人は誰かの支えなしに生きていけない。 けれど、いつも支えてもらえると思うのは間違いだ。 突き放される事もある。 一人で行かねばならぬ時もある。 傷ついてばかりの時もある。 今はきっと、その時なんだ。 そう思わなければ前を向けそうになかった。 もし今、誰かに・・・貴方に手を差し出されたら。 俺は泣いてしまうかもしれない。 ―――子供みたいにただ、ただ・・・。 安堵の時 「スクリーパー化を抑える方法じゃと?」 平和維持軍基地、ファニルの研究室にて子供のような大きさのポトラド人が口を開いた。 その向かいに立つのは、グランゲイル軍大尉。何処か焦ったような表情が目に焼き付いて離れない。 決して興味本位でも、無意味な問いでもなく。本気でその答えを欲している様にポトラド人の異端者、ペルナギは 小さく頷いた。セルディスやアイザックが垣間見せたのと同種の瞳をそこに見て。 「・・・・人間のスクリーパー化を抑えるには第一に体内にある一号細胞を凍結させる事。 第二に凍結の封印が解けぬよう常に魔素を与え続ける事・・・・それくらいしか今の段階では出来ん」 「・・・・・・それじゃ駄目なんだよ・・・・それじゃアイツは・・・」 スクリーパー化しちまう!と切羽詰った叫びが狭い室内に響く。そう口にした当人の顔色は芳しくない。 クライアスに呼ばれ、不調を推してベッドから起き上がった儚げな背中を見てしまったからか、一度は本国に帰ろうと していたギャリックはやはり気になって途中で戻ってきてしまったのだった。しかし、既にゼオンシルトの姿は 基地内になく、ならばせめて対処法を聞こうとこうして維持軍に在籍しているペルナギの元へとやって来たのだが、 早くも暗礁に乗り上げようとしている。 何故なら、彼の口にした対処法はとっくにゼオンシルトに施されてしまっているからだ。それで尚、スクリーパー化が ゆっくりとでも進んでいる場合は一体どうすればいいのか。一介の軍人に過ぎぬギャリックには全く見当が付かない。 だからこそ、本来ならば借りなど作りたくない相手に問うたというのに、先ほどの解。頭を抱えたくもなる。 恐らくこの大陸で一番とも言える知恵を持つペルナギ博士にも分からなければ、他の誰に分かると言うのか。 候補者の名前すら挙がらない。若き士官の手袋に覆われた拳は悔しげに書類の詰まれた机の一角を殴りつけた。 ひらり、何かの研究資料と思しき紙が振動で宙に舞い上がる。 「・・・・・一体どうすりゃいいんだ」 絶望の滲む科白。一度は強国グランゲイルに大陸統一をさせようとその軍部に接触した事のあるペルナギは その時に見た目前の士官の変わり果てた様子に一瞬目を瞠った。以前に見た時は、気性が荒そうだと 感じるほどに自信に満ちた表情をしていたのに。今の彼は喪失の予感に恐れを露にしていた。 よほど、彼にとってスクリーパー化しているというその存在は大切なのだろう。そう結論付け、ペルナギは自分に 出来る限りは彼の力になってやろうと黙していた口を再び開いた。 「・・・お主、ギャリックとか言ったか。お主の言うアイツというのはゼオンシルトの事だな? あの青年の一号細胞は封印したはずじゃ。なのに彼がスクリーパー化していると言うのか?」 「・・・・・・・ああ、そうだ。俺は詳細はよく知らねえが・・・アイツがスクリーパー化してんのは確かだ。 瞳にその兆候が僅かな時間とはいえ出ていた。嘘でも見間違いでもねえ。それにアイツ自身言ってたぜ」 「何と?」 「自分の中のスクリーパー細胞が何かに共鳴して騒いでる・・・とかなんとか」 ゼオンシルトの弱々しい声を思い出しながらギャリックは博士の静かな、淡々とした質問に応えを返す。 そしてそれを受けてペルナギは頭の上の大きな笠を弄りながら感慨深げに天井を仰ぐ。何か思案しているのだろう。 その内容を察する事は専門的な知識のないギャリックには出来なかったけれど。沈黙の降りる空間で どうしようもなく居心地の悪さを味わう彼の傍ら、ペルナギの視線が戻ってきた。