※CAUTION これはギャリック×ゼオンシルト前提のルキアス×メークリッヒなお話になります。 またこの時点でゼオンシルトは一号細胞除去に成功しております。 ネタバレちゃってすみませ・・・(殴) それでもオッケーイというお方はスクロールプリーズ。 気がつけば、その白い横顔をいつも見ていた。 白い横顔 その日、ゴートランドには何かの前触れのように大雨が降り続いていた。 乾いた大地を大粒の雫が次々に湿らせていき、水不足に悩む土地の者にとっては恵みの雨かもしれない。 しかし急ぐ旅をしている者たちにとってそれは障害でしかなく。 「おいおい、一体何時まで降るんだよこの雨は・・・・」 街から街への街道を移動している最中に雨に降られた面々は、近くの木の下でじっと雨宿りをしていたのだが、 一時間ほど待っても止まぬそれに辟易していた。外気も冷え始め、急いでいるのに先に進めないというジレンマが 苛立ちを誘い、メンバーの中で一番年若い少年の不平が雨音に掻き消される事もなく、その場に響く。 他の面々も同じ気持ちらしく憂鬱な表情を隠さず、空を睨みつけ、溜息。 「水は貴重だから有難いけど・・・このままここにいるのは危険かもしれない」 「危険ってどういう事?ゼオンシルト」 「君たちも知っているだろう。スクリーパーは水棲生物・・・こんな雨の日は良く出て来る」 一つ所に留まっていれば襲われる確率も高い、とそれまで無言でいたゼオンシルトも重い口を開いた。 ウェンディはゼオンシルトの言葉にパートナーであり、この部隊のリーダーであるメークリッヒを仰ぐ。マゼンダの 大きな瞳がどうするのかと聞いている。それを受けてメークリッヒはユリィへと視線を流した。 「ユリィ、どうだ」 「はい。この雨は恐らく明日まで降り続くかと・・・ここにいるよりは何処かの宿まで移動した方がいいでしょう」 「・・・・・そうか。では仕方ない、雨の中の移動は危険だが・・・ここからだと橋を渡ってザーランバが一番近いか」 「そうだな。ザーランバは旅人に寛容だし、いいんじゃないか」 時の流れを読み解く事の出来るユリィに聞いた上で、ゴートランドに詳しいゼオンシルトに地理の確認を取ると メークリッヒは元々大して持っていない荷物を纏めて移動の支度を始める。 「皆、移動する。準備はいいな?」 「いいけどぉ・・・私、女の子なんだから濡れて透けた服とか見ちゃ駄目だからね」 「安心しろ、急ぐ道だ。そんな暇はない」 ウェンディにいつもの淡々とした調子で返すメークリッヒ。淡白な性格なのか、それとも色恋沙汰に全く興味がないのか 彼はあまり異性であるウェンディや今ここにはいないイリステレサやアニータを意識している様子がない。男性陣と変わらぬ 態度でほぼ平等に皆を扱っている。だから余計に彼を意識しているウェンディとしてはそんな態度が気にかかるらしく。 不満げに唇を尖らせ、いじける。 「なんかそれはそれで納得いかないなあ」 「・・・・・見られたいのか?」 「え?いや・・・そんな事は・・・・あれ?あるのかな??どう思うメークリッヒ」 「俺に聞くな。そして俺を犯罪者にしようとするな」 質問に質問を返され呆れるメークリッヒを差し置いてウェンディはまだうーん?と首を捻っている。パートナーを 組まされてから毎度の事なので何を言うでもなく再度他の三人を見遣り。 「行くぞ、スクリーパーに襲われては堪らない」 「ああ。アンタらのミニコントが終わったんなら出発に異論はない」 「ちょっと、ルキアス君!ミニコントってどういう事よ!!私は真剣なんですからねー!」 「まあまあウェンディさん落ち着いて。そして勇者様とゼオンシルトさんは落ち着きすぎです」 どうにかして下さい、と訴えかける妖精の声に耳を傾けてはいるものの、やはりどうするでもなくメークリッヒは降りしきる 雨の中、木の葉の傘から抜け出しすたすたと歩き始める。ゼオンシルトもその後に従い、残った二人に笑って。 「二人とも、早くしないと置いてかれるぞ」 「え?あ、ちょっとメークリッヒ!置いてかないでよー!」 「アンタがうっさいからだろ。ほらさっさと行けよ!」 呼ばれてはっとしたウェンディとルキアスも慌てて移動を始める。大分、長い事降っている雨のせいで地面は ぬかるんでいた。