急すぎる自体に眩暈を起こした俺が目を醒ました時、二色の大音量に襲われた。





黒衣の人魚姫:第二話






「ブッフー、アンタまじで女になってるわけー!?」
「いやぁぁぁっ!!お兄ちゃんがお姉ちゃんになっちゃったー!!」

起き抜けに、耳を突き破る奇声。
一人は俺の血の繋がらない、けど実の妹のように可愛いルイセ。
もう一人―とカウントしていいのか分からない―はコンパクトサイズの妖精型魔導生命体のティピ。
ちなみに後者の冒頭の『ブッフー』は噴出した音だ。人が男から女に変わるという大変な目に遭っていると
いうのに笑うとは失礼な奴、としか言いようがない。いやしかし、これでも根は素直で優しい子なんだ。
だからきっと、今の笑いは彼女なりの気遣いなんだろう、と思い込もうと思う。

それはともかく。今の俺はベッドに横たわり、そしてティピとルイセがその上に跨るという何だか
ガリバーみたいな状態にある。男のままだったらルイセとティピが上に乗ったところで苦にもならない筈だけど、
身体が女性体になってしまったためか、非常に重くて苦しい。しかし、退いてもらいたくとも、腕力も
女性であると同時、一年間全く動かしていなかった事で大分衰えているようで少し押したくらいじゃティピは
ともかくルイセは退かせず。非常に困った。いっそ「重いから退いてくれ」とでも言おうか。

いや、そんな事を言ったらきっと二人に『乙女に向かって重いとは何よー!!』とか『ひどーい』とか
さっき以上の大声で怒鳴られるんだろう。それは冗談じゃない。だから、しょうがない。大人しく事が進むのを
待ってみよう。・・・・・こんなだから俺、マイペースだとかトロいとか言われるんだろうか。
圧迫感から逃避するかのように考え事に没頭していれば、不意にドアが開いた。どうやら今まで席を
外していた母さんが戻ってきたようだ。これで何とかなる、かな。

「・・・・・ルイセ、ティピ。ユリアはまだ体調が万全じゃないのですから乗っかったりしたら駄目ですよ」
「あ、お母さん。でも、酷いよ。お兄ちゃん、やっと目が醒めたと思ったらお姉ちゃんになってるなんて」
「そうですよマスター。だってコイツ、今まで眠ってたとはいえ、ついこの間まで男だったじゃないですか」
「ついこの間って、言っても一年経ってるんだろう?何で今更叫ぶんだ、二人とも?」

前々から知ってた筈なのに、何でこの二人はこれだけ大騒ぎするのかと首を傾げれば。興奮気味の
二人に代わって薬湯を持ってきてくれたらしい母がベッド際に歩み寄りながら、答えてくれる。

「ああ、先ほどの説明では上手く伝わりきらなかったようですね」
「・・・・・・・何がですか、母さん」
「貴方はパワーストーンを行使した日から自分が女性体になったと思ってるようですが、
実は貴方の身体が女性体に変わりだしたのは貴方の目覚める数時間前、つまり今朝だったのです」
「・・・・・・・・・・へ?」
「いつものように身体を拭いて着替えさせようとしたら、貴方に胸の膨らみがあって驚きましたよ」

まるで驚いた様子もなく、母さんはルイセとティピを俺から下ろすと薬湯を目の前に差し出す。
湯気立つそれを零さぬように慎重に受け取り、息を吹きかけて少しずつ口に運ぶ。ちょっと苦いけど身体の調子を
整えるためには仕方がないので我慢して飲み干し、空になった椀を母さんに渡せば、
薬湯を飲むに当たって軽く起こした身体を柔らかにまたハーブの香りが香る枕へと押し戻される。
要はまだ寝てなさい、という事なんだろう。実際ちょっと眠い。今までずっと眠ってた筈なのに
まだ眠いっていうのは可笑しな気もするけど。そんな考えが顔に出ていたのか母さんは笑って。

「前例が無いですから確かな事は言えませんが、パワーストーンの力が働いたとはいえ、
男性の身体をそっくりそのまま女性のものに造り替えるのは、身体に想像以上の負担を強います。
それに精神的ショックが上乗せされたら疲れて当然ですよ、ユリア」
「・・・・・・・・・あ」
「だから、もう少し寝ていていいですよ。ルイセとティピもそういう事ですから今は部屋に戻ってなさい」
「「はーい・・・・」」

ルイセとティピを部屋から追い出すと、寝なさいと言っておきながら母さんは部屋から出て行かない。
何だろうと首を傾げば、ずいと今度は薬湯ではなく服を差し出される。しかも、女の子のものだ。

「・・・・・・・え、これって・・・?」
「私の昔着ていたものです。今まで貴方が着ていたものはサイズが合わないみたいですから」
「でも、何で着替えなんて・・・・?」
「先ほど皆さんに連絡すると言ったでしょう?早速お客人が参られてますから、その格好では・・・」