人間よりも長寿というのが 偽りに思えるほど大きな瞳を鋭いアルビノが捉えると、無音の空間に再度音が付く。 「共鳴、確かにそう言ったのじゃな?」 「ああ」 短い返事を待って博士の見解が続く。 「・・・・・ならばそれは恐らくクイーンスクリーパーの出現によるものではないじゃろうか。 クイーンはそれ以下のものを統制する役割がある。強い呼びかけに思わずスクリーパーの本能が 封印された状態にありながら呼び覚まされたのかもしれん」 「何だと?」 「だとすればクイーンを倒せば一時的に活性化した一号細胞も元の状態に戻るじゃろう。 問題はクイーンを倒すまでにゼオンシルトの身体が持つか、という事じゃな」 やや幼い声の告げる内容にギャリックは殺意の篭る視線を投げつける。そんな重要な事を何故そうも 何でもない事のように口に出来るのか。返って来る反応によっては背に納めている斧でその首を斬りつけて やろうかとすら思った。だが、ペルナギが落ち着いているのはそれに興味がないわけではなく、感情の起伏が 乏しいポトラドという民族性から来ているため致し方のない事で。本人はこれでも親身に聞いているつもりだった。 故にギャリックがどうしてそんなに怒っているのか一瞬理解出来ずに呆ける。 「お主、短気じゃのう。何を怒ってるんじゃ?」 「・・・ッ、何を・・・!元はといえばお前がバイタルエネルギーの抽出なんて研究をしたからアイツは・・・!」 神経を逆撫でされて思わず口にした言葉にギャリックはしまったと思う。徒に誰かを傷つけたいわけではなかった。 自分にはゼオンシルトの存在が大切なのだと伝えたかっただけで、目の前の異種族を中傷したかったのではない。 これがもし、繊細な相手なら酷く己を責めるだろう。けれど、人間よりも長寿なだけありペルナギはあまり動じなかった。 「・・・・・・・・そうじゃな。ワシがあんな研究をしなければ良かったのかもしれん。アドモニッシャーも 修復させたりせねばグランゲイルの民がああも大量に命を奪われる事もなかったじゃろう。分かっておる。 だが、ワシのその研究がなければゼオンシルトは助からなかった。そして彼がいなければジークヴァルトに もっと多くの民を殺されていた。その中にはお主やお主の同僚も含まれるだろう・・・・もう過ぎた話じゃがな」 表情一つ変えずに言ってのけたペルナギ。だがそれは却って胸を衝かれた。白眉が何ともいえぬ皺を築き、 その下の顔のパーツも複雑そうに歪められる。 「・・・・・・・・・・・・」 「お主の言う事は間違っておらんよ。なのに何故そのような表情をする? 本当に人間とは不可解な生き物じゃな。だからワシは人間が好きじゃ。手を貸してやりたくなる」 「手を貸したくなる・・・って事は協力してくれんのか?」 「ああ。実はゼオンシルトの他にも例の手術を受けた者がいてな。その娘には妖精がおらんから、一号細胞を 封じる事が出来ずにいたんじゃ。それをどうにかしてやって欲しいとセルディスに頼まれて作った物がある」 ギャリックの応えを待たずにペルナギは机の引き出しを漁ると小さな袋を取り出した。巾着状になった口を 開いて中身を取り出すと客に向かって見せた。 「何だそりゃ?」 「コイツは妖精の作り出す魔素の成分を分析してワシが作り出した人工魔素じゃ。体内に摂取するタイプじゃから 妖精の魔素を浴びるのに比べて即効性に優れ、より強力な封印が可能じゃ。但し持続性に欠けるがな」 「持続性に欠けるってどんくらい持つんだよ」 「まあおよそ半日と言ったところか。一日二回ほど摂取せねばならん。忘れれば勿論スクリーパー化する」 それでもないよりマシじゃ、と言われギャリックは唸る。絶対安心とは言えないが確かにあるとないとでは 大分違うだろう。ペルナギの言はどれも推測によるものだが、不思議と説得力がある。信じてみてもいいかも しれない。紅い瞳はまっすぐに自分より大分低い位置にあるつぶらな瞳を見つめた。 「・・・・それを飲めば、一時的でもアイツのスクリーパー細胞を抑制出来るんだな?」 「うむ。