それぞれが足を取られぬよう気をつけつつ、先を急ぐ。それでも通常の移動速度に比べれば随分と遅い。 四人が四人とも全身濡れそぼり、冷たくなっていく身体に眉間を顰めた。まだ冬でもないのに息が白い。中でも 女性の身であるウェンディはより冷えやすく目に見えて震えていた。それを横目で確認していたメークリッヒは先ほどは 軽くあしらっていたというのに足を止め。 「・・・・大丈夫か」 進みの悪くなっていくウェンディを気遣い、手を伸ばす。 「あの橋を渡ればすぐだから・・・もう少し頑張れるか?」 「うん、大丈夫。有難う・・・でも私だって鍛えてるんだからね?」 「・・・・・・・そうか。それもそうだな」 ぽんと濡れた桃色の髪を撫で、再び歩き出すメークリッヒの背後で頭を撫でられたウェンディは擽ったそうな笑みを湛えて 触れられた部分にそっと手を重ねている。余韻を、楽しんでいるのだろうか。そんな微笑ましい二人をルキアスは 羨ましそうにそして何処か苛立たしげに見つめていた。顔を歪めて二人に続く。 「・・・・・なるほど、罪な男だなメークリッヒも」 殿として皆の背後を守っている、仲間として迎えられてから日の浅いゼオンシルトはぽつりと誰に聞かれる事もないよう 小さな声で呟く。元々はゼオンシルトも恋愛事には疎い方だったが、相手が出来てからはそうでもなくなった。 冷静に客観的に部隊の中の恋模様を観察している。その実情はとてもシンプルで。メークリッヒをリーダーに添える この部隊は純粋に彼に対し友情の念を抱いているホフマンを除き、皆が皆彼に対し想いを寄せているのだ。 アニータに至っては既に告白すらしている。本当に罪な男だった。 「でも・・・彼の気持ちは誰に傾いているんだろうか」 じっと仲間たちを見守っていたゼオンシルトにも、メークリッヒの想いは分からなかった。 彼は本当に誰かを特別に扱ったりはしなかったから。それに、年の割りに幼い顔立ちをしているというのに ポーカーフェイスで考えている事がどうにも伝わりにくい。もしかすると、彼はこの面々の誰にも好意を寄せてなど いないのかもしれない、そう思えるほどに。だが、それでは皆が気の毒だ。一度彼に本心を聞いてみたい。 ゼオンシルトはそう思う。 「・・・・・後で聞いてみようかな」 一人であれこれ考えるよりもその方がよほど話は早い。こんな風に考える事は昔の自分では有り得なかった。 今の仲間とそして自身のズボンのポケットの中にしまわれたメダルの主のおかげだ。ゼオンシルトは湿るポケットの上から メダルをなぞり口元を綻ばせる。今のこの仲間たちとの時間を大切にしたい。けれども早くあの人にも会いたい。 二つの想いを密やかに胸に抱いて。 ◆◇◇◆ 「皆さん、橋です。ザーランバはもうすぐですよ」 雨に羽を穿たれては飛べぬユリィは主人であるメークリッヒの肩口に腰掛け、目と鼻の先にある グランゲイルの橋を指す。その先では雨具を纏った軍人がこちらを見ていた。その中の一人が声を掛けてくる。 「おや、あなた方はいつぞやの。ようこそグランゲイルへ。 しかしこんな雨の日はスクリーパーがよく出没しますから、気をつけて下さいね」 「・・・・ええ、心得ています」 「そうですか。もし何でしたら街までまだ距離もありますし、そこの宿舎で休まれたらどうですか?」 橋の先に聳える関所の人間のために建てられた砦を指差され、メークリッヒたちはそれを追う。 しかし、彼らだけならいいかもしれないが平和維持軍幹部のゼオンシルトがいると知れればここの部隊長はきっと 渋い顔をする事だろう。有難い申し出ではあったがしかしメークリッヒは首を振った。 「お気遣いは嬉しいのですが、ご迷惑でしょうし街まで歩きます」 「そうですか。では道中お気をつけて」 ビッと敬礼して送り出してくれる兵士にメークリッヒは軽く会釈して橋を渡り始める。ゼオンシルトはそんな彼を見て 申し訳なさそうに眉根を下げた。 「すまない、気を遣わせてしまったな」 「・・・・何の話だ」 「俺が平和維持軍の人間だから・・・維持軍に対してあまりいい感情を持っていない彼らと 一緒にならないようにしてくれたんだろう?」 「・・・・さあな」 後ろを振り返る事もなく答える白銀の青年。