籠に飼われた鳥は命を縮めると言う。 だから、鳥籠を壊そうと思った。 けれど、一度飼われていた鳥は、外の世界に馴染めない。 ならば。 翼を手折って、自分の腕の中に抱いているのが一番安全な気がした。 そして何もかもが歪んでいく。 ―――それが俺と彼の数奇な出会い 壊れた鳥籠、折られた翼 生まれた時から目が不自由で、躯も酷く弱かった。 だから屋敷の外へ出たことなんて週末の教会で行われるミサ以外に殆どなかったし、 さしたる必要性も感じてはいなかった。 ―――嘘だ。 本当は他人に否定されるのが怖かっただけ。 見た目の違いに寄せられる迫害、弱い躯に浴びせられる侮蔑。 オナジヒトノハズナノニ。 冷たい目を、口汚い罵りを思い出すだけで躯が震えて外に出ることを拒んでいた。 それでも必ず週末はやって来る。半ば強制的に両親に連れられ訪れる隣国の教会。 信仰深い土地柄が現れた、美しい、けれど何処か何とも言いがたい恐怖をも呼び起こすその建造。 マリアの像もキリストの像も、歴史を感じさせるパイプオルガンも燭台も全てが――怖かった。 その全てから感じられるのは生の歓びではなく死の匂いだったから――― 故に週末は酷く憂鬱で。引かれた腕が重く、目の前に立つ両親の背が妙な圧迫感を与える壁のようで 酷く息苦しかった。奇異とも取れる目立つ容姿を人目から遠ざけるように被せられた目深なフードも、酷く不快で。 雨など降った時は最悪だ。水分を含んで重くなった布がべったりと肌に纏わり付く。その気持ち悪さは計り知れない。 そして気持ち悪いのに、紫外線から肌を――延いては姿を隠すために脱げないという事実が酷く煩わしかった。 俺は何のために生まれて来たのだろう。 教会に足を運ぶ度に思う。どんなに信仰深く祈ったってどうせ神は人間を助けてなどくれないのに。 そうでなければ、生まれながらに不公平を背負って生まれてくる命もないだろう。俺みたいに。 青褪めて見えるほど白い肌、血色の瞳、陽の下では呼吸もままならぬ躯の弱さ、全てがぼやけて見えない瞳。 要らないものばかりが、俺にある。欲しいものが手に入らない。 世の中は不公平に満ちている・・・。 ―――だから、神などいない。 神の秤は平等でなければならないのだろう? これほど不公平だらけで平等も何もない。 ―――だから、神などいない。 ・・・いないと信じなければ、救われないことへの痛みから逃れられそうもなかった。 きっと心の奥の底の底の方に、信じることの出来ないその存在に縋る想いは・・・ある。 ヒトにきっと俺は救えない。そう、思うから。 鐘の音が聞こえる。不気味な音だ。人によっては心が洗われるだとか、美しいだとか表現するのだろうが。 俺にとってはただただ不気味に聞こえる。死へのカウントダウンのような。落ち着かない、音。 聞いていたくなくて、耳を塞ぐだけでは足らなくて。隙を見て、両親の手を振り切り、逃げ出した。 ココハコワイ、コワイ、コワイ。 ココハイタミヲカカエルモノタチガツドウバショ。 ナゲキニミチタ――コワイバショ。 背後から自分を呼び止める声が聞こえる。まあ、当たり前だろう。ただでさえ俺の躯はそこら辺の子供よりも ずっと弱くて、おまけに今いるのは自国ではなく数年前まで戦争をしていた他国―ローランディアだ。 今でこそ和平を結んでいるとはいえ、バーンシュタイン人に対するイメージは決して良くはないだろう。 見つかればどんな目に遭うかも分からない。 それでも、教会は嫌いだった。祈りなんて捧げる心もなかった。祈るだけで、この忌々しい躯が丈夫になるとも思えない。 目が、見えるようになるとも思えない。無駄なことに時間を割いて、後々絶望するくらいなら・・・何もしたくない。 それは逃げているだけでしかないのだろうが、そんなことを言われても俺にはどうすることも出来ず。 がむしゃらに息を切らして駆けた先。 外套越しとはいえ、陽差しを浴び、急激な運動を行った躯は限界を迎えて地面に倒れ込んだ。 土と草の匂いが鼻腔を擽る。流れていく汗が酷く冷たい。全てがぼやけ混濁したように見えない、瞳。 地面に横たわり見つめる世界は吐き気がするほど歪んでいた。 この目が、他の人間と同じくらい見えていたら。 もっとこの世界は醜く見えていたのだろうか。そんなことを思いながら次第に下がっていく瞼。 どうせ意識があったところで大して物など見えないが。空ろに、黒く塗りつぶされていく空間。 睫の影が、視界を覆う寸前。歪んだ地平に誰かの足が割り込んだ気がした。 「・・・大丈夫?」 最後に聞こえたのはとても無垢で、鈴の鳴るような可愛らしい声だった。 ≪BACK TOP NEXT≫ 幼少時話の序章と言う事でかなり短いですね(アレ?) もう次の話は中程まで書き終わってますので連続更新目指したいと思います。 そして今現在、一度も登場人物の名前が出てこない(わあ) |
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