先ほどの娘・・・エイミーの診断結果から見てもそれはほぼ間違いないじゃろう。 ただ・・・被験者となった者は大体薬というものに嫌悪を抱く。素直にゼオンシルトがそれを飲むじゃろうか・・・」 「エイミーって女も嫌がったのか?」 「初めの内はな。セルディスに何とか説得してもらった」 効果はある。それが確定されたというのなら。 「なら俺が無理にでも飲ます。そいつを譲ってくれ」 「無理にでも、か。そうじゃな・・・あの青年にはお主くらい強引な人間が合っているのかもしれん」 「だ、誰が強引だっ!つーか、何言って・・・!!?」 「相性の問題じゃな。彼は人を引っ張るタイプというよりは引っ張ってもらうタイプじゃろう」 「・・・・・ああ、そういう事かよ」 だから実力はあるのにいまいち目立たない。というよりも本人はあまり目立ちたくないとすら思っていそうだ。 変な納得をしつつギャリックは博士から薬を受け取る。 「・・・・・・いきなり押しかけた上に怒鳴りつけて悪かったな・・・。礼を言う」 「いや、気にするでない。他国の人間が他国の人間のために必死になる・・・それは平和への一歩じゃ。 その力になれてワシは嬉しい。本当はもう少し話していたいんじゃが、行くところがあるんでな」 あまり表情の変わらない博士の口元に笑みが刻まれる。本当に言葉通り喜んでいるのだろう。 思い切り私情故の相談だっただけにギャリックは微妙な気分になりながらも、苦笑を返した。そして博士の 言葉尻が気になり聞き返す。 「どっか行くのか?」 「うむ、セルディスたちに付き合って最後の一仕事をせねばならん」 最後の、という単語が引っかかる。 「なんだよ、最後のって」 「一言で言えば世代交代、と言ったところかの」 「はあ?」 「まあ、そのうち嫌でも分かるじゃろう。 それよりもゼオンシルトに薬を渡すなら今から追うよりここで待っておいた方がいいじゃろう。 多分、一度戻ってくるじゃろうからな」 そう告げて博士は腑に落ちないと言いたげなギャリックの横をすり抜けて研究室から出て行った。 取り残されたギャリックはぽつりと。 「待ってろって言われても・・・どんくらいだよ」 これ以上帰りが遅くなると確実にルーファスに殺されるんですけど・・・と、今や自分以外誰もいない狭い室内に 悲哀に満ちた独り言が空しく響いていた。 ◆◇◇◆ 結局、朝出たばかりの宿屋の前に戻ってきたギャリックは妙な機械音を耳に留めて、空を仰ぐ。 そこには動き出したアドモニッシャーの姿。維持軍基地に巨大な影を落としながら、それは何処かに向かって 前進していた。実行部の連中は不在。となればあれを動かしているのは総司令か副指令だろう。 総司令といえば先ほど別れた博士がその口で言っていたではないか。 「・・・・セルディスたちに付き合って一仕事・・・奴等アドモニッシャーを持ち出して何をする気だ」 進行方向を確認する。一見グランゲイルの方に向かっているようにも見えるが、グランゲイルとネイラーンは現在 休戦中なのだから砲撃する必要はない。今この世界には共通する敵、クイーンスクリーパーがいるからだ。 では彼らの狙いは知れている。カイザリス島に根城を築き、スクリーパーたちを統制しているクイーンに向かって いるのだろう。確かにアドモニッシャーの力ならばクイーンにそれなりのダメージを与えられるだろう。だがもし 効かなければ?より深い絶望を煽るだけだ。それでも静観するよりも行動する事を選んだというのなら、それは嘗ての 維持軍からすれば大きな変化だろう。ギャリックは何とも言えぬ表情でアドモニッシャーの軌跡を辿っていた。 それから暫くして、大地を揺るがすほどの衝撃が走り、響く轟音。維持軍基地からは様子を窺う事は出来なかったが 初めの衝撃はアドモニッシャーからの砲撃によるもの。二度目に響いたのはそれ以上の衝撃。 遠くに爆炎が上がっていた。更には周囲で慌しく動き回る維持軍兵士の姿。中には総司令や副指令の名を泣き叫ぶ者もいる。 つまりはそういう事なのだろう。 