如何にもらしい仕種にゼオンシルトは目を細めた。 ウェンディも先ほど頭を撫でてくれた彼の行為を思い出し、ゼオンシルトと同じような反応をする。メークリッヒはとても優しい。けれど、それをひけらかす事はない。優しいのにいつも何処かそっけないように見せかけている。それが逆に人の心を 惹きつけるのだと知りもせず。そんな彼を微笑ましく思うウェンディとゼオンシルトを余所に、ルキアスだけは不機嫌そうに メークリッヒの後姿を睨みつけていた。 何も、分かっていない。 知らず知らずの内に人を惹きつけてやまないメークリッヒにルキアスは苛立つ。そうやって誰も彼も惚れさせて、その上 自身は手の内を見せない。それがどれだけ彼を想う者の心を不安にさせるかきっと分かっていないのだ。 ルキアスにはそれが腹立たしい。いっそ、誰が好きなのかはっきりさせてくれれば諦めだってつくのに、彼はそれすら させてくれない。自分にチャンスがあるのかないのかも教えてくれない。本当に意地の悪い男だ、と。 「・・・・・ちくしょう」 悔しさが込み上げて自然と漏れ出る言葉。せめて自分の方が年上だったらとか強かったらとかいっそメークリッヒが 女だったらいいのにとか色々不毛な事を考えるが、考えたところで胸の中の靄が晴れるわけでもない。むしろそれは増す ばかりでルキアスの子供らしからぬ鋭い視線は更に強いものとなる。それまで黙って様子を見ていた最後尾の ゼオンシルトは見かねてそっと前を行く少年を呼び止めた。 「ルキアス」 「・・・・・なんだよ」 「いや、荒れてるなぁと思って」 初めは天候の事を言っているのかとルキアスは思ったが、そうではなく。今の自身の態度の事を 言っているのだと気づき、カッと頭に血を上らせる。いつもは不思議なくらいに大人びていて冷めた彼の年相応の 反応を見てゼオンシルトはほっとした。 「そう怒らないで。俺は君の事応援してるから」 「は?何の事だよ」 「・・・・好きなんだろう、メークリッヒが」 「・・・・・・・ッ!」 図星、だったのだろう。ルキアスは水溜りに足を取られて転びそうになった。 真っ赤な顔でゼオンシルトを威嚇するが迫力はないと言ってほとんど差支えがない。 「隠す事もないだろう?そんな風に睨まれて分からないほど俺も鈍いわけじゃない」 「・・・・・・・じゃあ聞くが何でアンタ、女共じゃなくてオレを応援したりすんだよ。同情なんて御免だからな」 「同情じゃないよ。強いて言うなら・・・・君が俺の好きな人に似てるから、かな」 「・・・・・・・は?」 ゼオンシルトの突拍子もない発言に少年の驚声が響く。 「だから、君が俺の好きな人に似てるんだって。だから、つい応援したくなる」 「好きな人って・・・・オレに似てるって事はその・・・・男なのか?」 「そうだよ。君もきっとあと五、六年もすれば彼みたいになるんだろうな」 「アンタさ、今かなりヤバイ発言してるって分かってるか?」 「・・・・・・・・・・・・・・?」 いきなり、ゼオンシルトからある意味カミングアウトをされたルキアスは本人の自覚のなさに頭を抱えた。 普通の神経で男の身でありながら男が好きとは言えないものだろう。それなのに目の前の彼はそれをさらっと 嫌味なくらいに言ってのけてくれた。言えずにいる自分が馬鹿みたいに思えるほど。 「はあ・・・。アンタ・・・応援してくれるのは有難いけど、これ以上オレをヘコまさないでくれ・・・・」 「ヘコむ・・・?」 「あー、もういい。それよかさっさと行かないと置いてかれ・・・チッ、出やがったぜ」 ちょうど橋の真ん中辺りに差し掛かった頃、橋の下を流れる川から危惧していた存在が姿を見せた。 スクリーパー。しかも悪い事に階級はビショップにナイトが二体ずつ。以前はゼオンシルトがスクリーパーを弱体化 させてくれていたが、彼の能力は先日体内から一号細胞を取り除いた時になくなってしまった。かなり苦しい状況。 「・・・・こんな時に超音波結界が使えないなんて・・・・役立たずだな俺は」 「そんな事はない。むしろ君から力を奪ったのは俺だ。ウェンディ、ルキアス!魔法援護を頼む! ゼオンシルト、君は二人を守ってくれ。