※この作品はカオスウォーズの世界を舞台としております。
 また、管理人は未だ未クリアです(殴)
 ネタバレ諸々ありますので、ご注意下さいませ。またこの作品は
 最終的にR18含みます。多分(多分かい)































堕ちる、壊れる。


その瞬間を俺は、唯見ていることしか出来ない。


いっそ誰かこの目を潰してくれればいいのに。


痛む、壊れる・・・壊される。




胸壊 −ambivalence−




最果ての地―エンディア。

異世界の人間がよく落ちてくる――とは、このエンディアに於いて唯一のゲートマスターたるリィンの言。
どういった理屈でそのような事態が起き得るのか、誰も知らないと言う。
そして落ちて来た異邦人――通称『ナイツ』の内、顔と名前は同じ人間であっても得てすれば、
己の知り得る現在とは違う結末を迎えた、『平行世界の違う人物』という事態も在り得る、と。

落ちて来たばかりの時に掻い摘んだ説明を受けて以来、何だかんだで見ず知らずだった同士にも馴染み始めた頃。
小さな少女に連れられて『彼』は現れた。何もかもを圧倒する強い紅瞳の青年―アーネスト=ライエル。
ジュリアに続き、『彼』までこの世界へと落ちてきたのか。異世界に飛ばされて以来、ずっと逢いたかった『彼』に
声を掛けようとして、首を捻る。

気高い紅蓮が、何か信じられぬものを見るかのように大きく見開かれ。俺を見て、戸惑う――というよりは
何故ここにいるのかと問いたげな。あってはならないものを、見る目。そしてもう一つ。その身に纏う衣服。
素肌に漆黒の革ジャケット。とてもではないが、尊き生まれの『彼』には似つかわしくない。
それに、今までそのような服を『彼』が着ているのも見たことがなかった。一体どういうことか。
不意にいつか聞いたこの世界の少女からの説明を思い出す。

平行世界の・・・所謂無限に横並びする――IFの世界からも『ナイツ』は召喚されて来るのだと。
つまり彼は、俺の知る『彼』とは違う刻を生きるアーネスト=ライエルということだろう。例え顔と名前が同じでも。
俺と同じ時間を歩み、記憶を共有している『彼』ではない。故に知らないと言っても過言ではない――別の存在。
何かあったのか。尋ねたくとも、どう接すればいいのか分からず、結局開きかけた口をそっと閉じる。

知っているのに、知らない君。闇夜の中でも主張する紅の瞳が、何処となく揺らいで見えた。
心配で、気掛かりで、けれど話し掛けてはいけない気にさせる、ピンと張り詰めた細い糸のような緊張感を纏う姿。
どんな時も柔らかく迎えてくれる『彼』とは雰囲気からして異なっている。どうしたものか。考えていると驚いた表情をしていた
彼はいつの間にか未翼の生えた少女から離れ、俺のすぐ傍までやって来ていた。

「カーマイン=フォルスマイヤー」
「え・・・あぁ・・・・何、か?」
「――何故。お前は・・・一月前・・・・」
「・・・・・・?」

堅い呼称で呼ばれ、一瞬ピンと来ない。それでも何とか応えを返せば、頬に伸ばされる剣士特有の皮の厚い指先。
まるで存在を確かめるように恐る恐る触れる仕草を不思議に思っていると、彼の瞳に深い悲壮が宿る。
その先を言葉にするのを酷く躊躇う姿が――痛々しい。

「・・・・ここは、・・・黄泉の国――というわけではなさそうだな」
「・・・?ああ、ここは最果ての地エンディアと言うそうだ・・・。俺も人伝に聞いただけだが・・・説明を受けなかったのか?」
「・・・受けた気もするが・・・聞いていなかったのだろうな。正直、そんなことを聞いていられる精神状態ではなかった」

珍しい。アーネストという人は、話を聞いていないことなど滅多にないというのに。『彼』とは別人であっても、
その性格には恐らく然したる違いはないはずだろう。それなのに、とつい数度瞬くと頬に触れていた大きな手は離れた。
代わりに、何かを遠く思い描く、悲しげな微笑を向けられる。見たことのない『彼』と同じ顔をした彼の表情。

「まあ、良い。ここはどうやら俺の知らぬ世界で・・・俺の勝手な夢ではないらしい」
「アーネスト・・・・?」
「・・・そして・・・やはりお前は俺の知る『お前』ではないようだ・・・。
不遇にも不当にも慣れていたつもりだったが・・・これは、」