「・・・・世代交代、ね」 それの意味するところは、元より死を覚悟していたという事だろうか。最期の最期まで旧平和維持軍というものは はた迷惑なものだったなと呟く一方、それを口にする面は以前に比べれば大分柔らかいものだった。 まだ許したわけじゃない。それでも頭ごなしに否定するのはもう止めにしようと、ギャリックは思う。 戻ってくるだろう実行部の連中もきっと親を亡くして辛いだろうから。 「ったく、アイツのせいで妙な事に巻き込まれちまったぜ」 宿屋の扉に背を凭れて、ポケットに押し込んだ薬の入った袋を眺める。中が気になり、一錠だけ取り出した。 前に見たバイタルエネルギー錠と違い、小さなカプセル状。恐らく被験者になるべく嫌な記憶を思い出させないように するため敢えて見た目に違いを持たせているのだろう。まあ、それでも嫌がるゼオンシルトの様子がありありと 浮かんでくる。ペルナギには無理にでも飲ませると言ってはみたが、実際どうしたものかと首を傾けた。 説得に素直に応じてくれればそれでいい。拒否されたらその時はその時。強引に口の中に押し込むか。 しかしそれでは吐き出されてしまうかもしれない。飲んでくれねば意味はないというのに。 「・・・・・・最終手段は・・・・やっぱアレか・・・・」 脳裏に浮かんだ最終手段。別に嫌なわけではないが、かなり勇気のいる事だ。第一に自分が少しでも 照れてしまえばそれは間違いなく相手に伝染するだろう。どころか、一気に嫌われてしまう可能性も否めない。 だとしても、ゼオンシルトをスクリーパーになどしたくない。そうなれば、この手できっと彼を殺さなければ ならなくなるから。例えスクリーパーの姿をしていたとしても彼に手を掛けてしまえば、後味の悪さに自分自身が 壊れてしまうかもしれない。どんなに剛毅だとか云われていても、所詮は人の子に過ぎないギャリックに 想い人を殺して耐えられるほど強い心はなかった。だから願う。そんな未来など訪れぬ事を。 「・・・・早く戻って来い」 呟きが届いたのか、統制が取れずに混乱している維持軍兵の波間を掻き分けて実行部の四人が戻ってきた。 泣いている黒衣の研究員の少女を囲む男と女。それぞれ、その目許が少し赤い。そして身体中に傷を作り、 ところどころスクリーパーの返り血を浴びていた。 「!ギャリック、お前何でこんなところに」 その中で宿の前の他国人に気づいた飛び抜けて長身な男、クライアスが声を掛けてくる。 いつも飄々としているくせに、今の彼の目には何処か苛付きを感じた。父親を亡くしたばかりなのだから それも仕方ないと思いつつ面倒な事になりそうな気配にギャリックは小さく舌打つ。 「今は停戦中だろう。俺がここに居ても問題はねえ筈だ」 「それは・・・そうかもしれないが、お前ここには一度も立ち寄った事などないだろう。一体、何故・・・」 「別に。そこの赤いのに用があるだけだ」 ビッとクライアスの背後にいるゼオンシルトを指差す。今まで俯いていたので、指差されて初めてギャリックの 存在を認識したゼオンシルトは、ぱちぱちと大きな瞳を何度も瞬く。暗にそれは今朝帰ったのでは なかったのかという驚きと疑問に寄るものだろう。あどけない表情にギャリックは笑う。 「・・・・・お前らは休むんだろう?少しコイツ借りるぜ」 歩み寄ってギャリックはアームガードに包まれた、華奢な割りにしっかりした腕を掴む。掴まれた当人は 未だに瞬きを繰り返している。その顔色は今朝方は赤かったのに今ではどちらかというと青い。早く休ませて やらないと身体に毒だろう。そう思い特に抗う事もない腕を引こうとするとクライアスに呼び止められる。 「待てよ、ゼオンシルトは今疲れてるんだ。用事ならまた今度に・・・」 「また今度じゃ遅いんだよ。大体、それを言うなら何故今日休ませてやらなかった? 体調が万全ならこいつもこんなに傷つく事はなかったろうよ」 棘のある言葉に棘のある応えを返しながらギャリックはゼオンシルトの頭から足までをざっと見た。 元々ぼうっとしたところのある彼だが、戦闘中には普段の様子が嘘のように果敢に且つ冷静になる。 