君のために出来る事。 今もずっと、考えてる・・・だけど・・・。 君がため まだかな、まだかな、と。ギャリックが中に入ってからずっと刑務所の出入り口を凝視している自分がいる。 本当なら自分が行くべきなのに。こんなにいつも頼ってしまっていいのかと思う。その優しさに縋ってばかりで いいのかと。俺が弱いばかりに、彼を傷つけてはいないかと、考えると怖くなる。 助けられるより、助けてあげたいのに。 世界を救う力なんていらない。 ただ、大切な人を守れるだけの力が、欲しい。 救世主なんて肩書きは、重いだけ。 「俺は、俺でしかない・・・」 クイーンスクリーパーを倒してからというもの、向けられる憧憬の眼差しが、酷く重い。俺は別に、勇敢なわけでもないし、 何か特別な力があるわけでもない。超音波結界は、自ら望んで得たものじゃなく、勝手に与えられたものだ。 望んで得たわけではない力は、自身に戸惑いしか生まない。この力を失った時、きっと俺の存在価値は否定されるんだろう。 英雄とかそういう存在は戦いが終わってしまえば、ただの殺戮者でしかなくて。人は崇めながら一方で酷く侮蔑しているのを 知っている。戦えない人の代わりに剣を振って、斬られて、血を流して、痛くても苦しくても、弱い人のために何度も 立ち上がった人なのに。平和になった途端、切り捨てられるその存在。 それを悪いとは言わない。確かに英雄は、一番命を奪った存在だから。でも、何故だろう。そう言い切られてしまう事が、 とても寂しい。殺人を正当化しようなんて思ってない。だけど、それでも、傷はつく。俺もそのうちそういう風に見られるのかと 思うと、憂鬱になる。まして、今母親を解放するために維持軍の管理下からその遺体を盗もう、なんて・・・。 ばれたら俺に居場所はない。その、はずなのに。何処かでそれを喜んでいる自分がいて。俺はずっと、維持軍から 解放されたかったのかもしれない。初めから、あそこは俺の居場所には成り得なかったんじゃないかって。 あそこに、居たくないって・・・ずっと何処かで思ってた。 誰かの役に立つ事が苦痛だったわけじゃない、戦う事が嫌だったわけじゃない。ただ、俺が被験者だと知ってから、 仲間だと思ってた皆の目が・・・まるで俺の事を都合のいい存在のように見ているようで・・・怖かった。 物として見られているのではないかと、その物としての価値さえ失われたら不要と言われてしまうのではないかと。 考えれば考えるほど、身動きが出来なくなって。閉じ込められているのはどちらの方なのか分からないくらいで。 俺はどうしたらいいんだろうって・・・ずっと蹲ってた。でも、そんな俺にも彼は手を差し伸べてくれる。掴んでしまったら 穢してしまうんじゃないかと思うくらい、綺麗な手を・・・。 「・・・ギャリック」 「何だ」 「・・・・えっ?!」 待ちわびて、自然と零れてしまった名前に返事が返ってきて、驚いているとギャリックが母さんを抱えて出てきた。 二人とも保存ケースの培養液に濡れて、髪や服から雫を垂らしている。夜明けの陽に透けて、とても綺麗で。 眩しさに目が潰れそうになる。現実感が遠くて、自分一人だけ取り残されてしまうんじゃないかなんて思って、 子供みたいに一心に二人の元に駆けて、飛びつく。両手を塞がれているギャリックは飛び込んできた俺の姿に 目を丸くしてバランスを崩しながらも何とか踏み止まると眼差しをきつくする。 「っか野郎、危ねえだろが!」 「・・・ッ、だって遅いから、心配でっ!」 「少し道に迷ってたんだよ・・・それより・・・ほら、お前の母親。ちゃんと抱えてやれ」 怒声に条件反射で返すと、ばつの悪そうな言葉と共に腕の中の母さんを差し出される。初めて、触れる。 手を繋いだ記憶も、頭を撫でてもらった記憶もない、彼女。それでも、ずっと俺を見守ってくれていた彼女。 俺を『君』と呼んだ、彼女。本当は名前で呼びたかったのかな、とか名乗り出たかったのかな、とか考えると 堪らない。