「・・・・・・おい?」

何も言わなくなった幼子に言葉少なではあるが、聞き返せば大きな色違いの瞳が何度も瞬く。顔の角度が
変わると、その綺麗な形の瞳を縁取る睫毛がとても長いのが分かる。見れば見るほど、人形のような整った顔。
けれども人形とは違って、その表情は柔らかく、暖かみがある。叶う事なら、ずっと見ていたいと思うほどに。
何処の子だろう。興味は次第に深くなっていく。名前を聞いてみようか。そんな気にすらなり始めた頃、
もう一度、可愛らしい声が同じ言葉を放つ。

「かなしいの?」
「・・・・・?何故、そう思う」
「だって・・・おめめがまっかだから・・・・」
「・・・・・・・・・・・・・・・・・」

続けて言われた言葉に、漸く問われた意味を知る。恐らくこの幼子は俺が泣いて目が赤くなったと思っているのだろう。
見たところ、まだ五つにも満たない歳のようだから勘違いをしても仕方ないのかもしれない。幼子のオッドアイに
気を取られていて忘れていたが、自分のこのアルビノの瞳も相当珍しい方の部類に入る色だ。
見た事がなかったのだろう。何とも微笑ましい勘違いに知らず笑みが浮かぶ。ここ最近、笑った事なんてなかったのに。

「?」

俺が悲しんでいると思い込んでいる幼子は、急に笑い出した俺が理解出来ないのだろう。しきりに首を傾いでいる。
にこにこと笑った顔も可愛いが、不思議そうに首を傾ぐ様子もまた可愛らしい。まだ幼い事も手伝って、この子には
大人たちのような汚れた部分は見えない。無垢という表現が一番しっくりきそうなほど、純粋な心をそこに感じた。
この子なら、好きになれるかもしれない。思って、視高を合わせるために、僅かに屈んで哀れなほどに上向いた
黒い頭を元の状態に戻してやる。

「・・・・あまり上ばかり見ていると首が痛くなるぞ」
「!・・・・ありがとう」
「それから・・・俺のこの目は泣いたから紅いわけじゃなくて、
最初からこういう色なんだ。だから、その・・・悲しいわけじゃない」
「そうなの?うまれたときからまっかなの??」

信じられないのか、幼子の小さな手が俺の目の辺りまで伸ばされる。普段ならば、きっと俺はその手を
避けただろう。人に触られるのは好きじゃないから。でも今は不思議と避けるという選択が浮かばなかった。
紅葉のような手が、ぺたりと目許に触れる。ひんやりと少し熱くなった頬の熱を吸い取っていく。
誰かに触れられるのが、心地良いと思うのは初めてで。目許の腫れを確認しているのかそぞろに動く。

「・・・・ほら、腫れてないだろう?」
「うん・・・はれてない。ないてまっかになったんじゃないんだ・・・・。
おすかーがね、ないてばかりいるとうさぎさんみたいなおめめになるよっていってたから・・・」

ちがうんだ・・・、と何処か残念そうに呟く桜色の唇。うさぎのような目、とやらに憧れていたのだろうか。
こんな血のような色よりもよっぽど綺麗な色の瞳をしているのに。しかしふと気になる言葉があったので尋ねてみた。

「・・・・オスカー?」
「あ、おすかーはね、ちかくにすんでるおともだちなの」
「友達・・・か。それで君は?」
「ぼく?ぼくはね、かーまいんだよ。おにいちゃん」

僕、という単語に眉間を寄せる。女の子なのに、僕はないだろうと。そういえば格好からして男の服を着ている。
そうは見えないが多少男勝りな性格なのかもしれない。ボーイッシュ、とでも言うのだろうか。まあ、変に女々しくても
扱いに困ったかもしれないが、女の子が男みたいに振舞うのはどうかとも思う。こんな小さな子に言って通じるか
分からないが、苦言を呈そうとすればその前に先手を打たれた。

「ねえ、おにいちゃんはなんていうおなまえなの?」
「あ・・・俺はアーネスト=ライエルと言う。アーネストでいい」
「じゃあ、あーちゃんだね」
「・・・・アーネストだ」