おまけに仲間に心配を掛けないようなるべく怪我をしないようにしてさえいるのに、今の彼は腕や頬、服にも 破れた箇所があるのだから、ほぼ全身に傷を負っているのだろう。それもこれも体調不良だったせいだ。 心身共に健康な状態ならスクリーパー相手とはいえ、ゼオンシルトがこんなに傷を負う筈がない。 何しろギャリックよりも上の階級のスレイヤーの称号を持っているのだから。 「・・・・・っとに、こんなになるまで働かせやがって。お前はコイツの事何だと思ってる?」 「何ってそりゃ大事な仲間だ」 如何にも心外と言った態でクライアスはギャリックを睨み返す。それを受けてギャリックは睨みつける程度には 侮蔑を寄越されている事に気づいたクライアスにほんの少しの安堵とそれ以上の憤りを覚えた。 「大事な仲間なら、もっと労わってやれよ。それとも何か?お前の言う仲間ってのはお前の所有物か道具か? 争いは良くない。そんな事を言いながらお前のしている事は命を駒に置き換えて都合言い様操作してるだけだ」 「何を・・・!ネイラーンの民を虐げ続けたグランゲイル人にそんな事を言われる憶えはない」 怒気を露にした声に後ろで泣いていた少女が更に怯え、隣りの実行部員の女に縋り付く。 それをゼオンシルトはおろおろと宥めたり、険悪な二人を見たりと忙しい。自分の怪我の事などお構いなしで。 ギャリックの目にはそれが痛々しく思った。本当はいつ自分がスクリーパー化するか考えると怖くて怖くて 仕方ないだろうに。必死に隠している。その理由はきっと・・・・。考えてギャリックは眉を顰め言う。 「・・・・ネイラーン人には気の毒だが・・・他国を脅かさねばならんほど、俺たちの生活は厳しかったんだよ。 武器を納めりゃ争いがなくなるわけじゃない。争いが起きるには理由、原因がある。それを正さなきゃ 永遠に平和なんてものは来ねえ。・・・・つまり、俺に非難される理由をお前は正すべきだ。平和が好きならな」 「・・・・・・・随分乱暴な言い分だな」 「武器を捨てるにはもう武器を持たなくていいと思えなければ意味がない。 嫌いな奴を嫌いだと思わなくなるには好きになれる部分が少しでもなけりゃ意味ないのと一緒だ」 違うか?と首を傾げるギャリックの口元には不敵な笑みが浮かんでいる。理屈としては間違っていない。 そうは思えど挑発的な態度が癪に障りクライアスの機嫌は益々下降していく。睨み合いから掴み合いに発展 するのもそう遠くないと思わせるには充分なほど。これは流石に止めに入るべきかと判断したメルヴィナが 間に入る前にゼオンシルトが行動に移していた。 「・・・クライアス、総司令の事で辛いのは分かる。でもだからって大尉に当たらないでくれ」 「アイツが先に突っかかってきたんだぞ?!」 「・・・・・・それでも、今のクライアスは冷静じゃない。冷静じゃない時の君は・・・・誰かを傷つける事があるから・・・」 ひどく言い難そうに告げられた言葉にクライアスは目を丸くした。ゼオンシルトがこんな風に意見する事は珍しい。 しかも恐らくギャリックを庇ってだ。いつだってクライアスに従順で逆らった事のない彼が、一時は敵対関係に あった人間を必死で守ろうとしている。当然、クライアスは面白くない。 「おい、ゼオンシルト。お前は俺よりギャリックを庇うのか?」 「・・・・・そうじゃない、そうじゃないけど・・・大尉の事は傷つけないで・・・・」 お願い、とか細く響いたゼオンシルトの声。悲しげで儚げで、けれど何処か強い。確かな意思をそこに感じる。 何かを言おうとして、それを出遅れたメルヴィナによって止められる。 「・・・クライアス、彼の言う通り貴方は少し冷静じゃないわ。私も・・・・冷静ではいられなそうよ。 皆・・・疲れているんだわ。休みましょう。ギャリック大尉、ゼオンシルトを宜しく。でも、貴方も彼を傷つけないで」 「ああ・・・・」 メルヴィナの釘差しに頷いてギャリックは掴んでいたゼオンシルトの腕を引っ張る。 