茨姫の棺 自由が欲しかったわけじゃない。 どうせ滅ぶなら、悔いのないように、と。 ただそれだけだった。 ああ、でも。 それは間違いだったのかもしれない。 誰かを護ろうとすればするほど。 別の誰かを傷つける。 みんな一緒には救えない。 救えないのに、ただ幸せな夢を見ていた。 目が覚めたら悲しくなるのに。 また俺は君を傷つけるんだろう。 悲しい、悲しい、悲しい。 Act:14そしてまた籠の鳥 『ヴェンツェルを討て、あの裏切り者を、我の敵を、人の敵を、全ての生物の敵を』 意識が途切れる寸前に聞いた懐かしい、偉大で異形なる父の声をカーマインは思い出す。 彼に命じられた事は、今まで全て抗ってきたカーマインだったがこの命だけには従わねばならぬ気がしていた。 自分の目で見たわけではないけれど、ゲヴェルの私兵として創られたために彼の死に際はその目で見たように知っている。 悲しいくらいにその嘆きも、憤りも、悲痛も祈りも。 ヴェンツェルはゲヴェルの下で彼に脅されながら働いていたという。 彼の企みを知ってエリオットの命を救ったと、そして彼の頭上に冠を返すのだとそう言っていたのに。 本当の狙いは自分が喪失していたグローシアンの力を取り戻し、ゲヴェルを排し、世界の覇権を奪う事だと。 そのために、カーマインが自分に嘘をついてまで護ろうとした妹の力を奪った事も、力を奪われてその妹が悲惨な状態だと 言う事も、他の護りたかった皆も辛い目に遭っている事も、今一番近くにいる彼が苦しんでいる事も。 知っている、知っている。どうにかしなければならない。休んでいる暇など、ない。 それに、彼が呼んでる。 何度も何度も、声が枯れそうなほどに。 だから、何が何でも起きなければ。 そう、真っ暗で自分以外誰一人としていない世界でカーマインは強く思う。 高い高い天上から聴こえてくる声が、悲痛なものである事を痛感しているから。差し伸べられる腕を取って 安心させてあげたい。ただそれだけを思って、力の入らない身体に叱咤を送り、開かない瞼に意識を寄せる。 どうかもう苦しまないで、君は生きて、幸せに。そう、自分の口で伝えたいから。 これ以上、誰にも傷ついてなど欲しくないから、俺だけで充分だから。 願わくはもう一度立ち上がる力を――― 願い祈り、じわりと降り注いでくる馴染みのある熱に手を伸ばせば、漆黒の世界に僅かに光が差す。 それに身を預けるようにすれば柔らかにカーマインは熱に包み込まれた気がした。瞳を伏せ、そして開く。 瞬間、強い閃光を捉え、意識は途切れた。 ◆◇◆◇◆ 目に見えて身体が衰弱していくのが分かるとベッドの上で寝そべっていた少年は思う。実際は少年の姿をした 異形の生き物なのだけれど。シーツを掻き乱し、軋む骨に耐えながら何とか身を起こした。忌々しげに唇を噛む。 それから深く息を吐いて、壁に手を着きながら部屋の入り口へと這うように歩き出した。弱る以前は何ともなかった 所作の一つ一つが辛い。それでもプライドだけが彼を衝き動かす。重い扉を体当たりするようにこじ開ける。 手には長い二振りの剣が握られていた。蒼い瞳を忙しなく動かしつつ、手頃な部下を探す。腹心の部下たちは 最早自分の傍にはいないため、半ば自分に従うなら誰でもいいと自暴自棄に思いながら。 ふと、千鳥足で回廊を歩いていれば丁度良く兵士が数人通りかかった。彼らは重体であるはずの少年が 部屋の外に出ている事に驚いたようであったが、少年に声を掛けられると素早く敬礼する。 「お前たち、急いで馬車を手配しろ、それと御者は優秀な者を」 「・・・・・・は?し、しかし陛下一体それは何故・・・・」 「お前たちの知る事ではない。バーンシュタインを滅ぼしたくないのなら早くしろ!」 「・・・・・は、はっ!!」 瀕死と言っても過言ではないほどに弱っているとは思えぬ強い声で命じられ、兵士たちは慌しく駆けていく。 その後姿を追っていた碧眼は力尽きたように壁に寄り添った。 