言いたい事も伝えたい事もたくさんあった。でも時を凍結する封印を施したあの時、消えていく彼女に 俺は何も言えなかった。母さんと、呼びたかった。もっと一緒にいたかった。抱きしめたかった。 貴女が俺を生んでくれたから、貴女が世界を守ってくれたから、俺は今、彼と出会う事が出来た。 安らぎをくれる人を、大好きだと思える人を、失いたくないと思う人を見つける事が出来た。 「・・・・り、がと・・・母さん」 貴女の事を何一つ覚えていない、親不孝な息子だけれど・・・愛してくれて有難う。見守ってくれて有難う。 こんな姿になっても、傍にいてくれて、有難う。でも、もう十分だから。もう俺に縛られ続けなくて、大丈夫だから。 父さんの隣に行って欲しい。愛しい人の傍で安らかに、穏やかに。眠る、ように・・・。 「お休みなさい・・・」 お疲れ様の気持ちで、額を撫でてあげるともうとっくに温度のない身体が、寂しい。痛みが、突き抜けて表情が凍る。 死はどうしたって悲しい事。別れはどうしたって辛い事。別れの先に、新しい出会いが待ってるとしても、辛い事に 代わりはない。そんな言葉で納得出来るほど俺は強くない。今思えば、最前線で自分が戦っていた事が嘘のようだ。 こんなに、脆いのに・・・。 「・・・浮かない顔だな」 「え・・・・?」 「親の前では、笑っていろ。そりゃあ思うところは色々あるんだろうが・・・。 息子がんな顔してたんじゃ、親としてはおちおち休んじゃいられねえだろうが」 ぐしゃりと髪をかき混ぜてくる手は、反して暖かい。生きている人の、優しい手。笑えと言われてるのに、泣きそうになる。 村の兄貴分だったラッシュを思い出す。いつも俺を守ってくれていた彼。身寄りがなかった俺をいつも気にしてくれた。 あの時の俺は優しさに甘えてばかりで、守ってもらってばかりで、彼の事を守ってあげられなかった。とても大切だったのに。 今もそう。優しさに甘えている。出来る事なら、守れる人になりたいのに。 「・・・何で、泣くんだ・・・・いや、人が死ぬのは・・悲しい、か」 「・・・・・・・・・・」 「生きていた、人間が冷たく・・・固くなってるってのは結構・・・衝撃、だよな・・・悲しい、よな」 ぽんぽんと優しい手が慰めてくれる。でも、その優しさも何処か苦しい。甘えてしまいたくなる。自分を、堕落させそうに なってしまう。もっともっと弱い人間に、なってしまう。それが悲しくて悔しくて、止めようと思っても涙は幾らでも出てきた。 「・・・・泣いてても・・・いいんだが・・・いい加減眠らした看守も起きる。 それに完全に朝を迎えたら遺体持ってうろついてなんていらんねえぜ?」 「・・・・・・・うん」 「早く、埋葬してやれ。いつまでもこのまま・・・人目に触れてんのは可哀想だろ」 自分が死んだところを見られて喜ぶ奴なんていねえよ、と付け足された言葉に俺は頷く事しか出来ないで。 ギャリックに引っ張られるままにまだ薄暗い森の中を黙り込みながら歩いた。 ◆◇◇◆ 暫く森の中を歩いて、故郷の村へと戻った頃には陽は完全に上り、人々の生活が始まっていた。 腕の中に母さんの遺体を抱いた俺を見て、村の皆は驚いていたけどその度にギャリックが旅の仲間が途中で 死んだのだと、皆に伝えてくれていた。もちろん、嘘なのだけど。徒に事実を話して混乱させる事はない、と 気遣ってくれる優しさが痛くて、俺は母さんの死を悲しむふりをして泣いて、いた・・・。 「・・・・・ここが、お前の育った村か」 「・・・うん、何もないけど」 「ああ、何もねえな・・・。だが、こういう素朴な雰囲気は嫌いじゃない」 畑の方を見て、ギャリックは笑っていた。そういえば、グランゲイルは大地の枯渇化が激しかったなと思い出す。 維持軍基地ほどじゃないけれど。場所によっては砂漠化していて、食糧難だとも聞いている。いつか、誰かが 言っていた。グランゲイルという国は、奪わなければ廃れていく何も持たない国なのだ、と。 「・・・で、墓は何処に作る?