急に引っ張られて、前を行く背中に思いっきり蜜色髪は突っ込む。背後からの衝撃にギャリックは笑った。 「馬鹿、お前も落ち着きなさ過ぎだ」 「面目ない」 「そういうアンタは何でいるのよ」 急に甲高い少女の声が届いてきてギャリックはおや?と思った。そういえばいつもは煩い妖精がさっきは やけに静かだった。というか居たのかと失礼な事さえ思う。その疑問はすぐさま口に出された。 「チビ、お前いたのか?」 「いたのかって何?!アンタたちが深刻そうだから、気配り屋のコリンちゃんは黙っててあげたのに!」 「だったらこれからもずっと黙ってろよ、うるせえから」 「な ん だ とぉーーー!!一回その脳天蹴ってやるー!!」 とお!と威勢良くコリンはギャリックの頭目掛けてキックを入れようとするが、あと数センチというところまで 来て避けられた挙句、ズビシといい音を立てて強力なデコピンを喰らう。 「ぎゃん!」 「あ、コリン!!」 「馬鹿め、お前のような妖精如きに易々と蹴られるようじゃ軍人としてやってけねえよ」 「〜〜〜〜ゼオンシルトは蹴られるもん!」 「そりゃコイツがとろいだけだろ」 さらっと言ってのけられた言葉にゼオンシルトはそれまで俯かせていた顔を上げる。何と言うかほんの ついさっきまで険悪なムードだったというのに一気にほのぼのムードに成り代わってしまっていた。 その凄まじいまでの勢いについていけずゼオンシルトは目を白黒させてぼやく。 「・・・・・・大尉もコリンも何か仲いいですね・・・」 「「はあ?!」」 「声ハモってますけど」 「「俺(アタシ)と同タイミングで喋るな!!」」 「アハハ、息ぴったり」 声を立ててゼオンシルトが笑うと笑うな!とやはり揃った混声が返って来る。その間にもゼオンシルトの手を引く ギャリックの足は止まらず、宿の戸を開けて昨日知ったばかりのゼオンシルトの部屋へと向かう。 「あ、そういえば大尉。用件って何だったんですか?」 「お前の部屋で話す」 「そうですか・・・。あ、そうだ。さっきは有難うございました」 「は?何の事だ」 「・・・・クライアスに怒ってくれたでしょう。本当は俺も悪いんですけど・・・少し嬉しかったです」 ほわほわと締りのない表情をするゼオンシルトは女顔という事もあり、可愛く映る。その顔を見たいような 見てはいけないような気になりながらギャリックはまっすぐ彼の部屋を目指す。幹部用の個室を開けて、 室内に入る。今朝出て来たままの状態。ベッドの脇に水の入った木桶がまだそこに残っていた。 それから扉を閉め、ギャリックは突然前触れもなく云う。 「お前、服脱げ」 「「えええ?!」」 今度はギャリックとコリンではなく、ゼオンシルトとコリンの声が重なる。 「な、何を突然?!」 「この助平ー!」 「な、何誤解してんだお前ら! ふ、服っ、返り血付いてんじゃねえか!早く洗わねえと染みになんだろっ!!」 洗ってきてやるから!と非常に慌ててギャリックは弁解する。確かに今のは少し言葉が足りなかった。 僅かに反省しつつ、顔は真っ赤。本当に無意識だったとしてもその態度は怪しく映っても仕方ない。 「なぁーに慌ててんのよ、まさか図星?」 「な、んな訳ねえだろ!お前も女なら少しは慎みを持ちやがれ馬鹿!」 「馬鹿とはなによ、そういうアンタは慎み深すぎてゼオンシルトに告白・・・むぐう」 勢いよく言ってはならない事まで言おうとした妖精の口を素早い動作でギャリックは塞いだ。 それからゼオンシルトには聞こえないだろう位置まで離れ小さな声で囁きあう。 「馬鹿、お前それは言うなっつの」 「なんでよー。アタシが言わなきゃアンタ絶対言いそうもないじゃない」 「言う、自分で言うから!お前ちょっと外出て来い」 「え、嘘マジで?それならそうと早く言ってよー、どのくらい? 一時間?二時間?流石に三時間は長いかぁー」 「・・・・・・・・・・何の話だ?」 「何って察しが悪いわね。ナニよナニ」 「!!」 漸くコリンの言わんとしている事を理解したギャリックは瞬時に顔を染め、そしてゼオンシルトに聞かれぬように という当初の目的を忘れて大声で叫んだ。 