「・・・・・ヴェンツェル、貴様の思う通りにはさせんぞ」 じっと大窓から見える空に向かって呟く。それから手にしている剣に目を留めた。もう、これを振り抜く力も ないかもしれない。何も出来ないかもしれない。それでもただベッドの上で死ぬのを待つのは嫌だった。 あの憎き老人に一矢も報いずに終われるものかと。それはそれは不敵な笑みで。 「主様、貴方の仇は必ず。そして貴方が最期に教えて下さった事・・・・決して無駄にはしません」 北の森の今は亡き主に誓いを立てると、休めていた身体に再び鞭を打ち、歩を進める。一歩足を前に出すだけで 息が切れる気がした。それでも止まれない。どうせ死ぬのなら死に際くらい自分で決めたいと、まるで ゲヴェルに意識を乗っ取られる以前の、本来のリシャールのように毅然とした姿で――― ◆◇◆◇◆ 「・・・・・・ん・・・・・重・・・ぃ」 うっすらと圧し掛かる瞼を押し上げれば、身体に何か重みを感じ、カーマインは呻く。 そこまで身体が衰えたのか、そう思うもののそれにしては何だか温かい。ほわりと包まれているような錯覚。 何だろうと懸命に首を動かしてみる。キシリと身体中が痛んだが、眉を顰めて堪え、起き上がる。 よく見れば、そこは自分の部屋ではなかった。見た事もない、岩煉瓦で造られた部屋。まるで牢獄のような。 ただ、牢獄にしては妙に広い。疑問符を浮かべる。それから、まだ胸の辺りに残る重みへと瞳を移した。 「・・・・アーネスト?」 何故彼がこんなところに、と一瞬思ったものの、薄暗い精神世界でそういえば彼の呼ぶ声が聞こえたなと 改めて無防備に目を伏せ、カーマインに折り重なるように眠っている男を見遣った。 普段から血の気の失せた顔色をしていたが、今は常以上に青い気がし、まさかとカーマインは見るからに 冷たそうな頬へと手を伸ばす。触れてみれば思ったよりは温かい。それに安堵して吐息を吐いてからどうしたものかと 頭を捻る。状況がいまいちよく分からない。ティピがいれば彼女に聞くのが一番早いのだろうが、いなければ どうしようもない。仕方なくカーマインは自分の持ち寄る知識を総動員して自力で状況整理をする事にした。 まず自分は瀕死の状態だった。そして止めを刺すようにゲヴェルは死んだ。駒のように扱っていたヴェンツェルによって。 ゲヴェルはヴェンツェルを逆賊だと言った。奴を必ず討てと。全ての生物の敵だとそう言って。 あの時、自身が護りたかった人たちを護ってくれたあの老人が。でも彼が護ったのはルイセに眠るグローシアンの力。 自分の力にするために彼らを救った。ただ、利用するために。とても利己的な人間らしい、いっそ笑えるほど。 でも、こんなにも頭の血が沸騰しそうなほどの憤りが込み上げるのは何故だろう。俺は人間じゃない。 似て非なる者、全く別の生き物。いや、生きているのかすら疑わしい。それでも心は嘆き、怒りに満ちる。 悔しさに涙すら滲む。どうしてだろう、どうしてだろう。問いかけたってきっと誰も答えないと分かっているのに。 無意味な事をしたがるのが人間だというのなら、俺も人間に近づいているのではないだろうか。 誰かに出会い、そして誰かと別れる度、自分の中に眠る感情が一つずつ引き出されていったのを覚えている。 人が俺を人に変えていった。まだ完全な人間ではないけれど、より近く。手を伸ばせば触れられるのではと思えるくらいに。 ああ、きっと。 君を好きだと思ったその日から。 俺は変わってしまった。 何処か悲しげに、それでも微かに喜びを浮かべながらカーマインは目下で眠るアーネストの銀糸を撫でた。 優しく自分の上から下ろし、リネンを整え、毛布を被せる。それからまだ少し痺れの残る自分の身体を動かす。 ゆっくりと立ち上がり、壁に沿うように歩き出す。この部屋の中では、自分が置かれた状況を全て知る事は出来ない。 せめてここが何処なのか知る必要があると四方八方へ視線を巡らせた。 