差し支えるでしょう?と今俺が着ているぶかぶかの白い夜着を指差す。確かに、誰かに会うのなら
この格好は礼儀的にもまずいだろう。一度ベッドに戻された身体を起こし、服を受け取る。

「・・・・あれ、でも母さん、お客さんがいるならさっき言ってくれればよかったのに」
「それはそうですけどね。お客さんが来るだけならあの二人はこの部屋に留まったでしょうし、ああ言うしか」
「・・・・?ルイセとティピがいちゃいけないんですか?」
「いても構わないといえば構わないんですが。あまり騒がしくなっても貴方が疲れるでしょう?」
「・・・・・・あ、そう言われれば、そうですね」
「分かったらいい子ですから早く着替えなさいね。お客様も待たせたままでは失礼になりますから」

にこやかに正論を言われてしまえば黙って従うほかない。渡された服を着るため、夜着のボタンを
一個ずつ外し、脱ぐ。そうすれば、自然と目に入ってくる、見慣れないもの。今、身体は女の子になって
いるとはいえ、中身は男のままだから、見ないようにしてさっさと母さんのお古に袖を通す。
さっきチラッと見た感じではこの服は、ルイセのものの色違いのデザインだった気がする。という事は
やはりスカートが短かったりするんだろうか。それはちょっと嫌だなと考えながらも着替えていく。

「・・・・・・・・・・・・・・」
「どうかしましたか、ユリア」
「・・・・・・これの他に、ないんですか。短すぎると思うんですが・・・・・・」
「それよりもっと短いのでしたらありますが?」
「・・・・・・・・・・・これでいいです」

どうしよう。まさか18歳にもなって(一年経ったというならなったんだろう)こんな太腿まで晒すような
格好をしなければならないとは。容姿は女の子だとはいえ、これはかなり恥ずかしい。しかもすぐお客さんが
控えてるなんて。母さんは何を考えてるんだろうとは思うが、逆らったらあとが怖そうだからどうにも出来ない。
もしかすると俺はこの先、元に戻るまでこうして着せ替えごっこをさせられたりするんだろうか。考えた
だけでも恐ろしい。軽く現実逃避に陥っていればドンドンと扉を叩く音が耳に入ってきた。

「・・・・あら、お待たせしすぎたようね。もう入って頂くけれどいいかしらユリア」
「ああ、はい・・・・」
「それじゃあどうぞ、お二人とも」

そう言って俺から離れた母さんはドアを開ける。キィと小さな音を立てて開かれた扉の先には二人の
見知った顔。その一人は・・・・・

「ああ!!マイ=ロード!本当にマイ=ロードなのですか!?何てお姿に!!!」
「あ、ジュリア、久しぶ・・・・・」
「嗚呼、髪が伸びた上に、以前より更に華奢になられて・・・お背も縮まれたのではないですか!?しかも胸が!?」
「ジュ、ジュリア・・・混乱するのも分かるけどちょっと・・・・」
「しかし、どんなにお姿が変わられてもこのジュリアのマイ=ロードへの愛と忠誠は変わりません!!」
「そ、それはもう分かったから、ジュリア落ち着いて・・・・・」

ぎゅうぎゅうと強く抱きしめてくるジュリアを何とか剥がせば、彼女の琥珀の瞳はうるうると潤んでいる。
何だか申し訳ない事をした気になって、そっとプラチナブロンドの綺麗な髪を撫でた。少しでも、彼女が
落ち着くようにと。それが功を奏したのかジュリアは次第と呼吸が安定し、やがてにっこりと柔らかく笑む。

「・・・・お見苦しいところお見せして申し訳ございませんでした」
「いや、それだけ俺を心配しててくれたんだろう?一年間も待たせて・・・ごめんね?」
「いいえ。こうして生きていて下さる事が何よりの幸せです。お帰りなさいませ、マイ=ロード」
「・・・・・あんまりマイ=ロードって言われると照れちゃうよ・・・・・」

本当にくすぐったくて、頬を紅くしたまま肩を竦めれば何故か「可愛い!」とさっきよりも強く抱きしめられる。
ジュリアの腕力はひょっとしたら普通の男性よりも強いくらいだから正直ちょっとどころかかなり苦しい。
どうしようかともぞもぞ動いていると、もう一人の客人の助け舟が入った。

「おい、ジュリアン。その辺にしておけ」
「・・・・・ウォレス殿」
「・・・・・けほっ、ウォレスも、久しぶりだね」
「ああ。待ちくたびれたくらいだ。それにしても女になったというのは本当らしいな。声が高くなってる」

それにジュリアンの騒ぎようからもな、と付け足して入り口付近で一度母さんに一礼するとウォレスも
ベッド際へと移動してくる。二人とも、俺が最後に彼らを見た時のまま、元気そうで安心した。けれど。

