ほんの少しでも、距離が縮まるならば・・・・。 君に届け <前編> 重厚な石畳の上に築かれた街並みを、銀の髪の青年が闊歩する。 否、闊歩するというよりは何処か挙動不審に。草の根すら掻き分けて、何かを探していた。 頭上に木の葉が数枚張り付いていても気づかぬほどに熱中して。 「シル、何処だ」 青々と茂る草むらを手探り、金色の毛並みを捉えようと朱の瞳を彷徨わせる。 地面に顔を擦り付けるほど身を屈ませ、求める姿を追う。その様子は端から見れば異様なものだったが 幸い彼の周囲に人通りはなかった。勿論本人もそれが分かっているのだろう。そうでなければ ここまで堂々と不恰好な状態にはなれない。更に奥の植え込みに捜索の手を伸ばそうとすると不意に頭上から 声が落ちてきた。 「ギャリック様」 「!?」 突然背後から声を掛けられてギャリックはびくりと肩を震わした。純粋に驚いたのと自身の醜態を他人に見られた 羞恥から来る行動は意外と目立つもので。余計に恥ずかしい。けれど紅い顔で僅かに声のした方を振り返れば それも萎んでいく風船のようにゆっくりと収まっていく。 「・・・な、なんだロッティか」 「何をしていらっしゃいますの?」 「・・・・・探している」 「何をですか?」 「・・・・・・・・・・・・・・・・・・・猫だ」 何もロッティ――妖精相手に恥ずかしがる事もないかと思いつつ、それでも何だか気恥ずかしくてギャリックは 小声で探しているものを告げた。聞き取りにくかったものの、よく耳を済ませて聞き取ったロッティは優雅に小首を傾ぐ。 何故ギャリックが猫を探しているのか見当がつかなかったからかもしれない。不思議そうにまだ探しているらしい ギャリック本人に問う。 「ギャリック様、猫さん飼っていらっしゃいましたか?」 「飼ってねえ・・・・・・野良猫だ」 「野良猫さん、ですか。どんな猫さんですか?私も探すのをお手伝いしますわ」 にこにこと微笑みながらロッティは言う。元々器量がいい彼女は、基本的に自分の選んだ勇者であるギャリックの 役に立つ事をしたいと願っている。こんな小さな身体ではあまり役に立てる事もないが、探し物であれば遠見が出来るので 少しは力になれるだろう。キラキラ目を輝かせてロッティは自身の勇者を見下ろした。その痛いほど純粋な視線を 受け止めてギャリックは暫し逡巡しながらも、一つ息を吐いて彼女の期待に応える。 「・・・・金の毛並みに赤い眼の・・・小さい猫だ」 「金色の猫さんですね、分かりました」 ふわりと蝶の如き羽で空を舞うと、ロッティは碧い瞳を閉じる。意識を深い闇の底へと集中させると、薄ぼんやりと 遠くの景色が見えてくる。その中から探す。猫、猫、猫、金色で赤い眼の、小さな・・・・。 「いました!」 「何、何処だ?」 「何処・・・?えぇと、誰かの腕に抱かれて・・・此方に近づいてくるようです」 「近づいてくるだと」 言われてギャリックは辺りを見回した。すると確かに誰かが近づいてくる気配がする。微かに、聞き慣れた鳴き声も 聞こえ、ギャリックは逆光で顔の見えない相手を睨みつけるように目を細め、見つめた。距離が狭まる毎に徐々に 影の奥に隠れた人物が見えてくる。その人物とは・・・・ 「ルーファス?」 まだ足元しか見えないが、自身と色違いの制服を纏っているので恐らく間違ってはいないだろう。 ギャリックは頭を抱えた。嫌な奴に連れてこられたものだ、と。ルーファスならばあの猫の特徴ととある人物を いとも容易く結び付けてしまう事だろう。そして誰かに似た猫をギャリックが可愛がっていると知ったら その似ている誰かへ寄せている想いにも気づくだろう。 「冗談じゃねえ」 そんな事になったら、恥ずかしすぎて憤死しかねない。ギャリックは自分の捜し求めていたものから くるりと踵を返したい気持ちでいっぱいだった。けれど、逃げ出す前に声を掛けられ失敗に終わる。 「おや、そこにいるのはギャリックですか?」 「・・・・・ッ」 「丁度良かった。あちらの方の木の上で降りれなくなっていた猫を見つけたのですが、 誰か里親になれそうな人を知りませんか?」 まだ小さいんですよ、そう言いルーファスは腕の中で大人しくしている猫をギャリックへと見せてくる。 それはロッティが遠見した通り、『シル』だった。ギャリックは内心で冷や汗を掻く。頼むから余計な事を口に 出さないでくれとロッティへ一瞬視線を飛ばしながら。しかし、ギャリックのそんなささやかな願いは見事に 打ち砕かれた。 「まあ、ギャリック様。あの子、ギャリック様が探していらっしゃった猫さんではないですか?」 「・・・・・!!!」 「ギャリックが探していた?この猫、ギャリックが飼っているのですか? 首輪も何もしてないので野良猫かと思ったのですが・・・・」 首を傾いでルーファスは己の腕の中の猫と自身の親友とを見比べる。ルーファスの見間違いでなければ、 ギャリックの顔は若干青褪めている気がする。猫を見て。何故か、考えて一つ思いつく。 見つけた時から思っていたがこの猫は誰かに似ているような気がしたのだ。色合いといい、ちょっとした 表情といい。もしかしたらギャリックも同じ事を思っているのかもしれない。口に出してみる。 「そういえば。この子、誰かに似ていると思いませんか?」 