「この破廉恥妖精がぁぁぁっ!!」 「ひゃっ」 「・・・・・・はれんち?」 意味が判らず、ゼオンシルトは首を傾ぐ。声を大にして叫んでしまったギャリックはどう場を繕おうかと 一瞬悩んだものの、こういう時はすぐに対応しないとまずいと急いでゼオンシルトの方に向き直る。が。 「おまっ・・・服、何で脱いで・・・?!」 「・・・・?大尉が脱げって言ったんじゃないですか」 「い、いやそれはそうなんだが・・・」 コリンと話していた内容が内容だけについつい過剰に反応してしまう。こうして見るとゼオンシルトは頼りなく 見えて結構しっかりした身体をしている。着やせするタイプなのかもしれない。思わずじっと見つめてしまっている事に 気づいたギャリックはハッとして視線を逸らす。正直、そういう事を全く考えていなかった訳ではない。 もし相手が嫌でないと言うなら、自分の腕の中で抱き締めたいという欲くらいはある。そんな自分に改めて 気づかされて呆然とした。 「ギャリック大尉・・・?」 「うおっ!?な、なんだよ」 「いえ、何だかずっとぼうっとしていらしたので大丈夫かなと」 ひらひらとゼオンシルトはギャリックの眼前で手を振って見せた。 「・・・・大丈夫だ。それよりお前、風呂行って来い。服は洗っといてやる」 「あ、自分で洗いますけど?」 「いいから、行って来い。怪我の手当ても後でしてやるから」 そそくさと追い出してギャリックは一息吐いた。どっと疲れた気がする。それもこれもあの妖精のせいだと 怒鳴りつけてやろうとすれば、もう既に室内にいなかった。 「・・・・・・逃げ足の早い奴め」 呆れているのか感心しているのか分からぬ口調で吐き捨てて、手持ち無沙汰になったギャリックは律儀に ゼオンシルトの脱いでいった服を本当に洗ってやっていた。 ◆◇◇◆ 服を洗い終えて暇を持て余したギャリックがついでとばかりに部屋の掃除をしていたその時、シャワー室の方から 大きな物音がするのを聞いた。逡巡の後、部屋に備え付けられているシャワー室の扉を叩く。 二度、三度と繰り返しても返答はない。訝しく思ったギャリックは声を掛ける。 「おい、どうした?」 ゼオンシルト、と名を呼ぶと返事の代わりに小さな呻き声が返って来る。おかしい。躊躇ったのは一瞬。 ギャリックは部屋主の返答を待たずに扉を開け放った。 「おい、ゼオンシルト・・・・・!?」 扉を開け、中の敷居を開けるとゼオンシルトの白い肌が浴室のタイルの上に倒れていた。 先ほどの物音の正体はどうやらこれだったらしい。すぐさま歩み寄り、うつぶせの身体を起こそうとした。 が、差し出した腕は乱暴に掴み返され、水に濡れた蜜色髪が凄まじい勢いで上を向く。 紅と紅の瞳が合う。そしてギャリックは理解した。 「・・・・ッ、スクリーパー化か!」 今朝見た瞳孔の開ききった危険な瞳がそこにあった。それに加え、歯を噛み締めた口の隙間から威嚇するかの ような呻き声が漏れている。一度は収まったのに、魔素を纏うコリンが近くからいなくなったせいか再び ゼオンシルトはスクリーパーの兆候を見せ始めていた。掴まれた腕がひどく痛む。普段のゼオンシルトからは 想像も付かない力が込められていた。何とか振り払ったものの、すぐに常軌を逸した状態のゼオンシルトは ギャリックに飛び掛り、床にその長身を引き倒す。 「・・・・ッ、てぇ・・・」 後頭部を打ち付けて眩暈を感じているうちに、ゼオンシルトの水に濡れた四肢が乗り上がり、人ではなくなりつつ ある緋色の瞳が自分と同じ色のそれを冷たく見つめていた。息を飲むのも忘れたギャリックの首に手が、掛かる。 ギリギリと渾身の力を込めて両手で掴んだそれをゼオンシルトはいっそ健気なほどに締め上げる。 「・・・・ぐっ・・・・ゼオ・・・やめ・・・ろ・・・・」 肌に爪が食い込み、赤い線を走らせる。しかしそんな痛みなど気にならないほどの圧迫感に苦しむギャリック。 懸命にゼオンシルトの手を外そうとするが、苦痛で力を出し切れない。