戯れが過ぎる・・・とやや苛立たしげな呟きを漏らすと踵を返す。漆黒の背は拒絶の色を漂わせており、声を掛け損なう。
一体何に憤っているのか。何を恐れているのか。何一つ分からぬまま。遠ざかる彼は唯一この世界の元からの住人である
少女――リィンに今一度この世界の説明を受けると、溜息を吐いて別室へと姿を消した。

「・・・・・?」
「なーんか変だったわね、ライエルさん」
「・・・!いたのか、ティピ」
「いたわよ、失礼ね!!何だかただならぬ感じだったから気を利かせて黙っててあげたってのに!」

またも珍しく、いつもは元気が過ぎるほどの目付け役――ティピが一言も発せずに傍にいたことに驚くと、お得意の
キックの態勢を取り始めたので慌てて謝罪する。正直、避けようと思えば避けられる攻撃なのだが、俺が避けると彼女は
すぐに誰かに当たりに行くので、早々避けることも叶わない。幾ら何でも関係ない人を巻き込むわけにはいかないだろう。
とは言え素直に喰らうと中々に痛いのも確かなので、下手に出ることで防げるのなら、それに越したことはない。

「ごめん、気を遣ってくれて有難う・・・。でも、ティピの言う通り・・・何か変だったな・・・」
「でしょ?何て言うか・・・寂しそうって言うか・・・辛そうって言うか・・・・」
「・・・・そうだな。恐らく・・・『彼の時間』で何か在ったんだろうが・・・」
「そういえば・・・黄泉の国って・・・天国のことでしょ?何でそんなこと言ったのかな、ライエルさん・・・」
「・・・・・・・・・」

ぽつりとティピが零した言葉に、彼の異変の意味が分かった気がした。思い返す。自分は嘗て、創造主たるゲヴェルを倒した。
そのせいで命が失われつつあったことを。けれど、旅の合間に出会った様々な人が、俺を助けてくれたから―現在の俺がいる。
とは言え、本来自分が死ぬ運命に在ったのは明らかだろう。ならば何処かに『俺』が死ぬ平行世界が在ってもおかしくない。
むしろ今こうして生きている方が不自然なくらいなのだから・・・。

「・・・だから・・・あんな目で見ていたのか」
「え・・・?」
「いや・・・。なくなったものが突然目の前に現れれば・・・誰でも驚く」

それが例え何とも思ってない相手だったとしても。在り得ないことが起きればどんな人間でも多少は混乱するもの。
意図したことではないが、混乱させてしまったのなら、謝った方がいいのかもしれない。少なくとも数日やそこらで元の世界に
戻ることは出来やしない。その間ずっと混乱させたままでは彼が気の毒だ。

「・・・確か、彼は此方の方に行ったよな」
「追いかけるの?」
「ああ・・・少し話したいことが・・・・多分あまり愉快な話ではないから・・・お前はみんなと一緒にいてくれ」
「え、あっ!ちょっとぉっ・・・!」

置いてくなー!と叫んでいる少女に小さく謝罪して彼の後を追う。途中、リィンに聞けば休憩室で休んでいるとのこと。
他の面々もいるかと思えば、今そこにいるのは彼だけのようだった。半端に開いた扉を一応ノックすれば、
気だるげな声が応じる。

「・・・・誰だ」
「俺だ・・・アーネ・・・」
「・・・ッ、呼ぶな・・・その名を」
「・・・・・・・・・・・」

呼びかけた名を、途中で遮られる。切実な痛みを湛えたその声は、微かに震えている。無神経だっただろうか。
思い至って込み上げる自己嫌悪。謝ろうとするより先に、耳に届く縋るような言葉。

「・・・呼ばないでくれ。『アレ』と同じ顔で同じ声で・・・気が狂いそうだ・・・・」
「・・・・・・ごめん。君の、世界の『俺』は・・・死んだんだな・・・。混乱させて、悪かった」
「・・・・知って、いるのか・・・?」
「いや・・・君の態度を見ていれば・・・何となく・・・。俺も死にかけたから・・・」