「な、似てるって誰にだよ」 「それは私より貴方の方がずっと分かっているのではないですか、ギャリック」 じっと眼に力を込めてギャリックを見遣れば、考えている事が顔に出やすい彼はあからさまに動揺している。 どうやらルーファスの考えている通りの事をギャリックも考えていたらしい。誰かに似ている猫。 それをガラにもなく探しているギャリック。導き出される答えは。 「ゼオンシルト」 「は?!な、なんだいきなり」 「あ、いえ。この子を見ていたら不意に思い出しまして。彼、この間会った時少し元気がないようでした」 「・・・・・・・・・・・・・・・・」 「気になりますか?」 「な、何で俺がっ!」 我知らず訝しむような表情をしていたギャリックはルーファスに指摘され、慌てて否定する。が、顔と言わず 首まで紅く染めていては説得力は皆無に等しい。 「ギャリック、天邪鬼もいいですけど程ほどにしておかないと後で後悔しますよ」 「だからっ、何の話だと・・・」 「ギャリック様はコリンさんの勇者様が好きなのですね」 「「!?」」 今までギャリックとルーファスのやりとりを傍観していたロッティがぽんと両手を鳴らして声高らかに告げる。 二人の視線が一気に宙に留まる淑女を捉える。ロッティはそれが気にならないのかいつもの通りふわふわと 笑みを零して何かとても素晴しい事であるかのように嬉々とした様子で口を開く。 「素敵ですわ、素敵ですわ。皆さん仲良くが一番ですもの。 ギャリック様、早くコリンさんの勇者様にお会いしましょう。元気がないのであればお慰めしなければ!」 物腰穏やかに、所作は華麗に、けれど妖精とは思えない力でロッティはギャリックの指をぐいぐいと引っ張る。 もしそれがルーファスの腕ならばギャリックもされるが侭とならずに払い除けていただろうが、流石に ロッティの小さな指は外せない。眉間に皺を寄せてじっと見つめるだけに留まる。そんな彼らの様子を ルーファスは微笑ましそうに見守っていた。 「流石ロッティ、素晴しい提案です。皆仲良く、が一番ですよね」 「ええ。ギャリック様に大切なお友達が増えると思うと私とても嬉しいです」 「友達・・・・」 自分が望んでいるのと違う関係を結ばされそうになってギャリックは戸惑う。何より、こんな強引に推し進められるのは 何となく腹立たしい。抗おうと口を開きかけるとルーファスの普段は温厚な蒼い瞳が冷たくギャリックを射抜く。 「ギャリック。これ以上、白を切るおつもりなら私が重い腰を持ち上げさせて差し上げますよ」 「ッ?!」 にやりと仄黒く、冷笑を浮かべるルーファス。スクリーパーと対峙している時よりも恐らく冷たい瞳をしている。 ギャリックはそんなルーファスに戦き、身を竦ませた。ひくりと乾いた喉が鳴る。普段穏やかな者ほど切れた時、 手に負えなくなるものだ。ルーファスもその例に漏れなく、一度ぷっつりといくと悪魔のように否、悪魔の方が まだ可愛げがあるか。とにかく切れると恐ろしい。それを身を以って知っているギャリックは震えそうになる身体を 必死に抑え付け、抗う姿勢を解いた。ここで彼の不興を買うよりは、身の内から込み上げてくる照れを我慢する方が 幾らかマシだろうから。小さく首を振り、ロッティが掴んでいる方とは逆の手をそっと挙げた。 「分かった、行く。行くからその物騒な顔をやめろ!!」 「おや、物騒な顔とは人聞きの悪い。ねえ、君」 「にー?」 ルーファスに話を振られ、シルは不思議そうに鳴いた。勿論、何を言ってるかなんて分からないだろう。 ルーファスもギャリックもそう思っていた。けれど。ロッティに腕を引かれ、平和維持軍の基地へと向かう ギャリックに向けてシルはバイバイと、見送るようにしっぽと前足を振る。 「おや、この子も頑張って来いと言ってるようですよ。よかったですね、ギャリック」 「煩ぇよ。それよかお前、そいつ預かるつもりならちゃんと飯食わせとけよ」 「・・・・はい、分かりました。行ってらっしゃい、ロッティ、ギャリック」 「行って参ります、ルーファス様、猫さん」 何だかんだ言いながら、随分とシルを可愛がっているらしいギャリックに僅かに目を瞠りながらルーファスは シルと同じように離れていく紅蓮の制服と律儀にお辞儀をする彼の妖精に向けて手を振った。何処か、慈愛に満ちた 笑みを湛えて。 「・・・・・上手く、行くといいのですが」 「にー」 「おや、君もそう思うのですか。君もゼオンと一緒で優しいですね」 「にー・・・・///」 「フフ、照れた表情もそっくりですね。ギャリックが可愛がる気持ちが分かります」 私も好きになってしまいそうですよ。 秘密めかせて、ルーファスはシルにだけそっと囁いた。 その対象が果たしてゼオンシルトに対してか、それともシルに対してか曖昧ではあったが、シルには 動物の直感でか分かったらしく、慰めるようにぽんぽんと前足でルーファスの腕を叩いた。 「!・・・・君は本当に、優しい子ですね」 そう告げた声は酷く穏やかで優しくて、何処か痛々しい響きを持っていた。 NEXT 前後編になりそうです。場合によっては中編も入るかもですが。 時期的にメダルを渡すイベントにしようと思ったのにメダルに関する事 一切書かれてないですね。こ、後編でその流れに持って行きたい。 シルが何だか準レギュラーっぽくなってます。 |
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