ちゃん呼ばわりされそうになったので強めに言い直すと、カーマイン・・・よく考えるとあまり女らしくない名だな。
とにかくカーマインは、またも不服そうに唇を尖らせている。こう言うと俺が馬鹿みたいだが、この子はどんな
表情をしても可愛らしい。きっと何処に行っても、この愛らしさならちやほやされるのだろうな。この俺ですら、
ペースをかなり乱されている。

「カーマイン」

不機嫌な様子も可愛らしいが、もう一度笑顔が見てみたくて教えてもらったばかりの名を呼ぶと、数度瞬きしてから
やはりにこにこと微笑む。どうにも人懐こいらしい。仏頂面、可愛くない、強面などと評されている俺を怖がるどころか
名前を呼んだだけで嬉しそうに近寄ってくるくらいだ。これでは簡単に誘拐されてしまうのではないかと心配になる。
心配といえば自分の父も今頃俺を探しているかもしれない。だがせっかくこうして興味を抱ける相手に出会えたと
いうのにもう別れてしまうのは何と言うか勿体ない気がして言い出せずにいる。

とはいえ、呼んでおいて何も話さないのもどうだろう。何か話題はないかと探すが出てこない。こういう時に
人付き合いの浅さが仇になる。話し相手としてつまらないと思われたら、引き止めようがないのに。
どうしたものかと悩んでいると、苦しがっているように映ったのだろうか、カーマインはもう一度手を伸ばして
俺の額の辺りに触れる。

「あーねすと、あたまいたいの?」
「いや、そうじゃない」
「じゃあ、ぽんぽんいたいの?だいじょうぶ?」

今度は腹の上を細い指先が撫でるように辿る。本気で心配している様子が愉快で、それから少し嬉しい。
あまり他人に心配される事がなかったせいもあるだろうが。直向きな感情を向けられる事が、何だか清々しい。
このまま、ずっと一緒に居られれば、自分の中の何かが変わるかもしれない、そんな気がする。
ずっとずっと自分はこの子のような『キレイ』な存在を求めていたから。見た目だけでなくて、中身が。
まだ誰も足跡を残していない真っ白な雪のようで、胸が騒ぐ。そっと心のままに、自分の腹部を彷徨っている
小さな手を掬い取る。

「・・・・あーねすと?」
「大丈夫だ、何処も痛くない。それより・・・」
「それより、なぁに?」

問いかけてくる小さな顔がすぐ傍まで寄ってきて、思わず顔が紅くなる。無邪気すぎるのも、少々心臓に
悪いのかもしれない。期待の篭った色違いの双眸に見惚れながらも、掬い取った手を持ち上げて、
令嬢への挨拶として教えられた手の甲へのキスを送る。カーマインは驚いたのか一瞬びくりと身体を震わした。
だが嫌がっている様子は窺えないので、そのまま続きの言葉を吐く。

「こんな事は・・・・まだ俺にもお前にも早いのだろうが・・・。
お前にその気があれば・・・・俺の妻にならないか?」
「つまってなぁに?」
「・・・・・花嫁・・・つまり・・・お嫁さん、という事だ」

子供にも分かるように言い直せば、カーマインはうーんと唸ってから、何か思いだしたのかにこりと笑う。

「およめさん!ママがおよめさんはせかいでいちばんしあわせなひとのことっていってた。
あーねすとがぼくのことおよめさんにしてくれるの?」
「ああ、お前がよければ」
「じゃあ、いいよ。ぼく、あーねすとのおよめさんになる」

やくそくね、と指切りを迫られたので互いの小指と小指を絡ませる。多少、花嫁に対する認識が間違っている
気がしなくもないが上手くその違いを説明出来そうもなかったので注意するのはやめた。後は何処のうちの子か
聞いて、後日改めて挨拶に行けばいいだろう。貴族間ならば、このくらいの歳で既に婚約を結ぶというのも
そう珍しい話ではない。家柄に問題がなければ多分大丈夫だろう。幸いな事に我が家は名門ライエル家だ。
縁談の話だって既に何件か来た事もある。その名は誰もが欲しがるものだと聞いた。あまり愉快な話ではないが、
使えるものは使わせてもらおうと算段していると、カーマインが小さく声を上げた。