お前の父親の墓はここにあるのか?」 「いや、俺はおばあちゃんに引き取られてきてここに住んでたから・・・父さんの墓が何処にあるかは・・・」 「ふぅん・・・ま、場所が分かんねえなら自分の好きなとこに作りゃあいいさ。正直、墓で大事なのは 場所じゃなくて・・・どう埋葬してやるか・・・見舞ってやる者の気持ちだからな」 言われて、何処にしようかと考えて・・・自分の家の裏に目を留める。 「家の裏じゃ・・・駄目かな」 「自分の家か・・・まあ、いいんじゃねえの。うちも一族の墓は敷地内にあるしな」 「そ、そうなの・・・?」 「まあ、お前が思い描いてるようなのとは違うと思うんだが・・・どちらかというと陵のような・・・」 うっかり家の中に墓地みたいにお墓がずらっと並んだ光景を想像していたのがばれたのか指摘された言葉に、 目を逸らすとやっぱりか、と笑われた。 「普通に考えて自分の家の中に墓地があったらホーンテッドハウスとか言われちまうだろうが」 「そ、そうだよね・・・」 「それはともかく、場所が決まったんなら早く埋葬してやんな。 あと・・・ここは維持軍管轄地だろ・・・。あまり目立った墓にすると気づかれるかもしれねえな」 「そんなに目立つような立派なお墓を作るお金がないよ・・・」 給料とかあんまり貰ってないんだよね、とぼやくと哀れむような目で見られる。 「お前・・・ちゃんとメシ食えてんのか?だからこんな無意味に細いんじゃねえだろうな」 「無意味って・・・そういうギャリックだって細い方だと思うんだけど・・・」 「俺は食った分、ちゃんと消費してんだよ」 「お、俺だって!!」 負けじと言い返してみても、ギャリックは笑ってあまり本気にしてくれない。本当に、それなりに鍛えては いるんだけどな、と拗ねて見せると、いつものしょうがない・・・って顔になる。呆れているような、でも何処か 優しい表情。この表情を見ると、俺は自分が如何に彼の事が好きか、再確認させられてしまう。 「えへへー」 「・・・・・?何笑ってんだ、気色悪ぃ」 「あ、ひっどいなー」 「アホな事してねえでとっとと穴を掘れ、穴を。陽が暮れちまうぞ」 「はーい・・・」 シャベルを手渡され、受け取る。お母さんのお墓を作るために。ギャリックも、貴族の生まれなのに黙々と 手伝ってくれている。改めて見てみると黙っているギャリックは・・・何処か気品が漂っている気がした。 俺とは違う世界の人なのだと痛感する。でも、それでも・・・例え身分違いでも、似合わないと言われても 傍にいられたら・・・いや、傍にいたいと思う。 「・・・何だよ」 じっと見ていたのに気づいたのか、声をかけられ慌てて目を逸らすものの、遅かった。 「何か言いたい事あるなら、言え」 「えっと・・・・」 「何だ」 「んーと、じゃあ・・・大好き」 「・・・ッ!?」 予想しない言葉だったのか、ギャリックは地面を掘っていたシャベルを取り落として、真っ赤になった。 慌てて腕で顔を隠そうとするけれど、もう見てしまったのであんまり意味はない。普段は凛々しくて、格好いいのに ふとした時に見せる純情振りが、変な言い方だけど可愛く見えて。 「好き」 「〜〜〜黙って作業しろや」 「ギャリック、可愛い」 「・・・・殴るぞ?」 「ギャリックは、ほっぺ抓っても手は上げないもーん」 「・・・ぐっ」 図星だったのか、ギャリックは低く呻いてそっぽを向いてしまう。本当に一々優しくて、困る。 今だってすごくすごく大好きなのに、これ以上好きになったらどうなるんだろう、とか考えてしまう。 好きになればなるほど、いつか来る別れの時に、自分はおかしくなってしまいそうで。 それが明日か、一年後か、十年後か、何十年と先の事かは分からないけど、想像するだけで震える。 いつかはギャリックや自分も母さんのように冷たく、見えない、聞こえない、話せない身体になって しまうんだろうか。今みたいにじゃれ合う事も、出来ずに・・・? 「・・・・あ?今度はどうした」 「・・・・・え?」 