けれど、幾ら見ても見覚えなどない空間。強いて言えば以前入ったフェザリアンの遺跡に雰囲気は似ている気もしたが、 それとはまた別物。唯一分かるのは円柱型をした建物だという事。要するに何かの塔なのだろう。 そんなものがローランディアやバーンシュタインにあっただろうかとカーマインは首を傾いだ。尚も前に進む。 他にも階があるようなので見てみねばと。足を引き摺るように歩いて、このフロアの出入り口のようなところまで 来てカーマインは異変を感じた。 「・・・・・・・・ぐっ・・・・ぅ・・・な、んだ・・・・胸が・・・」 心臓の真上辺りが急に熱を持ち出し、激痛を生む。息をするのも困難なほどの苦しみにカーマインの額には 脂汗が浮いた。全身が震え、立っていられずに床に膝を着く。倒れ込みそうになるのを片手を着いて堪えるが、 ぽたぽたと汗が床に落ちる。まるで狭心症による発作のような症状。突然のそれにカーマインは困惑する。 その間も胸に押し寄せる苦痛は酷くなる一方で。呻いているのか喘いでいるのかも分からずカーマインは地面に 倒れ伏した。漆黒の髪が散らばる。反転した事で狭まった視界にやがて一つの人影を捉えた。 「・・・・・だ、れだ・・・・・」 搾り出すように声を発しながら近づいてくる靴音に向かってカーマインは問う。ほんの少し、胸の痛みが薄らぎ、 首を必死で動かせば人影の正体を知る。 「・・・・・ヴェン・・ツェル・・・・・」 「漸く目覚めたか。・・・・・・・・呪の方は上手く効いたようだな」 「・・・・・呪?」 何の事だと、半ば睨み付けるようにカーマインが返すと、後方より現れ出でた老人は手にしていた杖で床に這っている 青年が苦しげに抑えている左胸を指した。目だけを動かしてカーマインもそれを見る。 「胸に激痛が奔っただろう・・・・それがお前に掛けた呪だ」 「・・・・・これが、呪・・・・一体何故・・・・いや、何時の間に・・・・・?」 「呪を掛けた理由はお前を逃がさぬように。そして何時掛けたかといえば・・・・お前を仮死状態にした時だ」 「仮死・・・・状態・・・・」 「お前を死なせるわけにはいかなかったからな。死んでしまう前に禁呪を掛けて仮死状態にした」 コツコツと更にヴェンツェルは歩み寄り、床に散らばっているカーマインの髪を引っ張り頭を持ち上げた。 目前に迫った色違いの瞳は訝しさを隠さずにいる。負けん気の強そうなその眼差しを目にして老人は笑った。 「・・・・どうやらお前もリシャールのように主の死に際は知っているようだな」 「・・・・・・・・・・・・・・・」 「だが変な気は起こさぬ方が良い。少しでも儂に逆らうようならすぐさま呪が発動し、お前を取り殺す」 「・・・・・・・貴様のような奴に利用されるくらいなら・・・俺は死を選ぶ」 どうせ死ぬ身体だ。無理やり生かされたところで嬉しくもなんともない。それどころかそうして無意味に生き長らえる せいで誰かを傷つけるための兵器のように扱われるくらいなら自害した方がよほどマシだとカーマインは訴える。 何より、彼は人を傷つけるのが嫌だった。自分がそのために創られた存在だと知ってからは尚更。 人を殺める力があるのなら、人を救う力として使いたかった。けれど、それは儚い望みへと変わる。 「そんなに死にたければ勝手にするがいい。だが、お前が死ねば道連れになる者もいるがな」 「・・・・・な・・・ん・・・だと」 「お前の命を救う代わりに、アーネストとか言ったか、彼奴は儂の駒として働く事を誓った。 その時、忠誠の証にとお前に掛けた呪と同じ物を彼奴にも掛けた」 「・・・・・・・!」 息を飲む、気配がする。知らず金銀の瞳は自分が来た道へと向けられていた。 「サンドラの創った魔導生命体を逃がした時にも使ってやろうかと思ったが、お前のその顔を見たくなってな。 見逃してやったが・・・・二度目はない。儂の命に逆らえば殺す。