黒衣の人魚姫:第三話






サアッと、引かれた遮光カーテンを開いて、窓も開ける。
差し込んでくる陽光に、耳を擽る小鳥の囀りに、風に、木々の葉の香に、
変わりない日常を感じて目を細めた。

けれど。

そこにはもう、ないものがある。
世界の均衡を崩していた魔力の源―グローシュ。
ほんの些細な事なれど、それでも確かに変わりないと思っていた日常が変わっていた。
そして思う。目に見えないところではきっとこれ以上に様々なものが変化しているのだろうと。
俺が眠っている間に、確かに世界は変わってしまったんだ。それが悲しいのか、嬉しいのかはよく分からない。
変化する事はいい事もあればその逆もある事だから。

だから。

ふと自分を見下ろす。
腰の下まで伸びた髪、以前はありもしなかった胸の膨らみ、肌の柔らかさ。
何もかも、変わってしまった、否変わり果ててしまった自分。
それでも変化したからにはきっと、いい事もある筈。
そう思い続けるしか、今の自分を慰める事は出来なかった―――






◆◇◆◇





「ユリア、ちょっといらっしゃい」

階下で母の呼ぶ声が聞こえ、俺は未だ慣れない着替えを済ますと、急いで階段を降りる。
その途中でひらりとやっぱりまだ慣れないスカートが舞った。本当に女の子はよくこんな心許ない服で
生活出来るんだろうと感心してしまう。俺は心は男のままだから、足が剥き出しになっている、というのは抵抗がある。
ならズボンを穿けばいいのだろうが、うちは女系一家なので、家にある服で間に合わそうとするとスカートしか
出て来ないので仕方なく今の格好に落ち着いていた。

それはともかくも。
次第に俺を呼ぶ声は強くなっていくので、足を急がせる。
ストンと最後の一段を降りて、リビングの方へと駆けて行けば、その先に見えるのは何やらまた客人を
迎えたらしい母の姿。隣りにいる客人は壁が邪魔になっていてよく見えない。
まあ、性別の変わった今の俺を呼ぶという事は、それが露見しても構わない相手―つまり親しい人物の筈。
だったら俺も早く会いたい。更に足を急がせる。

「あらユリア、遅かったですね。お客人がまた見えてますよ」
「うん、誰って・・・・あ」

母の直ぐ傍らへと寄れば漸く見えた客人の姿。
以前はジュリアとウォレスの二人だったけれど今日は―――

「ゼノス、アリオスト、それにカレンさんとミーシャも来てたのか」

何と今日は四人。
ずっと眠ってた俺にとってはつい最近、でも彼らにしてみれば一年前になる戦いで共に戦った仲間たち。
彼らの俺を見る目は初めは驚きがありつつも、次第に以前の穏やかで、それでいて懐かしむような視線に変わる。
それが嬉しくて俺は思わず笑った。

「やあ、暫く見ないうちに随分な美人さんになったね、ユリア君」
「おう、ほんとにどっからどー見ても女になっちまったんだなユリア」
「お久しぶりです、ユリアさん。それに無事で何よりだわ」
「ほんとほんと!お兄様、あ、今はお姉様ですね。お姉様が無事でよかったです〜」

口々に上る騒がしいとも思える挨拶。
しかもその内容は殆ど今の自分の容姿に関わる事なので何となく照れてしまう。
言い返す台詞も思いつかずに顔を赤くしてれば、からかうように「本物の女の子みたいだ」などと主に男性陣に
囃し立てられる。むっとして口角を尖らせれば今度はミーシャにか「可愛い〜」なんて言われる始末。
今思ったけど、もしかして俺って全然男らしくないのか?それって何か空しいぞ・・・。
と、落ち込んでいるとその中で唯一(?)マトモなカレンさんがフォローするように話の流れを変えてくれる。

「皆さん、今日はお見舞いなんですからもう少し抑えないと」
「っと、そうだった、そうだった。悪ぃなユリア。お前が無事って分かってちょっとはしゃいじまった」
「とか何とか言いながら顔が紅いようだよゼノス君」
「えー、そう言う先輩も顔紅いんじゃないですかぁ?あ、分かった!二人共お姉様に見惚れてるんですね!」

そうですよね〜、元男性とは思えぬ美しさですもんね〜とミーシャはうんうん頷きながら、逸れかけていた話を
またぶり返してくる。もうやめてくれ。恥ずかしくてしょうがない。そんな事を思う俺を余所に彼らの話はますます花を
咲かせるというか、エスカレートして行った。

「ミ、ミーシャ君・・・妙な事を言い出さないでくれないかい」
「そ、そうだぞミーシャ。幾らユリアが今女だとは言え、元は男なんだからそんな見惚れるとか・・・」
「またまたぁ〜、ゼノスさんもアリオスト先輩もさっきより顔紅くして何言ってるんですかぁ〜」
「あら本当。兄さんもアリオストさんも真っ赤よ。本物の女性が二人もいるっていうのに失礼ね」
「や、いやその・・・違うってカレン!な、なぁアリオスト?!」
「え、そそそうですよ。いやだなあカレンさんもミーシャ君も・・・」

何処か慌てた男二人を責めるように、からかうように女性陣が詰め寄っている。
というか、俺・・・・無視?