俺は奴らを引きつける」 「「「了解」」」 状況確認を済ませるとメークリッヒは柵の外側から攻撃してくるスクリーパーに向かって走り出す。 ぱしゃぱしゃと水を弾く音。視界の悪さも雨の激しさも感じさせぬいつもの動き。駆け出すその全身白は まるで彗星のようで。戦場だという事も忘れて見惚れてしまいそうになる。目の前を横切った綺麗な横顔に 魔法の詠唱を始めたルキアスはそんな事を思う。 「・・・・やっぱ凄いなアイツは」 綺麗で、強くて、迷いがなくて。臆する事なくスクリーパーに斬撃を繰り出している姿は、外見の穏やかさとは 裏腹に苛烈で激しく、美しい。漆黒の剣の描く弧は、月を喰らう月食の如く触れた存在を消していく。 だがそんな彼でもやはり一人で四体ものスクリーパーを相手にするのは困難で。大きな傷こそ受けずにいるが、 コートのところどころが切れ始めている。頬の刺青の上を赤い線が走った。 「・・・・くっ、流石にスクリーパーの外皮は堅いな・・・。ウェンディ、ルストを!」 「うん、分かった!」 「ルキアス、浸透を装備して援護を頼む」 「・・・あ、ああ。任せろ」 キュアをメークリッヒに掛けた後、ルキアスは慌ててジェムを装備するとメークリッヒを囲むスクリーパーに 向けて投げつける。ただのナイフで切りつけても跳ね返されるだけだが、浸透をつけていればあの堅い皮膚すら 容易に切り裂く。裂かれた皮膚が痛むのかスクリーパーは身体中を戦慄かせ、暴れる。 妙に鮮やかな真紫の血が雨粒に混じって周囲に拡散していく様は凄惨で目を覆いたくなるが泣き言を言っては いられない。メークリッヒはルキアスの立ち位置まで下がり、より細かな指示を出す。 「ルキアス、あの腹の部分を狙えるか」 「出来ない事はないが・・・オレの武器じゃ致命傷は与えられないぜ」 「ああ、それでいい。頼りにしている」 「・・・・・・・・・・」 頼りにしている。その一言がどれだけ力になるか、きっとメークリッヒ自身は気づいていないのだろう。 そんな事を言われて外すわけには行かないと、ルキアスは常以上に集中する。雨の礫が無数に肌を穿ち、 気が逸れそうになるが目を凝らす。うねうねと蠢くスクリーパーの腹部に狙いを絞り、飛距離と雨による 軌道の誤差を頭に入れた上で、雫を切るように強く鋭くナイフを放つ。 「よしっ」 狙い通りの場所にナイフが抉り込まれ、スクリーパーの咆哮が空気を震わせた。 あまりにも凄い衝撃に思わず立ち竦みそうになるものの、気合で踏み止まるとルキアスはメークリッヒを仰ぐ。 そうすればいつもは淡々としている彼の口元に小さな笑みが刻まれていた。 「流石だな、ルキアス。危ないからユリィと一緒に少し下がっていろ」 「何?」 「俺の前にいると巻き添えを喰うぞ」 言うが早いかルキアスが離れたのを見てメークリッヒは、ルキアスの放ったナイフ目掛けてサンダーボルトを 唱える。ただでさえ水に濡れて電流を流しやすい状態にある上、金属がその身に刺さっているスクリーパーは 逃げようもなく高圧電流を浴びた。と、同時にそれを放ったメークリッヒの手も僅かに火傷を負ったが、それは スクリーパーの受けたダメージに比べれば大した事はなかった。辺り一面に肉の焦げる嫌な匂いが充満する。 その中心で堅い外皮が焼け落ちたスクリーパーが奇妙に呻いていた。 「とどめだ」 呟いて、外皮がぼろぼろに崩れ、柔らかな肉だけになったスクリーパーをメークリッヒの漆黒の二刀が十文字に 切り裂き、死骸が一つ川の中へと水没していく。仲間意識があるのか定かではないが、 同族を倒され、他の三体が色めきたつ。スクリーパーを一体倒した喜びに浸る間もなく、メークリッヒはすぐ傍の ルキアスとユリィを庇うように構える。 「ルキアス、俺の背から前には出るな」 「何言ってんだ、まさかオレを庇いながら戦うつもりじゃねえだろうな。んな余裕あるかよ」 「余裕はない。だから前に出るなと言っている」 「だったら!少しはオレの事も頼れよ!アンタいつもオレの事、子供扱いしやがって・・・!」 「・・・・だから、余裕がないから・・・背中をお前に預けると言っている」 「・・・・え?」 任せたぞ、と一言だけ添えてメークリッヒは前を向いた。敵は前方にしか居ない。背後から攻撃される事など ほぼないと言っていいだろう。