そしてどちらかが自害しようとしてもまた・・・殺す」 「何て事を・・・・」 「当然だろう。人間の言葉は信用しない。障害となるなら消す、利用出来るなら利用する、ただそれだけだ」 「・・・・・・・・・・・・ッ」 何て汚いやり方をするのだろう。ティピは逃げられたという言葉に安堵する暇もない。 これならゲヴェルの方がよほどまともに思えてしまう。カーマインはいつの間にか感覚の戻ってきた手のひらを強く握った。 どうやら本当に命は救われたらしい。恐らく一時のものではあろうが。しかし、力が戻ってきても、それを振るう事は許されない。 人質を取られ、身動きを封じられてしまった。まるで籠に飼われた鳥のように。 「・・・・・・・・・・・・・・・」 「別にお前が彼奴を道連れにしてもいいというのなら止めはせん。代わりを探すだけだ」 「・・・・や・・・めろ・・・・。もうこれ以上・・・・・」 彼を苦しめないでくれ、とは流石にカーマインも口に出来なかった。ただ口の中で僅かに転がすだけ。 握った手のひらが屈したように解かれ力なく床に垂れる。はらりとカーマインの顔を漆黒の髪が覆い隠す。 その様はまるで泣いているようだった。しかし、カーマインは決して涙は零さなかった。 髪の隙間から乾いた強い視線が、狂王を射抜く。 「・・・・一体、お前は俺に・・・俺たちに何をさせるつもりだ」 「三国をこの手に治めるために、お前たちにはそうだな・・・手始めにローランディアを落としてもらうか」 「・・・・・・・・・・・・・・・・・」 「バーンシュタインの将は全てローランディアに出払っている。それがバーンシュタインに戻られては手間が掛かる。 故に戻る前に叩く。とは言ってもそれは最終的なものだと思ってもらおう。その前にせめてもの慈悲で降伏を促す」 クツクツと喉を鳴らしながら告げられた言葉にカーマインの眉間は顰められた。慈悲、などという言葉は それこそ信用ならない。何か、裏があるに違いない。 「降伏など、そう簡単にどの国もするはずがない」 「分かっておる。故に見せしめが必要だ。初めはバーンシュタインにしてやろうかと思ったが・・・。 弱りきった国を落としたところで大した効果があるとも思えん。漸く長きに渡る下準備が役に立つというわけだ」 「下準備・・・・まさか・・・・ランザックか」 「そうだ。要人が一つどころに留まっており、尚且つ信頼を勝ち得ている国、それはランザックしかない」 綺麗に城ごと吹き飛ばしてやろうと高笑う歪んだ老人は言うだけ言って背を向けた。どうやら本当に言葉の通り 動き出すつもりらしい。カーマインはそれを止めなくてはと思うものの、声を出す事が出来なかった。 自分が今ここで抗ってもきっと結果は変わらない。それどころか自分が逆らえばきっとアーネストも道連れになる。 巻き込むわけには、いかない。あまりの悔しさにカーマインが噛み締めた口端からは紅い雫が伝っていた。 足音が遠い。影が離れていく。取り残される。何も出来ない。無力感に打ちのめされて地面に打ちつけた拳からも 模様を築くように血が滴っていた。それでもカーマインは床に手を打ちつける。しかしそれを止める声が上がった。 出来れば今は聞きたくなかった低音。恐る恐るカーマインは後ろ向く。 「・・・・・・・アーネスト」 「それ以上、自分を傷つけるな」 色白い顔を微かに歪め、ふらふらとした足取りでやっとの事といった態でカーマインの傍近くに膝を着き、 細い手を掴んだ。紅い道筋が出来たそれを痛ましく見つめながら、重い息を吐く。 「お前は、どうあっても自分を大切に出来ないのか?」 「・・・・・・・・・・・・・どうして」 「・・・・・・・・・・?」 「どうして、俺を生かした。どうして、俺なんかのために囚われの身になった。どうして、どうして・・・!」 悲鳴染みた問いには苦笑で返される。床に伏したままの身体をゆっくりとアーネストによって抱き起こされた。 