「・・・・ウォレスはともかく、何でジュリアがいるんだ?」
「は、私はローランディアとの同盟を結ぶ為の使者として此方に来ていまして・・・」
「・・・・・で。その時にオレと城で会ってサンドラ様の報告を二人で聞いたんだよ」
「・・・・・・・・?何でウォレスが城にいるんだ?」

幾らなんでも、一般人がそう簡単に城内を行き来していいものとは思えない。まあ、アルカディウス王なら
いいよって言ってくれそうだけど。そんな考えが顔に出ていたのか、ウォレスは顎下の無精髭を撫でながら
少し困った顔をした。ついでチラッと母さんの方を見る。母さんは何か得心することが頷いて。

「ユリア、ウォレスは貴方が眠っている間にローランディアの将軍になったのですよ」
「・・・・え、本当に!?」
「・・・・・・ああ。ローランディアは知将はいても武将がいないっつー事でな。アルカディウス王の頼みでもあったし」
「そっか。あ、アルカディウス王はお元気か?」
「・・・・・・・・・いや、残念な事に半年前に亡くなられたよ」
「・・・・・・・・・・お亡くなりに、なられた・・・・・・」

その言葉がずっしりと俺に圧し掛かってくる。アルカディウス王は俺にも皆にも良くしてくれたし、それに本当に
国民を大事にしてくれる王様だったから。おじいちゃんみたいで、大好きだったから。

「・・・・・・そっか。俺、お礼も出来なかったな。パワーストーンの使用を許可して下さったのも王だったんだろう?」
「そうだ。それはとても勇敢で威厳に溢れていたよ。だからオレも将軍職を引き受けたんだ」
「アルカディウス陛下は我が国との友好にも尽力して下さった、本当に賢王と呼ぶに足る方でした」

俺の呟きに本当に惜しむようなウォレスとジュリアの言葉が返った。時の流れというものを、とても深く感じて
目元にうっすらと涙が滲んでくる。何とか、我慢したけれど。そしてもう一つ、気になった。

「なあ、ジュリア、エリオットたちの方はどうだ?」
「あ、はい。陛下もオスカーも元気ですよ、それは喧しいくらい」
「・・・・・・ライエルは?」

一人、名前が挙げられなかったその人の名を問えば、ジュリアの頬が僅かに引き攣る。そして理解した。
決して咎めなしにはならなかったのだと。それ相応の罰を、与えられたのだろうと。

「・・・・・・極刑になんて、なってないよね・・・・?」
「・・・・・・・はい。それは陛下の口添えで何とか避けられました。しかし・・・・・」
「それなりの罰は与えられた?」
「・・・・・はい。ナイツ及び財産権の全てを剥奪。そして国外追放の刑に・・・・」
「・・・・・・・・でも、生きてるんだ・・・・・・よかった・・・・」

彼は生きている。リシャールが、アルカディウス王が亡くなって、ライエルまでいなくなっていたら。
俺はきっと罪悪感で押し潰されてしまっていただろう。今だって、凄く胸が痛い。ぎゅうと心臓を掴まれてる
みたいに。だって彼は同じだったから。俺が皆を守りたいと思ったように、彼もただリシャールを守りたかっただけ。
守りたい相手が違っただけで一方は英雄、もう一方は罪人なんておかしいから。

「・・・じゃあ、ジュリア、エリオットとオスカーによろしく言っておいてくれる?」
「は、はい。必ずお伝えします」
「有難う。それから二人はまだいられるの?」

どちらも、俺の様子を見に来てくれたとはいえ、忙しい身のようだから尋ねれば、双方から返って来る言葉は
少しだけなら、という事だった。やはり忙しかったらしい。そんな中でもわざわざ俺に会いに来てくれたと思うと
ほっと身体の力が抜けていくような気がする。

「じゃあ、二人とも。俺が眠ってた間の話、聞かせてよ」
「おいおい、起きてて大丈夫なのか?疲れてるって聞いたぜ?」
「そうなのですか?だったらご無理はいけませんよ、マイ=ロード」
「ううん、大丈夫。それにもっと二人と話していたいし。・・・・だめ?」

そっと首を傾げば、二人は顔を見合わせて。

「ったく、仕方ねえな」
「私でよろしければ幾らでもお話に付き合いますよ、マイ=ロード」
「・・・・・・有難う、二人とも」

一年前と変わらず優しい仲間に微笑めば、しっかりと同じ微笑が返される。自分が如何に幸福か思い知って、
俺はこの時だけは自分の性別が変わるというとんでもない事態を忘れる事が出来た。けれども。
そんな柔らかな時間もすぐに失われる事になろうとは、全く考える由もなかった―――





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先ず初めはルイセ、ティピ、ウォレス、ジュリアでした。
サンドラ様とジュリア様が非常に暴走し始めています。
きっとこれからも暴走する事でしょう。恐らく各自反応編の
ラストを飾るのはライエル卿になりそうです。その前にユリアの
城仕え復帰が先ですかね。


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