それでも、自分を認めてくれていると。そう思うとルキアスは震えた。 ずっと思っていたからだ、メークリッヒに認められたいと。力があればきっと、傍に居続ける事も出来るような気が したから。その理由をもらえた気がするから。力強く頷いて、ルキアスは背後からメークリッヒを援護する。 「このオレが援護してやるんだ、負けんなよ」 「・・・・・ああ」 声を掛け合い、再び動き出す。流石に何度も同じ手は使えない。刀を握る手を見ながらメークリッヒは思う。 雷撃を繰り返せば、恐らくこの手は刀を握る事が出来なくなる。そうなれば、仲間の事を守れない。 一瞬、ルキアスと更にその背後で回復魔法を唱えるウェンディとゼオンシルトを振り返り、メークリッヒは綺麗な 横顔を強張らせた。 失うわけにはいかない。大事なものだ、愛しいものだ。失う事など、到底出来はしないのだ。 自分には何もない。やりたい事も、未来も何もかも。仲間を失えば、途端に空っぽの人間になってしまう。 失えない、守りたい。例え自分の身体が滅んでも。それだけが、それだけで。今の自分は生きているから。 次第に鬼気迫る表情を露にする横顔を見つめていたルキアスは首を傾いだ。 「・・・・メークリッヒ?」 応えはない。そうこうしているまに残りのスクリーパーが襲ってくる。自分の身など省みない捨て身の 体当たりで石橋に突っ込んで来た。決して脆くはないはずの橋が大きく揺れる。 「きゃあああ!!」 「ウェンディ!」 揺れで体勢を崩したウェンディが柵に衝突しそうになり、ゼオンシルトは、 彼女の身体を受け止め、代わりに柵に強かに背を打ちつけた。 「ゼオンシルト、大丈夫か?!」 「ごめん、私がもっとしっかりしてれば!!」 心配する声にゼオンシルトは片手を挙げて応える。 「・・・大丈夫だ。それより・・・メークリッヒ・・・橋が・・・」 「橋?」 「早く・・・渡らないと落ち・・・・・ッ!」 スクリーパーの攻撃で亀裂が入った橋に逸早く気づいたゼオンシルトが注意を促したが時既に遅く。 橋全体にひびが行き渡りビキビキと音を立てて橋の中央部が崩落を始める。 「・・・・ッ、まずいぜ橋が落ちる!」 「ゼオンシルト、ウェンディ!橋が落ちる前に岸に戻れ!ルキアス、俺たちはこっちだ」 「あ、ああ・・・」 橋の中央部が割れ、右と左に分かれてしまった部隊は合流を諦め、それぞれが反対の岸を目指し、 次々に崩壊していく橋の上を駆ける。何度もメークリッヒたちを振り返るウェンディをゼオンシルトは必死に手を引き、 走らせた。メークリッヒとルキアスも懸命に橋を渡る。岸の方でスクリーパーに対抗するため兵を招集していた グランゲイル軍が早く来いと手招いているのが見えた。後少し、少しなのに。 「メークリッヒ!」 身のこなしの素早いルキアスが先に岸まで着き、メークリッヒを見れば彼は橋の崩落だけでは飽きたらぬのか まだ追ってくるスクリーパーの足止めをしていた。 「アンタ、何やってんだ!早くしないと橋が落ちる!」 「俺はいいからお前はそのままそこにいろ!」 「何馬鹿言ってんだよ!死んじまうぞ!」 「ッ!ルキアス、来るな!!」 仲間のためにスクリーパーを引き止めようとするメークリッヒの性格をルキアスはよく分かっていた。 それ故に危険を承知でルキアスは斜めに傾き川に端から沈んでいく橋を戻る。強く脚を踏み出した瞬間、 足場が崩れ斜面を滑り落ちそうになるが、とっさにナイフを取り出し地面に突き立て堪えた。 「ルキアス!!」 「ルキアスさん!!」 落ちそうになっているルキアスを目にして、メークリッヒはスクリーパーの足止めは諦め、彼の元へと ユリィと共に疾走する。足場が砕けても砕けても、水溜りで足が滑っても真っ白な服を泥だらけにして走った。 大事なものを失いたくない。その思いだけでナイフのおかげで辛うじて橋に身体が残っているルキアスを目指す。 「ルキアス、ルキアース!!」 「くっそ・・・助けるつもりが足引っ張っちまうとは・・・・」 「ルキアスさん、頑張って下さい!!」 ナイフだけで身体を支えるのは辛く、ルキアスの手が震える。おまけに雨に濡れて手が滑る。 グリップから少しずつ指が外れそうになって行き、小さな身体は激しい雨により水嵩を増す川の本流にいつ飲まれても おかしくない状態にまでなってしまっていた。