ブルブルと腕が震える。口端から堪え切れず 唾液が伝い、目はこれ以上なく見開かれ血が集まってきた。可能な限り暴れるが、それでもギャリックの上に 跨った身体は退かない。仕方ない、薄れ始める意識の中、ギャリックは躊躇しながらもゼオンシルトの身体を蹴った。 無防備な状態だった脇を蹴られて流石にゼオンシルトは数メートルほど吹っ飛ばされる。 「あっ・・・!」 悲痛な声が上がったが、今は気にしている余裕もない。これ以上暴れられる前に、今し方自分がされていたように ギャリックはゼオンシルトの身体に跨って押さえつけた。下にある身体が呻く。理性というものを全く感じ取れない 野生的な、もっと言うならば肉食的な表情。手段を選んでいる場合ではない。ギャリックは何とか片手で暴れる ゼオンシルトを押さえつけながらペルナギ博士から貰った薬を取り出す。恐らく口にそのまま押し込んでもこの状態 では吐き出されてしまうだろう。そう考えてギャリックは取り出した薬を自分の口内に放り込みそして。 「・・・・・んン・・・」 ゼオンシルトと口を無理に重ね、唇を割り開かせると舌を使って薬を相手の口内に押し込んでいく。 異物を感じ取った舌が抗って戻してきても何度も何度も押し付ける。やがて経験の少ない舌は疲れてしまったのか 大人しくなり、押し付けられるままに口腔を蹂躙されていく。こくりと小さく喉が上下したのを確認して 上から食いついてきた唇がやや離れがたそうに引いていった。 「・・・・・っは・・・・はあ・・・・」 荒い呼吸がどちらともなく漏れ出た。即効性に優れると言っていた通り、ゼオンシルトから狂気が抜けていく。 瞳孔を開いていた瞳は伏せられ、青褪めていた頬は健康的に赤みが差している。いつもの彼だ。 ほっとしたのも束の間。自分のしでかしてしまった行為にギャリックは頬に熱を集めた。緊急事態だったとはいえ、 一見すればディープキスとやらをしてしまった事になる。しかも本人に断りなく。 「・・・・・・・・・・・・・・・・・」 濡れた唇を押さえて、何とも言い難い羞恥に打ちひしがれていると、軽く気を放っていたゼオンシルトが 瞼を上げた。紅い瞳が不思議そうにギャリックを見る。 「・・・・たい・・・い・・・?」 呂律の回らないたどたどしい口調。潤んだ瞳、染まった頬、濡れて妖しく光る唇。あまりにも直視するのは危険だ。 そう思うのにギャリックは目が離せないでいた。訳も分からず呆然とした様子のあどけない表情を見つめ、 花蜜に誘われる蝶のように、そっと触れるだけの口付けをそうと意識する間もなく、交わす。 拒絶は、なかった。初めは驚きのあまり瞠られた瞳はやがて瞼に覆われ姿を隠し。身を、委ねていた。 「・・・・・・・・・・・・・・・・・・」 それから短いとも長いとも取れる間を空けて、近づきあった顔が離される。自分を覆っていた影が遠ざかっていく様を ゼオンシルトはぼんやりと見守った。何が起こったのか、本当はあまりよく分かっていない。それでもその 心地良い余韻に浸るように柔らかく口元に笑みを刻む。なんて優しい夢だろうと。安堵に息を吐く。 けれど夢なんかではないと、そう教えるかの如く、指先がゼオンシルトの両頬を掴み視線を合わせると一呼吸置いて ギャリックは言った。 「俺は・・・・・お前が、好きだ」 NEXT またしても前後編です。そして後編の後、裏? もしくは前、中、後(裏)かもです。一応告白編ですが・・・くぅ、 もっとドラマッチックが止まらない感じにしたかったのに・・・!(また無茶を) そういえばペルナギ博士は生還するんですかね?ファニルの研究室にいたり しましたけどあの流れだと一緒に亡くなった感じするんですが・・・一人だけ逃げたのか? GL6にも一切出てないのでやっぱり亡くなられたのですかね。惜しい人を亡くしたぜ。 それにしてもGL5って結構自分設定多いな・・・(今更) |
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