頬に手を当てられ、視線を合わせられる。紅蓮の瞳が悲しげに自分を見ている事を不思議に思い、漆黒の頭は傾く。 長い長い沈黙を挟んで、アーネストはそっと口を開いた。 「・・・俺は・・・お前が利用されてまで生きたいと思ってはいないと分かっていた・・・・それでも・・・・」 「それでも・・・・何?」 「以前にも言ったが、例えエゴであっても俺はお前に生きていて欲しい。お前がそれを厭うても」 「・・・・・・だから、それは何故だと訊いている」 いつになく強い口調で質せば、アーネストの真っ直ぐな瞳に迷いが生じる。とても言い辛そうに。 口を開いては閉じ、顔を上げては伏せる。その繰り返し。そうして結局アーネストは口を噤んでしまった。 小さく首を振って、カーマインの頬に添えた手を離す。それからその手を名残惜しそうに見遣ってから、 カーマインを立たせる。 「ともかく、今は休め。まだ動くのも辛いだろう」 「それは・・・お互い様だろう。大体、どうして君までそんなに疲弊してるんだ?」 「・・・・・・・さあな」 誤魔化すように言って、カーマインの肩に自分の肩を入れると引き摺るように部屋へと戻っていく。 最中何度も同じ問いをカーマインはしてきたがアーネストは無言で通した。言えるはずもない。自分の寿命を 分け与えたなど。そんな事を口にすればカーマインは今以上に自分を責め、傷つく。それを許すわけには行かなかった。 黙秘を決め込んだ理由がそこにある。それに自身に渦巻くこの感情を知られるわけには行かないと、 アーネストは何度も何度も喉から出掛かった言葉を飲み込む。言ってしまえれば確かに楽なのかもしれない。 愛しいとただ一言。嘘偽りのない想いを。無理なのだけれども。代わりに懺悔を口にする。 「・・・・・・巻き込んで悪かったな」 「何でアーネストがそれを言う」 「お前が望んでいない事を俺はまたさせてしまう。俺の、エゴで・・・・・」 「・・・・アーネスト・・・・違う、巻き込んだのは俺だ・・・・ごめん。許さなくていい、ごめん」 逆に謝られてしまい、アーネストは複雑そうに肩を落とした。つられてカーマインがよろける。 それを難なく受け止めながらアーネストはカーマインをベッドまで運び寝かした。自分もなかなか辛い状態だったが 表情に出さないように努め、静かに横たえたカーマインを見守る。 「眠れ、今は・・・・・頼むから」 「アーネストは?」 「俺は・・・・・・いい」 自業自得だからと心中で呟く。それにカーマインの延命が成功したといっても一体どの程度の延命かは誰にも分からない。 もしかすれば、このまま眠るようにまた死の淵に向かってしまうのかもしれない。それは嫌だというのが本音だが、 ヴェンツェルに利用されるくらいならその方がいいのかもしれないと思うのもまた本音だった。 せめてもし、そんな事になるのだったらつかず離れず、手を握っていたい。そんな思いでシーツに落ちている手を取る。 カーマインは安らいだような瞳で一度微笑んで眠りに着いた。 「眠れ、今はただ・・・・眠れ」 眠っている間は、苦しまずに済むだろうから。目が覚めたら苦痛に苛まれる籠の鳥だ。 だから今だけは幸せな夢の中にいて欲しいと、祈るような気持ちでアーネストはカーマインの細い手を握り続けた。 ただただ、ずっと――― 眠れ、眠れ、今はただ。 籠の鳥となった哀れな茨姫。 眠れ、眠れ、今はただ。 苦痛を、何もかもを忘れて。 眠れ、眠れ、今はただ。 目覚めた時に、悲しくなるから。 ―――ああ、愛しき眠れる茨姫 ≪BACK TOP NEXT≫ 半年も間があいてしまいました(泡) そして内容的にあんまり進んでなかったりします。あれ? 恐らく次の次くらいで一回裏を挟むかと思われます。 まあ裏は見なくても話が分かるようにはしますが。あわわわ。 |
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