やはり、思った通りの顛末に自嘲が込み上げる。自分はひたすら運が良かったのだ。偶々、命を繋ぐ術があった。
本来使ってはいけない力だった――パワーストーンという未知の石は。みんなが俺とあの子を助けるためにパワーストーンを
使って祈ってくれたけれど・・・その因果律の反動によっては世界が崩壊する危険性だってあったはずなのに。

「・・・ここにはIFの世界からも『ナイツ』は召喚される。俺は君の知る『俺』ではないし・・・君も俺の知る『彼』ではない」
「・・・・そうだな。初め、お前を見た瞬間・・・夢でも見ているのかと思った。『お前』は・・・骨も残さず消えたのに・・・」
「やっぱり・・・『俺』の躯は・・・他の兄弟のように溶けたのか・・・・」

扉を隔てた向こうから掠れるような肯定が返る。

「実際には・・・その現場を俺は見ていない。だが、リシャール様の最期はこの目で見た。故に・・・想像は出来た」
「・・・・あの子もやはり・・・そちらの世界では・・・・。残念だ・・・・」
「・・・何もかも失った・・・。自失している間に軍法会議に掛けられ・・・国外追放に処され・・・一月になる」

徐々に弱まっていく低音。彼自身が弱っていくように・・・声が遠ざかっていく。
よほど辛かったのだろう。慰めてやりたくとも掛ける言葉が見つからない。腕一本通る程度の隙間から見える彼の後姿は
見るに耐えかねるほど・・・小さく映る。とても強い人だと思っていた彼だが・・・同時に酷く脆いのだろう。
つい、手を伸ばしてしまいそうになるほど。

「ア・・・いや、ライエル」
「・・・・・気を、遣うな。俺とお前は今日初めて会った・・・その程度の仲だろう?」
「それは・・・そうだが、・・・・でも・・・・」
「お前の世界の『俺』と重ねているのか・・・?」

ぴくり。思わず反応してしまう。否とは言えない。もし、彼が『彼』と同じ顔でなければきっとここまで踏み込もうとは
しなかったろう。『彼』と同じ声をしていなければ、ここまで胸を抉られることはなかったろう。
重ねてしまう。それはいけないことだと分かっていても。

「――お前の世界の『俺』は、お前を・・・・大切にしてくれたか・・・?」
「・・・・・ッ」

僅かな隙間から無骨な腕が伸び、髪の束を掴まれる。さらり、流れ落ちていくその感触は身に憶えのあるもの。
当たり前のことなのかもしれないが、『彼』と同じ触れ方に心音が跳ねる。答えに惑う間に、伸びた腕は後頭部へと
移動し、強い力で引き寄せた。気づけばドアは腕一本から人一人通れるまでに開いており、彼以外誰もいない
室内に招き入れられる。

「・・・俺は・・・お前の知る『俺』ではない。一緒にするな」
「・・・・・一緒に、なんて・・・」
「下手に近づくな。痛い目見ても知らんぞ・・・」

近づく紅眼。自分の知る『彼』とは違う苛烈な色。後頭部を掴んでいた指先は下部へ下り、首に当てられる。
隆起する喉仏の下、気道を潰すように込められる力。絞まる喉、圧迫される血流。込み上げる吐露感。
首を、絞められている。視界が霞む。何処か他人事のように感じるのは、彼から殺意は感じられないからだろう。
苦しいのに、それでも。目の前の彼の方がよほど苦痛をその白い面へ露にしている。

「・・・ッ、ぅ・・・・・・ごめ、・・・君に・・・こんな真似・・・させ、て・・・・」
「・・・・・・・・ッ」
「・・・ご・・・めん・・・な・・・・」

今にも泣きそうな表情が目に焼きついて、知らず知らずの間に謝罪の言葉が口を衝いて出た。きっと涙を流すことは
ないだろうけれど。篭る傷は静かに彼を痛めつけるだろう。その傷は、彼と今日『初めて会った』俺には癒してやれない。
だからせめて・・・八つ当たりの相手になってやるしかない。少しでも内に閉じ込めた痛みが吐き出せるのなら。
助けてやれない無力な俺に、隠した牙を剥けばいい・・・・。

切迫し、空気を取り込めなくなるとやがて視界は黒く染まる。
気を失う瞬間、馬鹿な奴だと苦々しく呟く彼の声が聞こえた気がした・・・。



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カオスウォーズは途中までしか進めてないんですが、
色々と妄想しがいはあると思います。イベントが少ないだけに余計に(笑)
カーマインとアーネストの視点は交互になります。


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