ひらり、舞う白い羽。


陽光に、透けて見えるその美しさを。


黒く染めたいと疼くこの腕を、誰か切り落としてくれればいいのに。


理性と本能は未だ鬩ぎ合い続けている。




―――想い−心−を食い物にして・・・。





胸壊 −ambivalence−





なだらかな輪郭の綺麗な瞳に影を落とすように長い睫が覆い被さる。酸素の不足した躯は限界を訴え一度落ちたようだ。
支える力を失った四肢が崩れ落ちそうになるのを寸でのところで抱き留める。見た目通り、否、見た目以上に軽い躯。
喉を締め上げられ、閉ざすことの出来なかった口元には僅かに唾液が伝っている。その様が扇情的に映るのは、
この青年が『彼』と同じ顔をしているからだろう。一月前、ヴェンツェルとの戦いの際、弱る躯に鞭打ち、時空干渉能力を
行使したがために倒れた『彼』と。

「・・・・・・・・・」

世界を守るために、などと大それたことを思っての行動ではなく、ただ己の大切な者の死に顔を見たくないと。
それだけのために己の命を、全てを賭して戦った『彼』。まだたったの十七で、何もかもこれから始まるところだったろうに。
閉じ込められた籠から出られた年月は恐らく一年に満たない。そんな真っ白な――少年だった。

穢れを知らないわけじゃない。知っていて尚、己を穢すものに抗うだけの強い心を持っていた・・・そのように思う。
悪を良しとしない潔白さは高嶺の花のように高潔で、奪うことを恐れる脆さが何よりも尊かった少年。
立場が違えば・・・出来るなら『彼』を守る側に立ちたかった。人の死に、何より胸を痛めていたのを知っていたから。

「・・・・何処の世界でも・・・お前はお前なんだな・・・」

芯の強い真っ直ぐな気性と反比例するようにその胸の内には数え切れぬほどの傷を抱えている――優しい少年。
それは己の知る世界とは別の平行世界でも変わらないらしい。腕の中で果てている力ない姿にそう思う。
関わらなければ良いのに、その持ち前の強さと脆さは見過ごすことを許さないのか。

「・・・・・・・本当に、お前という奴は・・・」

続く言葉を口に出すのは憚られた。一緒にするなと言っておきながら自分の方こそ混同しそうになっている。
この何処までもお人好しな彼ともう二度と帰ってくることのない最愛の『彼』を。取り違えてしまいそうになる。
何度も何度も夢想して。何度も何度も絶望したのを忘れて。学習しない己が愉快で滑稽でつい笑ってしまう。

「・・・・だから・・・もう近付くな・・・・」

残酷なまでに優しいから。傍に寄られてしまえば、今度は彼を想ってしまうだろう。巻き込んで、しまうだろう。
こんな黒く渦巻く感情に。一度喪失してしまったが故に、次はきっとどんなに汚い真似をしてでも傍に置こうとするだろう。
捕らえて、鎖に繋いで。手を離してやることも、逃がしてやることも出来ずに、傷つけてしまうだろう。
それではあまりに哀れだから。まだ理性が働く内に遠ざけねば。手遅れになる前に。

「・・・・・・・・・・」

そんな身勝手極まりない私情の証が彼の首に痣となって浮き上がっているのが目に入る。時間が経てば消えるだろうが
己の罪は消えない。牽制の意としても、彼を苦しめたことに変わりないのだから。恨まれても仕方のない・・・。
分かっていても落ち込む気丈が我ながら情けなく感じる。

「・・・・一度だけ・・・」

重ねることは目前の彼にも、もういない『彼』にも申し訳の立たない、拭えぬ罪。それでも今一度だけ。
罪を重ねるのを・・・許さなくていい。この瞬間だけ見て見ぬ振りをしてくれればそれで。後にどれほど軽蔑されようとも
構わないから。無理に押さえつけた想いが溢れてこれ以上、君を傷つけてしまわないように。

「・・・・・・・・・・・」

意識のない沈みゆく躯を抱き上げて、数台並べられた寝具の上へと移動させる。呼吸の合間、微かに上下する胸。
喘ぐように開かれた唇が彼の苦痛を露にしていた。彼を自分から遠ざけるためとはいえ、己の犯した愚行に吐き気がする。
目が覚めた時、あの気遣わしげな相違の双眸が嫌悪の色を載せるのだろうかと思うと、『彼』とは違うと分かっていても
じくじくと胸が痛み、顔が歪む。

「・・・、・・・・・カーマ・・イン・・・」

ならばその目が開く前に。罪人らしく卑怯な真似を。ギシリ。スプリングを軋ませて白い布地を黒で染める。
瞳を伏しても変わらぬ端正な面立ちに近づいて己の影を落とせば、罪悪感と甘美な至福が同時に押し寄せた。
触れる唇が熱い。毒のように広がる甘さ。腐敗した空気を吸い込んだ後に近い罪の意識から込み上げてくる嫌悪。
もう二度と手に入ることのない『彼』の身代わりにしている。如何に追い詰められていたとしても、手を出してはいけなかった。
分かっていたはずなのに、後悔してしまう。

「・・・・・・、・・・・すまない。俺は・・・」

懺悔の言葉など届かない。届いてはいけない。この罪の意識こそが己が愚行への唯一にして最大の罰だろう。
このまま、ずっと拭われることはない。いつまでも澱のように胸底に沈み続ける・・・。

「・・・・おやすみ。もう、・・・俺に関わるな」


―――たったそれだけが、彼に出来る、俺の出来る防衛策。



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胸壊のアーネストsideということで。
全体的にアーネストが欲求不満ぽい(え?)

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