「・・・・・・あ、あの〜」

何だか堪らなくなって声を掛ければ、バッと四人分の視線が一気に集う。その速さと何とも言えぬ迫力に
気圧される。そしてそんな俺たちを後方で母は微笑みながら我関せずを貫いていた。少しくらい助けてくれてもいいのに・・・。
絶対、面白がってる気がしてならない。まあ、ここにルイセやティピがいないのがせめてもの救いか。いたら絶対
この倍は騒がしくなってるに違いないから。と、俺が声をかけた事で気を取り戻したのかカレンさんとミーシャが近づいてくる。

「そうだ、すっかり忘れてましたお姉様!」
「え・・・何?」
「今日はお見舞いもあったのですが、健康診断をしようと思いまして」
「健康診断・・・・・・」
「ええ、身体が急に変化したわけですから一応検査しておかないと何かあってからでは遅いですし」
「そうですよぉ。で、アタシと先輩はその診断結果を魔法学院に報告するためにいるんです〜」
「魔法学院に?」
「はい。えっと、サンドラ様がお姉様のお身体を元に戻す方法をブラッドレー学院長に探してもらってるそうなので」

ミーシャのその言葉には背後にいた母、サンドラも頷く。

「パワーストーンの力の源は人々の心。呪いに通じるところがありますから、やはりそれに精通してる方に
調べてもらうのが一番だと思いまして。私は私で調べていますが、協力の手は多い方がよいでしょう?」
「ああ、はい。でも母さんいつの間にそんな事・・・・」
「貴方の寝てる間ですよ、ユリア」
「・・・・・・・・・・・・・・・・」

にっこりと食えない笑みで返されれば言葉も出なくなる。
何となく、母は誰かに似ている気がしてならない。まあ、誰かといえば隣国の精鋭騎士の一人だ。
本人を目の前にそんな事決して言えはしないけれども。そんな事を考えていると、どうやら医療器具を色々と
詰め込んでいるらしい黒い鞄を持ったカレンさんに「じゃあ早速調べましょう♪」と手を引かれた。
それに何故かミーシャや母まで一緒になる。その顔は何処か嬉々としていて嫌な予感が過ぎった。

「ちょ・・・・検査ってただの検査だよな?」
「はい、ただの検査ですよ?」
「いや、ならなんでミーシャや母さんまで・・・・しかも何でそんな楽しそうなの・・・?」
「え〜、そんなの気のせいですよぉ〜」
「そうですよユリア。私たちはただ貴方の心配をしてるだけですよ?」

ぐいぐいと俺の背中を押しながらミーシャと母さんはやはり面白がるように笑っている。
前で手を引くカレンさんですら楽しそう。絶対、何か企んでるに違いない。怖くなってずるずると引き摺られながらも
俺は後ろを振り返り、ゼノスとアリオストに助けを求める。

「ちょ・・・ゼノス、アリオスト、たすけ・・・・」

必死に声を張った。けれど。

「はーい、ユリアさっさと検査に移りますよ〜」
「兄さん、アリオストさん、絶対こっちに来てはいけませんよ。セクハラになりますからね」
「そうですよ!女性の検査なんですから殿方は御遠慮くださーい」
「「・・・・・・・・・・・・・・・・・」」

女性三人の牽制にゼノスとアリオストは笑みを引き攣らせ、その場を動かない。
二人の顔には「すまん、逆らえない」としっかり書いてある。故に助けは望めない。
結局俺は三人に奥の自室まで引き摺られていった。

キイ、バタン










「・・・・・嵐が去りましたね」
「ああ。嵐が去ったな。つか、オレたちっている意味あんのか?」
「・・・・・・・・さあ?」










「うわぁぁっ、ちょ、やめてぇぇー!!」
「あ、コラ待ちなさいユリア!」
「お姉様、逃げちゃ駄目です!これは検査です!」
「そうですよ、ユリアさん!ちゃんと身体に異常がないか調べないと!」
「嘘だ、絶対嘘!!さっきから皆して俺の事触ってばっか・・・・・あっ、ん・・・・」










「・・・・・一体上は何やってんだ・・・・・?」
「何か妙に艶っぽい声が聞こえてくるんですけど・・・・・」
「ユリアの奴、不憫だなぁ・・・・」
「暫く女性たちの玩具でしょうね・・・・」
「オレ、今初めて美形に生まれてこなくてよかったと思うわ」
「・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・」









「はい、異常はありませんでした。お疲れ様です」
「よかったわねユリア、異常なしですって」
「ですねー。じゃあアタシはこの結果を魔法学院に報告しに行きますんで〜」
「私もまだ診療所の仕事があるので兄を連れて帰りますね〜」
「あらあら。じゃあ私お見送りしようかしら。ユリアは疲れたでしょうから休んでなさい」

キイ、バタン

検査が始まって一時間後。散々検査とは思えぬセクハラ紛いな事をされた俺は帰っていく女性三人を
振り返る余裕もなく、くたくたになってベッドに伏した。大体点滴や採血、脈の計測などはいいとして、触診は明らかに
度を行き過ぎていたと思う。やたらと胸は触られるし、腰も何故かメジャーで計測されるし、変なところも触られるし。
とにかく色々大変だった。もう二度と健康診断なんて受けたくない。思わず深い溜息を吐いた。
そのまま押し寄せる疲労のままに目を閉じる。

やっぱり、女の子になんかなりたくなかったなぁ、と一人ゴチて。
けれど、その数日後、その考えが180度ひっくり返る事になろうとは、ぐったりと眠りについた俺には知る由もない。
新しい幕が開かれるのは、間もなく―――





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各自反応編。今回はカレン、ミーシャ、ゼノス、アリオストでした。
ティピとルイセは特使のお仕事中なので不在です。
次回で各自反応編を終えるか、更にもう一話増やすかで悩んでおります。
でも引きを使ってばかりなのでやっぱり次回で最後ですかね。
ライエル卿の出番が近いです(というか結局アニーがメインなのか)


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