普段滅多に大声を出したりしないメークリッヒが喉が枯れるほどに叫ぶ。 その声を聴き、ルキアスは情けない気持ちと同時にあの常にクールなメークリッヒが自分のために必死になっている事に 何処か誇らしげな気持ちを抱く。 「自惚れるぞ、オレは・・・」 命の危機に考える事ではないなと苦笑いながら、段々と近づいてくる白い影を灰色の瞳はしっかりと目に焼き付ける。 軽い現実逃避なのか、ああそういえばこうして正面からあの整った顔を見た事は少ないなとルキアスは思う。 いつも、彼は自分の事を後ろに置く。それでも追いつこうとして近寄ると見えるのは横顔だけで。 それがとても寂しくて、悔しかった。でも今は、彼の方から自分の方に向かって来てくれている。それはとても嬉しくて。 にっこりと微笑んで最後の指がナイフから外れ、橋の崩落にルキアスは巻き込まれる。はずが。 「ルキアス!」 「・・・・メークリッヒ」 足が川の水に片足浸かった状態で、やっと追いついたメークリッヒが柵に掴まりながらルキアスの手を掴む。 火傷を負って痛む事すら忘れ、強い強い力で幼い手を握り締める。 「アンタ・・・・手、怪我してんじゃんか」 「今はそんな事を言ってる場合じゃないだろう!お前こそ死ぬ気か馬鹿!」 「はは、アンタにそんな風に怒られるの・・・・初めてだ」 「何を暢気な・・・早くそっちの手も出せ!」 怒鳴られても尚、ルキアスは笑んでいる。 「いや、離せよ。アンタまで一緒に落ちる事はない」 「何を言ってる、落ちる気なんてない!死なせるものか!」 「オレだってアンタを死なせる気はない。手を離せ」 頬を汗だか雨だか分からぬ冷たい雫が伝う。言い争っている間にも橋は崩れ、メークリッヒの掴む柵すら ひびが入っていた。二人分の重みに耐え切れず、不吉な音が急かしたててくる。そして片足だけが水に浸かっていた はずなのに、いつの間にかルキアスの身体は腰ほどまで濡れていた。 「メークリッヒ、頼むから手を離してくれ。アンタに死なれたらオレ死んでも死にきれねえし」 「なら死ぬな。諦めるな」 「・・・・無茶言うな。もう手が痺れて感覚もねえよ」 「ルキ・・・・ぐっ」 ずっと無理な体勢でルキアスを支えているメークリッヒにも限界が訪れた。柵を握る手がじりじりとずり下がり、 石の表面を爪が引っ掻く。引き上げる事はもう無理だ。そう悟った瞬間、メークリッヒは対岸で逃げ遂せた ゼオンシルトとウェンディに向けて最後に叫んだ。 「ゼオンシルト!ウェンディと・・・ユリィを・・・頼む!」 「メークリッヒ?!」 「・・・・頼んだぞ」 遠くにある紅い瞳に投げかけてメークリッヒは、ルキアスと落ちる選択をした。指先が離れ、二つの身体が 増水した川へと激しい水音を立てて、落ちた。 「勇者様!!ルキアスさん!!」 その小さな身体故にどうする事も出来なかったユリィが悲痛に消えてしまった二人の名を叫ぶ。対岸でも 同様にウェンディが何度も何度も二人の名を叫び後を追おうとするが、彼女の事を頼まれたゼオンシルトが その華奢な身体を後ろから羽交い絞めするように押さえつけ止める。 「離して、メークリッヒとルキアス君がっ!!」 「やめろ死ぬ気か!スクリーパーだっているのに今飛び込むなんて自殺行為だぞ!!」 「じゃあ何よ、二人を見殺しにしろって言うの?!」 「違う!後を追って飛び込むより、流れ着く場所に先回りするんだ!」 落ち着け、とゼオンシルトは腕の中で暴れるウェンディの頬を叩く。突然に訪れた痛みに喚いていたウェンディは 訳も分からず呆けた。じんじんと熱の篭る頬に手を当て、高い位置にあるゼオンシルトの顔を見上げる。 「落ち着け、ここでパニックに陥ってる暇があったら二人の無事を祈れ」 「でも、でも・・・・!」 「気持ちは分かる。でもあの二人がそう簡単に死ぬわけない。そうだろう、ユリィ」 未だ対岸で水面に飲み込まれてしまった二人に向けて叫んでいるユリィに声をかければ大粒の涙に濡れた瞳が ゼオンシルトを見た。数回瞬く。 「ユリィ、君も落ち着くんだ。君なら二人の生死が分かるだろう。それに流れ着く場所も見当がつくはずだ」 「流れ着く・・・場所」 「そうだ、流れ着く場所だ。