「まーた泣きそうな面してんぞ」 ぐしゃりと。髪を掻き混ぜられる。小さい子にするみたいに。 「泣きたきゃ、泣けばいいだろうが。愚痴言いたきゃ、言えばいい。 大好きなんて・・・こっ恥ずかしい事サラッと言えるなら、言えんだろ」 「・・・・・・でも、」 「でも、だって。お前はそればっかりだな。別にいいだろうが、我侭言ったって、好き勝手したって、 嘘つこうが、何しようが・・・嫌われたっていいだろう。代わりに俺が・・・お前の事嫌いにならねえから」 「!」 いつまでも、項垂れてばかりいる俺に・・・やっぱりギャリックは何処までも優しくて。 俺が欲しかった言葉を、くれる。まるでカミサマみたいに、何もかも見透かされてるみたいで。 恥ずかしかったり、情けなかったりするけど、でも一番に湧き上る、感情は。 「よかった・・・」 「あん?」 「ギャリックに・・・嫌われなくて、よかった・・・」 「・・・嫌いになれるわけ、ねえだろうが。そんな犬みたいに尻尾振って純粋に懐いてくる奴の事。 どんなに迷惑かけられようと、どんなに甘えられようと、どんなに貧乏くじ引かされようと・・・嫌いになれん」 その言葉は、本音なんだろう。慰めるために言っているわけじゃなくて、彼が本当に思っている事。 苦味の混じるぎこちない笑みが、そう告げてる。こんなに迷惑ばかりかけているのに、弱弱しい俺なのに。 「有難う・・・好きでいてくれて」 「・・・・好きとは言ってねえ」 「宿で言ってくれたよ?」 「・・・・・・・・黙って手を動かせ」 ぷいと横向く顔が、赤いのはもう知ってる。照れるとすぐ不機嫌そうになって、顔を背けるから。 初めの頃は怒りっぽい人だなって思ったけど、今はそういうところが凄く可愛い人だな、と思う。 強くて優しくて格好よくて・・・時々可愛い、大好きな人。失くした居場所を取り戻してくれた人。 ――ずっと、傍に・・・一緒にいられたら、いいな。 墓穴を黙々と掘る彼の背を見ながら、そんな事を願った。 ◆◇◇◆ それから、母さんの遺体を埋葬して暫くぼうっとその場に立ち尽くしていたけれど、ギャリックがそろそろ戻らないと いけないと言うので見送っているとふと気づく。いつも彼の耳元で揺れてるはずのピアスがない事に。 「・・・・ギャリック」 「ん、どうした?」 「ピアス、は・・・・?」 片方は俺が預かっているけれど、もう片方のピアスを彼が外しているのを見た事がない。 別になんて事もない事なのかもしれないけど、何故か気に掛かる。ギャリックは足を止めても振り返らない。 何もない、耳元を軽く指先で触れて。 「・・・・何処かで、落としたかな」 「あ、もしかしたらお墓の中に・・・」 「いや、そこじゃないと思うぜ?」 「・・・・え?」 何処かでと言ってるのに、その言い方はまるで落とした場所に心当たりがあるようで。よく分からないけれど、 胸騒ぎのようなものを感じた。 「ギャリック・・・・?」 「・・・帰りがてら、探してみる。気にするな」 「だったら俺も・・・・」 一緒に探すと言おうとすると片手で制される。 「お前は休んでろ。刑務所にいた間、殆ど寝てなかったんだろ?」 「大丈夫、少しは休んだから・・・」 「いいから・・・寝てろ。イイコだから」 「・・・・ッ!」 ベッドの上でよく聞かされるその言葉の威力は絶大で。囁く吐息だけでぴくりと身体が跳ねてしまう。 そんな俺を見てギャリックは喉を鳴らして笑うと、最後にもう一度だけくしゃりと髪を掻き混ぜて踵を返す。 そのまま、遠ざかっていく後姿がどうしても不安に感じて・・・。 翌日、その不安は明確な形となって自分の目の前に姿を見せた。 NEXT ちょ、後編の前編ってなんだ・・・!コ○ンか!!(アニメの) でも今度こそ次で終わりです。さくっと終わりたいですね。 順番から言って次はギャリック視点です。早く書こう・・・。 |
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