「・・・・どうした?」
「ごめんね、あーねすと。ママがぼくのことさがしてるみたい。もうもどらなくちゃ」
「ああ、なら俺も一緒に行こう。今更言うのも何だが、一人でふらふらするのは危ないだろう。女の子なのに」
「・・・・え?ぼく、おんなのこじゃないよ?」
「・・・・・・・・・・はい?」

とんでもない発言を受けて、声が裏返る。今何と言った。女の子じゃないだと?では何だ?
こんなに可愛くて、頭にリボンをしてて、女の子じゃない。と、言う事はまさか・・・・

「お、男なのか?」
「うん」
「だ・・・じゃあ、そのリボンは?!」
「これ?これはママがね、かーまいんににあうからっていってかってにつけたの。へん?」

黒い髪に映える真っ赤なリボンが風に揺れる。変だと?変ではない。非常に良く似合っている。
いやいやしかし。そういえばずっと不思議に感じていたではないか。女の子らしくない名前、一人称、そして服。
よく考えれば女の子と思う方がおかしかったのかもしれない。例えどんなにリボンが似合って、可愛くても。
それでも女の子だと思っていたのは、いわゆる恋は盲目、という奴だったのだろうか。もしや。
心の何処かで男だと分かっていたのに、その盲目さが否定し続けていたのかもしれない。
ともかくただ一つ、言える事は俺は失恋したという事だ。この、可愛い可愛い、男の子に・・・・・。

「じゃあ、ぼくママのところにもどるね。おはなししてくれてありがとう、あーねすと」
「あ・・・・ああ・・・・気をつけて」
「ばいばい」

最後まで無邪気に可愛らしく手を振る幼子に、放心状態にありながらも、思わず手を振り返す。
とたとたと藍色のマントが大窓を開けてホールに戻っていく様を呆然と見送る。だって仕方ないだろう。
やっと心を開ける相手を見つけた、ずっと傍にいたいと思える存在を見つけた、そう思ったのに
性別を勘違いしていたなんて。落胆と同時に、胸がとても締め付けられるように痛い。失恋はとても辛いと
聞いていたが、まさかここまで苦しいとは思わなかった。

もう二度とあんなに『キレイ』な存在には出会えないだろうと思ったのに。微笑まれる事が、触れられる事が、
心配される事が嬉しかったのに。一生懸命造った砂の城が、一瞬で波に削られたような気分になる。
何かが込み上げてきて、ぎゅっと服の裾を握り締めた。服に皺を付けたら怒られる。分かっているのに、指先に
篭る力は緩める事は出来なかった。

今まで、自分の目がこんな血のような色をしている事を疎ましく思っていたが、今日だけはこの紅い目に
感謝した方がいいのかもしれない。何故なら、どんなにどんなに泣いても元から紅ければ、きっと誰にも気づかれ
ないだろうから。ぽとりと頬を伝う雫を乱暴に払って、俺は誰もいないテラスで小さく小さく蹲って泣いた。
数分後、挨拶回りを終えて自分を探しに来た父に見つかるまでずっと―――


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早めにUPとか言って大分遅くなってしまいましたが二話目です。
本当はこれでオーヴァチュアは〜は終わりにしようかと思っていたんですが
後日談としてもう一話追加したいと思います。ここで終わると次に何か続かない
感じもしますし。なによりアニー優しくなってないし(爆)

幼い恋ってどう書けばいいのかしらと悩みつつ書いたので何かそんな感じです(謎)
アニーみたいなタイプは一度挫折を味合わないとああいう性格にはならないのでは?と
思ったので失恋という形にしましたが、まあ一番は失恋を引き摺るアニーが書きたかっただけの
ような気もしますOTZ 次回も多分アニー父とか母とか出てきそうですが怒らないで頂けると幸いです。


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