君たちが初めて会った時も船が難破したのに彼は生きていたんだろう?」 「そう・・・です。勇者様はワースリー村の浜に打ち上げられて・・・・でも生きておられた」 「なら、また助かる。自分の勇者と仲間を信じろ」 場所は何処だ、とゼオンシルトは時の流れを読むようにユリィに訴えかける。ユリィは数ある運命の分岐から より可能性の高い未来を読み解く。ひらりと羽をはためかせ、対岸まで渡ると告げた。 「読めました・・・勇者様とルキアスさんは・・・川の下流から更に海に出て・・・ガイラナックの方まで流されるかと」 「ガイラナックか・・・橋が壊れてしまったから・・・サウルネイルの方へ迂回しないといけないな。急ぐぞ」 「でも・・・スクリーパーは?!放っといていいの?」 ゼオンシルトに宥められ、僅かに落ち着きを取り戻したウェンディは崩壊した橋の付近で未だに屯する化け物を 指して叫ぶ。仲間の命を優先したいのは山々だが、だからといって一般市民に被害が出るかもしれないのを 放っておくのも気が引けた。現に今この場所には駐屯しているグランゲイル兵が何人か橋の向こうにいる。 彼らは戦うつもりだろうが、一兵士には荷が重い相手だろう。 「確かにスクリーパーを野放しにするわけにはいかない。だが急がねばメークリッヒたちが・・・」 「どうしよう、ゼオンシルト!!」 「・・・・くっ」 苦味の帯びた声でゼオンシルトが唇を噛むと、ウェンディも一度は取り戻しかけた冷静さを失う。 元来た道と、反対側のグランゲイル兵とを何度も見比べ、メークリッヒの信望篤いゼオンシルトに選択を迫る。 どちらも見殺しには出来ない。けれど、やはり目の前で起きている危機の方に目が行ってしまうのも事実。 苦渋の決断を下そうとゼオンシルトが足を踏み出そうとしたその時。 「何やってんだ、お前ら」 「「!」」 背後から急にかけられた声に、ゼオンシルトとユリィがハッとした。その声に非常に聞き覚えがあったからだ。 縋るように勢いよく振り返れば二人の視線の先には紅蓮の瞳のスレイヤーと、その部下と思われる数人の兵士がいた。 予期せぬ人物の登場にゼオンシルトは目を瞠る、と同時に。 「ギャリック!」 叫んだ。雨に濡れてしな垂れた銀の髪が不思議そうに傾く。 「何だ、どうした。お前たちもスクリーパーを倒しに来たんじゃないのか?」 「それは・・・そうなんだけど、今困った事になってて・・・・」 「困った事?」 がちゃりと背に背負った二対の斧を手に取るとギャリックはゼオンシルトの肩越しに橋の中央部にいる三体の スクリーパーを目に留める。 「ビショップにナイトが二体か・・・まあ、思ったより多いが困るほどか?」 「いや、スクリーパーの数ではなくて・・・・」 「勇者様とルキアスさんが川に流されてしまったのです!!」 「何、この氾濫した川にか?」 ゼオンシルトの代わりに状況をユリィが告げれば、ギャリックは眉間に皺を寄せる。 ただでさえこの川は海に繋がっているのだ。しかも増水して流れが速い。飲み込まれたとなれば助からない 可能性の方が高いとも言える。暫し逡巡し、ギャリックは更に前に歩み出て片方の斧をウェンディに向けた。 「えっ?」 「おい、お前ら。この娘とクイーンオブピクシーを連れて水難者の救助だ」 「スクリーパーはどうされるのですか、ギャリック様」 部下に新たな命令を渡せば、返される問い。それにギャリックは少しだけ振り返り、顎でゼオンシルトを 示すと更に命を課す。 「スクリーパーなら、俺とこいつで充分だ。それより、別大陸の人間とはいえグランゲイル領にいる限りは 我々の守るべき対象だ。早く救助に向かえ」 「は!」 敬礼を返し、部下の二人がウェンディとユリィを促す。それについていきながら、ウェンディは一旦足を止め。 「ギャリックさん・・・有難うございます」 「民を守るのは軍人の義務だ。礼は要らん、それよりもさっさと行け」 「はい。行きましょう、ユリィ。案内して」 「分かりました。ギャリック様、ゼオンシルトさん。お二人もお気をつけて」 ウェンディたちが森の方へと移動すると、ギャリックはゼオンシルトを一度見、微かに笑んだ。 そんな状況ではないが、顔を見て安心したのかもしれない。ゼオンシルトがエルグレンツ大陸に渡ってから随分と 会っていなかったのだから。ずっとギャリックは心配していた。ゼオンシルトが新しい仲間とちゃんとやれているのか。 まるで保護者のように。しかし見たところ上手くやれているようだ、と安堵し念のため問う。 「お前、向こうでちゃんとやれてたのか?」 「うん。皆優しいし、苛められてなんてないし、楽しいよ?」 「ああ、そーかい。そりゃヨカッタナ」 「何でカタコトになるの?」 「知るかボケ。さっさと戦闘準備に入りやがれ」 のろま!と毒吐き、さっさとスクリーパーの方に向かうギャリック。 「あ、先に言っとくけど俺もう超音波結界張れないから」 「元から当てにしてねえよ・・・って何だと?つまり身体が治ったって事か?!」 「うん、皆が治してくれたんだ」 「・・・・そうか。後で礼言っとかねえとな」 「何それ、オトウサンみたい」 「せめてお兄さんと言え馬鹿者」 ゴツンと頭を小突かれたゼオンシルトはそれでも擽ったそうに笑った。本当は我が身の事のように心配して もらえて嬉しい。口で伝えられない分、ただ笑った。 「スクリーパーを前に笑う奴なんてお前くらいだぞ」 「そう?それより早く倒してウェンディたちを追わないと」 「ああ、後れを取るなよ」 言葉と共に長柄の斧を振りかざすギャリックの後に続き、ゼオンシルトも双槍を握り締め、目の前の化け物に 対する恐怖など欠片も感じさせぬ鋭い一撃を堅い堅い皮膚に穿っていた。 ◆◇◇◆ 暗い暗い水の中、身体は抗う事も出来ず、流されるままに流れていく。 開く事の叶わぬ口の端から、僅かな空気が泡となって漂う。遠のく意識の中で見えるのは、自分の緋色の 前髪と、川の底に沈んでいる岩やら石やら。このままでは多分死ぬのだろうなと他人事のように考える。 元々既に三度は死にそうな目に遭ったのだ。今更な気もする。 一度目は五年前、大地の里を襲われた時。二度目は三年前レラとモンスターに囲まれた時。 そして三度目はゴートランドで偶々襲われているモノポリス社の人間を庇った時。もうダメかと半ば観念したのに。 まるで彗星のように綺麗な白い横顔が目の前を過ぎった。口伝で伝えられている守護勇士。 強くて、綺麗で、優しくて。でも何処か孤独で、折れそうもないほど強い芯があるくせに刹那的で。 守られてばかりなのに、守ってやらなきゃならない気にさせられた。 背中預けてくれるってんなら、いっそ心も預けてくれよ。 過ぎた願いか、そんな事を思いながら漂う前髪を見つめていると、少年の視界に新たな彩が飛び込んでくる。 いつも知らず知らずのうちに追っていた白い綺麗な。 メークリッヒ! 声にはならぬ叫び声を漏らして、少年は灰色の瞳を見開く。いつもいつも他人を守る事ばかりしていて、 背後に誰かを庇って、滅多な事では顔もまともに見せてくれない男が、今目の前で長い睫毛を上下重ね合わせている。 つまりは状況から考えて気を失っているという事だ。 なんとかしないと。 水流に逆らいルキアスは無抵抗に流されていくメークリッヒの傍まで何とか足掻いて近寄る。 自分より大分大きな身体を抱き留めて、流れに逆らい体力を消耗するよりは、と流れに沿って水を掻く。 さっきまでは指一本すら動かせなかったというのに。守らなければという思いがルキアスに力を与える。 自分の方の息も辛くなってきたが、ここで自分が頑張らなければ共倒れだ。必死にメークリッヒを抱く腕とは 逆の方を動かし続ける。そうすると暗いだけだった視界に細い光が見えてきた。 あと少し。必死になればなるほど、水面までの距離が遠い。 上がらない腕で最後に一掻きするも、あと一歩というところで及ばず。 意識が遠のく。気を失う瞬間、ルキアスは腕の中のメークリッヒを強く強く抱き締める。 白い横顔が、ほんのりと色づいた気がした。 NEXT うえーい、実に中途半端なところで終わりましたよ。 続き早く書かねば。しかし前編はルキリヒというよりギャリゼオ(爆) だってギャリゼオの方がGL6ではゼオンを動かしやすいんですもの・・・! 後半はちゃんとルキリヒになるよう頑張ります。はい。 |
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